『ひとつの答え4』





「僕は貴女が好き……いや、愛してる」
アティの胸元ほどしかない身長で遥かに年若いその姿で。
ウィルはアティの瞳を射抜き身動きさせずに自分の感情を吐露する。

「だから貴女に無茶をさせたくない! 傷ついて欲しくない……でも。でも、それは貴女らしくない。やっと気付いたんだ」
身動きできない。
アティは呼吸すら密やかに行い目の前の少年が本当に自分の知るウィルなのかどうか。
判断に迷いあぐね胸の高揚感に戸惑う。

「僕は貴女を、アティを愛してる。だからアティと共に乗り越えたい、この危機を」
手を差し出してくるウィルは男の顔をしている。

ウィルからは教え子だった時に見せていた幼さが消え、この島にてグッと成長させた凛々しさが潜む。

アティは訳もなく身体が震えて素直にウィルの好意を、愛情を受け入れる事も出来ず手に大量の汗を掻いた。

「それがアティの望む、誰もが笑い合える平和な未来の実現法だって。僕はもう知ってるから。
アティは一人じゃない、少なくとも僕は貴女の傍に居る。碧の賢帝を持ってるアティだからじゃない、泣き虫なアティだから放っておけないんだ」
怯えて動けないアティの状態を察したウィルがアティに近づき、そっとアティを抱き締めた。
不意にアティの胸は温かさに満たされ、悲しくもないのに悲しくなって。
幼子の様に泣き始めたアティをウィルはひたすら黙って抱き締め続けたのであった。







片やもう一つの鍵を握る筈のアティを慰める品? を入手すべくイオスと歩くウィル。

「慰めになるかは微妙な部分だけど、君がアティに問い質す良い材料にはなる」
アティがイスラに碧の賢帝を砕かれた崖。
近づきイオスは全身を吹き抜ける潮風の心地良さに目を細める。
日差しを浴びて揺れる金色の髪がイオスの美青年さ加減を一層際立たせていた。

「どういう意味で?」
ウィルは思わせぶりなイオスの台詞に過敏反応し探る目つきになる。
潮風に弄ばれて揺れる上着の裾がウィルの足を叩く。

「そもそも、どうしてアティは碧の賢帝の甘言に乗ったのか。碧の賢帝を手にしたのか。君は理由を知ってるか?」

耳を通り過ぎる海風の速度は速い。
ヒューヒュー鳴り響く海風が奏でる音以外は何もない静かな崖。
ここで碧の賢帝が砕かれてから早三日。

時がたつのが早いのか、無策な己を叱咤すべきか。

イオスは内心で問いかけながら、口先ではウィルへ別の疑問を投げかけた。

「彼女の言葉が正しいなら。僕とベルが船から海に投げ出されて、先生は僕達を助ける為に海に飛び込んだ。
その時……息が続かなくて諦めかけて……でも僕達を助けたかった。力があれば僕達を助けられるんじゃないかと先生は考えた。だからだって」

アティが夜な夜なユクレス村に自分を訪ねてきた時は、正直どうしたものかと考えた。
彼女は単に自分に近づきたくて話しているだけだと考えていた。

でも、それも本当は?
子供の自分なんか相手にされないと信じきっていたけれど。
視野を改めるべきだろうか。

ウィルは自問自答しながら、島に来た当初のアティが打ち明けてくれた話をイオスにした。

「その優しい先生はイスラを倒そうとした訳だ。誰かを助ける為の力が欲しいと願って得た剣の力で」
イオスはウィルが予想もしない方向から意見を繰り出してきた。
「!?」
腕に抱いたテコを思わず取り落としそうになる。

ウィルは草地を踏みしめる足裏から地面が根こそぎ抜け落ちた虚脱感に襲われ、歩みを止めた。
薄々察していたウィルの頭にダイレクトに伝わるイオスの言葉は。
モヤモヤに覆われていた己の脳を活性化させる。

「ウィル、君は馬鹿じゃない。元帝国軍に所属していた僕から見ても君の聡明さは群を抜いているよ。これ以上僕が多くを語らなくても分るだろう」
イオスは崖下に向けて歩きながら背後で立ち止まったウィルへ言う。

「…………」
「周囲に流されるのも時として大切だ。人は一人で生きているわけじゃないからな。けれど本当に譲れない己の矜持を曲げてまで得た力は、勝利は。
必要なものだろうか? 空虚なモノだな、そんな力や勝利は」

考え込む顔つきで俯いたウィルに駄目押し。
イオスが自身の過去を顧みて遠まわしに助言を与える。

結論を出さなければ成らないウィルの思考を妨げないように。

「碧の賢帝が砕かれても当然、か。確かにあの時先生が戦う事を僕は無謀だと考えた。先生に誰かを傷つけるなんて出来ない。あの人はお人好し過ぎるから」
ウィルは誰に聞かせるわけでもなく。
自分に言い聞かせながら言葉を紡ぐ。

「だけど僕は先生が戦う事を容認した。先生なら若しかしたら奇跡を起すんじゃないかって心の底で甘く見ていたのかもしれない。イスラを、無色を、先生の実力を」
認識の甘さを実感し、ウィルは大きく息を吐き出し歩き始めた。
崖の縁、ギリギリに立って下方を覗いているイオスの隣へと。

「原点はとても大切だって事だね。有難う、イオス」
「いや、君には間接的に世話になったからね」
素直に頭を下げたウィルに、イオスが曖昧に笑ってそれを制する。
「?」
の世話、という部分においては多少イオスに貸しがある。

それだろうか?

訝しむウィルにイオスは自分の目にかかった前髪を払う。
イオスに答える気はなさそうだ。

「いつか分るさ」
全てを説明してくれない元帝国軍人。
イオスは誤魔化して碧の賢帝の破片拾いをウィルに提案するのだった。

ウィルは碧の賢帝の破片を拾い集め、魔力切れで白テコ姿に戻ってしまったイオスと共にカイルの船へ移動する。
船の外ではカイルがソノラと深刻な顔をして話し合っていた。

「ミャーミャッ」
カイルとソノラの会話を現在のウィルに聞かせるのは無粋だろう。
考えたイオスが精一杯の声を張り上げ彼等の注意を引く。
ヒソヒソ話し合っていたソノラは弾かれたようにカイルから離れた。

「イオス? あ、ウィル。先生に会いに来たの?」
「はい」
ソノラが顔を上げウィルに尋ねれば、ウィルは妙にアッサリ応じる。

常のウィルならば子供らしい照れから「別に先生目的じゃありません」なんて力いっぱい否定しそうなものなのに。
一気に逞しくなったウィルにソノラが逆に頬を染め照れていた。

「……入れ知恵したな」
凡そを察したカイルが軽くイオスを小突くも、イオスは澄ました調子でそっぽを向くだけ。
ウィルが船へ入っていくのを入り口で黙って見送る。

当の本人、ウィルは碧の賢帝の破片を落とさないよう気をつけて船内へ入った。
途中イオスが姿を消したことに気がついても悪態はつけない。
ウィルとして決着をつけなければならない事だから、イオスの助言にはもう頼らないし、頼りたくないのだ。

「失礼します」
ノックは三回。
マルティーニ家の教えが染み付いた自分の行動に自分で驚きながら。
ウィルはアティの自室の扉をノックして扉を開いた。

ベッドに座り込むアティの顔に生気はない。こちらを見向きもしようとはしない。

「先生の原点を持ち帰りました。別にこれで何かが生まれるなんて都合の良いことは考えてないけど。……先生はどうして碧の賢帝を受け入れたんですか?」
ベッドの上に碧の賢帝の破片を落とし。
ウィルはアティに改めて問いかけた。

「………」
抜け殻のアティに答える気力は残っていない。
ぼんやりと宙を見詰めウィルの声が届いているかどうかも怪しい風体だ。

「海に落ちた僕達を助けようとして剣を手にした貴女が、イスラに勝てるわけがない」
胸一杯に酸素を取り込んだウィルは断言する。
が、相変わらずアティからの反応はない。

「無理に笑って僕達を安心させて自己満足も良いところだ。碧の賢帝の力に胡坐を掻いて貴女を頼っていた僕達も馬鹿だったけど」
少々の皮肉が混じったウィルの台詞にアティが僅かに身じろぐ。
アティの反応を確かめながらウィルはイオスとの会話で得たウィルの答をアティに伝える。

「貴女の力は、最大の武器は、信じる事。相手を信じて戦う事だ。相手を打ち倒す事じゃない。だから本当は碧の賢帝も貴女には不必要だったんだ」

碧の賢帝をアティが手にしたのは偶然だった。
剣がアティを狙ったともいえる。
少なくともアティにとっての本意ではない。

アティの戦い方は信じる事だから。

力に頼る碧の賢帝の力はアティには不要だ、それがどれだけ強大な力を持った魔剣だったとしても。

「僕達が居る。碧の賢帝がなくても、僕達が居る。例え一人では敵わない強大な敵でも、僕達は気持ちを一つにして戦える。想いの強さなら誰にも負けない、でしょう?」
この場合は頑固さとも変換できるが、ウィルにしては珍しく。
アティを気遣い、アティが納得できる単語を羅列して根気強く諭す。

「…………ウィル……くん」
「らしくもなく拗ねてないで。本当は貴女にだって分っていた筈だよ。何時までも碧の賢帝の力に頼るのは良くないって。もう卒業しましょう、剣からも、大義名分からも」
道に迷った迷子の顔をするアティに微笑みかけ、ウィルは更に畳み掛けた。

「良いじゃないか。遺跡を悪用されたくないという理由だけで無色と戦っても。剣の持ち主としての大義名分は要らない。
貴女の本音と一緒に僕は戦いたい。護る為に、相手を理解する為に」

無色との相互理解は無理でも、遺跡を護ることは出来る。
引いては島の友達を護ることは出来る。

ウィルの励ましにアティは気持ちが軽くなっていくのを感じていた。

「まだ諦めるのは早い。無色は遺跡を諦めていない、イスラは何かを企んでいる。 は貴女の状態に責任を感じて勝手に引き篭もっている」
プチトードスが大量発生しそうな高湿度の部屋。
らしくなくメソメソする友の姿を脳裏に描き、ウィルはお義理でアティに の状態を明かした。

さんが?」
ウィルの報告に流石のアティもギョッとしてベッドから腰を浮かせる。
しかしウィルに制されて大人しくベッドに座り直した。

「それから……この状態の貴女に言うのは大分卑怯な気もするけど。この戦いで僕が死なないとも限らないから、今、言います」
下らない見栄は張らない。
不思議と死ぬ気はしないけれど、絶対に死なないとも言い切れない。

自分の微妙は気弱に心の中だけで毒づき、ウィルはアティを真っ直ぐ見詰める。

「僕は貴女を」
ウィルの台詞とアティの反応は冒頭の通りである。



Created by DreamEditor                       次へ
 ゲームでは逆なんだけど、ウィルから告白させてみましたv ビバ!! ウィルアティ〜!!
 でも夜会話をご存知の方なら知ってますよね(笑)今晩辺りウィルはアティにチューされて倒れます(爆笑)
 ブラウザバックプリーズ