『ひとつの答え5』




スバルは腸が煮えくり返っていた。
きっかけはヤードから聞いた の抱えていた秘密である。

ミスミ、キュウマと一緒に聞いた の悩み。

島の遺跡の悪影響を受けた新たな誓約者・ の兄が生命の危機に瀕しているというモノ。
だから は頑張ってきたのだとヤードは説明していた。

「どうした、スバル」
むしゃくしゃして飛び出した自分の家。
歩いていると不思議な組み合わせがスバルに気がついて近づいてきた。

一人は同じ集落に暮らす頑固爺さん、ゲンジ。
ムッとした雰囲気を全身から発するスバルに声をかける。

「一人歩きは危険だぜ、小僧」
不思議な組み合わせの二人目はビジュ。
つい最近までは卑怯者だとスバルが考えていた元帝国兵。
これについてはビジュも自身を美化して言い訳していなかったし、ビジュが何を考えて に従っていたのか。
誰もビジュの心中を推し量れてはいない。

「危ないですよ〜」
+マルルゥ。
自分が言えた義理でもないのにスバルの心配をしてくるあたり、呑気だ。

「どうしたもこうしたもないだろっ!!! も先生も!! 勝手じゃないか」
あらぶる感情をコントロールできず、的確な言葉も発せず。
苛立ちを募らせながらスバルが吐き捨て草履の裏で地面を蹴り上げた。

どうして誰も勝手に一人で頑張るのだろう?
残された身内の辛さは母親のように無視されてしまうのだろうか?
父親の墓前で泣く母親の姿と。
アティを失って肩を落としたウィルの姿と。
顔は知らないけれど兄の窮地に怯える の姿が重なって見える。

余計にソレが腹立たしい。

「身内を護る為だけに戦えば良いのに、あの女神は不器用だからな」
ゲンジはスバルの立腹を受け止め顎を擦る。
「俺には理解不能だけどな。単純に生き延びられれば良いだけだからよ」
対するビジュの態度は素っ気無い。
素っ気無いというか本音しか吐露していないというか。
ビジュの台詞にゲンジは苦笑いを浮かべた。

「だからって友達のオイラ達に黙ってて……勝手に落ち込むのは卑怯だ」
スバルが憮然とした面持ちで怒りを再燃させる。
「一言相談して欲しかったです。マルルゥがお役に立てたかもしれないのに」
スバルの悔しさを受けてのマルルゥの考え。
正直に自分の気持ちを伝えるマルルゥに意図はない。

「「………」」
マルルゥのマルルゥらしい感情に、思わずゲンジとスバルは顔を見合わせた。

どう逆立ちしたってマルルゥには解決できないだろう。
マルルゥが駄目という訳でなく。
アティが抱える劣等感はアティ自身にしか解決できないし。
も然り。
誰かの慰めなんて余計に相手を落ち込ませるだけ。

という場合もあるのだ。

「ま、なんだ。で、小僧はどうしたいんだよ。具体案はあるのか?」
白けかかった場を取り戻すべく、ビジュが咳払いをしてスバルに話の先を促す。
「えーっと……」
ビジュの尤もな指摘を受けてスバルは瞳を左右に泳がせた。

実のところ、アティと の不義理に腹を立てているだけで。
スバルは解決策を持たない。

「新しい武器を捜したいんだ!! 先生が碧の賢帝がなくて心細いなら、それを上回る武器でイスラをやっつければいいじゃないか」
暫し考え込んでいたスバルが、一つの答を見出し拳を振り上げ主張した。

「力で、か? スバルよ、鬼姫殿の言葉を忘れたわけじゃあるまい? 力に頼ってはその力で滅びる。碧の賢帝に頼っていたお主達のようにな?
碧の賢帝が砕かれて腰が引けてしまったではないか。口には出さんが、皆不安なのじゃろう? 碧の賢帝という強力な武器が無くなってしまって」

事情を知りつつ外側から剣を巡る争いを見てきたゲンジ。
が引き篭もっている現在では一番の冷静さを持っているのかもしれない。

一人前になったスバル相手に歯に衣着せぬ物言いで現状を斬る。

「そ、それはっ」
言い淀みスバルは両手を握り締め足先へ目線を落とした。

という力強い存在と、アティとアティが持つ碧の賢帝。
二つの大きな『力』を欠いた己達のなんと心許ないことか。
母親や保護者のキュウマの手前言い出せなかったが、スバルはスバルなりに。

現状の心細さを憂いている。

「爺さんが正しいな。碧の賢帝を上回る力を手に入れてもよ、相手も同じ事をしたらどうする。結局はイタチゴッコじゃねぇか」
至極当然に痛い部分を容赦なく突いてくるビジュにスバルは項垂れた。

力に、武器の能力に頼るだけでは何も解決出来ない。
それはキュウマを見ていても母親を見ていてもよく分かる。
二人とも現状に満足する事無く不測の事態に備えて常に鍛えているから。

「でも……それでも! オイラは先生に元気になって欲しいんだ。負けても良い、死んでしまわなければ次がある。
父上を失った母上は時々悲しそうで……もし、皆がそうなったら。それだけは……嫌だ」

スバル自身は良い。
中途半端に親の顔を知る事無く生まれ、母親とキュウマ、途中からはゲンジも親代わりに育ってきているから。

ただ、時折感じる母親の切なそうな顔を見ているとなんともいえない気持ちになる。

墓前で涙を流す母親の様に、この戦いで仲間の誰かが身内を失い墓前で涙を流す事態が起きてしまったら?

考えるにつれスバルには耐え切れない。
誰かを犠牲にして生きていくなんて。
辛さは……味わって欲しくない。

「身内を失う辛さは筆舌だからの。スバルの気持ちも分らなくはない」
ゲンジが尤もらしい顔つきで必死に気持ちをぶつけてくるスバルに同意した。
チラッとビジュに目線を走らせれば悪人面の元帝国兵は顔を顰める。

「小僧のお守りなんざ、俺の仕事範囲外なんだがな」
苦りきった顔で悪態をつくビジュだが、濁った目はしていない。
物事を正確に捉える思考回路と打算を持ち合わせる大人、である。

「人助けも悪くないだろうよ」
「はっ、どうだかな。ついて来い、小僧」
含みあるゲンジの追求を鼻で笑ってかわし、ビジュは話の流れについていけないスバルへ目線を送った。

「アテがある」
一歩先に立ち振り返ったビジュはとてつもなく『頼もしく』見えたのに。




「………アテって、これがぁ?」
思わずスバルがこう零してしまうのも無理はない。
相変わらず酒の匂いが充満する店内でヘラヘラ笑っている店主・メイメイ。
人気の無くなった店は閑散としていた。

「碧の賢帝を上回る魔剣は存在するのか?」
スバルのぼやきを無視し、開口一番ビジュは単刀直入にメイメイへ尋ねる。

「答えは『ある』でもあるし、『ない』でもあるわね」
珍しくマジモードで応じてくれるメイメイ。
眼鏡を外し真顔で応えたメイメイにスバルが驚いて一歩後ろへ下がった。

「碧の賢帝は遺跡から力を得ているというけど、本質は微妙に違うのよ。元々、魔剣っていうのは特殊な鉱石を使い刀鍛冶が力を振るって作り上げるものでね?
碧の賢帝本来の力+遺跡から流れる力+先生の力=砕ける前の碧の賢帝の力。だった訳よ〜」

「……え? じゃぁ、剣がなくても先生って強いんだ」
指おって剣の威力を足したメイメイにスバルが今更ながらに気付く。
アティは剣がなくても強い人なんだと。

「当たり前だろう。でなきゃ、あんな気味悪ぃ剣なんかに主認定されねーよ」
スバルの理解力の遅さに思わずビジュがツッコミを入れてしまう。

「あ、そうか。じゃぁ他の『魔剣』っていうのを作れば、イスラに剣を砕かれる事がないんじゃないのかな?
イスラの力に怯えなくても良いし、遺跡に取り込まれる事も無い。先生は安心して戦えるんじゃないかな。当然オイラ達だって戦うけどさ」

単純計算でスバルは答を導き出した。

責任感の強い先生が自分だけ護られている訳が無い。
不思議とウィルに関しては我を忘れる先生だ。
ウィルが危機に陥ったなら無茶をして助けるだろう。

奇妙な確信がスバルにはあって、スバルはこれからを考えて、矢張りアティには相応しい武器が必要だと感じていた。

「簡単に言えばねぇ? でも剣の材料はない、刀鍛冶もいない〜。ナイナイ尽くしの島だもんねぇ〜、にゃはははははは♪」
島の閉鎖性を指摘しながら笑うメイメイは兵なのかもしれない。
メイメイの言葉にスバルは肩を落とす。
魔剣の製作に関しては我ながら名案だと思ったのだ。

「………ウィゼル。オルドレイクの用心棒を務めるあの男なら出来るだろう? 少しばかり身辺を探ったがアイツは有名な刀鍛冶だと聞く。
材料にアテはないが、あの男なら魔剣程度の剣を作れるはずだ」

メイメイの瞳を真っ直ぐ見据えビジュは切り札を口に出した。

底知れない店主も若しかしたら彼の存在を知っているのかもしれない。
そう推察しての問いかけである。

「意外だわ。 ったら人を見る目だけは確かなのね……メイメイさん降参」
ユルーイ態度は崩さない。
メイメイは茶化して喋り、両手を軽く上げた。

「剣は砕けたが粉々って訳じゃねぇ。砕けた剣を材料とすれば或いは、だろ?」
更なる切り札を持ち出せば全ては決まる。
「……」
沈黙は肯定。
黙ってフニャけた笑いを浮かべるメイメイの答えは「はい」だ。

ビジュの華麗な話術を聞き入っていたスバルは幾分尊敬を込めた眼差しをビジュへ送った。

「ビジュって優秀なんだな〜」
心からそう思う。
後先考えずに戦場で活躍したい、等と考えていた数週間前までの己が恥ずかしくなる。
常日頃『戦略が必要だ』と が言っていたのは正しかったのだ。
しみじみ実感させられたスバルである。

「優秀じゃねぇからこうなんだよ」
片やビジュは複雑な顔でスバルの賛辞を受け止めた。
「???」
スバルは大きな瞳を丸くして?マークを顔一杯に浮かべる。

「戦いってのは、矢面にたって敵の攻撃を防ぎ、攻撃するだけが能じゃない。策を考える者、召喚術を扱う者、全体を指揮する者で成り立つ。
俺は器用だが戦闘能力は低い。そんな俺が戦場で生き延びるにはな? ココを使わねぇーと駄目だったんだよ」
皮肉気に唇を持ち上げ、ビジュは己の頭を指先で示したのだった。



Created by DreamEditor                       次へ
 自分に正直なビジュって悪者扱いされたけど、本来の人間の本質の一つを如実に表しているキャラだと思います。
 だからうちのビジュは良くも悪くも自分に正直。目標は生きて島から脱出して帝国へ帰る、です。
 ブラウザバックプリーズ