『砕けゆくもの4』



ツェリーヌの放った召喚術が収まり、倒れるビジュと、一見すれば平然と立ち尽くすイスラ。
オルドレイクの応急手当を終えたウィゼルが刀を抜いた。

「どけ、ツェリーヌ」
言うや否やウィゼルの刀は抜き放たれ、威力の強い居合いの刃がイスラを襲う。
「させるか!」
ウィゼルの攻撃を防ぎに掛かるイオスと、避ける素振りを見せないイスラ。

イオスによって半減された居合いがイスラと倒れたビジュを通り抜けた。
雑魚の撃退を確信したオルドレイクは服に手を伸ばし、サモナイト石を取り出して魔力を込め始める。

「そろそろその演技も終わりにせぬか」
がヴァルセルドの力を借りて飛ぶ。
狙い定めてイスラと倒れたビジュの間に割り込んでイスラを突き飛ばし。
それから倒れたビジュを足蹴にした。

「……このまま死んだふりで戦闘終了とかっていうのは」
「却下だぞ、ビジュ」
全身土塗れでお世辞にも綺麗とはいえないビジュだが、怪我は一つもない。
ビジュと の会話に全員が、無色の派閥を含めた全員が口を開いた格好で暫し固まる。

「へいへい、諜報活動の次は戦闘への駆り出しですか」
ビジュは身軽にジャンプして起き上がり、ジャンプした時に投具を。
オルドレイクの方を見向きもしないで彼に投げつけた。

「仕方あるまい、人手不足で猫の手も借りたいのだ」
は横に飛び、飛ぶと同時に銃を立て続けに撃ち派閥兵を威嚇する。

「貴様!! 歯向かうつもりか」
流石のオルドレイクも負傷した状態で余裕は保っていられない。

投具で自身の持つサモナイト石を砕いたビジュを鋭い視線で射抜く。
体制を崩したお陰で応急処置を施した傷口がまた開いたらしい。
オルドレイクは真っ青な顔で地面に座り込んだ。

「矮小な分際で愚かな」
オルドレイクの背を擦るツェリーヌも怒り心頭。
目尻を吊り上げた怒り顔でしたり顔のビジュへ顔を向けた。
そのビジュは既に駆け出している。

「残念だったな、オルドレイク、ツェリーヌさんよ。元々俺はあっち組なんでな? そろそろ本来の『居場所』へ帰らせて貰うぜ」
ビジュは素早く一時的に警備が薄くなったツェリーヌの眼前に躍り出る。
ツェリーヌの手にした杖を奪い取り崖下へ投げ捨てビジュは投具を取り出した。

この一方的な話の流れについていけないのが、カイル達である。
てっきり裏切りの果てに死んだと。
ビジュをその程度でしか認識していなかった彼等だが。

「まったく……。私の部下を勝手に引き抜き、イスラのお目付け役に据えたんだな」
悔しいが、恨めしい気持ちは湧き上がらない。
一枚も二枚も上手な の隠し玉、ビジュの存在にアズリアがつい本音の一部を零す。

同時に が何処まで先を読んで行動しているのか。

考えて背筋を僅かに寒くした。
その間にビジュはツェリーヌの反撃を警戒して再び彼女とは距離を置いて攻撃の構えを取っている。

「理由なら後ほど懇切丁寧に説明するぞ。まずはアティをつれて逃げよ」
はイオス・ビジュと目で意思疎通を図りながら背後の団体へ命令ずる。

ビジュの暗躍というか の策略というか。
の独壇場となった崖での攻防を呆然と眺める団体。
彼等にはさっさと退場願いたい。
は願いも込めてわざときつい口調で言った。

「でも! 達だけじゃ」
ベルフラウが魂が抜けてしまったようなアティに付き添いながら、顔だけを振り向かせて へ叫ぶ。
アティに続いて まで傷ついてしまったら?
そんな不安がベルフラウの表情に現れていた。

「ではわたしも残りましょう」
「ふむ、わらわも残ろう。皆はアティを守ってやれ」
ベルフラウの不安を、この場の全員の杞憂を察したキュウマが自ら名乗り出る。
キュウマ一人では手数が足りない。
瞬時に判断したミスミも名乗りを上げれば、誰かが名乗りをあげる前にスバルが手を振る。

「おう! 母上、任せておけって。キュウマも頼んだぞ!」
スバルは次に胸を叩いて見せてからウィルの隣へ駆け出す。
年齢も育った環境も違うけれど、スバルはウィルを友達だと考えていたし、ウィルもスバルを認めていた。
元気のないウィルの背中を叩き渇を入れる我が子の姿にミスミは破顔する。

「はい、スバル様」
キュウマも他人を思い遣るスバルに微笑し腰をおって返事を返す。

「くっ……下賎の輩が足掻くなんて、許しがたい」
怒りを通り越して彼女の中は軽いパニックすら起しているだろう。

至上と考える無色の派閥。
しかもセルボルトの家名を掲げる己達に牙を剥く能無しが存在するとは。

ツェリーヌの思考の中には存在しない異端が、目の前にいる。

「ビジュ、油断は禁物だ。杖という媒介がなくともツェリーヌの召喚術は強力だ」
ビジュの退路を断とうとする派閥兵達。
彼等の手や足を重点的に狙い撃ち、動きだけを封じて移動しながら がビジュへ警告する。

「了解、隊長殿」
左唇の端を持ち上げ の立場を揶揄するビジュから、今までのビジュのやる気の無い姿は窺えない。
秘密裏に動いていた自分の苦労が報われたからなのか。
やけに生き生きした表情で機敏に立ち回っている。

「まったく……もう少しその口調は何とかならないのか?」
ビジュの背中へイオスが言葉を投げつけた。

今更、品位云々を求めるつもりはないが。
ある程度の常識は持ち合わせてほしいものである。
同じ元帝国軍人として。

「お生憎だな、イオス。俺はお上品には出来てねぇんだよ」
ツェリーヌの動きを注意深く観察し、その合間に向かってくる派閥兵を投具で踏破するビジュ。
小器用にイオスへ返事を返す。

「それもそうだな」
妙にアッサリイオスが納得してしまう。

ビジュはなんともいえない顔をしたが敢えて反論はしなかった。

少しばかりの冷静さを取り戻したツェリーヌが自分の位置から一番近くで戦うビジュに狙いを定める。
上着の中から手早くサモナイト石を取り出した。

「はっ、早々簡単にくたばってたまるかよ」
ビジュが吐き捨て投具をツェリーヌへ投げ放つ。

怯んだツェリーヌをヘイゼルが庇い、短剣で投具を弾き返す。
身体はボロボロでもヘイゼルの本能が身体を突き動かしている。
ビジュの動きを牽制するヘイゼルに、ビジュ自身が舌打ちした。

「他所見をするでないぞ、ツェリーヌ」
の涼やかな声音と同時にツェリーヌへ降り注ぐ、暗黒の刃。
通常のダークブリンガーなら避けようがあるものの、 が四つのサモナイト石から召喚したダークブリンガー×四である。

「わらわも負けてはおれん」
扇で隠した口元に笑みを浮かべミスミはダークブリンガーに合わせ、狐火の巫女を召喚。
降り注ぐ暗黒の刃に黒炎が追加された。
四倍の威力を持った無数の刃・黒炎付きに曝され、ツェリーヌは受身を取る時間さえ与えられず吹き飛ばされる。

「きゃあああぁぁぁああ」
とミスミの合体召喚にツェリーヌは悲鳴をあげニ・三歩後退し。
数秒間はよろめく足取りでなんとか立っていたが、片膝を付く。

崩れ落ちそうなツェリーヌに派閥の召喚兵が慌てて癒しの召喚術をかけていた。

「忍法! 火遁の術」
ウィゼルの背後斜め左側に回りこんだキュウマが炎を操り、ウィゼルへ攻撃させる。
「召喚!! ペンタ君」
続けてイオスも槍でウィゼルに立ち向かわずキュウマの炎の威力をあげるべく、メイトルパの召喚獣・ペンタ君を召喚。
炎と爆弾の組み合わせはウィゼルを中心に暴発した。

「!?」
ウィゼルは眉を持ち上げ驚き刀を構え爆発の一部を刀の風圧で納める。
残りの爆発の衝撃はウィゼルへ届き、ウィゼルは高温の炎に取り囲まれた。

「召喚!! ナックルキティ!!」
イオスは炎に巻かれたウィゼルへ手を抜かず次の召喚獣を呼び出す。

真っ赤なグローブを陽光に翳したネコ型の亜人は目で追えない速度の高速パンチをウィゼルへ叩き込んだ。
続けてキュウマも再度炎を操りウィゼルの居合いを封じる。

「貴方は強い。本来なら一対一で手合わせを願いたいが、争いに綺麗事は無意味だ。無駄死にする根性を今の僕は持ち合わせて居ない」
槍を収め緑のサモナイト石を手にイオスがウィゼルに告げる。
イオスをフォローするべく隣に立つキュウマも黙って頷いた。

「分が悪いか」
ウィゼルは誰に言うとはなしに口内で呟き刀を鞘へ納める。

これ以上争っても互いに消耗戦になるのは目に見えていて。
どちらが不利といわれれば、こちらが不利だとウィゼルは結論を下した。

「今は互いに本気で衝突しておる場合ではあるまい。死にたいのか? 禿」
銃を構える の背後では長刀を構えるミスミが。
また、イオスの背後にはビジュとキュウマが控えオルドレイクを鋭い目つきで見詰めている。

「引くぞ、ツェリーヌ」
丸い黒眼鏡を指先で持ち上げオルドレイクは短く告げた。
「………はい、あなた」
不承不承、夫の撤退命令に従いツェリーヌは 達に背を向ける。

イスラ、ビジュを除いた無色の派閥の面々は顔色の悪いオルドレイクに率いられ、丘向こうへと消えていった



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 ビジュは主人公が裏で勧誘した対無色用の隠し玉でした。
 って伏線張っていたのでバレバレですよね? ブラウザバックプリーズ