『砕けゆくもの3』




決意とは口に出してしまうと、それだけが先走って周囲を巻き込んでいく。

本当はイスラを殺す事なんてできない癖に。
アティは一人追い詰められ決意を固め、イスラとの決着をつけるべく島外れの断崖の近くへ足を運んでいた。

「これで終わりにするのか?」
さしものアズリアも了承しがたい。

アティの甘さなど骨の髄まで身に染みているアズリアである。
突如アティがイスラとの戦いに決着を、等と口に出しても心の底から信じられないでいた。

「本人はそう言っておる」
アズリアとギャレオに挟まれ立つ も形容しがたい顔をして、アティの後姿へ目線を送る。

悲しい、苦しい、もどかしい、そして心配。
これ等の感情を混ぜた の顔は微妙に歪んでいる。
ギャレオは仲間を案じる に、そういった感情をこの美少女も持ち合わせていたのかと。
奇妙な感慨に耽っていたりするのだが、周囲はギャレオの気持ちを察してはいない。

「しかし……戦う気が満々なのはあちらも同じ様ですよ?」
キュウマは音もなく近づき崖の上から崖下に居るこちら側を悠然と眺める、イスラ、ビジュ、ヘイゼルを指差した。

「それはこちらも同じだろう? 向こうも決着をつけたがっていると見なして構わないと感じるが? 違うのか?」
ギャレオが常より強い口調で喋るアティの態度を自分なりに解釈し、発言する。

無色を捜してわざと囮紛いの移動をしたアティを発見した無色。
無色、というよりかはこの場合はイスラだ。
イスラと共に帝国を裏切ったビジュと失敗続きで名誉挽回を狙うヘイゼルが加わった豪華な布陣。
無色の派閥兵も、ヘイゼルの配下の暗殺者達も。
奇襲をかけてきた時とはまるで違う。
戦いの場を崖にした事、付随して崖上からの攻撃を選んだ事からも、無色が決着をつけたがっているのは明白だ。

「分からない。イスラの気持ちは……私には」
抜刀した姿で立ち尽くすイスラ。
強気のアティを敢えて挑発しここまで来いと茶化す弟の姿が痛々しい。
本来のイスラの心根を知るアズリアは語尾を弱める。

「誰も貴女を責めてはいません。真に憤るべきは無色の卑劣な遣り口です」
キュウマはアズリアの心痛を察して彼女の肩を叩く。
「すまない。ここで気落ちするわけにはいかないな、ギャレオ」
口元へ力を込めアズリアはともすれば尻込みしてしまう、己の気持ちを鼓舞する。
背筋を真っ直ぐ伸ばしたアズリアは迷いに蓋をして敵へ目を向ける。
「はっ」
ギャレオが身体に馴染んだ帝国軍式の敬礼姿勢をとる。
「アティ一人に戦いの重荷を背負わせてはいけない。私達も最前線に加わるぞ」
「了解しました」
アズリアはメイメイの店で新たに調達した長剣の柄に手を掛けた。
敬礼姿勢のままギャレオは短く返事を返す。

……すまないが背後を頼んだ」
半歩前へ出て上半身を捻りアズリアは背後の の瞳を射抜く。
アズリアはすっかり軍人の顔になっていて、イスラを案じる姉の顔は成りを潜めている。
「実力のある に背中を護って貰えれば遠慮なく戦えるだろう?」
が問う目線でアズリアを窺うと、アズリアは彼女らしい言葉で理由を説明した。
「良かろう、援護は我に任せよ」
アズリアなりの自分自身へのけじめ。
感じ取って は胸に手を当てた。
「アティは極力、私が守ってみせる」
捨て台詞を残してアズリアはギャレオを伴い駆け出していく。

最前線、カイル・ソノラ・ファルゼン・ヴァルセルド・スカーレルは既に戦闘に突入している。
ヤードは彼等から数歩下がって召喚術の援護を。
ウィル・ベルフラウはアティの背後にぴったり寄り添い、アティの邪魔になる派閥兵を撃破する。

は皆が戦いに集中しているので、自分は回復役に回った。
聖母プラーマ、天使ロティエルを召喚、傷ついた味方を片っ端から回復して。
合間に銃で敵の動きを牽制、味方を助けて戦う。

殿、わたしも彼等の援護に向かいます」
の近くで彼女を守っていたキュウマ。
交代のタイミングを計っていて今がその時と に声をかけた。
「俺もそろそろ前線に出るぜ、代わりに疲労が激しいウィルをこちらに戻す。援護を頼むぜ、マルルゥもな」
後方で負傷した敵の動きを止めて戦うヤッファも唇の端を持ち上げ、亜人らしく身軽に戦列を前へ進んでいく。

キュウマも狭い岩場の上を飛翔し、あっという間にベルフラウの隣へ着地する。
ヤッファが何かを叫び、頷いたアルディラが駄々を捏ねるウィルの上着の襟首を引っつかみ後退し始めた。

敵は粗方倒し終えていて、最後まで抵抗していたビジュもミスミとスバルの協力召喚の前に倒れ、ヘイゼルもクノン相手に力を出し切れず敗北する。
細かい傷を拵えつつも薄く笑うイスラの前で仁王立ちするアティ。
決意みなぎる彼女の操る碧の賢帝は輝きを増し、紅の暴君とぶつかり合う度火花を散らし、魔力の波を生み出す。
優勢としか考えられないアティの剣捌き、付け焼刃のイスラの剣技とは違う。

「くっ」
紅の暴君を手にしたイスラが片膝を付く。
苦悶の表情を浮かべたイスラにアティが碧の賢帝をつきつける。
「これで………終わりです」
「駄目!!! 先生!! 駄目だっ」
硬い声で宣言したアティの声に被さるウィルの絶叫。
止めを刺そうとして身体が震え動きが止まったアティ。
イスラは刹那恨みの色を瞳に浮かべすかさず斬り返した。

咄嗟に受身をとったアティと砕け散る碧の賢帝。

「アティ!?」
気付いたカイルが叫び、ベルフラウも「先生!」と叫んで駆け寄ろうとして。
ソノラとスカーレルによって背後へ下げられる。
ここで最後尾、 の元へ辿り着いたウィルは顔面蒼白の を眺め数日前の彼女を思い返す。
基本的に皮肉屋で尊大なとっても年上の友達は、強い反面、とても脆い。
自分の先生のように。

「あAaアアァァァaa……」
堰を切った如く叫ぶアティを厳しい顔をして背負うカイル。
砕け散った武器の欠片。
薄暗い瞳でこちらを眺め薄く笑うイスラ。

「……想いのぶつかり合い……イスラ、汝は」
切なげに眉を寄せ は一人悲しみに項垂れた。

 そうまでして汝が願う『譲れないもの』とは、その事であったのか?
 そうまでして得なければならない安息なのか……。
 その魂が悲鳴を上げる。
 なんて深い悲しみなのだ。
 紅の暴君の力のお陰で魂の音色が島全体を覆いつくしておる。

の目尻から涙が一粒零れ落ちた。

! 戦いはまだ終わっていない。考えるなら後にするんだね」
油断なく剣を構えたウィルが惚けた態度の に怒鳴りつける。
「腹の立つ言い方だけど、ウィルの意見は正しいわ。 、悩むならもう少し後にしなさい。敵はまだ居るのよ」
魔力防御壁を形成する手を休めず、アルディラも を叱咤した。

アティをカイルが背負い、カイルの背後をヤッファとキュウマが護り、ファルゼンが 達へ繋がる道を切り開く。
無色も易々とアティ達を逃すつもり等ない。
ヘイゼルの手下の暗殺者達が、無色の派閥兵がカイル達を取り囲み包囲していった。

「まったく、後でどれだけ泣いても僕は の味方だから。そろそろ立ち直ってくれると嬉しいね」
本格的に泣き出した愛しい存在。
大切な彼女が傷ついているのにだんまりを決め込めるほど大人じゃない。
物分りの良い軍人は彼女に出会って廃業したのだ。

人型になったイオスは背後から をそっと抱き締め、指先で涙を拭う。

「ちょっと、ちょっと!! そんな桃色空気を醸し出さないで!! 戦場よ、ここは」
スカーレルが、スンと鼻を鳴らした の愛くるしさに自分もクラクラしながら。
イオスを遠慮なく睨む。
睨みながらファルゼン達が合流できるよう、派閥兵達を斬っては捨てていた。

「アティさんの救出に意識を集中させましょう!」
カイルを中心として聖母プラーマに癒しを頼みながら、ヤードも遠まわしに沈む の気持ちを励ます。

? もう少し頑張れるな? 彼もその為にあちら側に渡ったのだから」
「……」
「今は目の前の命を助けよう。全てを一度に救えるなんて考えるな。大丈夫、 は一人じゃないだろう?」
耳元でコソコソコソコソ囁くイオスの姿勢は見るからに色ボケした兵士。
なのだが、 の涙はピタリと止まり蒼き双眸に力が宿る。
腕の拘束を解いたイオスは の額に口付け自分は槍を手にウィゼルを視界へ入れた。


「遣りすぎだ。剣を砕いてしまっては使い物にならないではないか」

 一方、勝利?

したセルボルト家、当主のオルドレイクの機嫌は悪い。
折角の道具の一つが台無しにされたのだ。イスラの行動は目に余る。

「申し訳御座いません、オルドレイク様。ですがこれで良いのです」
オルドレイクの意に反してイスラは嫣然と微笑む。
まるで最初からアティの剣を砕く為に戦ったと謂わんばかりに。
「何故だ?」
鷹揚にオルドレイクがイスラへ答を要求した。
「これが僕の願いだからだ!!」
紅の暴君が一閃しオルドレイクの腹を切り裂く。
流石のオルドレイクもイスラの行動は予測不可能だった。
無防備な状態のままイスラに斬りつけられ腹から血が滴り落ちる。

「ぬおっ」
脇腹を押さえ蹲るオルドレイクを庇うウィゼルとヘイゼル。
二人の前に歩み出たのはオルドレイクの妻、ツェリーヌである。

「あなた!? おのれ……裏切りましたね? これでも喰らいなさい!!」
憤怒の色を浮かべたツェリーヌの魔力が見る間に膨れ上がり、高笑いを浮かべるイスラと、驚愕するビジュを包み込んでいった。



Created by DreamEditor                       次へ
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