『砕けゆくもの2』
芳しくない。
アルディラはベルフラウの愚痴をウィルと共に聞きながら密かに息を吐き出した。
クノンも鉄面皮を装着しているものの、心境的にはウィルと同じ気持ちであろう。
「そう……カイル達がそんな事を言ったの。それでアティを捜しに行ったら、勝手に決意された後だった訳ね」
イスラ抜刀にはアルディラだって驚いた。
そして納得したのだ。
彼の不思議な行動と、クノンが発見した治療の際の不可思議なデータ。
それから姉に対する冷酷な対応に無色の派閥が彼を仲間へ引き込んだ、凡その理由を。
解せない部分は多少残るが大半の点が線で繋がりアルディラの気持ちを落ち着かせている。
「アティ様らしいお考えです」
アルディラに珈琲のお代わりを注ぎクノンが淡々と応じた。
「もう!! お姉様も、クノンも!! 呑気に構えてる場合じゃないでしょう?」
とか言いながら、ちゃっかり自分もクノンが淹れた紅茶を飲んでいるベルフラウである。
「でも先生も頑固だから。口先だけで言ってる発言内容でもなかったよ」
ウィルもアルディラに倣って珈琲を口に含みながら自分の考えを明かす。
「ウィルも!! どうして先生を心配しないのよぉ〜!!!」
対してベルフラウは島へ流されてから培った激しい自己主張を振りかざし、地団太を踏む。
以前のベルフラウなら少々の横暴さえ混じっていたであろう意見だが、現在のベルフラウは言って良い事と悪い事の境目を己の中できちんと分けている。
「皆、心配してるさ。僕だって。だけど」
紅茶に映る自分の顔は今まで同様覇気が無い。
ウィルは揺れる珈琲に映る自分の歪んだ顔と目をあわせた。
「あら大人になったのね、ウィル。私も同じ考えよ」
眼鏡の位置を直しつつアルディラはさり気なさを装い姉弟の会話に水を差した。
「アティにしかイスラを止められない。紅の暴君には碧の賢帝で。この構図は覆らないわ。
が仕掛けた攻撃が無効だった事からも証明されてるわね? ここまではベルフラウも良く分かっていると思うけど」
アルディラはベルフラウとウィルの注意を引くべく、咳払いをする。
「当然よ。分ってるわ」
あの光景はベルフラウの脳裏にしっかりと焼きついて、離れない。
悲しそうな の瞳と何かに輝くイスラの少し怖い感じのする瞳。
それから底の知れない笑みを浮かべていた敵の首領・オルドレイクの顔を。
「しかもアティは負い目があるのよ。
に」
困ったわね。
続けて言いアルディラは手にした珈琲カップをアルディラの席、脇にある小さなテーブルへ置いた。
「
に!? アズリアやイスラじゃなくて?? お姉様やキュウマにでもなくて??」
ベルフラウは素っ頓狂な声をあげ椅子の中で仰け反る。
「 様は常に陰になり日向になりアティ様達を援護してきました。帝国軍の隊長と副隊長及び一般兵を助けたのは 様です。
付け加えればアティ様一人が負担を背負わないよう、アルディラ様やキュウマ様に圧力を掛けていたのも
様でした」
ベルフラウが床へ落としかけた紅茶のソーサーを優雅にキャッチして、クノンは口を開く。
ウィルは自分の心境と同じほろ苦い珈琲を煽るように飲み干し、些か乱暴にサイドテーブルへカップを戻す。
「
って影でコソコソしてたけど、そんな事までしてたの?」
秀麗な眉を顰めベルフラウが小声でクノンにお礼を言った。
クノンは微妙な表情の変化で笑顔になり一礼する。
「 にも なりの事情があるって分っているつもりよ? でもね? あそこまでされたら、誰だって心苦しく感じるものなのよ。良くも悪くも
は優しいから」
同年代の女性としてアティの心情を慮りアルディラは年若い二人へ心境を零した。
「
様の尽力でわたしは救われました。アルディラ様も」
クノンも への感謝の気持ちは抱いていて。
有難い気持ちをクノンなりに込めて三人へ伝える。
「ええ、そうね。キュウマも身に染みたでしょう? リクトとの約束も大切でしょうけど、今を共に生きているのはミスミさんとスバル君だもの。
シルターンへ戻る為に誰かを犠牲にするなんて、あの二人には耐えられないわ」
怒髪天をついたミスミの怒り顔を思い出し、アルディラが笑いを噛み殺した。
「物凄く怒ってたじゃない、ミスミ様もスバルも。
に入れ知恵されちゃってキュウマなんて忍にあるまじき白装束だったし。えーっと、せっぷく? だっけ」
人差し指を左右に振りベルフラウが『キュウマ切腹疑似体験事件』を話題に出した。
「はい。シルターン流、自身の命を掛けて詫びる方法の一つだそうです」
クノンは己のデータから切腹についての情報を取り出し応じる。
「ファリエルの重荷を取り払ってくれたのも なの。ずっと一人で抱えていて辛かったでしょうに。私が遺跡の言いなりになってしまって悲しかったでしょうに。
それでも私を義姉と慕ってくれるんだもの。ファリエルも……私にとっては大切な『家族』だわ。それを
は手痛い『お仕置き』で教えてくれたの」
ちょっぴり遠い目をしてぼやくアルディラから窺えるのは疲れ。
あの時のクノンの満面の笑みと
のニヤリ笑いが忘れられないのだろう。
「アルディラもアレは災難だったよね」
同情の色濃い眼差しをウィルがアルディラへ送る。
「
のお仕置きにしては軽い方だと思うわよ? 今ならね」
怪しい機械に閉じ込められて、遺跡へ精神を送るという筋書きのお仕置き。
己の醜態を回想してアルディラは力なく微笑んだ。
「明確な血の繋がりなんて必要ないのよ。大切なのはお互いを思いやる気持ち、だから。相手を家族だと想える気持ちがあるかないか、だから。
ファリエルもクノンも大切な家族なの。私の大切な家族」
最近ファリエルとお揃いの物をと作った銀細工のブレスレット。
戦いの邪魔にならないよう作られた細身でいて頑丈なソレを電気照明の下に曝しアルディラは柔和な表情を浮かべた。
自然体なアルディラの寛いだ雰囲気にベルフラウもウィルもつられ『家族』について考え始める。
真っ先に浮かぶのは、矢張り。
「
のお兄さんってそう考えると偉大よね〜」
特筆すべき毛色の変わった兄と妹。
種族も成長環境も違うらしい、のに誰よりも仲の良いバノッサと であろう。
ツーカーの仲、阿吽の呼吸を持ち合わせる最強兄妹は空気よりも自然に呼吸するかのような。
そんな肌に馴染む勢いで仲間達に認識させている。
絆が齎す力強い関係を。
やや暴走しがちな妹を宥める止める兄、という構図で。
「確かに。あの
の兄をしてるんだからね。僕には出来ない芸当だよ」
ウィルもベルフラウの考えには同じだ。
しみじみと呟きウィルはカップを置いたサイドテーブルの隣の皿へ手を伸ばした。
ベルフラウが苦心して作ったやや端が焦げているクッキーを摘み上げる。
「本当に。自分の常識を振りかざして暴れる
を止められる、唯一の存在。貴重だわ。しかも血が繋がっていないのに誰よりも家族としての空気を持っていて」
アルディラもベルフラウが焼いたクッキーを手に羨ましい声音で言った。
バノッサに成りたいなんて、考えてはいない。
ただファリエルの姉として、クノンのパートナーとして。
バノッサの様に芯が通った筋を通す存在に成りたいとは願っている。
「口数は多くないけど嘘はつかないしね。ちょっと怖いって感じる事もあったかな? それを差し引いても頼りになるお兄さんよね。直ぐ怒る
とは違って」
寡黙な分だけバノッサの発する発言は重い。
しかもそれが正論だったりするから効果は抜群といえよう。
ベルフラウは小さく唸って宙に浮いた両足を前後に動かした。
「忍耐強さは見習いたいね」
カッとなると自分もかなり無謀を起こす人間だと悟ったウィル。
自分に足りないものをバノッサに見出していて冷静に意見を挟む。
「話は元に戻すけれど、 は個人の考えでそれだけの事をしたの。だけど……それをアティは申し訳ないって考えるのよ。
自分が頑張っていれば
に迷惑をかけなくて良かったかもしれないと決め付けてね」
「
が自分勝手なのは今に始まった事じゃないのに。先生も妙に義理堅いのね。勝手に申し訳なく考えるなんて」
逸れた話題を戻したアルディラにベルフラウが言い、自作のクッキーを摘み上げた。
「多分ね? でも今の先生を捕まえてそれを説明するのは難しいって。僕とアルディラは考えてるわけさ」
アティの決意の裏側に隠された真意を汲み取ったベルフラウの一言に、ウィルが自身とアルディラの意見を足す。
「 もアティに感謝して欲しくてやってた訳でもないから。 が助けたいって考えた人だけが助かっている現状を考えても、 が取り繕ってはいないと思うの。
だから
自身もアティの思い込みには困ってるみたいだけど」
アティと一緒に落ち込んでいく の顔は見ていて痛々しい。
アルディラは
のフォローも忘れず二人の子供に彼女の心境を教えた。
「なんだか嫌な気分ね。誰が悪いわけでもないのに、こんなに重い気分になって。精神的に追い詰められているような気がするわ」
盛大にため息をつき愚痴っぽく漏らしたベルフラウの台詞が、現実のものになろうとは。
アルディラにもウィルにも、発言者であるベルフラウにも知る由がないのだった。
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