『彼が願ったこと3』




警報装置をセットし直しアティ達に合流したクノンが最初に目にしたのは。
紅の暴君の手で蘇る亡霊兵達。
呻き声をあげ立ち上がる亡霊達を警戒しつつイスラ目掛けて走り出すアティ。
抜刀したその姿で凛々しく亡霊兵へ果てしなき蒼を振り下ろす。

「ご苦労だったな、クノン」
現識の間にやって来たクノンとヴァルセルドに は軽く手を挙げて、その労を労った。

「しかし良いのですか? 加勢しなくて」
ヤードが最後尾で兄と立ち尽くす に言う。

「密集地帯で下手に召喚術を放ってもな? 味方も巻き込むぞ」

弓を使って浮遊能力を持つ亡霊兵を攻撃するベルフラウ・マルルゥ。
同じく長距離の射程を生かして攻撃するソノラ。

最前線ではファルゼン姿のファリエルとカイルが、阿吽の呼吸で亡霊兵を殴り倒し。
キュウマはヤッファとウィルと連携し、通路に犇く亡霊兵を撃破していく。

「それに、皆の目的はイスラに届け物をしたいからだ」
ギャレオが拳を打ち込み、スカーレルが仕留める。
活気付く彼等のテンションについていけずぼんやり立ち尽くすアズリアに先ずはベルフラウが怒鳴った。

「早く!! アズリアッ!!!」
「早くするですよ〜!!!」
上を指差すベルフラウと、アズリアの行動を促すマルルゥ。
二人の声に後押しされてアズリアはノロノロと動き出す。

「隊長サン、こっちはアタシ達が抑えてるから」
「走れって!!」
亡霊兵の攻撃を受け止めたスカーレルがアズリアを急きたて。
カイルが号令を掛ける。
ノロノロ移動だったアズリアはカイルの言葉に駆け出した。

「アズリア、イスラの所へ急いで!!」
「そうだよ、姉である貴女が責任を取らなきゃ駄目だ」
アティがイスラを守っていた最後の亡霊兵を切り捨て、ウィルが剣を構えたイスラと対峙しながら。
アズリアを急かす。

ウィルの背後から躍り出たアズリアはイスラを見据え紅の暴君を受け止め力を横に流して剣を薙ぐ。
歪んだイスラの顔に良心が疼くもアズリアは渾身の力を込めて長剣を繰り出す。

何時の間にかウィルがプニムを召喚していて、イスラの魔力をゼロになるまで削っていた。

タイミングを見誤らず。
イスラが紅の暴君から力を引き出そうとした瞬間を狙ってアティが果てしなき蒼で攻撃を仕掛ける。

 ガキィン。

金属同士が激しくぶつかり合う音がしてイスラの手から剣が転がり落ちた。

「大丈夫。紅の暴君は修復できる範囲で折りましたから」
不安そうなアズリアにアティがこう説明した時。

イスラは口から盛大に血を吐き出した。

口から溢れ出る血を呆然と眺めたイスラは片膝を付き、血に塗れる床を見下ろす。
その光景にやバノッサ・イオス以外の面々は驚き動きを止める。

「裏切り者を許すと思ったか、愚か者どもが」
物陰から青白い顔のオルドレイクが現れた。
腹を押さえる仕草から彼の怪我がまだ完治していないと窺い知れる。

「まだ島から逃げ出しておらなかったか、しぶといな」
はオルドレイクの登場に露骨な嫌悪感を顕にする。
そんな の頭をよしよしなんて撫でてイオスも苦笑い。

「イスラの命を繋いでいたのは我が妻、ツェリーヌの技によるもの。裏切ったイスラを我等が生かすとでも思っていたのか」
嘲りの表情を浮かべてオルドレイクが吐血するイスラを見遣った。

「イスラッ!!! しかりして!! イスラ!!!」
「死にたくない……嫌だ、死ぬのは嫌だ……」
オルドレイクの言葉に耳を貸す余裕はない。
イスラの傍らに付いてイスラの名を呼ぶアズリアと、死に直面して本音を零すイスラ。
自分の死が実感を伴っていないのか、他人事のように『死にたくない』と力なく呟く。

「ふはははははははは!!! 無色を裏切った報いだ」
オルドレイクの目には無様な死に様だと映るのだろう。

額に青筋浮かべ堪えていたバノッサが音もなく移動し、オルドレイクを攻撃できる位置にまで到達する。

『五月蝿い!! 死にぞこないはさっさと消えろ!!!』
高笑いを浮かべるオルドレイクについに耐えかねたバノッサが剣を振り下した。

空気を切り裂く音がして遺跡の一部が削れる音がする。
額に青筋浮かべたバノッサがオルドレイクをねめつければオルドレイクはニヤリ笑いを残し遺跡から去って行く。
追い討ちを掛けるように魔力の塊をオルドレイクの背中向けて投げ放つ。

最悪オルドレイクを殺さないようイオスが構えるも、バノッサはオルドレイクを追払うよう威嚇攻撃を続けるのだった。

「どうして怪我が治らないのじゃ!?」
ヤードの召喚術もカイルのストラも効果なし。
ミスミが声を荒げる。

「しっかりしろよ!!! イスラ!!!」
スバルも声を張り上げ、なんとかイスラの意識を浮上させようと努力する。

「ツェリーヌの、彼女の力によって健康を取り戻したイスラは。紅の暴君の力を極限まで引き出していました。その反動かもしれません……」
沈痛な面持ちでヤードが最悪の事態を音に出した。
出来る事なら口に出したくないおぞましい結果を。


 ああ、やっと死ねる。


涙を流して自分の手を握るアズリアの顔を横目にイスラは安堵の息を吐き出す。


 やっと終わるんだ……全てが。


体が時折痙攣するが今のイスラに痛みはない。
死ぬ事は怖い。死にたくない。
好き好んで死ねる物好きでもない。
それでも。
イスラは口から血を吹き零し咳き込みながら只一つの心残りを視野に納めようと目を動かす。

 リィン……。

は罅の入った紅の暴君の刃先に指を滑らせていた。
髪と同じ蒼い何枚にも及ぶ羽を全て広げ神としての魔力(マナ)を放ちしゃがみ込んでいる。
硝子同士がぶつかりあって不思議な音を奏でる中、イスラの求める人は佇む。


 ああ、もし生まれ変わって君に逢えるなら。


イスラは薄れ行く意識の中全身全霊を込めて願う。
恋なのか、愛なのか、憧れなのか、憎しみなのか、羨望なのか。
結局イスラの中で決着はつかなかったけれど、とても気になる人。
いや、神。
どうしようもない体の自分が誰かに惹かれるなんて天変地異でも起こるかもしれない。


 君に、逢えるなら!! 傍に居れるなら!!!


一際強く願いイスラは瞼を閉じゆく。
アズリアの息を呑む音が周囲に響き誰かが必死で手当てする声がして。
途切れ途切れになるイスラの意識は、否、魂は身体を離れようとしていた。

 拙い!!
 ハイネルが申しておったではないか……。
 島の結界が魂の開放を阻んでおると。
 一時はイスラの力で遺跡の力は沈黙し結界は四散。
 無色を引き入れる綻びとなった。

 たがこの戦闘で遺跡が活発化しておる。
 このままイスラの魂が肉体を離れれば確実に遺跡に囚われる……。

紅の暴君の波動を調べていた は弾かれたように顔を上げ、イスラの真っ白になった横顔を盗み見る。
盛大に舌打ちしたいのを堪え必死で頭を回転させ始めた。

 遺跡に囚われた魂は開放されぬ。
 ハイネルの魂と仲良く遺跡で同居か?
 ……余り楽しくない図だな。

 紅の暴君を手に無色へ協力した時点でイスラの命運は尽きておる。
 どのような境遇であったとしても、イスラの選択は酌量の余地もない。

 身勝手に孤独を訴えアズリアを傷つけ。
 また自分も傷つけ挙句、ツェリーヌに殺されるとは。
 笑えない最後だぞ、イスラ。

焦点の定まらないイスラの瞳が の蒼い瞳と交差する。
薄っすら開いた唇からイスラの呼吸が、最後の言葉が吐き出される。
人間には聞き取りづらいそれは の耳にしっかりと届いた。

「駄目なんですね?」
アティは仲間の輪を離れた の近くまで後退し耳元でそっと囁いた。

気を失いそうになるアズリアを背後で支えるギャレオとファリエルがいる。
隊長を憎からず想っているギャレオと、身内を失う痛手を知るファリエル。
和解を果たした後のアズリアは特にファリエルと親交を深めていた。

「我が干渉出来るのは己の道を決めた者のみ。イスラの願いは己の破壊・消滅。どの道願いは重ならぬし達せられた時点でイスラは死す。
最後にまだ死にたくないと駄々を捏ねられただけでも奇跡だ」
アティの問いの本質を見抜き は淡々と応える。

無造作に床に転がった紅の暴君を持ち上げた格好で はアティを見上げた。

「本当のイスラの願いはなんだったんでしょう。結局……私は何も出来なかった」
イスラの身体を揺さぶるアズリアの背中を見詰め、アティは訥々と零した。

分かり合えると信じていた、信じたかった。
心を込めた言葉は凍れるイスラの魂を溶かす事が出来なかったけれど。

「違うわ。先生はちゃんとイスラと『話し合おう』としていたもの。イスラは差し出された手が怖くて握れなかったの。あの時の私みたいに」
直面する死に対して余りにも自分は無力だ。
ベルフラウも仲間の輪を離れアティの隣に立って口を開いた。

「うん。ベルの言う通りだよ」
ベルフラウに続きウィルも輪を離れアティ達の会話に加わる。
コソコソ喋るアティ達に気が付いたアルディラも輪から離れ の隣へ陣取った。

「本当は寂しかったのよ。呪いに苦しんだ身体を抱えて絶望して……島に来てからも、誰にも心を開けないで。
一人で勝手に一人だって思い込んで!! お姉さんがあんなに愛してくれていたのに、無視して」
目尻に涙を湛えたベルフラウが悔しさを滲ませ顔を強張らせた。

「ベルフラウ……そうね、イスラは誰よりも愛されていたのに。愛されすぎていたから気が付けなかったのね。私と同じで」
アルディラも痛みを堪える顔でベルフラウを見遣ってから、震えるアズリアの背中へ視線を移す。
僅かに力のあったイスラの手が、アズリアの手から零れ落ちた。

「ニコニコさぁん……」
マルルゥがポロポロ涙を零してイスラのあだ名を呼ぶ。

いやあぁぁぁああああああ
恥も外聞もなく泣き叫ぶアズリアの悲痛な声音をバックに は紅の暴君から感じたイスラの最後の願いを聞き。
難しい顔をして紅の暴君の刀身を真っ二つに砕いたのだった。



Created by DreamEditor                       次へ
 あっさり過ぎですが、深く書くとイスラがヤバイ人になってしまいそうなので。

 何故イスラが助からないかと言えばこの時代が主人公にとって『過去』だからです。
 既に確定された大まかな歴史に干渉する事は神様といえど出来ないのです。
 無色を頼った時点で八割方死に傾いていたイスラの宿世を変える事は難しく、イスラ自身も最終的に死を望みました。
 大筋の流れでイスラが死んでしまう事は大よそ確定されていたので、主人公も何も出来なかったという事です。
 帝国兵はイスラほど時間の流れが確定されていた訳じゃないので、大丈夫。
 死にたがらなかった人だけが生き残った結果となります。

 バノッサの時は現在進行形だったから。
 小さいようで大きな違いなのです。ブラウザバックプリーズ