『話題休閑・彼が願ったこと3後1』



アズリアは の腿に頭を預け目を閉じる。
「これは気休めだ、アズリア。子供騙しでもある……だが、汝の心には救いが必要であろう? このような事しか出来ぬ不甲斐無い我を許せ」
泣き腫らして膨れ上がった瞼に濡れタオルを置いて、 はアズリアの額にかかる前髪をそっと指先で拭う。

アズリアは恨み言を一つも に向けず、黙って現実を受け入れようと必死に戦っていた。
己の弱い心と。

「スバル、汝も見て行くか? 父上殿も似たような風景を通って逝った筈だ」
興味津々といった態で の膝枕を見詰めるスバルを は手招きした。

スバルはカイルとスカーレル、クノンとフレイズの羨望の眼差しにたじろぐも。
ミスミに背中を押されキュウマに頷かれ の手を握る。

「ヘイゼル、何気に逃げようとするでない。締めるぞ」
アズリアと同じく の腿に頭を預けたヘイゼルがピクリと反応する。

図星だったらしい。

隙を窺うヘイゼルに釘を刺し、 は背中の羽を一気に広げる。
誰かが手向けた線香の匂いが僅かに の鼻をついた。





時折思い出したように身を震わせる大地。
禍々しい黒色の雲に染まっていく空。
木々も落ち着きなく風に揺れ不気味さをより一層盛り上げる。

「女隊長には辛いだろうが、ああするのが一番だ。こんな危険な時だから……な」
自分に言い聞かせるようにジャキーニが言った。
打ちひしがれるアズリアを支えるアティとギャレオの前には真新しい墓が一つ。
備えられた花が墓を埋め尽くしている。

「ジャキーニ船長にしては至極論理的な提案だったね、意外だ」
ウィルが世界はまだまだ謎に満ちている。
なんて胸中でぼやいてから率直な感想を言った。

イスラが亡くなった後、紅の暴君の封印の力を失った遺跡が復活する。
不気味な気配を滲ませ己を『ハイネルのディエルゴ』だと称した遺跡の意識体。
復活しそうになった『ハイネルのディエルゴ』なるモノを、四人の護人の力と果てしなき蒼の力で仮封印し、遺跡から逃れてきたウィル達である。

外に出てみれば島を取り巻く海は大荒れ、空も荒れ、遺跡を中心に地響きが鳴り響き怪しげな波動が島全体を覆いつくしていた。
事情をまったく知らずヘイゼルを見張っていたジャキーニ達、イスラの最後を聞き真っ先に提案したのだ。
葬儀をするべきだと。

一重にアズリアに決別させるためなのだろう。
弟と、彼の呪いと。

遺跡がどう出てくるか不明な現段階で誰もが不安を抱いていたが、不思議とジャキーニの意見はすんなり受け入れられ。
イスラの葬儀が執り行われる事になった。

「ヒトは成長するものなのだ、死ぬ瞬間までな? まぁ、真っ直ぐ成長するか、捩れて成長するかは当人次第だが」
ジャキーニとアティを交互に見て は手をヒラヒラ左右に振る。
「成る程ね」
の視線の先を追ったウィルが妙に納得した風に手を叩いた。

島に来た当初は『はぐれ』達を『化け物』としか見られなかったジャキーニ一家。
それが今では率先して島の住民を護りすっかり島暮らしに馴染んでしまっているではないか。
これも の言葉を借りるなら一種の『成長』なのだろう。

「小娘!! 小僧!! なんだ、その馬鹿にした視線は!!!」
とウィルの会話と、その視線から。
自身が馬鹿にされていると悟ったジャキーニが鼻息荒く とウィルへ飛びかかろうとする。

「まぁまぁ、あんさん落ち着いて」
そんなジャキーニを宥めるのがオウキーニだ。

とウィルのブラックユーモア混じりの会話をヒヤヒヤしながら聞いていたが、矢張りというか案の定というか。
ジャキーニの機嫌を損ねる子供二人にため息さえ零れてくる。

「これが落ち着いていられるかっ!! 今こそ決着をつけてやる」
顔を真っ赤にしたジャキーニが とウィルに向かって噛み付いた。
「我に勝つなど無理だぞ」
自分から挑発しておいてジャキーニの怒りを歯牙にもかけない。
はにべもなく斬り捨てた。ジャキーニを抑えるオウキーニの背筋を冷たい汗が伝う。
「勿論、僕にも勝てないと思うよ」
無限界廊地獄を抜け、怒涛の戦いを経験したウィルも。
ジャキーニとタイマン勝負なら勝てると踏んで結論を下す。

「ぐぬっ……だから陸に上がるのは嫌なんじゃぁぁああぁぁぁ!!!」
「あ、あんさんっ!? 落ち着きなはれ」
ジタバタ暴れるジャキーニを抑えるオウキーニ。
葬儀の席での暴挙だけは避けたいシルターン風育ちのオウキーニである。

『不謹慎だ、静かにしろ』
騒がしくなった 達を窘められるのはこの人だけ。
バノッサに一括されて大人しくなる 達。
凡そこんな風にしめやかに? イスラの葬儀は執り行われたのであった。





葬儀の後、 は悲しみの淵に沈むアズリアを呼び出した。

虚ろな瞳を向けてくるアズリアに子供騙しを見せると。
らしい皮肉混じりの冗談で誘ったのだ。

生まれてこの方幸せとは縁遠かったアズリアに、最後の希望を与える為に。
その手段が膝枕or手繋ぎ。
要は と肌を接していれば『視れるモノ』らしい。

に促されるままアズリアは意識を に委ねそして…… の魔力によって導かれた先に見えたもの。

七色に揺らめく不可思議な空間に集まる光達。
淡く、時に強く輝くソレは周囲を漂い白くなっていく。
神々しさと威圧感が同居する空間がアズリア・スバル・ヘイゼルの視野一杯に広がる。

 四界のエルゴが集う場であり、魂の転生する場所だ。

解説する の声だけが聞えてくる。

 例えどのような罪に塗れようとも全てはここで清められ新たな生を歩む。
 魂達はここで過去を脱ぎ捨て。
 真新しい白い魂を持って新たな世界へ旅立っていくのだ。

底さえ見えない黒い塊が瞬きする間に白さを取り戻す。

 我はこのような場所を見詰めてきた。
 よって汝等とは時間の捉え方が違うと思っておった……。
 兄上達に受け入れてもらえるまで。
 孤高であれと我は自身を戒めておった。


見慣れてくれば。
荘厳さばかりが目に付いて、人である者には寂しさを。
鬼人である者には物足りなさを覚える素っ気無い空間。

何処からか現れた様々な色の魂が光によって浄化され次々に四つの穴の何処かへ流れていく。

 死ぬ事は美しくない。楽しくない。辛い。
 ……我も何れ母なる存在へ還る身だが、つくづく思うぞ。
 『今』の自分が自分として認識できる時間があるだけで、どれだけ幸せか。
 何故分らなかったのかと。


スバルとヘイゼルの心が、 の台詞に反応して微かに震えた。

 魂は幾つかの生を経て汝等の魂と巡りあう。
 イスラの魂も転生を果たし、何時か生まれ変わった汝とまた家族となれる。
 強い結びつきを持った魂同士は惹かれ合う性質を持っておる。
 ……完全に気休めだが、イスラは罪を許され転生するだろう。


 コクリ。

幼い所作でアズリアが頷く気配がする。

 疑似体験だが……イスラが味わう暖かさを汝等に。

 ふわり。

の羽が動いた気配がしたかと思うと、胸の底から安心してしまう。

柔らかな布に包まれ誕生を祝われた瞬間を再体験している喜びが喉から迸る。
視野を埋め尽くすのは の放つ蒼い光。
祝福の光を浴び魂が打ち震えた。

存在を丸ごと認められ受け入れられた魂が放つ歓喜。

 誕生の瞬間に、誰もがエルゴからの祝福を受けておるのだ。
 忘れるでないぞ?


愛しい。
慈愛に満ちた の声音が最後に聞えて、三人の意識は穏やかな眠りの淵へと落ちていく。
の羽が仕舞われ三人の姿が再びカイル達の前に現れると、何故か三人は穏やかな顔をして眠っていて。

「すまないがキュウマ、スバルを運んでやってくれないか?」
不思議そうな顔をしているキュウマを名指しして、 はスバルと繋いだ手を離す。
「自分が隊長を送ります」
心持ち頬を赤く染めたギャレオがアズリアの身柄を引き取ると言ったものの。
結局はアティとベルフラウに付き添われ帰る事となり落胆した。

「………」
ヴァルセルドが挙手してからヘイゼルを担ぎ上げ、ラトリクス方角へと去っていく。
三者三様の帰宅を見送り は懐に仕舞った紅の暴君に指を這わせる。

 さて、どうしたものか。
 我がイスラの魂を預かっておる等口が裂けても申せぬ。
 アズリアには前向きに生きて欲しいのだ。
 真っ直ぐな音色を持ったアズリアには。

どちらにせよ、遺跡の機能が復活してしまった島において魂は成仏できない。
小さく息を吐き出し は遺跡の方角を睨むのだった。



Created by DreamEditor                       次へ
 時には優しい嘘も必要という事なのでしょう。
 アズリアに魂の話をしてしまうと余計に苦しめるので、主人公はアズリアにイスラは成仏したと疑似体験させます。
 が、肝心のイスラの魂は紅の暴君の欠片に宿っていたりします(笑)オチは読めましたか?
 ブラウザバックプリーズ