『彼が願ったこと2』




警報装置を止めたクノンは俄に曇ってきた空を見上げ一瞬動きを止める。
「………」
クノンの背後を守るヴァルセルドも釣られて空を見上げた。

薄曇だった空は徐々に灰色に侵食されこのままだと曇天になりそうである。
まるで今後の戦いの結末を案じているように思えてクノンは小さく息を吐き出した。

「…………生と死。無関係だとは思ってもいられない」
漸く過去と決別し吹っ切れたアルディラの笑顔を思い出してクノンはひとりごちる。
「合流時間ガ迫ッテイマス」
クノンの背後で控えるヴァルセルドが体内のアラームに従ってクノンへ声をかけた。
「行きましょう」
多くをクノンは答えず。
トレードマークの白いエプロンの表面に付着した僅かな土ぼこりを手で払いのけ、入り口の封印が壊された遺跡へ一歩を踏み出したのだった。





遺跡中枢部・現識の間。
床に配された四つのラインは各四つの世界の力が流れている証拠であり、各四色で色分けされている。
時折思い出したように発光する四つのラインは階段状の通路上にまで続いており、現識の間の途切れた部分。

最深部へと通じる入り口前でイスラは待っていた。

「やっと来たね」
薄っすら笑ってイスラはアティと を見下ろす。
アティと の仲間達は完全にイスラの視野から追い出されている。

「イスラ!! もう止めるんだ!!!」
居た堪れなくなったのだろう。
仲間達を掻き分けアズリアが単身最前列へ立つ。
軍人らしくピンと伸びた背筋からも悲壮感が漂ってくる。

「無色とは決着をつけた。……だから」
真っ直ぐイスラの顔を捉えて続けるアズリアの声は、顔を逸らしたイスラによって遮られた。
明らかな拒絶が漂うイスラの態度に歯痒さが先に立つ。
朴念仁のギャレオでさえも苛立ったように舌打ちした。

「どうして君は僕の不快指数を上げる事しかしてくれないんだろう?」
イスラは殺した感情が篭った瞳で を見据え紅の暴君を突きつける。
懇願の色さえ浮かべるアズリアを完全に無視して。

「どうして君は……僕の唯一の願いを叶える邪魔立てしかしないんだろう? 僕としては迷惑を掛けたつもりなんかないのにね、そう思わないかい?
節目がちになって独り言を呟く様。
イスラは静かに に語りかける。

「それは汝の主観だ、イスラ」
無表情を保ち はイスラへ応じた。

今迄のイスラと決定的に違うモノ。
の網膜に映る色濃い死相……いや、確約された死。
イスラの寿命は殆どが尽き掛けており、彼の存在そのものも風前の灯である。

 結末が見えたな、イスラ。
 しかし真にそれが汝の願った事なのか?
 我には解せぬ。
 呪いから逃れる術はああするより道がないであろう。

 だが……それでは。


確定された運命を覆す権利を は持たない。
黙って彼の願った事? がどんな結果を招くのか『見守る』だけである。

「僕が知らないとでも? どこの世界かまでは掴めなかったけど君は神だ。人の死相を見抜き人とは違う能力と心を持つ。
高見の見物ならまだしも、わざわざ下々の者と触れ合って慈善事業かい? 有難くて涙が出るよ」

口角を持ち上げ に対して痛烈な皮肉を送るイスラ。
は僅かに眉根を寄せるも鉄面皮は崩さず黙ってイスラの言葉を受け止める。

「そうじゃない!!」
今度はウィルが。仲間の間を器用に通り抜けアズリアの隣に立って叫んだ。

「勝手に に八つ当たりするのは止めろ!! そりゃぁ、神様だから大抵の事は小器用にこなすけど……それ程 は器用じゃないんだ!!」
イスラに立ち向かっていく様は格好良いのに発言内容が頂けない。

背後でアティのうっとりした視線を浴びながらウィルは少々ボケた主張をくりだした。
ウィルの言質にイスラですら皮肉笑い止めて何度か瞬きを繰り返す。

「ウィルったら先生のボケが感染したっ!?」
ズリ落ちかける帽子を片手で押さえたソノラが悲鳴をあげた。
冷静沈着一人可愛げない、マルティーニの鉄化面。
ウィルの暴走にソノラも混乱する。

「由々しき事態ですね……」
こめかみを指で揉んでヤードも苦悩の色を浮かべた。

「というか、皆にもしっかりボケが感染してるわよ。気をつけてね」
アルディラが冷静に指摘して、その近くのキュウマとヤッファが頬を引き攣らせる。

紅の暴君を持ったイスラの精神が暴走すれば遺跡が反応を示すのは必至。
その非常時に悠長に漫才をしてよいものか?
いや、してはいけない。

改めてアティ効果を思い知ったキュウマとヤッファである。

は皆に愛されてます。それは が神だからではないんです。 だからなんです……分りますよね? イスラ」
ウィルの発言を踏まえてアティが語り始めた。
あの強烈なボケの後だからか、中々整然とした意見に聞える。

「まぁ確かに 殿の身分は余り関係ありませんね」
キュウマはウィルの発言をさり気に黙殺してアティの考えを肯定した。

「横暴で我儘で尊大だけど、 は温かいの。イスラだってアズリアに一杯貰ったでしょう?
アズリアは今でもイスラを弟の貴方を心配してるわ!! それなのに何故!!」

 ダンッ。

靴底で床を力いっぱい踏み大きな音を出してベルフラウはキッとイスラを睨みつけた。
同じ姉としての立場がそうさせているのか、普段比2倍の怒り具合である。

「イスラ!! 頼む、これ以上無茶はしないでくれ!! 一緒に帝国へ帰ろう」
ベルフラウの意見に勇気付けられアズリアが何度目かの懇願を放つ。
「器用じゃない だって絆を結べたんです!! よりは器用なイスラなら大丈夫!! 一緒に頑張りましょう」
アティも精一杯気持ちを込めてイスラに訴えかける。

的外れな訴えだとは分っている。
それでも。
イスラに手を差し出したかった。

イスラは一人じゃないんだと、優しいお姉さんと受け入れてくれる誰かが居るのだと。
イスラに伝えたかった。

アティ自身の言葉で。

「誰も僕の気持ちなんかっ!!!」
激昂して吐き捨てるイスラの声が静まり返った広間に響く。

平静を取り戻したアティの更にボケた説得を受けたイスラがキレるのも分からなくもない。

はどうしたものかと珍しく途方に暮れイオスもビジュも開いた口が塞がらない状態だ。
アズリアはイスラに手を伸ばし唯一まともに説得にあたっているが、声が届いているかは不明である。

『…………どいつもこいつも』

頭が痛くなってきた。
というよりか、この面子がハイネルの意思を継いでいるのかと考えるほど眩暈がしそうだ。

ハイネルとは直接的な面識がないバノッサだが、この時ばかりはハイネルなる青年を恨んでしまう。
最後尾で遣り取りを見守りつつバノッサは脱力していた。

「説得するつもりだろうが、あれじゃ逆効果だぜ?」
ある意味一番イスラと長く付き合っていたビジュが。
軽く額を押さえ嘆息するバノッサに近づき耳打ちした。

契約上この場に居るビジュだったが に戦わなくても良いと言い切られている。
元よりビジュは情報収集役のスパイであり、 の味方である。

契約内容が『島から無事に逃がしてやる』なので当然といえば当然の扱いだ。

よって誰よりもこの説得劇を客観的に観劇しているビジュである。

『だろうな』
ビジュの意見をバノッサがアッサリ肯定した。

まさかこうも簡単に自分の意見を認めてもらえるとは考えていなかったビジュ。
僅かに目を丸くしてバノッサを凝視する。

『手前ぇ一人で孤独だと信じきってる奴ほど始末に負えない。どんな説得をしたとしても耳には入らないだろう。話し合うだけ時間の無駄だな』

ビジュが考えるほどこちらはお人好しでもない。
単に が居るから。
否、かつての父親の不始末を見届けがたいが為の過去への来訪。
バノッサもバノッサなりに、けじめをつけるべく島に来た。

勝手な感傷を感じる為じゃない。

『こっちの自己満足だろう? アイツを説得して何が願いだったのか、聞きだそうとした。どう転んでもその事実だけは残るからな』
バノッサ大人びた動作で両手を広げてお手上げのポーズをとった。

「怖いな、神様の兄上ってのは」

お優しいだけじゃない。
腕っ節が強いだけじゃない。
総合的に見て敵に回したくないタイプだ。

腹裡だけで考えてビジュはおどけてみせる。

『慣れればそうでもないぜ』
ビジュの言葉に冗談で応じるバノッサを敵に回したいと思うのは、恐らく。
無色とあの高い位置に立つモノ好き位だろう。


「五月蝿い!! 五月蝿い、五月蝿い、五月蝿い!!!」
ともすれば膠着してしまう空気を切り裂くイスラの怒声。
物静かにキレる彼にしては珍しい大声にピーチクパーチク騒がしかった外野が静まる。

「……殺してやる!!」

 ギリ。

奥歯を噛み締めたイスラは紅の暴君を一振りし彼等を呼び起こした。



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 べ、別にイスラが嫌いというわけではありませんが。ああいう説得もアリかなぁ〜なんて。
 アズリアさんごめんなさいっ!! ブラウザバックプリーズ