『彼が願ったこと1』




眼鏡を持ち上げたアルディラはクノンとヴァルセルドが持ち込んだ機材で立体映像を映し出し、集いの泉前で仁王立ち。
険しい顔で全員を見渡した。

「遺跡が私達の暴挙で目覚め、一回は碧の賢帝で仮封印する事に成功したわ。けれどもう一つの封印の剣、紅の暴君の出現によって全てが変わった」
アティから借りた長い差し棒を手に、アルディラは立体映像に浮かぶ遺跡内部のある部分を示す。
張り詰める空気に誰かが息を飲み込む音がする。

「碧の賢帝から封印解除を狙っていた遺跡は、恐らく碧の賢帝の能力を放棄。紅の暴君の主であるイスラに狙いを定めたと思われます」
クノンが顔色一つ変えずアルディラの次に口を開いた。

『兄さんの歪められた心がイスラを誘ったのかも知れない。力を剣から引き出せと』
ファリエルは自分を自分で抱き締めて身震いする。

遺跡で再会? した兄の意識の歪さは妹の自分が良く分かっている。
分かっているだけに、あの優しかった兄の心が本当に崩壊したのだと。
恐ろしくて恐ろしくて堪らない。
小さく震えたファリエルを励ますようにアルディラは一回頷き、フレイズもファリエルの隣に立ち手を握り締めた。

「可能性はあります。私も碧の賢帝から何度か言われました。剣の力を使えって」
アティも生真面目に自らの体験談を語る。

途方もない危機に陥った時や、力が欲しいとアティが無意識に欲した時。
碧の賢帝は力を引き出せと再三アティに迫っていた。

「イスラ……」
口の中に苦いものが溢れてくる。
アズリアは弟の名を呼び項垂れてしまう。

どこで道を間違えたかなんて口外したくない。
それでも心の奥底から浮かび上がっていく罪悪感をアズリアは拭えなかった。

「お姉さん、挫けちゃ駄目ですよ。マルルゥはニコニコさんが悪い人には思えないです」
暗い顔をするアズリアに飛び寄ってマルルゥが真剣な面持ちでアズリアを慰める。

「上手く言えないけど僕もだよ。自分から卑怯者になっていくなんて……何か目的があるようにしか思えない。イスラは馬鹿じゃない、あれだけ頭がキレるのに」
同じユクレス村に暮らして、すっかりメイトルパ風生活に馴染んでしまったウィル。
さり気なくアズリアに近寄ってマルルゥの足りない言葉を補って励ます。

「お前達………すまない……」
アズリアは乱暴に目尻の涙を指先で拭って腰を折り頭を下げる。
いきなりアズリアに頭を下げられてマルルゥとウィルは困惑して固まってしまった。

「違うぞアズリア。このような場合は『ありがとう』だ」
が普段と変わらなさ過ぎる態度でアズリアに注意する。

ギャレオが不機嫌そうに眉間に皺を刻むが。
今のアズリアにとって普段通りの の態度は有り難い。
自分の落ち込みを持ち上げてくれる の存在は。

「有難う、マルルゥ、ウィル」
顔をクシャクシャに歪めて笑い顔を無理矢理作り上げたアズリアは、気丈に。
マルルゥとウィルへ礼を言う。
マルルゥとウィルは揃って首を横に振った。

「御託は良いじゃねぇか。で? 結局何が言いたいんだよ」
妙に湿り気が強くなる場にビジュが乱暴な物言いで口を挟む。
アルディラは明らかにムッとした顔をするものの話の続きを始めた。

「イスラは紅の暴君を振るう事に躊躇いがない。その分、剣に宿った封印の力は弱まり遺跡は力を取り戻していくでしょう。
しかも碧の賢帝は砕けてしまっているし。
その分の封印はもう解かれたと考えて間違いないわ」

遺跡の中心部を棒先で示しアルディラが遺跡の状態を観察した結果を明らかにした。

「遺跡が目覚める、という訳ですね」
確認の意味を込めキュウマがアルディラに問いかける。

「いいえ。目覚めていると思うの……歪み切ったハイネルの精神を核とした遺跡が。
遺跡は前段階として本当はアティかイスラの身体も欲していたわ。新たな部品としてね?
でもそれを断念したという事は、力を蓄えて自力で動こうとしている何よりの証拠」

キュウマの予想を遥かに超えたアルディラの答えに も片眉を持ち上げた。

 アルディラ。
 本当の意味でハイネルが死んだと受け入れられたのだな?
 苦しかったであろう、辛かったであろう。
 だが今の汝には家族がおる。
 ハイネルを共に偲ぶ義妹がおり。
 集落の平和を護る為に戦ってくれるクノンとヴァルセルドがおる。
 美しき汝の音色、素晴らしいと思うぞ。

還ったら是非ともネスティに伝えよう。
場違いに微笑して は決めた。

「こちらをご覧下さい」
クノンが言って立体映像の機械のボタンの幾つかを押して操作する。
すると、遺跡内部のどこかが映し出され、そこでは通路を闊歩する幽霊達の姿が映っていた。

「なっ……なんだ、これは」
不気味な光景にギャレオがギョッとして半身分だけ背後に下がる。

一部の部下からは聞きかじっていたがこれほど気味の悪い存在が居るなんて。
想像を越えた映像に思わず本音を漏らしてしまうのはご愛嬌だ。

軍人として人や一部のはぐれしか相手にしてこなかったギャレオにとっては未知の領域である。

「島の結界に阻まれて成仏できなかった魂達の成れの果てさ。一部はイスラが結界を解き、無色を島へ招いた時に成仏したようだが……。
遺跡の機能が復活しつつあれば結界も元通り、魂は再び結界という名の檻に閉じ込められるだろうな」

腕組みをしてアルディラの説明を聞いていたヤッファが素っ気無い口調で解説した。

「かつて島で覇権を巡って争った無色の残党達の魂が、ずっと閉じ込められたままになるって訳ね? これからも」
肩から下げた飾りを手で弄っていたスカーレルがうんざりした声音で言う。

アティが初めて遺跡に足を踏み入れた時に現れた亡霊達。
アレは厄介なだけで出来れば戦いたくない。

スカーレルの愚痴に近い本音にクノンが肯定の意味の会釈を返した。

『それだけじゃないわ。遺跡が活動を始めたら島がどうなるのか、正直不安よ』
ファリエルも不安材料を心に留めず。
仲間を信頼する気持ちがあるから正直に自分の不安を吐露する。

「ええ。あらゆる想定を打ちたててはみたけれど、碌な結果は招きそうもないわね。歪んだ精神が偽エルゴとして島に君臨する……歪んだ精神そのものが、島をどう見るか?
流石にそこまでは私にも」

軽く手をあげてアルディラは最後を締め括り立体映像の電源を落とした。

「てことは、だな。遺跡を封じられない現段階で注意すべきなのはイスラか。出来ればアイツを説得できれば楽だろうけど勝算は薄そうだな。無色まで裏切るなんてよ」
ほぼ全員の意見を拝聴したカイルが話題を切り替える。

遺跡の危険性はカイルなりに承知しているつもりだ。
だからこそ今はもう一つの懸案を片付けておきたいと思う。

「そうでしょうか? イスラは確かに私達を騙し、アズリア達を裏切り、最後には無色にまで歯向かいました。でも……それじゃぁ、イスラの退路がなくなります」
黙ってカイルの意見に耳を傾けていたアティが反論した。

「言われてみれば……。まるで自分から自分の居場所を壊して回っているみたいですね」
ヤードが顎に手を当てて思慮深く己の意見を声に出す。

一見自棄的に思えるイスラの行動は計算しつくされている風にも感じられ。
アティの考えを聞いて改めてヤードは疑念を抱いた。

「不思議で仕方がないんです。イスラの願いは、本当は何なのでしょうか? 私はイスラに会って直接彼の願いを聞きたいです。この耳で」
両耳たぶを引っ張ってアティはニッコリ笑う。

「そうだよね、決め付けは良くないよ」
ソノラもアティの意見に賛成して一人ウンウン何度も首を縦に振っている。

海賊一家しか知らなかった自分。
はぐれ達が住む島に来てからの自分。
こうだと決め付けて視野を狭めていたかつての自分の幼さばかりが目に付いた。

今の自分の方が遥かに好きだ。
間違えても失敗しても。
心を強く持てる自分が。

だからソノラも自分の考えを皆に伝える。

「それからでも結論を出すのは遅くないと考えています。そうでしょう? アズリア」
ソノラの援護射撃に感謝の眼差しを送り、アティは次にアズリアへ目を向ける。
アズリアは大きく息を吐き出し首を左右に振った。
アズリアなりの降参の合図である。

「じゃぁイスラが何処にいるか見張れば良いのか?」
口先を尖らせスバルが早々に結論を出す。

難しい話はいまいちピンと来てなくても、要は遺跡とイスラをセットにしなければ良いのだ。
なんてスバルらしい答えを導き出していたりする。

「となると警備隊を組み直す必要があるぞ?」
ミスミは息子の成長を喜び、反面、子離れの予感に少し寂しさを覚える。
しかし今は非常時だ。
顔にはおくびも出さずミスミは現実的な意見を述べる。

「ご心配には及びません、スバル様、ミスミ様。ロレイラルの技術を使用した警報装置を遺跡入り口に設置してあります。侵入者があれば警報が鳴り響く仕組みです」
小首を傾げてスバルとミスミにクノンが説明すれば、鬼の母子は揃って目を輝かせる。

一体どんな警報装置なのか気になるのだろう。
好奇心旺盛な母子がクノンににじり寄って期待に満ちたまなざしを送った。

ミスミとスバルの行動にキュウマは失笑し、マルルゥとウィルが互いに笑いを堪え合う。
クノンが幾分怯えた風に一歩後ろへ移動した丁度その瞬間にサイレンが集いの泉に鳴り響く。


「早速遺跡に取り付けた警報機が役に立つなんて、皮肉ね」
アルディラは頬に落ちた髪を掻きあげサイドへ流しながら自嘲気味に呟く。
遺跡方角から鳴り響くサイレンだけが集いの泉に響き渡っていた。



Created by DreamEditor                       次へ
 やーっとイスラの見せ場がやって来る? 筈です。ブラウザバックプリーズ