『話題休閑・自分の居場所4後2』


イスラを自身の都合で散々弄った挙句、 はもう一つの場所を目指してトコトコ歩く。

「良いのか? イスラを刺激したら良くない影響が出るかもしれない」
人型をとったイオスが隣を歩く に喋りかける。

「敵は問答無用で切捨てだ。エルゴの王を救う大義名分は、我のエゴだと思っておった。
しかしファリエルの話ではどうだ? 誰も彼もが自己中心的理由からアティを利用しようとしておるではないか。ハイネルが成仏できずにおるのも良く分かる」

は吐き捨てるように言う。

護人になったファリエルを含む四人。
ファリエルは兄の目指した楽園を守る為。
アルディラは恋人だったハイネルを復活させる為。
無色のスパイモドキだったヤッファは罪滅ぼしも兼ねて。
キュウマはミスミの夫で己が主の、リクトの遺言を叶える為に。

それぞれに違う『願い』を抱いて島を守ってきた。
バラバラに。

「否定は出来ないな。ただハイネルの場合は成仏したくても出来ないんだろう? 彼だって彼なりに当時最良と思える策を取ったんだ。責められないさ」
イオスは直接ハイネルと会ってはいないが、この島の状況を見る限りはそう感じられる。
やんわりハイネルを擁護したイオスに は頬を膨らませた。

「ハイネルが仲間を頼らず一人で勝手に逝き急いだのは感心しない。ただ、護りたい気持ちは僕にも分かるから」
片手を に差し出し、イオスはここ数年で逞しくなった笑みを浮かべる。

イオスは一昔前までは中性的な顔立ちだったのに、最近は精悍さが加わり、一気に男らしくなった。
尤も相手が激鈍の なので効果の程は定かではない。

「護人達の気持ちやハイネルの気持ち。無碍にはせぬが、死んでしまったものは生き返らん。こればかりは我にも覆せぬ絶対の掟なのだ」
は淀みない喋り口できっぱり言った。

生ある者は何れ朽ちて死ぬ。
機械のような形あるモノも普遍的に存続するものでもない。
神であっても覆せない命の連鎖、この掟は絶対である。

「我も長寿を誇るが、不老というか、年齢を操作したりは出来るが不死ではない。神としての生が終われば、母なる存在へとまた還る定めを持っておる」

心あるモノの精神は疲弊する。
人とは異なる思考のベクトルを持つ神でも例外はない。
長く生を持ちすぎると心が欠けてしまうのだ。

様々な事象に対して反応が鈍くなり意識が撹拌し正常な対応が望めなくなる。

だから至高の存在と捉えられがちな神にも、寿命はあった。
基準が違うので人からみたら遥かに長寿であるものの。

「不老不死かと思った」
器用に片眉だけを持ち上げイオスは素直な感想を に伝える。

「まさか。まぁ、我を死に至らしめるにはそれなりの力と武器が必要だが……。
そのように都合の良い神が居たなら、我が守護する世界ももっと平和であろう。脆弱な殻の上に立つ脆く儚い神なのだ、我は」
イオスは の発言に爆笑、しかけ。
奇妙な声を出して口を噤んだ。

確かに彼女の立場は脆く儚いかもしれない。
ただ彼女自身がそうなのかと問われれば答えはNOである。
あれだけ周囲を掻き混ぜて混乱させておいてこの発言、イオスは らしいな等と感慨深くしみじみと感じた。

「じゃぁ僕も気長に待って大丈夫かもしれない」

仰ぎ見るリィンバウムの月。
月はイオスが生まれる遥か昔から存在し、誰もを平等に照らしてきた。
考えようによってはこの月も普遍ではない。
永遠でないから一瞬を大事に出来る。

そう考えられる を、いや、その様な考えも在ると教えてくれた だから。

イオスは彼女との微妙な間柄を楽しめているのかもしれない。

例え恋人同士、飛躍して結婚できたとしても。
矢張り と過ごす一瞬は一瞬で戻ってはこないのだから。

「何を?」
唐突な話題転換。
は言葉少なく問い返した。

「現世で君にこれ以上近づけなくても来世がある。気の遠くなるような未来で、神ではなく
なった君と、もっと近い間柄になれるかもしれないじゃないか」
酷く不確かな未来。
でも悪くないと考えられるのは彼女が居るから。

努めて軽い口振りでイオスが疑問に答えると、 は露骨に嫌悪感を顔に出した。

「……死ぬ事は苦しい辛い事だ。美化できるものではない」
自分を構築する全てが消えてしまう恐怖。
体感したことはなくても想像はつく。

臆病者だと謗られようが、死は自己を消失する畏怖の象徴であり、敬うべき現象である。
生の尊さと同じ位の意味を持つからだ。

「分かってる。僕だって易々と死ぬつもりはないさ。イオスという元帝国軍人の存在はリィンバウムに一人しか居ないのだから。
でも君が言っただろう? どれだけ先かは分らないけど、生ある者はいつか必ず死ぬと」

傀儡戦争の時に何度も味わった死の恐怖。
ゼルフィルドの助けがなかったら死んでいた自分。

軽々しく扱う話題ではないと頭の片隅に過ぎるも、 との会話はイオスの良い刺激となる。
彼女は怒るだろうけどもう少し話したい、イオスは考えを纏めた。

「揚げ足取りだな」
は表情を以前険しくしたまま呟く。
戦場で命を遣り取りしていたイオスの性格を考慮しても、性質(たち)が悪い。

を茶化すつもりはない。僕は本音を言ってる」
イオスの視野に が目的とする人物が入ってくる。

の背中を軽く叩いて注意を促しイオスは会話を止めた。

片や、イオスと を目撃したその人物は驚いて固まっている。

「夜分遅くに悪いな。汝に死相が見えておる、もう暫くすれば汝は確実に死ぬ。信用するかしないかは別だが、汝は無差別暴走集団に殺される。
無色、だ。
心当たりがないわけではあるまい? 一方的、余計なお節介だが一応は忠告にな」

策士の顔をした は澄まし顔でまずは一発。
キツイ一発をその人物にお見舞いする。

突然自分が死ぬといわれて平然と受け入れられる者は少ない。

度肝を抜かれた人物を醒めた瞳で見据え、 はこう付け加えた。

「汝が死のうが生きようが我の勝利は確実だ、これは断言できる。今すぐにとは申さぬ。勝ち馬に乗りたくば我に協力せよ。
いや? 迫り来る死から汝が逃れたければ、に訂正しよう」

言いたいだけ言って踵を返す

イオスも無言で に倣う。

唖然とする人物を、名も無き島を見下ろす月だけが見ていた。



Created by DreamEditor                       次へ
 この人物が誰かなんてバレバレでしょう。頭の片隅にでも覚えておいて下さいませ。ブラウザバックプリーズ