『話題休閑・自分の居場所4後1』




つい昨日。
釣が趣味というか、お魚(食料)ゲットの為アティが釣りに行ったら少年が一人流れ着いていた、らしい。

記憶が部分部分欠如している少年の名はイスラ。
ラトリクスのクノンの元で治療を受けている。

はベッタベタな登場をする新たな役者に呆れ、一応はその面を拝もうとラトリクスのリペアセンターを訪れていた。

「久しいな、クノン」
「お久しぶりです、 様」

 フシュー。

電動で開く扉向こうにはクノンが相変わらずの無表情で立っていて、 が挨拶すればお辞儀付きで挨拶が返ってくる。

抑揚無く聞えるクノンの声音も注意深く耳を傾けていれば、彼女の感情の起伏を察する事が出来た。

「忙しいところを邪魔してすまない。非常識な時間故、汝を不快にさせてしまったな」
夜更けに前触れも無しに訪れた は、自嘲気味に笑ってクノンへ謝罪する。

アルディラは夜型なのかまだ起きていて、彼女に許可は貰ってあるがリペアセンターの責任者はクノンだ。
クノンの忙しさを無視して侵入した非は にある。

「い、いえ……。その様な事は」
一方、クノンは自分の電子部品が壊れてしまったのか恐怖に慄きながら応じた。

今迄の島の生活・アルディラの生活を支えていた自分には不要な感情を に読み取られている。
軽い混乱に陥ったクノンを不思議そうに見詰める

「何故感情を隠すのだ? 汝は汝だ、単なるフラーゼンではない。アルディラと、融機人とおれば多少感情の成長に遅れが出るやもしれぬが、汝は心を持っている。
率直な感情の発露を理性で押さえ込むのは身体に良くないぞ」
は『当たり前』の事実を、当たり前として喋る。

他の世界の者が見たらクノンはマルルゥ曰くの『お人形さん』だろう。
だが にとってすれば列記とした心を持った、魂の音を響かせる個なのだ。
自分を押し殺そうとするクノンの葛藤を怪訝に感じる。

「…………」
の返事を聞いたきり、電源が落ちた? と が考えて焦るほどクノンは身動ぎ一つせずその場に立ち尽くす。

瞬きも無い数ミリの身体の動きさえない。
リペアセンターの計器の音だけが規則正しく の耳に飛び込んでくるだけ。

完全な静寂。

「………… 様」
たっぷりの間をあけてクノンが の名を呼ぶ。

「なんだ?」
クノンの故障を危惧していた は胸を撫で下ろし、感情を表に出さず彼女の呼びかけに応じた。

「どうして 様はわたしの気持ちを知ろうとなさるのですか?」

普通は逆。
クノンが相手の気持ちを推し量る立場で、 に自分を心配される筋合いが無い。

アティ達だって自分をフラーゼンとして見ているし、クノン自身自分はフラーゼンだと思っていた。
医療機械人形・フラーゼンだと。

「汝は我にとっては『友』だからだ。友と仲良くしたいと我は考えるし、友に不快な感情を理由も無しに与えるのも好きではない。笑い合い楽しく過ごしたいではないか」
は至極簡潔にクノンの疑問に答えを出した。

島の面々は癖がある。
それを言ったら、サイジェントの面々だってゼラムの面々だって強烈な個性を持っている。
来るもの拒まず去るもの追わず。
懐に誰彼構わず入れているように見えて、早々簡単に相手を友達呼ばわりしない だ。
その が『友』だと認めた相手はソレ相応の何かを持っているのだろう。

の頭上で半分眠りかけていたイオスは丸くなりながら小さく息を吐き出した。

「笑い合い、楽しく過ごす」
クノンは の台詞の一部分を復唱した。

「汝は自分を鉄の人形だと思い込みたい様だが、それではアルディラが悲しむ。感情が素直に出せぬなら今はそれで構わぬ。自虐的に己を捉えるのだけは止めよ」
は手をヒラヒラ左右に振り、捨て台詞をクノンに残してから。
患者の横たわる隣の部屋に入っていく。

「…………自虐的」
残されたクノンは、ワンピースの上から装着している白いエプロンの端を無意識に握り締める。

 バキャ。

些か怪しげな音がして白いエプロンの端がクノンの握力に負け、ひしゃげた。

クノンの驚きと戸惑いを深く考えず、 は当初の目的を果たしにかかる。

黒髪で黒い瞳を持った少年が不思議そうな顔色を浮かべ、乱入してきた を見上げた。
ベッドで上半身を起こして の姿を見て固まる少年。
他に患者が居ない事から彼が『イスラ』なのだろう。
結論を下した はイスラの表情を凝視する。

 ……? なんだ、この不愉快な気配は。
 イスラの音に混じり、他の『悪意』ある邪悪な息遣いをする『何か』が潜んでおる。
 イスラが自覚しておるか否か不明だが、命に関わる呪いの気配を感じる……。
 何故だ。

イスラの顔が誰かとカブる。
眉根を寄せた は、イスラの胸元を彩るペンダントを見咎めて思わず天井を仰いでしまった。

 無色!!!
 このペンダントは見間違いようが無い。

 フラットに世話になった初期の頃。
 クラレット姉上とカシス姉上が肌身離さず着けていたものだ。

 地球で言う『通信機』的な用途を果たすものだと。
 姉上達は後に説明してくれた……来るべき時が、来たか。

一人顔色を変えず天井を見上げる を眺めイスラも少し驚いていた。

入室してくるなり声一つ発せず品定めする態度を取る美少女。
外見から考えてもきっと島に住む『はぐれ』の一人なのだろう。

彼女の美しい蒼い瞳と髪が、彼女から漏れ出す魔力がイスラの心を波の立たない湖面に近い安定を齎していた。

「すまぬな、思い出したくない記憶と葛藤しておったのだ。我はユクレス村に住む、名を という。
汝を助けたアティが我の友でな。汝の話を聞き、見舞い……には時間が遅いが、顔を見に来た」
が自分の用件だけ切り出せば、イスラは目を丸くしてキョトンとした幼い顔になる。

ここの島の連中はイスラから見れば『涙が出るくらいのお人好し集団』であり、警戒すべき要素は何もない。
無論この美少女、 だってイスラの見舞い? に訪れたようだし、取り立てて用心する必要もないのだ。

 オカシイ。
 この子は、僕の顔を見に来たと言った。
 様子なら彼女(アティ)に聞いているだろうし。
 怪我の具合ならあの機械人形が説明している筈なのに。

「そうですか、有難う御座います」
心の中で訝しみ、イスラは当たり障りの無い感謝の気持ちを伝える。

「感謝されるかどうかは分からぬ、汝の行動次第だな」
は軽薄な微笑を湛え唇だけで笑ってみせた。

鋭利な刃物を連想させる、感情の輝きが消え失せた の蒼い瞳。
殺気さえ微量に込めてイスラを視線で縫いとめる。

「生憎我には汝を遭難した挙句最近の記憶が無い哀れな少年には見えぬ。本性を隠し良い子の仮面を被るのも我の前では無意味だ、逆に気色悪い」
イスラの反応だけを窺う の言葉の刃は、イスラが感情の端を表に出すだけの効果があったようだ。

数秒間だけイスラは自分の瞳に憎悪の色を浮かべ を睨み、直ぐに俯く。
長めの前髪はイスラの顔色を隠した。

「僕はこの島の住人じゃないから、君に警戒されても仕方ないんだね」
空々しい嘘を堂々とつき、イスラは萎れた自分を演出する。

 よく訓練されていると言ってやりたいのは山々。
 しかしながらイスラよ。
 汝のその対応は……。
 常に人の顔色を窺って生きてきたという己のこれまでを踏まえての行動であろう。
 アティやウィル、ベルフラウなら騙せたかもしれんな。

どうやらハイネルが自分に助けを求めたのは正解だったかもしれない。
島を知るにつれ、島で暮らす無邪気な『はぐれ』達を目撃するにつれ。

自称世間慣れしている が抱くある種の危機感。

綺麗事だけで生きている彼等と、本音で生きる自分の隔たりは思ったよりも大きい。
改めて感じて は小さく息を吐き出す。

「例え汝がこの島の住人であったとしても、我は汝を警戒するだろう。乗った船が偶然嵐に巻き込まれたのに自分は助かった?
そのような都合の良い話があってたまるか。殆どの者は海の藻屑と消えたのだぞ?」

実際、アティは碧の賢帝の力で助かった。

ベルフラウもウィルも恐らくは、剣を手にしたアティの無意識の願いによって助けられたのだろう。
何も備えのないイスラが早々簡単に助かる等、 には考えられない。

「それにな、イスラよ。汝は似すぎておるのだ」
イスラの顔を見ていてやっと思い当たる人物の顔が、 の脳裏に浮上してくる。
直接的に関わったわけではないので思い出すのに時間が掛かったのだ。

「え?」
が零した意味深な単語、条件反射的にイスラは反応を返し顔を上げる。

「帝国軍、海軍所属部隊の軍隊長、アズリア=レヴィノスにな。整形でもせねば顔立ちは変えられぬ故致し方ないかもしれぬが。帝国の作戦にしてはお粗末だな」
感情を消したイスラの顔を横目に は手っ取り早く挑発にかかる。

アズリアに顔立ちが良く似たイスラ。
にとってイスラが彼女の血縁でも、そうでなくても関係ない。
他人の空似もある。

カマをかけるのはイスラの正体を見極める為。

「………」
が次々に繰り出す口撃は容赦なく、イスラにも予想外のモノばかり。
淡々とイスラの反応から情報を引き出す彼女に対し成す術がない。

「沈黙は肯定と受け取るぞ、アズリアと血を連ねるスパイよ。汝が思うままに振る舞い、島をかき回すが良い。どう行動しようが汝の自由だ。但し、我も同時に勝手に動いておるからな? 覚悟せよ」
目を細めてイスラを一瞥し、 は部屋を後にした。



Created by DreamEditor                       次へ
 ウィルと一緒に船に泊まった時、アティと話した後の夜の話。
 主人公、働きすぎです……。ブラウザバックプリーズ