『自分の居場所3』


 

衝撃の一夜を経てやや眠そうな
バノッサにおんぶされて青空教室へ向かう。

屋根がないから青空教室。
切り株の机に質素な黒板。

ミスミによって提案された村の学校。
将来、この島を担う子供達がリィンバウムの学を知らず苦労しないようにと。
逞しくあって欲しいと先見の名を持つミスミらしい発想だ。

生徒はミスミの息子で とウィルの遊び友達・スバル。
それからユクレスのパナシェ。
その手前に仏頂面のベルフラウとウィルが居る。

『悪いな、俺のせいで夜更かししたんだ』
カクカク揺れる の首を呆気にとられて眺めるアティ。
彼女の視線に気づいたバノッサがやや表情を緩めて言い訳を口にした。

「はぁ……そうなんですか。では さんは今日は見学にしておきますか? お兄さんがそのまま支えて下されば授業の見学は出来ますよね?」
アティはバノッサが持つ空気と反比例する良き兄振りに戸惑いながらも。
そこは大人、感情を表に出さずにバノッサへ提案する。

『仕方ねぇな』
わざとぼやいてバノッサは背負った を丁寧に草地へと降ろす。

自分に寄りかかるよう座らせ自分は腕組みしてだんまり。
眠そうに目を擦る の仕草は幼い。

歳相応の動作にアティは微笑み、ベルフラウは自称 の兄を凝視していた。

持っている雰囲気は正反対。
が太陽のような柔らかさを持つならバノッサはその逆。
全てを突き放す冷たい輝きを持つ。
行動と言動からして本当に兄妹なのは確かだけれど。

「お二人の血は繋がってないんです。でも本当の兄妹以上に兄妹してるんですよ」
ベルフラウの当惑を察知したアティがこっそりベルフラウへ耳打ちする。

「でも共通する部分もある。二人とも凄く強いんだ、心も身体も」
背後のバノッサ達を振り返らずウィルまでもが小声でベルフラウへ伝えた。

鈴を鳴らしてアティが授業の開始を告げ、簡単な自己紹介を始める。

続いて生徒達の自己紹介も始まり、アティ先生による初めての学校が開校するのだが……。

案の定というか、お約束というか。

授業の重要性など分かっちゃいないスバルの悪戯心が爆発し、パナシェを巻き込み騒々しくなっていく。

ウィルはやれやれとスバル&パナシェを眺め、ベルフラウは額に青筋浮かべてワナワナ震える。
言い合うスバルとパナシェに、学校を遊びと勘違いしたマルルゥが乱入すれば学級は崩壊。

『十四分弱。思ったより持ったな』
ひとりごちる、やけに落ち着き払ったバノッサを他所に激情をぶつけるベルフラウ。

怒りを隠せずスバルとパナシェを怒鳴りつけて青空教室から去っていった。

「ふぁ……ベルフラウ、自分が要らない子供だと思って不安なのだな」
ベルフラウを追いかけて消えていくアティ。
授業は中断、これでお終い。
欠伸を噛み殺し は舌足らずな口調で呟く。

「ベルが!? 自分を要らない子だって?」
に近づいていたウィルの耳は、友のコメントをしっかり拾っていて。
手にした教材一式を草むらに落として驚愕する。
眠さに半眼の はもう一度欠伸を漏らしてコクリと頷いた。

「ベルフラウは汝の元従姉妹で現姉だ。マルティーニの一族が不徳だったとも申さぬが、両親を失い、優しくしてくれた母親代わりを失ったのは彼女にとっても痛手だったのではないか?
姉という立場上、汝に不安を零すような無様な真似は曝さなかったようだが」

オロオロするスバルとパナシェとマルルゥ。
オコサマ組は放置して、 はまずウィルの疑問に答えた。

ウィルはカッと目を見開いて草に落ちた教材を拾上げる手を止める。

「そして今のベルフラウには理解者がいない。ウィルは我や、ヤッファ、マルルゥ、スバル、パナシェ。色々と知り合いを作り着実に交友の輪を広げておる。
だがベルフラウは? 彼女が拠り所とするのはアティしかおらぬ。家が雇った家庭教師だけ」

「……っ!!」

が尚も言葉を続けると、ウィルは手で の口を制し駆け出す。

なんだかんだ言ってウィルも自分の事だけで精一杯で、姉の事まで気が回っていなかったのだ。
彼女がどれだけのプレッシャーと戦っていたのか。
不安に押し潰されそうになっていたか。

見捨てたつもりはない。

でも結果、ウィルはベルフラウを見捨ててしまった。
彼女の気性なら海賊船で生活しても大丈夫だろうと、根拠もないのに決め付けて。

「あうう〜、アオハネさん、オニイさん!! マルルゥ達、ボウシさんのお姉さんに悪いことしちゃいました。どうしたら良いですか」

 助けてくださ〜い!!

眉を八の字に曲げたマルルゥが大欠伸を零す の服に縋りつく。
スバルもパナシェも暗い顔をして縋る視線を へ送っていた。

「自分達が悪い事をしたと自覚があるなら、ベルフラウへ正直に謝れば良い。次から騒ぎを起こさずアティを困らせないと誓えばよいではないか」
はバノッサに重心を傾けた状態でアッサリ答える。

「ゆ、許してくれるかな? お姉ちゃん」
パナシェが首に捲いたスカーフを忙しなく手で弄り、気弱な調子で言った。

口で言うのは簡単だけど、 の意見をそのまま行動に起こすには自信がない。
確証が欲しい。

パナシェの尾がダラーンと垂れ下がる。

「許して貰えるまで謝ればよかろう? 一回謝っただけで許して貰おう等とは虫が良すぎるのではないか?」
異文化コミュニケーションの初歩の初歩。
兎に角喋る、相手の考えを知る。

外界からの友達との距離を測りかねるスバルとパナシェに は冷たい声音で言い切った。

腹の中ではお節介を焼きたいのを必死で堪えながら。
ここで が手を貸すことは容易で、きっとスバル達もベルフラウと和解できる。

だがそれは『お膳立てされた友情』であって、本当の信頼関係とは云えない。

「おう! オイラ、ちゃんと許して貰えるまできちんと謝る。それに……先生にも謝りたいんだ。授業、嫌じゃなかったのに中断させたし」
このメンバーで一番に立ち直って思考の切り替えが早かったのがスバル。
母親の教育の賜物か本人の資質なのか。
スバルは誰よりも早く宣言して拳を天へと力強く掲げてみせる。

「そうだね、スバル」
スバルの立ち直りにつられてパナシェの気持ちも浮上する。

うだうだ悩んでいてもベルフラウが戻ってくるわけでもない。
パナシェは前向きなスバルの意見に賛成した。

「ヤンチャさん、ワンワンさん! 早速ボウシさんのお姉さんを探すですよ!!」
「「おう〜!!」」
最後にマルルゥが音頭をとればチビッコ組は復活。
三人は とバノッサに手を振りながら、何テンポも遅れたベルフラウ探しのスタートを切る。

青空教室には、バノッサと だけが取り残されたかのように見えた。

「風雷の郷に世話になっている、我が世界の庇護者よ。物陰に立ち尽くすのは老体に堪えるであろう? ここへ来て座ったらどうだ」
そよぐ風と の眠気を誘う温暖な気候。
戦いながら は木陰の人影に声を投げる。

「……何も驚く事はないと、この島に来た時思ったんだがな。いやはや、長生きはするモノかどうか判断に迷うのう」
シルターン風の着物に身を包んだ老体、ミスミが に云っていた『ゲンジ』が木の陰から姿を現す。
ゲンジもミスミから同胞が居ると聞かされ驚いたが、彼女の姿を見て更に驚いた。
どこから、どう見ても。

「汝に隠し立てはせぬ。我は地球の結界を護る神だ。名は という。
兄上は、リィンバウム出身だが、異界における我の兄として我を助けてくれている。名は、事情があって明かせぬ」

バノッサがファリエルを仲間に引き込んだ時点で は決めた。

自己保身だと罵られようが島で戦いが起きるのは事実。
ならば世界の理を相手に盛大に喧嘩を吹っかけようと。

「ほう、神様か。道理で人間離れしておると思ったわい」
に示された、机代わりの切り株。
そこへ腰を下ろしゲンジは相好を崩した。

「世界に干渉できぬ神だからな、飾りのような肩書きだ。ところでゲンジ、汝が元の世界に戻りたいのなら協力するが?」
レナードの件もある。
取り合えず はゲンジに意思の確認を取った。

「いや、構わんよ。あっちでは定年まで教師として働き伴侶も看取った。余生をこの島で送っている方が性に合う。気遣いは無用だ」
穏やかに告げるゲンジの顔には迷いがない。
名も無き世界で成すべき事を成し終えた彼には未練がなかった。

「ならば話が早い。我と兄上がこの島に来た経緯を知って欲しい。知った上で協力して欲しいのだ。島を戦場にしないために」

「……わしは、力もないただの年寄りだぞ?」
戦場、の単語に一気に表情を険しくしたゲンジが を見据える。
ゲンジは戦争がどれだけ悲惨かを知っている世代、戦場の二文字には敏感だ。

「年の功は何よりも役に立つ、自分の立ち位置を掴めず右往左往するあ奴等にはな?」
は悪戯っぽい笑みを浮かべ、消されずに放置されている黒板の文字を顎先で示す。
自分が叱り付けた新米教師、アティを思い出しゲンジもつられて笑った。

「わしで役に立つなら喜んで力になろう」
どうやら縁側でお茶を愉しむ日々から少しばかり忙しい日々が始まるらしい。
予感を胸にゲンジが口を開く。

目の前の神様とは初対面だったが、彼女の瞳は誰よりも真剣で発言はとても真摯だ。
ゲンジは自世界の神を助ける思わぬ展開さえも愉しんでいた。
老い先短いと理解しているからこそ冒険も出来る。

「うむ、有難い。戦場になるのは確定的事実だが、島の住民皆殺しという最悪の事態は避けたい。汝にしか頼めぬ事がある故、心して聞いてくれ」
ゲンジの心情を悟ってか。
唇の端を持ち上げ はゲンジに語り出す。

リィンバウムの世界の成り立ち。
エルゴの王。
新たに選ばれたエルゴの王。

島の成り立ちと悲劇。

ハイネル、ファリエルの苦しみ。
護人達がひた隠す遺跡の力。
全てを。


こうして は密かに志を同じくする仲間を集め出すのであった。



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 ゲンジおじーさんって良いですよねぇ。ブラウザバックプリーズ