『話題休閑・ひとつの答え7後3』



オウキーニとシアリィが用意した、魚と野菜がふんだんに使用された鍋。
醤油ベースの鍋は飛ぶように売れていく。
ついでタコを食べようとしないアティとウィルにオウキーニがゲンジと用意した最終兵器・タコ焼き。
タコ焼きが焼きあがる香ばしい香りも宴会場に充満している。

「留守番だったけど、これもまた格別よねぇ。にゃは、にゃはははははははは♪」
メイメイは顔の大きさがある杯に並々注がれた酒を一気に煽る。
宴会場に酒臭い空気が一段と満ち溢れた。
豪快に酒を飲み干していくメイメイを隔離。
他のメンバーは思い思いに鍋を味わう。

「………」
このほのぼの、ぽやーんとした空気。
その空気に混ざっている自分が不思議でしょうがない。

意識を取り戻したら既に会場に転がされていた自分の身の上を、誰かそろそろ説明してくれないものか。

蒼い髪の美少女・ の隣で鍋を突きながらヘイゼルは考える。

「脈拍、心拍数共に正常です、 様」
仮死状態まで追いやられたヘイゼルのメディカルチェックを終えたクノンが に報告。
一礼してヴァルセルドと共に一旦 の前から去った。
「薬でもなんでも使えばいいのよ。拷問でもすればいいんだわ」
自棄気味にヘイゼルが言う。

呪(まじな)いをかけて自分を無色から引き剥がして。
何がしたいのか理解できない。
この超然とした美少女と鍋を突きながら、ヘイゼルは何もかもが腑に落ちず苛立ちを募らせている。

「我の我儘だ」
はヘイゼルの捨て鉢な言い草に対し、自分の横暴を振りかざす。

理屈はいらない。
未来で知り合ったヘイゼルがあれだけ嬉しそうに笑うのだ。
だから助けた。
主だった理由はそれだけ。

「我儘?」
訳が分らずヘイゼルは の言葉を復唱する。
「我は神で汝の未来を見る事が出来る。汝の未来は無色におる限りない。笑っている汝を見てしまった以上、黙って見逃すわけにはいかん。汝は幸せにならねばならんのだ」
はヘイゼルを助けた理由を大幅に省いて喋る。

将来のアルバイター・パッフェルを知っているとは絶対に明かさない。
それはこれからヘイゼルが『パッフェル』に戻って紆余曲折を経て。
ヘイゼル自身が自分でもぎ取らなければならない未来だからだ。

「なっ」
なんという屁理屈だ。
が見た未来のヘイゼルは幸せで無色とは係わり合いがないという。
だから助けたと言い切った にヘイゼルは絶句して言葉を失う。

「横暴よね〜、 って」
スカーレルが椀に取った鍋の具をヘイゼルに押し付けてケラケラ笑った。
「謗られようと構わぬ。ヘイゼルの笑顔が温かかったのだ、だからだ。それにオルドレイクは碌な奴ではないし奴の末路を我は知っておる。
安心せよ、オルドレイクは汝よりは早く死ぬ」
「え? そうなの??」
妙に確信を持って告げる にスカーレルが食らいつく。
ヘイゼルも顔色は変えていないが興味津々に数ミリ身体を前へ乗り出した。
「我は未来から招かれてきたからな、ハイネルに」
しれっと更に秘密を明かす に今度はファリエルへ視線が集中する。

視線の圧力にギョッとして動きを止めるファリエルだが、 の言葉に頷きを一つ返す。

「未来から!? それってアタシの未来も知ってるって事なの??」
スカーレルが目を白黒させて にずずいっと近寄った。

良く見れば宴会場の全員、メイメイやフレイズといった面々を除いた全員が。
無論、オウキーニもジャキーニもシアリィも。
を取り囲むように輪が狭まる。

「いや、未来のスカーレルは見えぬし会ってはおらん。我にも姿が見える者と見えない者がおるのだ。案ずるな? 死相は浮かんでおらぬ故、未来のスカーレルも息災だ」
無邪気に微笑んでスカーレルの未来に太鼓判を押す に、スカーレルは頬に手を当て悶絶する。
ヘイゼルは、些か赴きの変わったかつての同僚の奇行に心の中だけで悲鳴をあげていた。

=セルボルト」
は初めて家名をここで名乗った。
召喚師見習いである以上、この騒動が終わったならきちんと名乗っておかなくてはならない。

「「????」」
静かに名乗った にスカーレルとヘイゼルが揃って小首を傾げる。

「我はオルドレイク亡き後のセルボルト家に引き取られた身。
兄上の名はバノッサ。バノッサ=セルボルト。
新生セルボルト家の当主にして、オルドレイクの実子。オルドレイクによって捨てられた長男だ」
誰もがヘイゼルとスカーレルと の会話に加わりたくてうずうずしている。
中、での爆弾発言に静まり返る会場。
誰かが手にした椀を地面へ落とし箸が転がる音もした。

『この手で、このタイミングで。アイツにトドメを刺せねぇのが残念だがな。
アイツは俺を媒体に魔王を召喚しようとして失敗。魔王に取り付かれて死んだ。世界の変革を真剣に謳った男の末路なんざ、呆気ないもんさ』

の隣でタコ焼きを食べていたバノッサが肩を竦める。
これ以上の驚愕があってなるものか。
スカーレルとヘイゼルは限界まで目を見開きバノッサと を凝視した。

『過去の人間である手前ぇ等に謝るのも……まぁ、仕方がない。血の繋がりだけだがアイツも一応は俺の親。
賢く愚かだった愚親の行為、許してくれとは言わねぇ。さっさと忘れて平凡な日々に埋もれてろ』

突き刺さる視線もなんのその。
受け流してバノッサは深々と頭を下げる。

『アイツが島に齎した悪夢は消えねぇだろうが。被害を最小限に抑えることは出来たと思ってる。それが現セルボルト家家長である俺なりのけじめだ』
頭を下げたまま言い切ったバノッサの肩をアルディラが叩いた。
「驚いたわ、鳶が鷹を産むって本当にあるのね」
アルディラの気の利いたジョークにバノッサが顔を上げ額に手を当て苦笑い。

現在の己を見ての台詞だろうが過去の自分は目も当てられない。
猜疑心に凝り固まった狭義な精神しか持っていない矮小な……。

途中まで考えてやめる。

感傷に浸っても昔の自分は戻っては来ないのだ。
良くも悪くも現在の自分でこれからを生きていくしかない。

「親の責任を取る意味合いも込めて過去に来るなんて、律儀すぎだよね」
「わたしには出来ないかも……。でもアレが親だとそうせざる得ないわよ」
肩を寄せ合ってマルティーニ姉弟はヒソヒソ話し合う。

背負った『家』というものの程度の差はあれ、あれが父親だというのは……どうしたものか。
正直なところ、ただの金持ちの家の子供で良かったと。
心の底から安堵するベルフラウとウィルである。

「親に似なくて良かったですね!! バノッサさん」
アティからは励ましなんだか訳が分らない褒め言葉を頂戴し、バノッサが頬を僅かに引き攣らせ の失笑を買う。

『安心しろよ。バノッサ=セルボルトの名にかけて。暗殺家業を抜けた腑抜けの手前ぇの命なんざ狙わねぇ。そんな暇が無いからな』
少し遠い目をしたバノッサがヘイゼルに向かって断言した。
ヘイゼルは少し驚いた風に顔を強張らせ両手をきつく握り締める。

「まずは帰ったらカノンに説明せねばならんな。キール兄上は暴れるだろうか? クラレット姉上とカシス姉上は呆れそうだが」
に過保護なキールとクラレットが静かにキレんのは間違いねぇ。他の無色の幹部を潰して回るかもしれないな。注意して監視しておかないと……』
苦労の種が増えそうだ。
内心でぼやきバノッサは、事情を聞いたら怒るだろう弟と妹をどう宥めたものかと考え始める。

「キール兄上とクラレット姉上の力があれば、無色の幹部くらい潰して回れるだろう?」
愛くるしい顔して言っていることは物騒極まりない。
平然と言った の台詞にビジュとヘイゼルは心の中だけで『どんな兄妹だ!?』なんてツッコんでいたりする。

『被害がサイジェントやフラットに及んだらどうする? 無関係な連中まで巻き込んでの私闘は認めねぇ』
の意見を一刀両断したバノッサに誰もが思った。

このセルボルト家の若き当主は、暴走娘の兄としても、また実の弟や妹の世話に色々苦労したんだろう。と。
同情と労わりの視線がバノッサに集中したのは特筆すべきまでもない。



Created by DreamEditor                       次へ
 これで秘密の時間はお終いです。という長い一連の話。
 読んでくださった皆様! 本当、お疲れ様でした。
 次話からは結構サクサク進んでアッサリ終わる予定です(笑)ブラウザバックプリーズ