『話題休閑・ひとつの答え7後2』



腫れぼったい瞼を擦る が、どうして自分より心が強いと考えたんだろう。

アティは果てしなき蒼を手に。
幼子にしか見えない に胸を熱くする。
フレイズに手を引かれてやって来た は声を出さずに泣き出していた。

「アティ、我は」
「もういいんです、いいんです。 、有難う。それから全てを背負わせてご免なさい。私の為にこんなに苦しんでくれて、有難う」
を抱き締め本心を伝える。

上っ面の感謝の気持ちや、おべっかなんて要らない。
こんな泣き虫な神様がどれだけ孤軍奮闘してくれたのか。
見知らぬ自分の為に島に来て、島の住民を巻き込み自分を助けてくれたのか。
兄の命を救う使命があったとしてもお釣が出るほど。

有り余る優しさをアティは から受け取っている。

「事情を話してくれなかったのは悔しいけど、でも、それで を嫌いになったりしません。私は が大好き、大好きです」
ホロホロ零れ落ちる の涙。
潤んだ蒼い瞳が自分を捉えている。
の背中に手を回ししっかり抱き締めてアティは偽らざる自分の気持ちを語った。

「私と は違うって決め付けて、壁を作って。でも結局甘えて。 の本質を見ようとしなかった。
私自身も に、本当の私を見せなかった。 は私をずっと心配していてくれたのに」

の目の縁を優しく指先で拭いアティは微笑む。

「大丈夫。もう迷ったりしないから。何のために碧の賢帝を手にしたか。ちゃんと思い出しましたから、もう、大丈夫。私は死なないし簡単に消えたりしません、約束します」

 コクリ。

言葉にならないのか が大人しく首を振って頷く。それだけでもうアティは胸が一杯で。
の背中をあやすように撫でて落ち着かせる。

も不安で一杯だったのだ。
強気に振舞って常に周囲を安心させてきたけれど、遠く離れた兄を想って。
不安で心細くて仕方なかったのだ。
当事者でない分、とても心配だったのだ。
兄が救えなかったら、引いては島が崩壊してしまったら。
全ては剣を持つ自分や現在は単独で行動するイスラに委ねられた未来への糸口。

握れない の焦燥はいかばかりだったのだろうか?

口に出せない不安を抱えて戦場を駆け抜けていた の、なんといじましいことか。

「納得いかない……」
感動の渦の中。
ウィルは矢鱈と冷静に自分の運の悪さを呪う。

大体、碧の賢帝の破片を探したのは自分だし(イオスの提案であったけれど、崖下に降りたのはウィルだけである)。
アティの新しい剣の作成を手伝ったのも自分である(ウィゼルの指名だったけれど、精一杯手伝ったつもりだ)。

なのに最後の締めがアティと の抱擁というのが納得いかない。
戦闘が終結してからやって来てアティの関心の全てを奪った に。

「仕方ないだろうな、 の無防備さを目の前に黙ってられないって。健気な を無視できたらそれこそ凄いぜ」
とかなんとか。
大人の意見を持ち出していても、アティに羨望の眼差しを送ってしまうのは悲しい男の性なのか。
カイルの言動と顔つきがちぐはぐである。

「分るわ〜、先生の気持ち。アタシもギュッとしたいもの」
涎を垂らさん勢いでアティと の抱擁を眺めるスカーレル。
常の凛々しい相談役の姿が霞んでしまうのは否めない。

「分かったから指をくわえるのは止めないか。スカーレル」
運悪くスカーレルの隣に位置してしまったアズリアが渋い顔をする。

背後のギャレオはさり気なくスカーレルの暴走を止められるようスタンバイしていて、ビジュはビジュでお涙頂戴をやや醒めた表情で観劇していた。


「仕方のない子ね、 は」
嘆息と共にアルディラがアティの腕の中の に言う。

 ビクリ。

大袈裟なくらい の身体はアルディラの台詞に反応して震えた。


失った恋人を求めて心を閉ざした自分。
兄を失いかける恐怖と戦いながら誰かを手駒にしてしまったと錯覚して、心を閉ざそうとした
大差ない。
目を開けば周りにはこんなにも沢山の『仲間』や『家族』がいて支えてくれるのに。
力があると能力があるからと無茶をする。
願った先は違えど似たり寄ったりの行動を取ってくれた は。
周囲が考えるほど強くはなかったのだ。

アルディラが敢えて『理知的合理的』を思考の拠り所にしたのと同じで。
も表面上は『尊大暴走』を振りかざし寂しさや不安を押し隠していただけ。

「でも嫌いじゃないわ……。ふふふ、寧ろ貴女らしくて好ましいわね」
目を零すんじゃないか。
丸い目をした の額の髪を払い、アルディラは の額へ口付けを落とした。

震える の睫に落ちた透明な滴をポケットからハンカチを取り出し拭う。
姉が妹にしてやる仕草で。



「ったく、面倒臭い真似しやがって」
苦虫を潰した顔のヤッファが。
低く唸りながら とアティに近づく。


貧乏籤を引かされた身の上としてはもう禿ると喚きたい。
妙に物分りの良い不思議なガキだと怪しんでいたら、アティを筆頭とする剣の所有者&争奪戦に紛れヤッファの視野から逃げていた
一見すれば見事ともとれる処世術も の逃げの一種だったのだ。
巻き込めない厄介を抱えた が誰かを『巻き込まない』為の。
一部、事情を話した連中にだって の都合には付き合わせず。
自分達を護れるように協力を要請しただけ。
どうせだったら の心配も半分背負ってもらえばよかったのだ。
荷が重すぎたのだから。

まったくもってガキだと思う。
本当は優しいくせに冷酷なフリをして他者を自身の奥に寄せ付けないこの子供は。


「何千年生きようが、神だろうが。 は結局、頭の中身がガキなんだからよ。ガキはガキらしく目上を頼っとけ」
アルディラが口付けを落とした額をヤッファはデコピンした。



「我慢大会ではないのですから、単独で無理されても困ります」
常の冷ややかな態度を装ってキュウマが最後に現れた。


が抱えていた全てを彼女の口から聞きだせなかったのは少々残念であっても。
彼女が自分より遥かに子供らしい事に、すっかり自分が彼女を格上だと信じきっていた部分に。
己の未熟さを改めて突きつけられておこがましいと考えた。
リクトの遺言を護り遂行できるなんて、なんて傲慢なのだろうと。
覚悟も何もかもを失い人形ではなくなった己には出来ない所業だったのだ。

が上手だったからではない。

自分が既に大切な主を見つけてしまっていたから、だから、リクトの遺言は事実上形ばかりとなっていたのだ。



「大人気ないとは思いませんか? 少しはこちらも頼ってください。わたしだけ助けてもらったのでは、あの世のリクト様に申し訳が立たなくなります」
キュウマはぎこちなく手を伸ばして の頭を撫でる。
が応じてはにかみ笑い、キュウマは目尻を下げもう一度笑った。



『有難う、フレイズ』
しゃくりあげる の姿に安堵して。
ファリエルは の出迎え役を引き受けてくれた副官を労う。
本当は一緒に戦いたくて、共に敵と対峙したくて仕方なかっただろう彼。
敢えて裏方に徹してくれた頼もしい『家族』に感謝の気持ちを伝える。

「いいえ。お役に立てて嬉しい限りです、ファリエル様」
ファリエルと の為の苦労なんて辛いとも思わない。
二人には有り余る優しさと温かさを貰っているから。
フレイズは気持ちを込めてファリエルに返答した。
『うん…… の役に立てて嬉しい。嬉しいね、フレイズ』
本心を伝え合って和解を果たした仲間を目の前に、ファリエルは最後をこう締め括るのだった。




Created by DreamEditor                       次へ
 護人とアティの主人公に対する真の意味での接触と見解が明らかに。
 やっぱり何時の時代でも何処でも、主人公は子供で『危なっかしい』らしい……。ブラウザバックプリーズ