『話題休閑・ひとつの答え7後1』




目覚しい反撃をアティ達が遺跡最深部で繰り広げていた頃。
ファリエルに を頼まれたフレイズはぐずる を宥めすかし、小屋の外へ連れ出すことに成功していた。

、さん」
シアリィの遠慮がちな呼び声が の耳にも届く。

小屋の外にはシアリィとオウキーニが少し寂しそうな顔をして立っている。
間接的に仲間に巻き込んだ二人だけれど。
騙したも同然だ。
居た堪れなくなって は俯いてしまう。

萎れる にフレイズは穏やかに微笑み、シアリィも、オウキーニも。
小さく笑って に近づき、怯えて震える を抱き締めた。

「人任せにして戦わないなんて、本当は出来ないんですよね。 さんは責任感が強くて。自分のお兄さんだけ助ければ良いのに、わたし達の事を放っておけなくて」
シアリィは の頬に自分の頬をあて優しく囁いた。

ゲンジから全てを聞いた。
シアリィは怒って良いものか、呆れて良いものか。
判断に迷いながら の住む小屋前で に会って。

偉大だと思っていた彼女が本当は普通の少女だと。

自分となんら変わりないのだと悟ってなんだか嬉しくなった。

対等じゃないと、 は偉大で凄いと勝手に思い込んでいただけで。
本当は同じ。
能力の違いはあるけれど、同じ心を持った女の子同士なのだ。

「阿呆でんな、 はんは。これでもウチは海の男や。 はんの事情を考慮できないほど阿呆でもあらしまへん。あんさんかて、そうなんやで?」
シアリィごと を抱き締めオウキーニが歯を見せニカッと笑ってみせる。

強さに気を取られていてオウキーニも忘れていた。
は誰よりも『家族』を大切にしていた少女だったという事を。
情に篤い神様だという事を。

「騙したって良かったのよ! 皆を騙して良かったんだわ、絶対。 のお陰で皆目が覚めたんだもの。ハイネルさんが作った幻の温かさから。
もうハイネルさんは居ない。残された皆でこの島の平和を作っていくしかないって分かったから」
の背を手で擦りシアリィは自分の考えを音に出した。

部外者だから分る。
護人も、護人に近しい者達も。皆自分勝手ではないか。
自分の望みを叶える為に島を護ってきたなんて。
裏切りも良いところだ。

逆に に騙されて丁度釣り合いが取れたのかも知れない。
彼等の曇った心の釣り合いが。

「効果的なショック療法やな。 はんのお陰で皆分かったんや。今の自分にとって何が一番大切なのかを。堂々と胸張って褒めてやりなはれ、アティはん達を」
の頭を撫でてオウキーニも部外者としての自分の考えを明かした。

「本当の楽園なんてこの世界にも、メイトルパにも……何処の世界にもないんだって思うの。ハイネルさんにとっての楽園がこの島だっただけ。
皆にとっての楽園はそれぞれでしょう? にとってはサイジェントのお家が楽園なんだと思うし」

シアリィはこれまでの事件を通じて感じた気持ちを正直に告げる。

楽園を求めて遺跡を復活させようとしたラトリクスと風雷の郷の護人。
現状を楽園だと考えて遺跡の復活を阻んだユクレスと狭間の領域の護人。

シアリィにとっての楽園は……オウキーニと一緒に料理を作った古ぼけた台所で。

皆それぞれ願う楽園の形が違うのだと気が付かされた。
の行動によって。

だから は皆に負い目なんて感じなくて良い。
心から想う大切な人と過ごす場所が『楽園』になるのだから。
だって楽園を護っただけなのだ、自分の。

「自信を持ちなはれ。 はんは間違ってまへん。ウチとシアリィはんが断言します。島の争いの当事者じゃない、ウチ等が」
野菜泥棒だった自分が大層な口はきけない。
オウキーニはずっとこう己を戒めていた。
でも、 は間違っていないと考えている。

昔に囚われリィンバウムの住民を憎み恐れていた島の面々の意識を改革した は。
遅かれ早かれアティの持ってきた剣で、無色の派閥が訪れる事で島の平和は崩壊したのだ。
が先見の明を活かして自分達を助けてくれたのを有難いと。

感じてしまうのは当然であろう。

「わたしも 様は間違っていないと思いますよ」
頑なで硬質な輝きを放っていた の魂が解れていく。
美しい輝きを取り戻す の魂を視野に納めフレイズも控え目に付け加えた。
「………怒っておらぬのか?」
ここで初めて が喋る。
恐る恐るシアリィとオウキーニに目線を合わせた に、二人は力強く頷き返す。

「内緒にされたのは悔しいけど、でも、ちゃんと話してくれるでしょう? 次からは」
「せやな。根掘り葉掘り聞かせてもらいますわ」
言ってオウキーニに目配せするシアリィ。
シアリィの目線を受けて応じるオウキーニ。

仄かに漂う甘い空気は互いを受け入れあって繋いだ絆があるから。
美しい二人の魂の輝きにフレイズも思わず和んでしまう。

「なにやっとんじゃ〜!!! オウキーニ!! 嫁さん!! さっさと を送り出さんか。 、お前もさっさと出掛けんか」
そこへ苛々しながら の出発を待ち構えていたジャキーニが。
堪えきれずに 目掛けて駆け出していく。

ジャキーニの存在を失念していたフレイズは乾いた笑みを浮かべ、オウキーニとシアリィは互いに舌を出し合う。
といえば突然現れたジャキーニにキョトンとした顔でジャキーニを見上げた。

「これを飲んで出かけるんだぞ」
気まずそうに咳払いしたジャキーニが、ナウバの実ジュースを に差し出す。
ジャキーニなりの不器用な励ましにシアリィとオウキーニは を抱き締める腕を解いた。
「有難う」
が素直に礼を述べてナウバの実ジュースのグラスを受け取り。
幼い仕草でグラスのジュースを飲み始める。

「ふふふ、皆さんに早く帰ってくるように言って下さいね?」
皆の勝利を信じている。
必ず帰ってくると微塵も疑っていない。
シアリィは晴れ晴れとした顔つきで に伝言を頼んだ。
「本当の意味での『仲直り』の鍋をシアリィはんと作って待ってますわ。腕によりをかけまっせ!!」
オウキーニも胸を張り手で叩いて に確約する。

様。ファリエル様も待っていますよ? 勿論、皆さんも」
乱れた の髪を整え、ポニーテールに結ってやりながらフレイズが念押しした。
「………」
は何処か遠い目をして空を見上げる。
「ハイネルが捲いた種を見届けなければならんな、誓約者である兄上達の代わりに」
小さな声で決意を呟き は背筋を伸ばし唇を引き結ぶ。
フレイズから差し出された手を握りゆっくりと、 は歩き始めた。

「「いってらっしゃい」」
イントネーションの違うシアリィとオウキーニの「いってらっしゃい」
二人の温かい言葉に眼差しに見送られ はフレイズと手を繋ぎ、遺跡へ向かう。

ユクレス村を出て集いの泉を横手に過ぎって、喚起の門を遠巻きに眺め、遺跡の入り口へ近づいていく。



「怖い、ですか?」
少しは浮上した の気持ちも完全に晴れているわけじゃない。
フレイズが穏やかな声音で問う。
は首を縦に振った。

「怖くても一歩を踏み出さなくてはいけない。剣の主である彼女も答を出したのですから。答えを聞かなくてはいけません」
は言葉を発せず黙って頷く。
誰かが開いた遺跡の入り口が とフレイズを出迎える。

中まで続く光の道標に混じって空気に漂う血の匂い。
とフレイズは、奇しくも同じタイミングで血の匂いに顔を顰めた。

「心配されなくても大丈夫です。 様の優しさは伝わってますよ」

命を落とした無色の派閥兵が数人。
通路に打ち捨てられていて戦いの激しさを物語っている。

油断なく周囲の気配を探りながら、フレイズが何度目かになる励ましの言葉を にかけた。

奥へ奥へ進む の足取りは重い。

けれど歩みは止まらない。

警戒していた敵襲はなくフレイズと は遺跡最深部にまで無事、到達する事が出来た。


そこには。


碧の賢帝とは違う、美しい輝きを放つ剣を手にしたアティが。
柔らかな笑みを浮かべ を待っていた。



Created by DreamEditor                       次へ
 ちゃんと全員出せてるよね?? ジャキーニさんの影が少し薄いのが残念です。
 恐るべし、シアリィ乙女パワー!! ブラウザバックプリーズ