『卑怯者4』




心底愉快そうに哂ってからイスラは顔を上げる。

「この戦いに勝っても碧の賢帝はこちら側にある。どうやって護るつもりなんだい?」
イスラが片膝を付いた姿勢で を揶揄した。

 碧の賢帝を欠き、今後どう島を護るか?
 我に聞くな、我に。
 その場合はアティに問いかけるのが……そうか……。
 我がアティを眠らせたのであったな。

今回アティを眠らせたのはこれ以上無茶をさせない為。
ウィル負傷に激しい動揺を覚えたアティが自棄になる確率は高い。

自身の過失から怪我をされるくらいなら最初からすっこんでいさせれば良い。
考えて は本来戦いの要になる筈のアティを戦から除外した。

 碧の賢帝は象徴でしかない。
 アティにとっては大切な誰かを守れる一種の鍵に過ぎないのだ。
 確かに碧の賢帝には封印された遺跡の力が流れておる。
 が、アティ自身の力も加味されている事をアティが気付かなければ意味がない。
 イスラも帝国軍も剣の特性に目先を奪われ本質を忘れておる。

力があるから強いのではない。
魔力があるから強いのではない。
強力な召喚獣を持っているから強いのではない。
傷つける牙を技を持っているから強いのではない。

 アティは信じる心を持っておるから強いのだ。
 まだその心は弱いがな。

答えを待つイスラの淀んだ瞳と鈍い音を聴き はつらつら考える。

「……剣自体に我は魅力を感じておらぬがな。碧の賢帝がアティの持ち物である以上、取り戻してやりたい」
が考えた事を音に出せばイスラは皮肉気に口元を歪める。

「持ち物? 偶然剣の主になっただけの彼女の持ち物? ……君はどこまでも愚かだね。それだけの実力を持っていながら」
イスラは自身の気持ちが高揚するのを他人事のように感じ、尚も を挑発する単語を連ねていく。

との口戦は心地良い。
どっかの甘ちゃんとは違う、血を闇を死を知る者。

彼女との舌戦に嘘は要らない。

「力に頼る者は力によって滅びる。頭に頼る者は奢り己の策に溺れる。我は碧の賢帝の持ち主ではない故、答えかねるが……見せてはやれるぞ?
絆が持つ底力という奴をな」

イスラが何を望み願うか。
輪郭はおぼろげだったけれど、イスラの願い通りに動く義理など にはない。
に出来る事は常に自分が後悔しない行動を取るだけだ。

 碧の賢帝の狙いは遺跡の復活。
 早々他者を主とは認めぬだろうな、アティが死なぬ限りは。
 強い意思の力と膨大な魔力……。
 意識を失っているアティを媒介に、剣をアティへと導く。
 我の魔力と、我に心を開いてくれているアティの魂が呼応すればあれば恐らく。

は羽を全て広げ本来持つ自身の神の魔力を解き放った。
薄灰色に満たされている戦場が一気に蒼く染め上げられ、ガラス同士がぶつかりあう不思議な音色が響き渡る。

「先生が、 が光ってる!?」
呼応するように光る の身体とアティの身体。
ベルフラウはオニビへの指示を忘れ呆然と光景に魅入った。

蒼く光る の身体と応じて緑色の輝きに包まれるアティの身体。
薄暗い場所だからこそ輝きは何より目立つ。

「真の策士はどちらか分からぬなら致し方ない。残念だったな、イスラ」
は静かに呟き己の魔力値を急激に高める。

周囲に散らばる蒼い光の欠片と反応を還すアズリアの手の中の碧の賢帝。
ドクドクと人の心臓のように脈打ち始めた碧の賢帝から網膜を焼き尽くす位強烈な白い光が発せられる。

 ふふふ、我の読み勝ちだな、イスラ。
 碧の賢帝がアティを主に選び遺跡の復活を狙う以上剣はアティへ戻ろうとする。
 我の魔力に触発され僅かに活性化した剣が主の元へ戻ろうとしておる。
 後は我が道を作ってやれば良い。

身体から溢れ出る魔力を抑える事無く は全てを解き放った。
「主の元へ戻れ、碧の賢帝よ!!」
驚くアズリアとギャレオを碧の賢帝の光が飲み込んでいく。
の力強い響きに導かれ碧の賢帝はアティの裡へと還っていった。

「アティという剣の主を媒介に、自分の魔力で碧の賢帝を刺激して剣を主の身体へ還す。理論的には可能だけどなんて無茶を……」
アルディラが上擦った声音で呟く。

頭では理解できても現実に非科学・非論理的な の行動を見せられ、一瞬だけ思考回路が真っ白になる。

「いくら さんでもあれは……無茶苦茶です」
ヤードも から流れ出る魔力と、その魔力を辿ってアティへと戻っていた碧の賢帝を見送り唖然とした。

召喚術の知識があるから、どれだけの無茶を がやってのけたのか理解できる。
理解して愕然としてしまう。
一歩間違えば目の前のイスラに殺されただろうし、成功しても根こそぎ魔力を持っていかれ激しく疲労する。
自分達にとって封印の剣が戻ってきたのは有難いものの、その代償が彼女の行為だ。
素直に喜べない。

……貴女……」
隣のスカーレルも傾ぐ の身体を眺め戦う手が止まる。

強力な負荷が に掛かったのは一目瞭然でイスラはボロボロになった身体に鞭打って剣を手に取ろうとした。

「させるかよ!!」
カイルがすかさず力を失った の身体を自分側へ引き寄せ抱きしめる。
の顔数センチ先をイスラの剣は通り過ぎていった。

「うおぉぉぉぉお」
「サセン」
イスラを助けようと動いたギャレオの前にはファルゼンが立ちはだかる。

構えたままファルゼンを伺うギャレオと、ギャレオの前で剣を構え立つファルゼン。
互いの気合は拮抗し動くきっかけも掴めない。

「わらわの存在も忘れてもらっては困る」
膠着しそうな戦況にまたもや吹き始めるのがミスミの風。
ミスミは と同じ位冷静に戦況を見定めており、満身創痍の帝国兵へ追い討ちをかけるべく風を呼び込む。

 ゴオォオウゥウウ。

風はミスミの意思そのままに唸り声をあげた。
自分の手のひらと血の気のない の顔を交互に見、風に乱れる髪もそのまま、アズリアは一切の感情を殺す。

「総員、撤収! 速やかに撤退せよ」
有無を言わせぬ隊長の威厳。
アズリアから感じられるのは隊長としての彼女、の意思。

「しかし隊長……」
ヤッファとキュウマに挟まれ無数の刀傷をこさえたビジュが、怒りも顕に声を荒げた。
例え剣を取り返されたとしても相手だってダメージを受けている。
今なら……。

「この風がある中戦っても消耗戦になるだけだ、分が悪い」
風を操るミスミに内心で舌打ちしアズリアは顔色を変えず断言した。

の凄さは見て分かった。
戦い慣れもしている。
遠慮なく掛かってこいと言った彼女の言質は正しく、好感が持てた。

蓋を開ければ が宣言したとおり彼女は遠慮なくこちらに攻撃してくるではないか。

不思議な少女だ、アズリアは考える。

イスラが、弟があれだけ執着を見せる相手。
アティに向ける負の感情とは違う何か。
弟にしては珍しい本音剥き出しの台詞を背後で聞きながら改めてアズリアは に興味を抱いていた。

「ビジュ、隊長の命令は絶対だぞ」
アズリアの指示に従い始めた帝国兵達。
その流れの最中に立つギャレオが険しい顔でビジュの暴言を叱責する。

「くそっ」
ビジュは足元の小石を蹴り上げ、忌々しそうにヤッファとキュウマに一瞥を送った。

身を翻しビジュは足早に去っていく。
アティと を欠くメンバーに帝国を深追いしようという者はなく、帝国軍は郷とは逆方向へ撤退し始める。

「命拾いしたね」
イスラが嘲る視線と共にカイルへ言い捨てる。

腕に を抱えたカイルは事情を知っているのに腹の底からの怒りをイスラへ感じていた。

何を考えているのかは分らない。
それでも やアティに対して明確な憎しみを顕にするこの卑怯者。
彼の行動はカイルにとってとても不快だった。

咄嗟に拳を固めるカイルだが、ヤッファにそっと腕を押さえられ、傍らのミスミにも首を横に振られる。

「イスラ!」
アズリアの厳しい視線と声に促されイスラは撤退の列に加わった。
それでもイスラはくぐもった笑い声を響かせ神社前から消す。



「今回は逆に説教できそうよね、 に対して」
完全に帝国軍が撤退してからベルフラウがボソリと漏らした。

これまで はこんな無謀をするタイプには見えなかったけれど。
策士でもあり熱血漢でもある、のかもしれない。

ベルフラウは己の人を見る目がまだまだ足りないと少し反省する。

「あら、それなら先生もウィルもまとめて説教しなくちゃね♪ 命は一つ、とーっても大切じゃない?」
人差し指を左右に振ってスカーレルが眠れるアティとウィルを顎先で示す。

「珍しい事もあるものね。わたしもベルフラウとスカーレルの考えには大いに賛成よ」
召喚術の連発で張り詰めていた緊張を解き、身体を少し解したアルディラがすかさず自分の意見を付け加えた。

「俺も付け加えておいてくれ」
ヤッファが渋い顔で挙手して少し離れた場所に居るスカーレル達の会話に混ざる。

「心労が絶えませんね、彼も」
哀愁漂うヤッファの背へ目を遣りキュウマは率直な感想を口にする。
「ハゲネバ……良イガ」
最後を珍しくファルゼンが締め括り、戦いの後の反省会へと雪崩れ込むのであった。



Created by DreamEditor                       次へ
 うっかり碧の賢帝を取り戻しそびれたから、この話に落ち着いたなんてのは錯覚です(笑)
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