『話題休閑・卑怯者4後1』
鬼の御殿にて正座するのは右からアティ・ウィル・ 。
対峙して座るのはベルフラウ・スカーレル・アルディラ・ヤッファ。
面白そうに見守るのがミスミとメイメイで、ソノラとヤードは心配そうに双方を見守っていた。
「申し開きがあるなら聞いてあげるわよ。一体どういう了見して先生を助けようとしてたわけ? 一歩間違えばウィルも死んだかもしれないのに!」
静かに怒るベルフラウはそりゃぁ怖い。
アルディラのような理知的な女性を目指してるとあって迫力もある。
これなら怒りに任せてノロイで攻撃された方がまだましだ。
「それは……」
言い淀むウィルの服、右肩は切られたまま。
怪我自体は治療されていて怪我の痕跡はなくても服はウィルが取った行動を静かに証明している。
「
そ れ は?」
一言ずつ区切ってベルフラウはウィルの言葉を繰り返した。
「ご免なさい、ベルフラウさん。私がちゃんと考えて動いていなかったから」
姉弟対決を見ていられなくなったアティが突然声を上げ頭を下げた。
皆を護る為に差し出せば良いと考えた自分の命。
でも自分だけが死ねば終わる問題でもない。
分かっていたがあのギリギリの状態ではイスラの要求を受け入れるしかないと思ったのも事実。
ウィルの想像もしなかった怒りにアティは直ぐ己の失態を悟った。
でも間違いは間違い。
そのせいでウィルや
、仲間全員に心配をかけたのだ。
「先生は関係ないでしょう?」
ウィルはムッとしてアティへ言い返す。
アティの短慮に怒り。
結果、負傷するという不名誉を負ったのは己の力量が足りなかったからでアティのせいではない。
イスラがスパイだったのも見抜けなかったし、人質にされたスバルを取り戻す策だってウィルには思いつかなかった。
完全に自分の落ち度だと思う。
力だけでも知恵だけでも駄目だと、 に皮肉られた意味が心に染みる。
体験して初めて理解する自分の浅はかさをウィルは恥じていた。
「でも私のせいです! 私が簡単に諦めたりしたから」
ウィルの心中を推し量る術はない。
アティは自責の念に駆られて声を荒げる。
「これは僕の問題です」
眉間に出来上がった皺を深めウィルは取り付く島もない。
淡々とアティの言葉を否定した。
ウィルの低い声音だけが彼の不機嫌さを如実に示している。
「ウィル君だけに責任を押し付けられません!!」
アティも負けてはいない。
口先を尖らせ不服そうにウィルを睨む。
少なからず好意を覚える女性のそんな仕草にウィルがグッと言葉に詰まった。
「「はぁ……」」
ヒートアップするウィルとアティにスカーレルとアルディラが額を抑え嘆息した。
責任論云々より心配をかけた事を自覚し、今後軽率な行動を取らないと誓って欲しい。
主旨が外れ始めたアティとウィルの口論は喧嘩というか、何というか。
「痴話喧嘩なら他所でやれ、二人とも」
この場にいる全員の気持ちを代弁して初めて
が口を開いた。
「他人事ぶってないで、
も」
すかさずアルディラに釘を刺され は頬を膨らませる。
大人しくベルフラウやスカーレル、アルディラにヤッファの説教を聴いていたのに。
「我は他人事ぶってはおらぬ。こうして反省しておるではないか」
そっぽを向き はトゲトゲした口調で反論した。
皆の心臓に悪い事をしたと反省すれども後悔はない。
あれ位しなければアズリアは退却の意思を示さなかっただろう。
これ幸いと皆を葬っていたかもしれない。
「踏ん反り返って反省か……まったく、
、お前は」
「待って! ヤッファが怒りたいのは山々でしょうけど、アタシが最初よね〜」
眩暈を覚えてよろめくヤッファを遮って笑顔のスカーレルが
ににじり寄る。
「 が強いのは知ってるし、アタシは の実力は買ってるの。でもね? それとこれとは話が違うじゃない?
だって本当は分かってるんでしょう?」
スカーレルはがっしと の細い両肩を掴みジーッと
の瞳を覗きこんだ。
「……スカーレルの目が据わっておるぞ、店主」
扇子の影で口元を隠しミスミが傍らのメイメイに耳打ちした。
「ありゃりゃ〜。スカーレルったら本気のまぢみたいねぇ」
冷やかし半分に付いて来たメイメイは本気で他人事。
軽い口調でミスミに応じる。
どう転んでもミスミとメイメイの立場は傍観者だ。
隣の部屋で控えるキュウマは二人の呑気な遣り取りに乾いた笑いを漏らし、スバルは盛大に息を吐き出して呆れる。
「ど、どうしよう! スカーレルが本気出してる」
ソノラは久しぶりに見る『本気スカーレル』に怯え、救いを求めてヤードの上着を掴む。
「仕方ありません、ソノラさん。いざとなったらわたしの召喚術で」
少し遠い目をしたヤードは手にした紫のサモナイト石を握り締めた。
言葉遣いと行動から軽い印象を受けるスカーレル。
普段は印象通り柔らかな物腰と場の空気を読む大人である。
なんてったって海賊の相談役なのだ。
オンオフ、締める時と緩める時をきっちり区別できる大人である。
スカーレルは今極限まで締まっている状態、暴走しそうになったら幼馴染である自分が止めるつもりだ。
後が怖いが。
「すまない。我の身勝手な行動については深く反省する、汝等に心配をかけた」
蒼い瞳にはスカーレルの顔が映り、スカーレルの瞳には
の顔が映る。
「だがな? 後先考えずに無茶をしたわけではないのだ。その点は痴話喧嘩二人組とは大きく違うと主張させて貰うぞ」
疚しい気持ちは欠片もない。
は毅然とした調子を崩さずスカーレルと背後の面々へ言った。
「「痴話喧嘩じゃない(です)」」
さらっとアティとウィルを一括りにした の台詞に、アティとウィルがハモって異を唱えるも誰も反応を返さない。
「………で、
は何処が違うっていうんだ。全員が納得できるように理由(わけ)を俺達に教えてくれるんだろうな?」
ヤッファも数十秒だけ白い目線をアティとウィルへ向け、それから へ声をかけた。
は一度だけ瞬きしスカーレルへ満面の笑みを浮かべる。
「我が倒れても汝等が助けてくれる。そう信じたから我は行動を起こした」
自信たっぷりに言い切った
の発言に場が静まり返る。
「は?」
咄嗟に内容を咀嚼できなかったソノラが目を丸くして、アティも、ベルフラウも、ヤッファも。
一瞬だけ目を丸くして を凝視する。
が謂わんとしている意味を悟っているメイメイは目を細め、ミスミは口角を持ち上げた。
数分かけて意味を理解したヤードとアルディラは
の笑みに照れて、スカーレルは薄っすら口を開いたままで固まる。
「我はアティではない。強大な力を持っているからなんでもかんでも自力で解決できると、自負しておるわけでもない。
一人であの状況下に置かれたら別の行動を取ったぞ? ただ今日は我を助けてくれる仲間がおったからな」
ソノラの「は?」に応じて
が先程の発言をより分かり易く説明した。
「汝等は否定するかも知れぬが、絆が齎す力は碧の賢帝より強いと我は思う。だから汝等が持つ信頼の力を、我を仲間と受け入れてくれた気持ちを信じたのだ」
信じることから始めるアティの態度を見習い、 も相手(仲間)を信じる事から始めようと。
正直にアルディラ達を信頼してあの行動に出たのだ。
根拠もなく賭けに出たわけではない。
勿論影での協力者、フレイズ・ゲンジ・オウキーニ・シアリィ・クノンの気持ちも信じて。
「近くに居たカイルとファルゼンとミスミは我を助けてくれたではないか。それとも我が助けをアテにしてはいけないのか?」
自分はそんなに空回りしていたか? 少し不安になって が慌てて問いを重ねる。
皆から『強い強い』言われていたから、いざとなっても助ける必要がないと判断されていたのだろうか?
考えたくはなくても不安にはなる。
「そんな事はないぜ」
仏頂面でヤッファは吐き捨てた。
言うに事欠いて『信頼』とは。
本気で がそう考えたからこそあれだけ無茶をしたのだろう。
だが彼女は知らない。
護人達がどうして護人になったのか。
何故、遺跡を立ち入り禁止としたのか。
碧の賢帝が出現した意味を、アティという存在の大きさも。
何もかも知らないのに『信頼』だ。
不快感に胃が競りあがる感触を堪えヤッファは横を向き息を吐いた。
「そう、そうよね。本当に
らしいわ。本当に」
スカーレルは反対に
から何かを確かに感じ取り、そっと肩から腕を外す。
「アタシ達海賊に流儀があるように、 、貴女にも流儀があるのよね。心臓が止まるかと思う奇行だって にとっては根拠がある……のは分かるんだけどねぇ。
やっぱりアタシ達の寿命には悪いから控えてもらえると嬉しいわ」
「無理はしてない」
はぁああああぁ。
これみよがしにため息つくスカーレルに憮然として
は口答え。
「少しは目線を低めに持ってよね、
」
ベルフラウが指で斜め下を指差し、 が持つ広い視点を自分達に合わせろと暗に告げる。
理解した は渋々頷いて、
に対する説教? はお終いの気配が漂う。
「さぁ、ウィルとアティの言い訳も聞いてあげないとね。どっちから喋る?」
アルディラの笑顔にアティとウィルは背筋に汗をかき怯えたのだった。
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