『話題休閑・卑怯者4後2』




難しい顔をしたヤッファとユクレスへの家路を辿る &ウィル。
気心の知れた三人であるのに不思議と口数が少ない。

「今更だけど ってベルや皆の事信頼してたんだ、意外だ」
考え事中のヤッファを気にかけていたウィルが意を決して喋り出した。

腰は重いけれど頼りになるユクレスの護人。
彼が何も喋らないのが気になる。
でも自分の疑問も早々に解消したい。

迷いに迷ってからウィルは自分の用事を片付けようと決意した。

「ウィル、汝は我をナンだと思っておる。我は我を完璧な存在だとは微塵も考えておらぬ。
逆に至らぬ部分ばかり見せ付けられて凹むわ。だから相手の素晴らしい部分は見習うのだ、謙虚が一番だぞ」
は横目でウィルをジロリと軽く睨む。

「うわっ…… から謙虚って単語が出る事態脅威だよ」
ウィルは頬をヒクヒク痙攣させて隣の を見た。

傍若無人・大胆不敵を地でいく の口から『謙虚』だなんて。
一番似つかわしくない単語が良く出たものだと感心もする。

「アティの前で見せる控え目さを我にも見せてくれ」
首を大袈裟に左右に振って悲しそうに眉ね寄せる

芝居がかったその仕草に腹を立てつつウィルは頬が赤くなるのを止められない。
ベルフラウもそうだが、 はどうして自分にあの先生の話題をちらつかせるのか。
まったく訳がわからない。

「だから先生は関係ないだろうって……、論旨がずれた。素晴らしい部分を見習うのは良い事だと思う。具体的に誰の?」

 ゴホン。

気まずさを払拭するべく咳払いをしてからウィルは意図的に話題を変える。

「アティの先ず相手を信頼する処から交流を始める、あの心根だな」
がウィルの問いに得意げに答えた。

「駄目だ」
立眩みを起こしかけてウィルは気合で留まる。

アティも もお人好しで自分より他人を優先するタイプだ。
の考え方は大人びていてウィルも真似したい、だが。

 よりによって先生の考えを実践しなくても!!
 だったらヤッファの思慮深さとか。
 キュウマの遠慮とか、ヤードさんの控え目さとか!!
 そーゆうのから見習いなよ!!

誰彼構わず相手にしてたら、 はアティの二の舞になりそうな気がする。
というより、もう二の舞になっている気がウィルはした。

「??? 素晴らしいではないか、アティらしくて。色眼鏡で相手を見ず、じっくり相手を知る行動も大切だと思うが」
ウィルの否定の言葉を字面通り受け止めた が不思議そうに首を傾げる。

「時と場合によるんじゃない?」
ここでハッキリ怒鳴れたらどれだけ楽か。
内心どっと疲れたウィルは当たり障りのない相槌を打った。

「そうだな、時と場合によるが。……ウィル、誰もが不幸せになりたくてこの世に生を受けるわけではない。誰もが幸せになる権利は平等に持っておる。
幸せになりたい、大切な人の傍にいたい、共に在りたい。こう願うのは自然な事なのだ」

は胸の中にハヤトとトウヤ、アルディラとハイネル、ファリエルの顔を思い浮かべ自分にも言い聞かせるように口を開く。

「うん」
ウィルも から真剣な空気を感じ取り簡潔に応じる。

「それが誰か特定のニンゲンを犠牲にしても成しえられると知ったら。自己中心的思考も甚だしいが、我等の心は脆い。
浅はかな自己の願いの為に容易く誰かを犠牲に出来てしまうのだ。願いを否定する事は簡単だ、しかし願いそのものを愚かだと我は笑えん」

エルゴを作り出そうとした無色の派閥。

核識への道を選んだハイネル。
ハイネルの帰りを待つアルディラ。
ハイネルの願いを守ろうとするファリエル・ヤッファ。
主との遺言に縋って生きるキュウマ。

ハイネルの願いを打ち砕いた封印の剣。

アズリア達と剣を巡って戦うアティ。

そんなアティを護りたいと考えているベルフラウとウィル。
どれもが自身の立つ勝手な願いから動いているだけ。

だって兄二人を助ける為に戦っているのだから。
誰も他者を責められはしない。

 それでも我は断罪するぞ、アルディラ、汝を。
 狂ったハイネルの意識の断片と汝を会わせるわけにはいかぬのだ。
 無論キュウマの悲願も潰させて貰う。
 現在を生きる誰かを犠牲にして過去を取り戻す等あってはならぬ。
 そうであろう?
 だから我を呼んだのであろう? ハイネルよ。

徐々に の視界に見慣れた小道が見え始め、ユクレスの巨大な大樹が迫ってくる。
ユクレス村の中へ入って は続けた。

「大切な人が助かるなら、願いが叶うなら。悪魔の囁きにだって屈してしまうのだ。我も、皆も」

「誘惑に強い種族なんてそうは居ないよね。屈してしまうけど、 は跳ね除けるタイプだよ。
僕は自信がないけど、先生もきっとそういう類の誘惑には乗らないと思う。二人とも変なところで頑固だからさ」

暗い顔をした の背中を遠慮なく叩いてウィルは小さく笑う。
思いがけないウィルの意見に が目を丸くすると、村の奥から一人の女性が走ってきた。

さーん」
の名を呼びシアリィがブンブンと腕を左右に振っている。
「あ、シアリィさんだ。どうかしたのかな?」
すっかりウィルとも顔なじみになったシアリィが顔を真っ赤にしてこちらへやって来る。

「我にレシピについての質問でもあるのだろう。ユクレスまで無事到達した事だし、ウィルは先に帰って今晩の夕飯当番を頼む」
「はいはい、じゃぁ先に帰るからね」
走るシアリィを一瞥し がウィルを先に追払う。
同性の女性同士、何かあると勝手に解釈したウィルは嫌な顔をせずさっさと家へ歩き出した。

「ヤッファ?」
が名を呼べばヤッファは夢から醒めたような顔つきで、ユクレスの村を見渡す。

「あ? ああ……俺も帰るぜ。悪いな、だんまり決め込んでよ」
ヤッファは結局最後まで難しい顔をしたまま、なまけものの庵へ向けてのそのそ歩いて去って行った。

ヤッファの背中をシアリィと二人で見送り、 はシアリィとユクレスの樹の傍へと歩いていく。

広場になっているソコは密談には相応しくない場所に見える。
しかしながらこの開放感が却ってツボで、互いに笑顔で喋っていれば誰も二人の会話には割って入らない。
要は内容がどんなものか、滅多な事では盗み聞きされないのだ。

「ヤッファさんには悪い事したでしょうか?」
通常比1.5倍で疲れ果ててているヤッファの背中を省みて、シアリィは恐る恐る に聞いてみた。
戦いや難しい話なんてシアリィには分からないけれど、ヤッファが心底疲れきっているのは分かる。

「いや、構わん。ヤッファもそろそろ悩み始めたのだろう」
は手を左右に振ってシアリィの心配を四散させた。

「オウキーニさんから聞きました、風雷の郷、凄い事になってたんですね。あのイスラって子、良く分からないです。ジャキーニさんに入れ知恵したり」
改めて本来の話題を持ち出し、表情を曇らせシアリィは俯く。

パナシェに連れまわされていた彼をシアリィも目撃はしていたが。

とてもじゃないが火を起こし、人質をとって、アティを殺すような少年には思えない。
いや、あれすらも演技だったというのか?
ジャキーニに近づき裏切りを勧めたのだから矢張り彼は悪い人間なのだろうか?

でも困った顔でパナシェに引っ張りまわされるイスラは、優しい少年に見えた。

「ジャキーニ一家を仲間に引き入れたかったのであろう? 反乱が二箇所で起きれば我等だって対応が遅れたであろうしな」
はイスラについては言及せず、事実だけをシアリィへ指摘する。

「はい……」

 オウキーニさんってやっぱり素敵な人。

胸に手を当ててシアリィは仄かに頬を赤らめる。
乙女思考満載のシアリィに『イスラの甘言を断ったのはジャキーニ本人だ』と指摘してあげられる者がここにはいない。

「ジャキーニとて愚かではない。帝国海軍に協力してまでカイル一家に泡を吹かそうとする程まではな? 同じ海賊だ、最低限の義理は守るだろう」
心ここに在らず、といった態のシアリィにやや顔を引き攣らせ、 は無理矢理話題を本筋へ引き戻す。

「根は悪い人じゃないですからね、ジャキーニさん。考え方はちょっとアレですけど」

オウキーニを通じて知り合った野菜泥棒、自称海の男、ジャキーニ。
俺様思考の割に行動が空回りする愛嬌あるおっさんだ。

シアリィは表立ってジャキーニと喋りはしないものの彼を良い人だと捉えている。

「だが、ジャキーニはヤッファからくすねたサモナイト石を持っておるのだろう?」
「ええ、捨てては居ないみたいです」
確認の意味で が言えばシアリィは大真面目な顔に戻って頷く。

「騒ぎでも起こすつもりなのか?」
は十中八九当たるであろうこの先に思いを馳せ、小さく息を吐き出した。
召喚術を反則だと言って喚いていたジャキーニは記憶に新しい。

「男の自尊心って奴が納まらないのかもしれませんね。海の男の人って、皆そうなのかしら? 子供っぽい見栄っ張りなんだもの。でもそれが可愛いの……」
片やシアリィは何処までも乙女路線、らしい。
うっとりと呟くシアリィに は「そうか」と。
気のない返事をお愛想で返したのだった。



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 きっとシアリィからはオウキーニさん好き好きオーラが出てるに違いない(笑)ブラウザバックプリーズ