『卑怯者2』




盛り上がる人質解放説得交渉。
背後から眺め は欠伸を漏らした。

「ふむ、一昔前の火サスのようだな」

自らをスパイだったと明かすイスラの勝ち誇った表情と、うちひしがれるアティ。
追い討ちをかけるようにアズリア率いる帝国軍が現れて雨が降り出す。

小雨に打たれながら は隣のゲンジにこう呟いた。

「実も蓋もない表現をするな、相変わらず」
ゲンジは肩を竦め前方で行われているアティの剣の引渡しを眺めている。

「これでよかったんでっか? ウチはてっきり……」
「我が介入すると考えたか? 以前にも申したが、根本的にこの島での問題は汝等で考え解決した方が良い部分もあるのだ。
我は歪んだ時の流れを解決する存在であり、無色の異常な野望を砕く存在。アティの考える力を奪う存在ではない」

泣きそうな顔のアズリアがアティから剣を受け取り、スバルが解放される。
堪えていた涙を零しアティにしがみ付くスバル。

そんなスバルを抱き締めるアティの横顔を見据えたまま はオウキーニの言葉を遮った。

 時と場合にもよるが今回我は傍観者だ。
 帝国も譲れぬものがあるとアティもいい加減気付き始めておるしな。
 遺跡の存在にも疑問を抱いておる。
 アルディラとキュウマの動向もきになる故、我が今目立つわけにもいかぬ。
 我が正論を説いてもアティは萎縮するだけだ。
 もう少し己の生き方に自信を持てば良いものを。

至らない自分も自分の一部。
完璧なんて何処にもない。
自分が信じた道を信じる仲間と共に進んでいくだけ。

それが間違っているか正しいかなんて判断は後から付いてくるものだ。

二年と数ヶ月前、マグナが悟ってくれたから はメルギトスの栄養剤という立場を免れこの場にいる。

元軍人として大人として教師として剣の主として。
役割を果たそうと必死のアティには に余裕があるように見えてしまうだろう。

だってそれほど余裕を持っているわけでもない。
ただ自分を容認しているだけだ。

みっともなくとも力及ばずとも。
それが自分だと。

「わしらは剣の持ち主ではない。 が神であろうと、何であろうとな。最終的にアティが、あのヒヨッコがどう動くかによって島の運命が決まる。
ただヒヨッコを守って庇っておれば全てが解決するわけでもない。そうじゃろ?」
年の功は についで二番目? ゲンジが顎を撫でながらオウキーニの早計を宥めた。

「そう、そうでんな。甘やかして守ってるだけってのは、守ってる側の単なる自己満足や。アティはんは弱い人やない。強い人や、優しいから優柔不断に思われてそうやけど」
雨にうたれながらオウキーニが納得して何度も頷く。

「だがあそこまで自虐的なのも、どうかとは思うのだ……困った剣の持ち主だな」
やれやれと頭(かぶり)を振る の前では、イスラの脅迫モドキに屈して己の首を差し出すアティが居た。



同じ光景を眺めながら落ち着いていられないのはウィルである。
握り締めた拳を震わせアティを睨む。
イスラではない、アティをだ。

「ミャ〜」
怒りに震える相棒の姿にテコも不安げである。
弱弱しい声で鳴くものの、感情を高ぶらせたウィルにはその声が届かない。

「なんて身勝手なんだ、貴女と言う人は!!」
ウィルらしくない大声。
驚いたソノラの脇から一人飛び出しウィルはアティを睨みつけた。

ウィルを止めに向かおうとするベルフラウをスカーレルが止め、同じくウィルを助けに向かおうとしたテコをカイルが摘み上げた。

「貴女が一人死ぬ事で本当に解決するとでも? 残された僕らは貴女の犠牲で自分達が助かったと諸手をあげて安堵するとでも考えているのか!!」
低い怒りの篭ったウィルの声音。
それを聞くアティに突き刺さるのは心の痛みを増徴させる言葉のナイフ。

「ウィル……くん………」
雨に濡れて重くなった体、いやつきつけられた非情な現実に重くなった心。
抱えたアティは亀の如くノロノロした動きで背後に仁王立ちするウィルへ顔を動かした。

「じゃぁ君が死ねばいい。お優しい先生を守って死ねるんだ、本望だろう?」
口を歪め哂うイスラの申し出にウィルは怒りを身体の中に引き込める。

の真似なのは悔しいけれど、危機的な状況だからこそ冷静であれ。
冷淡であれ。
我を失くし感情的になれば成る程敵の思う壺なのだ。

ウィルは奥歯をきつく噛み締める。

「流石は三流スパイ、言う事がありきたりだね。もっと遠慮なく要求を突きつければ良いのに。僕の命で十分だって?」
ウィルは薄っすら哂い、イスラの皮肉に応じて自身も皮肉で切り出す。

醜く歪んでいたイスラの表情が虚を突かれ元の大人しい、イスラ本来の顔に戻った。

「マルティーニ家の跡取りを甘く見ないで欲しいな。レヴィノス家のお二方」
雨に濡れて顔色がやや悪いウィルは強い理知的な光を瞳に宿し、内心の恐怖や不安など微塵も出さずにアズリアとイスラへ目線を移す。

力強いその態度に、ウィルへ剣をつきつける事など誰も出来ず。
ただただ彼が何を語るのか固唾を呑んで見守っている。

「仮にここで剣の主を殺し、イスラ、貴方が剣を手にいれたとして。その後無事に帰還できると本当に考えているのか問いたい。
島の者がアズリア、貴女を許し、貴女の部隊に危害を加えず、船に乗り込むのを見守ると。正気で考えているなら考えを改めた方が良い」
ウィルが放つごく当然の指摘。

「………」
アズリアはウィルの挑発に応じず唇を真一文字に引き結ぶ。

彼女だってアティを取り巻く島のバケモノをただ見ていたわけじゃない。
彼等の繋がりが深ければ深いほど自分達にとっては不利になっていくのだ。
島からの脱出だって困難になる。

こんな子供に指摘されなくてもアズリアは十二分にこの危険性を理解していた。
だから矢鱈と集落を襲わず、剣を持つアティとその取り巻きだけを狙って戦いを仕掛けてきたのだ。

「マルティーニ家の跡取り二人が乗った船が難破した。直接的原因はカイル達でも、間接的原因は貴女方海軍にある。
大事な剣を民間船に紛れて運ぶなんてね。
たとえ僕がここで死んでもこの程度の情報くらいは伝わるさ。任務は成功してもマルティーニ家は黙っていない、この意味、分からない貴女方ではないでしょう」

大問題に発展しないまでも、あの父親なら軍に乗り込むくらいはするだろう。

アズリアやイスラ達が直接咎められなくても、上流階級者の社交場、サロンで話題くらいにはなるだろう。

レヴィノス家の者達の耳に入る程度には。

暗に含ませるウィルの問いかけにアズリアは答えない。
命を懸けて弟を守りたいと願う自分。
今正に命をかけて級友を守ろうとしているこの少年。

果たしてどちらの想いが勝つのか……降り注ぐ冷たい雨の向こう側、ギャレオもビジュも。

アズリアが次なる指示を出すのを今か今かと待ち構えている気配がヒシヒシと伝わってくる。

「何を言うかと思ったら子供は所詮子供だね。そんなものどうとでも出来るのが世の中なんだよ。そんな事も知らないのかい?」

帝国軍の権威とマルティーニ家の権力。
比べるまでもない、どちらが強いカ等とは。

黙ってウィルの少年の主張を聞いていたイスラは鼻で笑った。

「どうとでも出来るから、敢えて言っているんだ。帝国軍の全てが間違っているとは言わないし、僕には発言権なんかない。
ただこの島で帝国が誰を殺したか、どんな理由で殺したか。それを論点にしてるだけさ」

緊張に心臓は口から飛び出しそうだ。
正直死ぬのはご免だ、このイスラに殺されるつもり毛頭ない。

ウィルは乾いて縺れる舌を叱咤しながら喋り続ける。

「殺した……? そう、覚悟は出来ているんだ。ならば君諸共、皆殺してあげるよ。君のダイスキな先生も一緒にね」
剣の柄を握った手に力を込めイスラは穏やかに告げる。
曇り空と降り注ぐ雨と時折鳴り響く雷とは恐ろしく不釣合いな、優しい声音で。

「イスラ!?」
碧の賢帝を回収し終えたアズリアが叫ぶが止める間もない。
イスラはアズリアを押しのけ佇むアティの背後のウィル目掛け剣を構える。

「それに隊長殿、貴女も認めた筈だ。戦いは所詮勝った者の理論が正論になると」
アティを突き飛ばし、イスラの剣先のまん前に立ったウィルは唇の端を持ち上げ笑った。

振り下ろされるイスラの剣と仰け反る小さなウィルの身体。
全てがスローモーションの様に瞳に移りアティは文字通り絶叫した。

「召喚!!」
絶叫するアティの声にかき消されるウィルの声。

イスラに右肩を斬りつけられた瞬間、ポケットに忍ばせておいたサモナイト石からテコを呼び出す。
テコは素早くイスラの背後に忍び寄り体当たりした。

「なに!?」
バランスを崩したイスラが目を見開く。

「……話の流れ上、生死の問題を口に出したけど。僕は死にたがりじゃないんだ。一つの可能性としての死を口に出しただけで、死ぬ気はないよ」

  のハリセン&説教は厭だからね。

胸裡だけで親友の怒り顔を想像しウィルは素っ気無くイスラへ言い返す。
負傷した右肩は熱を持っていたけれど動かせないほどでもない。
怯んだイスラに対して更に攻撃を加えた。

「いくよ、テコ!!」
「ミャ〜♪」
左手で右肩を抑えた格好のウィルが叫べばテコ自身が召喚術を発動。
無数の岩がイスラや最前列に居た帝国兵へと降り注ぐのだった。



Created by DreamEditor                       次へ
 ウィル男前の階段を順調に登っています。主人公はまだまだ傍観。ブラウザバックプリーズ