『卑怯者1』




カイル達が風雷の郷を初めて訪れた時通った鳥居のある神社手前。
鳥居手前に集められた郷人達と共に鳥居前で人質になっているスバルを眺めゲンジは心持ち眦を釣り上げた。
今にも飛び出しそうなパナシェの肩に手を置き、彼が無茶な行動をとらないよう留めてもいる。

一様に不安を隠せない郷の一部の面々……帝国軍によって人質とされた、農作業中の郷人達は互いに身体を寄せ合い恐怖と戦う。

「ふむ……こう来るとはな」
スバルの首先に剣を当て薄っすら笑う今回の事件の首謀者、見上げてゲンジはひとりごちた。

戦(いくさ)は綺麗事ではない。
幼い頃の戦争体験を持つゲンジには の言葉の意味が良く分かる。
戦いを起こした当事者にとって都合がよければそれで良い。
その他大勢の手駒は、どこまでいっても手駒でしかないのだ。

「うっ……うう……」
パナシェは耳を垂れた状態で必死に嗚咽を堪える。

涙で霞む視界の前には囚われの友達の姿が。
自分を庇い人質となった友達を助ける術がないパナシェはひたすらに、己の力なさを心の中で呪っていた。

「ゲンジはん……」
そこへ食事当番として郷に来て、大人しく人質になっていたオウキーニが自然な風を装いゲンジの元へやって来る。

「ほう、副船長、お主も巻き込まれておったか」
ゲンジはこの状況下で呑気に笑う。
皺だらけの顔に沢山の皺が浮かび上がる。

「まぁ巻き込まれたっちゅーか、成り行きに任せたっちゅーか。微妙ですわ」
曖昧に笑ってオウキーニは頭をかく。

今日、この郷に来たのは純粋に食事を作る為。
護人の依頼もあって、オウキーニは四つの集落とカイル一家の海賊船を定期的に訪れていた。
無論 から頼まれた情報収集だってきちんと行う、地味だけど優秀なオウキーニである。

「心配せんでも はんか、アティはんが駆けつけてくる筈なんで。深い心配はしてまへん。寧ろ心配なのは敵方や」
チラリ、自分達を包囲する帝国軍の目を盗み、オウキーニはスバルを盾に勝ち誇った笑みを浮かべる彼を見る。
深い同情の眼差しをもって。

「鬼姫殿の子息を人質にとるとは……命知らずよの」
ゲンジはオウキーニの言葉の意味を汲み取り苦笑い。

「へぇ、ほんまそう思いますわ。しかも奴(やっこ)さん はんの忠告無視しておったみたいやし。 はん、精神的に相手にトドメ刺す人やからなぁ」
ぐすぐす涙するパナシェを見下ろしつつ、オウキーニが渋い顔でゲンジに告げる。

無限界廊で死線を乗り越えさせられたオウキーニだからこそ言える言葉だ。

「わしら後方支援は真に島が危険に陥るまでは前面には出ん。まだその時ではないだろう。ほれ、アティ達ヒヨッコ共が駆けてくるぞ」

辛辣な、遠慮も容赦もない神様。
けれど反比例してとびきり優しい、柔らかい心を持った地球の神。

彼女のハリセン捌きを脳裏に浮かべ、それからゲンジは耳に飛び込んでくる足音がする方へ顔を動かす。
顔を真っ赤にして先頭を駆けてくるアティの姿に目尻を下げ、これから起こるであろう戦いに備え心を沈めるのだった。





時間軸はこれより僅かに遡る。

平和な毎日・順調な授業。
島の学校もウィル・ベルフラウへの個人レッスンに忙しいアティもそろそろ生活のリズムを掴みかけた頃。
不思議なボヤ騒ぎが各集落の話題を攫っていた。

空中から帝国の動きを探っていたフレイズの情報により帝国が団体で移動している森へと急ぐアティ達。
お約束のように互いに道端で遭遇、立ち竦む。
何かを企む帝国軍を怪しむアティの仲間達。
火付けの犯人も帝国軍じゃないかと言い出す始末である。

『そろそろ動き出すだろ?』
見詰め合うアズリアとアティ。
最後尾からその様を眺め、名詞は表に出さずにバノッサがイオスへ話を振った。

「十中八九、近々動くだろう。島の内部を怪しまれず、把握し終えたからな」
イオスが言葉少なく肯定する。

「ふむ。微温湯生活に飽きた様でもあったしな。そろそろ事を起こすであろう」
バノッサとイオスの間に挟まれた ものんびり応じて。

「無邪気な親切の押し売りって、あのタイプには意外に邪魔なだけだしねぇ? そろそろ限界なんじゃないの、彼」
最後にメイメイが自前の酒瓶の封を解き、中身の匂いを嗅いだ格好で云った。

酒の甘い香りが森に溢れ出し最後尾部分、シリアスモードが一気に四散したのは云うまでもない。

「作戦としてはまあまあかな。……これじゃぁ、彼女達に疑いがかかる」
声を落としたイオスが毅然とした態度を崩さないアズリアを盗み見る。
イオスの視線の先を探り当てた とメイメイは揃って首を横に振った。

「疑いをかけたいのだ、我らが疑念を抱く余地はあるまい」
も心持ちトーンを落としてイオスに囁く。

 アズリアと関わりがあるのでは、と問うた時のイスラのあの音。
 愛憎に揺れ動くイスラの音は誰よりも激しく暗い。
 果てのない闇の中に身を置く者の音がした。

 対するアズリアはどうだ?
 慣れぬ島の生活で疲れはあるが音が澄んでおる。
 武人の音がしておる。
 姉弟の大幅な音のズレは、二人の不協和音を表す。

 だとしたらイスラは……。

思考の海に沈みかけた の手をバノッサが掴む。
一応は緊張を必要とする場面だ。
視線で咎められて は首を竦めた。

「でしょうね、きっと。彼女の願いと彼の願いが一致するなんて思わない方が良いかもよ? ま、メイメイさんとしては美味しいお酒が飲めれば良いのv
一汗掻いた後の一杯が堪らないのよぉ〜vv にゃは、にゃははははは〜♪」
ぐびぐび酒瓶の中身を煽って一気飲み。
飲み干してケラケラ笑ったメイメイをさり気にバノッサとイオスは視野から追い出す。
適度に真面目になるメイメイは臨時戦闘要員。
あてにして掛かるのは危険だと承知している二人である。

「そこをどけ、今はお前達の相手をしている暇がない」
アズリアの良く通る声が最後尾にまで届く。

逡巡したアティは、ソノラやアルディラ、キュウマの不満顔を真っ向から受けつつアズリアへ道を譲った。
アズリアに目撃されないよう、バノッサはサモナイト石へ戻り、イオスも白テコ姿になって定位置の の頭へ。

「……」
アズリアが とすれ違った時、彼女の漆黒の瞳が揺らめく。

これから起きる何かを理解しているのか、軍人として己を律する術を持った彼女らしくない瞳。
は何度か瞬きを繰り返し遠ざかるアズリアの背中を見詰めた。

ぼんやりしていると、ベルフラウが の腕を掴みアティの元へと連れて行く。
アティを囲んだ海賊一家&護人達。
ああだ、こうだと口戦を交わし何やら揉め始める。

「大の大人が揃ってコレか、情けない」
は宥め役のヤードやヤッファが辟易する顔を眺めまずは一言。

アズリアは曲がった事をしない。
主張するアティと、帝国軍への信頼性について議論する海賊&護人達。

 活発に議論されるのは良い事だが、火付け事件の直後なのだ。
 何故他所への警戒を怠るのか……まったく平和ボケしておるな。

 だが今回ばかりは外野でいさせて貰うぞ?

 イスラが動くのであれば我は静観する。
 アティには辛い事実だろうが、受け止めねばならぬ現実だ。
 余計な口を挟まぬ方が為になる。

イスラの裏切り、というかスパイ行為は見ていてバレバレ。
アズリアとアレだけ似ていてどうして誰も不思議に思わないのか?
それが逆に にとっては不思議だった。

スラム育ちで注意深さを要求されたバノッサ達と、普通に育ったらしいアティ達の違いなのだろうか。
またもや深い思考の海に陥りかけ、 は慌てて頭を左右に振る。

「珍しいね、僕も同感だよ」
輪を外から眺めているウィルが顔を動かさず声だけ出した。

「あのボヤ騒ぎが帝国の仕業にだっにしても、第三者の仕業だったにしても。どちらにせよ手間がかかりすぎている。
集落の皆に現場を見られないよう火をつけるなんて、難易度が高いじゃないか」
弁明するアティへ視線を据えたまま、ウィルは更に付け加える。

「同感だわ。まるで帝国を疑ってくれって言わんばかりじゃない。そうなる事で帝国軍とわたし達が争って得をする人物でも居るの?
この島に? それとも、実は帝国軍内部で意見が別れて、分裂でもしちゃったのかしら?」

同じく大人の口論? には加わらないベルフラウ。
腰に手を当てたお馴染みのポーズをとり、疑問を口にした。

「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」
ベルフラウからすれば些細な疑問であっても、周囲からすれば違う。
一斉にベルフラウへ突き刺さる沢山の視線にベルフラウもお決まりのポーズのまま固まった。

「な、何か変なこと言った? わたし」
たじろぐベルフラウを他所にアティを筆頭とした護人&海賊一家が首を横に振る。

「不味いわね……アタシ達と帝国軍本体を鉢合わせて、時間稼ぎをしたとなれば」
下唇を噛み締め珍しくスカーレルがシリアスモード。
険しい目線をアズリアが去った方角へ向ける。
「島に何らかの罠を、または不利益を齎そうとしているかもしれませんね」
同じく険しい顔のキュウマが悔しさに奥歯を噛み締め発言したところで、
「た、大変です〜!!!!」
マルルゥが息を切らせて『緊急事態』を告げに現れたのだった。



Created by DreamEditor                       次へ
 ベルフラウ辺りが現段階で一番しっかりしてるかも(大汗)ブラウザバックプリーズ