『はぐれ者たちの島3』




島へやって来た侵入者。
注意すべきは二人。

赤毛の女性と、ヤッファが保護? した と名乗る少女だ。

アルディラは顔色を変えずロレイラルの集落、ラトリクスへ歩(ほ)を進めながら考える。

赤毛の女性からは不吉な気配がした。
からはとてつもなく強大な魔力を感じた。

赤毛の女性は無自覚かもしれないが、 は己の能力を知っている者の顔をしている。

彼女を敵に回したら……。

 マスター……私は……。

あの事件から見ることのなくなったメモリーディスク。
そこに納まっている筈の最愛の人達の映像。
鮮やかに蘇る彼(か)の人の笑顔を胸にアルディラは足取りを重くする。

「待ってください!!」
アルディラへ向け近づく足音と背に掛けられる声。
アルディラが振り返ると、こちらへ向けて走ってくるアティと何故か急がず歩いてくる の姿があった。

「何か用かしら?」
「あの! 私……もっと皆さんの事を知りたいんです」
立ち止まったアルディラの冷たい声音に怯まず、アティは自分の考えを一気に言う。

は傍観者の立場に納まる腹積もりらしい。
数メートル背後からアティの発言を黙って聞いている。

アルディラは顔色を変えず僅かに首を傾げた。

「知り合って何をしたいの? さっきの話し合いで用件は済んだと思うのだけど」
アルディラは努めて冷淡に言い切る。

そう。
もう係わり合いにならない方が良い。
人間と関わっても悲しい思いをするのはこちらで、結局悲劇が繰り返されるだけなのだ。

あの惨さをもう一度味わう勇気は……今のアルディラにはない。

「私の名前がアティだって事も、アルディラさんは知らないじゃないですか!! 何も分かり合わないうちから決め付けるなんて悲しすぎます。
私はもっとアルディラさんの事を知りたいです!」

アルディラはアティの訴えに目を丸くし、困った顔で笑う。

 どうしてこんなにも、彼女(アティ)は……似ているのだろう。

小さく息を吐き出したアルディラの揺れる気持ちを遠巻きに眺め、 は唇を引き結んだ。

アルディラの反応は の知り合いのなんちゃって融機人・ネスティの初期とそっくりで。
アティの懐き方はトリスそっくりである。

 感情的になることを嫌う傾向があるのだな、融機人は。
 ネスも申しておったが、ロレイラルは人が住める大地がなく。
 人々は機械の身体を手にするかコールドスリープ。
 そしてその時が来るのを待つしかなかった、と。

 諦めの境地から生溢れるリィンバウムへ召喚されたアルディラ。

 彼女を捕らえて放さないのは一体何か?
 ヤッファもキュウマも。
 望んで護人になったようでもないし。
 ハイネルとの関連も調べておかねば、ゼラムのように足元を掬われる。

二言・三言。
話を交わすアルディラとアティ。
徐々に二人を覆う緊張の空気が和らぎ、アルディラはなんだか諦めた様子で淡く微笑む。

「ミャ」
「ああ……始まり、だな」
アルディラにお辞儀をしてこちらへ戻ってくるアティの喜びに満ちた瞳を眺め、イオスが一声鳴き。
も応じて自分に言い聞かせるべく口内で呟いた。





時間は移って夜。
頭にイオスを乗せた と、同じスタイルのウィルは、寝る寸前に巻き起こった森の爆音を聞きつけた。

ヤッファを無理矢理たたき起こしマルルゥを伴い向かった先ではサプレスの護人・ファルゼンが助太刀する中、戦闘が巻き起こっていた。

「悪人面だな」
刺青の青年を指しての の一言。

姿を現したバノッサと、元の姿に戻ったイオスは互いに肩を竦め合う。
ヤッファは『何も謂うまい』を貫き、マルルゥは真に受けて考え出し。
ウィルは白けた視線を へ送る。

「あれは帝国軍か? ウィル」

初めて見る白を基調とした制服。
訓練された動きから、彼等が騎士若しくは軍人だと窺い知れる。
この島が帝国領らしき事を考慮すれば当然、彼等は帝国軍。

は木の枝から下の闇夜の草原を見下ろしてウィルへ尋ねた。

「制服は帝国軍だよ。でもなんで帝国軍が島に居るんだろう?」
ウィルも戦いから目が放せないようで、特にアティから視線を逸らさずに へ答える。

「ウィルが巻き込まれた嵐に巻き込まれたから、だろう。任務で民間の船を使って移動するという手段は稀に使うからな」
腐っても元帝国軍人。
イオスが顎に手を当て補足すれば、バノッサと は互いに目線を交わし木々を移動し始める。

さながら『お前ら忍か(ヤッファ)』とでも突っ込みたくなる機敏な動きだ。

イオスはヤッファから無理矢理奪った木製の質素な槍が何本も入った包みを木の枝に固定し、目を細め帝国軍とカイル達の立ち位置を確認する。

「おいおい……イオス、何をするつもりだ?」
槍を構えたイオスの手首を掴み、ヤッファが眉根を寄せた。

彼等の身柄をユクレスで預かっている流れからこの場へ来たヤッファだが。
戦闘すなんて聞いていない。

「島の闖入者達とファルゼンを助ける。軍の規律からすれば、彼等の攻撃も分からなくないが。
生憎僕は今自由の身でね……どちらが正しい主張をしているか、位は判別できるつもりだ」
イオスは皮肉気に唇の端を持ち上げ笑う。

ウィルとテコが目を丸くした刹那、別の木陰から短剣が真っ直ぐに帝国軍の召喚兵の杖を貫き。
サプレスと思われる魔力の塊が槍兵を包み込み弾けた。

「同じ人間より、島の者を守ろうとするアティ達に他意はないさ。帝国軍の刺青の男の手段が許せずに、傷ついた島の者を守りたいだけなんだ。 だって、彼女の兄だって。
それに僕も彼女達の行動に賛同してる、なら取るべき行動は一つ」

眼光鋭くヤッファにもう一度言い、絶句するヤッファの片手を解きイオスは槍を帝国兵の足元へ投げつける。

唐突の援軍に動きが鈍るアティ達も帝国だけを狙う 達の援護攻撃に安堵して活気を取り戻す。

ソノラの投具が、カイルの拳が、スカーレルの短剣が、アティ・ヤードの召喚術が。
ファルゼンの大剣が次々に敵を蹴散らしていく。

刺青の男が召喚術を唱えようとすると、樹上から が短剣を投げ、バノッサが魔力の塊をぶつけ、イオスが槍を投げつける。

見事な連携プレーに圧倒され刺青の男は憎しみに顔を歪ませながら森の奥へと去っていった。

「ウィル、君はここで待っていてくれ。明日正式に船に君を案内する約束なんだ。不要な心配はかけたくないだろう?
君の身柄はヤッファ預かりになっているからな。夜出歩く の影響を受けたとなれば心配されるぞ」

イオスがウィルの肩を軽く叩いて下へ落ちていく。

彼の言う事は尤もだと感じたウィルはつられて出て行こうとするマルルゥを引っつかみ、ヤッファと一緒に深々とため息をついたのだった。

「きゃ〜vvv  〜!!」
地面の上ではスカーレルがはしゃいで に抱きつこうとして、片足を踏み出した格好で止まる。

の背後に立つ黒髪の青年。
鋭い目つきで全員を眺め回し特に何を言うでもなく に腕を組まれこちらへ歩いてくる。

カイルも青年の発する気配に感づいてお得意の啖呵きりを取り止めた。

「皆無事で何よりだ。これは我の兄上だ……特殊な事情があり名は明かせぬ。あちらから歩いてくるのは昼間も出会ったであろう? イオスだ」
暗闇から姿を見せるイオスが の言葉に片手を上げる。

島の成り立ちを聞いて多少は怪奇現象に免疫が出来た面々だが、これは心臓に堪えた。

カイルは両腕をだらしなくブラ下げ、ソノラは投具を取り落とし。
アティですら驚愕に数歩後退し、その動きで帽子を地面へ落としている。

「イオスさんって……昼間は白いネコでしたよね???」
「召喚事故であの姿になったが、本等の姿はこれだ。ソノラ、ファルゼン怪我をしておるだろう? こちらへ」
は帽子を拾上げアティへ渡し、アティからの疑問に応じてからソノラとファルゼンを手招きした。

スカーレルの羨望の眼差しを浴びて居心地悪そうなソノラと、感情を出さないファルゼンが の傍らに近づく。

紫のサモナイト石を取り出し は聖母プラーマを召喚。
ソノラとファルゼンを癒した。

「アナタ……本当に のお兄さんなの?」
スカーレルはその間にバノッサに近づき慎重に言葉を選んで発言する。

俄には信じられない。

例えるなら は太陽で光で温かく、そして目の前の青年・バノッサは間逆。
闇夜で暗く凍える空気を持つ。

『血は繋がってないがあいつは俺の妹だ。弟妹の中で一番手のかかる、な』
僅かに唇を緩めバノッサが説教を始めそうな を眺める。
バノッサの瞳は鋭利な刃物を連想させる光を宿していながら、 を見詰める眼差しは何処までも優しい。

に引っ付く変な虫になるつもりなら忠告しておくが。 を悲しませてみろ? 俺の弟妹に殺されるぞ……問答無用で』
バノッサは喉奥で笑いを噛み殺し、呆けるスカーレルの背中を軽く叩いて の隣へ移動する。

ハリセンを召喚してソノラとファルゼンへ口を開きかけた の唇へ、そっと自分の手を当てた。
バノッサの行動に誰もが度肝を抜かれて口を噤む。

、心配なのは分かる。だがこいつ等は一人前の大人なんだ……無闇に説教すれば解決するもんじゃねぇ』
不服そうな の顔色を眺め、バノッサは空いた片手で の額を軽く小突いた。
そっとバノッサが の口元から手を離す。

『拗ねても剥れても駄目だ。この島での俺達の身柄はヤッファが預かってくれている。手前ぇの無茶をヤッファに全て負わせるつもりか?
そうじゃないだろう? だったら考えて自重しろ』

「はい……兄上」

無駄な言葉を入れず要点だけ説明するバノッサに、 は口先を尖らせて了承の意を示す。

カイル達はバノッサの妹操縦術の素晴らしさに拍手しかけ、バノッサの睨みにビビって手を一度だけ叩いて止めた。

『妹が邪魔したな……、挨拶は明日改める。 、イオス帰るぞ』
バノッサはこれ以上の会話の糸口を与えず、樹上にいる筈の面々にも聞えるよう声高に言い。
にしがみ付かれたままその場から去っていく。

「ではな、皆」
はバノッサに引っ付いたままで、心底幸せな笑みを浮かべアティ達へ手を振り。

「また明日改めて」
イオスもバノッサや に倣い、それでも騎士風の優雅な一礼を彼等へ送って。
それから暗闇の中光る虫が飛び交う森奥へと消えていった。



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 アティ先生が選んだ相手(間違い)はアルディラさん。同じ女性として気になった模様。
 夜、バノッサ兄は偉大だと改めて判明!? ブラウザバックプリーズ