『護衛獣への道 (聖女編)』



フェミニストであろうイスラがここまで強気に出るのも珍しかった。
イスラ自身には血の繋がった姉が居たし、元来の育ちも良い。
相手が村娘だろうと一応の配慮はするだろうイスラが、呆れ八割怒り二割で相手に説教をしている。

『子供じみた八つ当たりなら他所でやるんだね』
イスラが相手の喉元に突きつけているのはサモナイトソード。
五色の色合いを揺らめかせる、剣匠ウィゼルの最後の作品。
鋭利な刃は柔らかな首筋に吸い付いて離れない。

「でも、あたしは」
杖を握る手に力を込めてアメルは言い淀んだ。
頭の中を駆け巡る怒りと、その隅っこで囁く理性がアメルの感情を激しく揺さぶる。
理屈では理解できていても自身の素直な心情がそれを認められないのだ。

親友が自分を頼ってくれなかったばかりか、よりによって、彼と共に冒険(という名の時間の共有)をしていたなんて!!

『本当は分っているんだろう? こんな方法じゃなくて、もっと単純に考えればいい。そうすればイオスだって逃げ回ったりしないさ』
イスラはアメルの葛藤をほぼ正しく把握した状態で静かに告げた。
個性の強い面々を引寄せる現己の召喚主(兼契約主)は、性別種族を問わずに『厄介』な連中ばかりに愛されているらしい。
その事実に内心だけで嫌味の篭った拍手を送りながら。

『力による制裁が正しいとは限らない。君は唯の村娘なんだろう? だったら、君らしい方法でイオスへ悔しさを伝えるべきだ。召喚術まで使うのは感心しない。力を持っている以上、その使い方を弁えるべきだ。誰かに君自身の力を利用させない為にも』
イスラは当たり前の事を当たり前の事としてアメルに告げる。
苦言、でもないだろうが、『 絡みのアメル』相手にここまで普通に接し語りかけているイスラは大物だ。
逆説的に表現するならば、『 絡みの誰か』相手にだからこそ、こうも親切にするのかもしれない。

後々、自身に火の粉が降りかかるのを防ぐ為に。

「……ごめんなさい」
『謝る相手は僕じゃない。ほら、トリス達が君を心配している。君を傷つけようとした僕に対してあんなに怒っている』
イスラは項垂れたアメルの首筋からサモナイトソードを離した。

トリスとルゥは杖を構えイスラを狙っている。
ルヴァイドとシャムロックも剣の柄に手を掛け臨戦態勢。
唯一、トリスの護衛召喚獣であるバルレルだけは、悪魔だからなのか、興味が無さそうに明後日の方角を向き欠伸を漏らしている。

アメルは頭に上った血を沈めるかのように、胸に手を当てて何度も深呼吸を繰り返した。

「うん。ごめんなさい。イスラ、ありがとう」
アメルは完全に落ち着いた。
目の前の の護衛獣だという少年の湖面のように凪いだ空気に引き摺られた気もするが。矢張り、なんとなく。
とこの人物は何かが似ている気もする。

天使としてのアメル、ではなく、一人の少女としてアメルは直感していた。

とイスラは似ていないようで似ている。
だから自分はイスラの意見を受け入れられたのだと。

結論付け、納得したアメルから殺気が失せる。
最初に挨拶を交わした時よりも幾分、理性的な表情でイスラへ再度の謝罪と感謝を付け加えた。
尤も、最初の挨拶時は が居たので、イスラに対しては注意が向いていなかったという部分もある。

『憎まれ役ならお手の物さ』
イスラは務めておどけた風を装って肩を軽く竦めた。

「……これで我慢してください! あたしの精一杯の悔しさです」

 バッチン。

少女は渾身の力を込めてイオスの頬を張り飛ばした。
痛々しい音だけが響き、声を発する者は皆無だ。
少女の手を避ける事無く受け入れたイオスは微妙な笑みを以て彼女の怒りを受け止め、小さく息を吐き出す。
そのままアメルは踵を返しトリス達の方へ走り去ってしまう。

彼女なりに己の暴走を恥じる部分があるようだ。

「随分と逞しくなったな」
隣に立つイスラにイオスが言う。
イオスは、心の底から『色々な意味で』イスラが逞しくなったと感じていた。

『貸しを作ったままにするのは、僕の流儀に反するだけさ。これで全て帳消しだ』
イスラは流れるような所作でサモナイトソードを鞘に収め、澄まし顔でイオスに応じる。

「それにしても驚いた。剣技も見違えるほど上達したじゃないか。僕もうかうかしていられない」
心の底から思ってなどいないのに、イオスが軽口を叩く。
イスラの剣技は素晴らしいが、イオス自身は槍使い。武器が違うので根本的な比較にはならない。

『サイジェントに居れば必然的にこうなるよ。それとも。 の傍に居れば自然と強くならざる得ない、というだけの話かもしれない』

 君とは違った意味でね? 

最後の一言を棘のある口調で含ませたイスラの唇の端が皮肉気に持ち上がる。
どうやらイスラ、根っこの皮肉屋の部分に変化はないらしい。
「そうかもしれないな」
反論する気力が一気に削がれたイオスは簡単に相槌を打って返したのだった。






低地の草原。普段は低木に鳥が留まり、長閑に囀るだろうそこに。
煙と樹の破片と草の千切れた香りが周囲に充満する。
陽光を遮る薄い雲が流れる昼下がりの光景にしては、余りにも不釣合いだった。


『……成る程。イオスも運が良いのだか、悪いのだか分らないね』
顎に手を当てたイスラの目線の先、逃げ惑うイオスと追う茶色の髪の少女とハサハ。
イスラが場違いな? 感心をしている左横。
マグナの双子の妹だと言うトリスという少女と、褐色の肌を持つ女召喚師ルゥが手を取り合って怯えている。
逆側の右横では、イオスの上司だというルヴァイドとシャムロックが顔を真っ青にして成り行きを見守っていた。
下手に助太刀しようモノなら被害が拡大すると理解しているからこその、静観である。
(アメルの逆鱗を突いて無関係の騎士団員までもが襲われるのを防ぐ為でもある)
内心ではイオスの無事を何万回と祈っているだろう。

「死にぞこ無い。オメーは参加しねぇのかよ」
小さな悪魔、トリスの護衛召喚獣バルレルがイスラへ皮肉を飛ばした。
バルレルを一瞥し、イスラは視線をイオスへ戻す。

『どうして? 僕はイオスに恨みを抱く覚えがない』
真っ直ぐに茶色の髪の少女……自称・レルムの村の村娘アメル。
の、清々しい殺気に満ちた慈愛の笑み、振るう杖をイスラは観察する。
バルレルは不審そうにイスラを見るが、イスラが意に介する空気はない。

「マグ兄から聞いてたけど……イスラは を特別視してないんだね」
暗黒アメル降臨。
成す術も無いトリスはフルフル震えながらルゥへ喋りかけた。
そうでもしていないと、泣き出してしまいそうな自分がいる。

『自分を差し置いて と共に冒険したイオス』をアメルが赦す筈もない。

新技(新たな召喚術)を引っさげて、『自由騎士団:巡りの大樹』に殴りこみ。
基、事実関係の確認へやって来たのだった。
表向きは『皆で巡りの大樹の激励に来た』という名目で。

当然、この自由騎士団の訓練施設に は居る。ただ現在 はクラレットによって施設内のいずこかへ連れ去られた儘だ。

この場に が居ない。即ち、現段階で効果的にアメルの機嫌を直せる存在が居ない。
という厳しい直面に の仲間達は遭遇しているのだった。

「そ、それより、ひゃっ」
ルゥが何かを言いかけて盛大に降り注いだ雷に首を竦める。
ハサハの「(にやり)」笑いと共に炸裂する雷を、イオスは息も絶え絶えに避けて走っていた。
マグナのように直撃しないのは、一重に、軍人として長年訓練を受けてきたイオスの実力の賜物だろう。

『トリス、アメルという子はどうしてそこまで に固執するんだい?』
黙って騒動を眺めていたイスラが、不意にトリスへ問うた。
「はぇ?」
『アメルは、彼女はどうしてそこまで を大切に思っているんだい?』
間抜けた相槌を返す、トリスの大きな瞳を真っ直ぐに見詰め。
イスラは自分の疑問をもう一度トリスへ伝える。

アメルが黒い笑顔を振り撒く中平静を保っているイスラは、流石 の護衛召喚獣というだけあって、まったく動揺していない。
落ち着き払うイスラの空気に触れてトリスの体の震えが少しだけ和らいだ。

「多分、アメルを聖女としてじゃなくて、天使としてじゃなくて。唯の村娘の、アメルとして最初に認めたのが だから。そうわたしは思ってる」
トリスは何度か瞬きして考えてからイスラに伝える。

トリスにしても同じだ。
罪に塗れたクレスメントの末裔トリスではなく。
蒼の派閥の召喚師のトリスでもなく。
唯のトリスだと が認めてくれていることに、どれだけの喜びと幸せを感じていることか。

きっとアメルもかなり行き過ぎているけど、同じ気持ちから を大事に思っている筈。

「ルゥも似た考えよ。アメルはああ見えても結構御転婆だったらしいし、元々は活発な女の子なのよ。聖女ってなってからは控えていたみたいだけど。それに、元の天使だった時の感覚が残っているからだとも思うわ」
続けてルゥが口を開くと、イスラは目線だけでルゥに話の続きを促す。
「サプレスの悪魔や天使は、相手の魂の美しさに惹かれるの。だから元天使のアメルは の魂の輝きに惹かれる部分もあるかもしれない。という事よ」
ルゥはサプレスに通じる召喚術を扱ってきた一族の出自を持つ。
説明するうちにルゥ自身も恐怖心が納まってきて、声の震えが無くなっていた。

『ありがとう』
説明に対しての礼を述べ、イスラは普段溜めてある自身の魔力を解放する。
透けていたイスラの体が僅かにブレた後、イスラの身体は実体を持った肉体へ変化した。

イスラが実体化すると言う事は、事態に介入しようという無言の意思表示でもある。
一番驚いたのは騎士団のリーダーを務めるシャムロックだった。

「幾ら君が の護衛召喚獣だからといって」
『……僕の行動と は無関係だ』
底冷えするような冷たい声音でイスラはシャムロックの台詞を遮った。

鋭い眼差しでイスラに睨まれシャムロックは気圧され口を噤む。

『僕がそうしたいと思うから、こうするんだよ。僕が に影響されている。なんて考えるのは、僕に対する屈辱だ。あんな暴走女神から何を学べばいい?』
黒い瞳に殺気さえ漂わせイスラは静かに言葉を紡ぐ。
アメルの暴走をどうやら止めようとしているイスラを止めようと手を伸ばしかけ。
ルヴァイドは手を元の位置へ戻した。

が云うように、彼女の護衛獣は『一味違う』ようだ。

『君達は を偉大だと、一歩引いて崇め過ぎているだけだよ。一皮むけば だって普通の子供と同じレベルさ』
精神年齢が。最後の言葉を嫌味たっぷりに付け加え、イスラはサモナイトソードを片手に駆け出す。
目指すは爆風と雷と怪しげな召喚術が炸裂する阿鼻叫喚地帯。
そこ目掛け走る速度をぐんぐんと上げていく。

とは違った意味で頼もしいかも」
イスラの一連の行動を見守り、今も遠ざかる彼の背中を見詰め。トリスが正直な感想を零す。
「口だけは達者だぜ」
感心するトリスの横で誰にも気取られぬよう、密かにバルレルは悪態をついた。



Created by DreamEditor                       次へ
 護衛獣への道最終話、聖女編です。アメル素敵に大暴走。
 主人公の影が薄いのは、まぁ、これ自体がイスラメインの話なので。
 ブラウザバックプリーズ