『護衛獣への道(聖女編後編)』


にっこり微笑む慈愛の聖女、基、暗黒天使
彼女の笑みとクラレットの笑みと、あの島で見かけた女召喚師、無色の派閥の女召喚師ツェリーヌの笑顔が綺麗に重なって見えるのは何故だろう?
自問しながらイオスは大量の冷や汗を掻いていた。

「あたし、ちょっぴり悔しいです。大親友である の役に立てなかった事が」
聖女様。
かつてのイオスの仲間であり、現在最も会いたくない存在NO1である。
アメルは残念そうに言った。

『自由騎士団:巡りの大樹』に『激励』にやって来たというアメル。
アメルはシャムロックやルヴァイドには最初から目もくれていなかった。
そもそも、彼等の存在を認識しているかも怪しい。

真っ直ぐにイオスを目指し、ロックオン状態のアメルに、イスラはある程度の覚悟を決めた。
決めたけれど、いざ実際に対面すると恐怖は増す。

流石に殺されはしないだろうが彼女の怒り具合が伝わってくるだけに。
どうやってこの極限状態を切り抜ければ良いのか。妙案など浮かぶわけもなく、最速途方に暮れてしまう。

「でも」
憂い顔を一変させこちらを見詰めるアメルの顔には相変わらず、穏やかな聖女の笑みが張り付いていて。
アメルのそんな表情にイオスの本能が警鐘を鳴らす。

逃げろ、兎に角、逃げて逃げて逃げて逃げ続けろ。

地の果てまで、と。

「仕方ないってちゃんと分ってるんです。バノッサさんも『あれは事故だった』って言ってましたから」
儚げに淡く笑うアメルは誰が見ても申し分のない、可愛い側に分類される少女である。
背後に従えている召喚獣(新技)の『砂棺の王』さえいなければ。

イオスはオルドレイク専用であったと思われる、この召喚獣がどうしてアメルに召喚可能なのか?
自問自答しかけて無駄だと即座に思考の続行を諦める。
という存在が介入すれば彼女はどんな『不可能』も『可能』へ変えてしまうだろう。

「ずるい」
アメルの隣で子供らしく頬を膨らませているハサハの方が、まだマシなのかもしれない。
端的に正直な本音を口に出す。
加えるならハサハの手にした宝珠から、雷(いかずち)がバチバチと音を立て空気中へ放電されていた。

引き攣った愛想笑いを浮かべながらイスラは二人と間合いを取る。
そして自身の手元に練習用の槍を持っていて本当に幸運だったと感じていた。
現在の彼女達はまるで暴走した召喚獣並か、それ以上に危険なのだ。
丸腰で向き合うには相当な勇気を必要とする。
例えイオスがどれだけの厳しい訓練を受けた、正規の元軍人・現騎士であったとしても。

「少し相手してもらえますよね?」
『砂棺の王』の周囲に青白い炎が集う。アメルが無邪気に笑う。
「残念だが僕では君達の相手は務まらないよ」
イオスはバックステップで大きく数メートル後退し、それから背後を振り返らず全力疾走を開始した。

移動力には定評のあるイオスである。
召喚師タイプであるアメルやハサハの攻撃圏内からあっという間に逃げ出してしまう。

「負けませんからっ」
「(こくこく)」
すっかり臨戦態勢に入ってしまった二人は高らかに宣言した。





後は逃げるイオスをアメル・ハサハが召喚術で追い掛け回し、ついで周囲を破壊するといった『地獄の追いかけっこ』が数十分弱は続いていて。
流石にイオスの自分の判断力が鈍ってきたと自覚したその刹那。

イオスとアメル・ハサハの間に彼が割って入ってきた。

「どうして?」
ハサハはサモナイトソードによって雷を切り落とされ、目を丸くした。

今のイスラの行動は明らかにイオスを助けるものだ。
何故イオスを助けるのか。
思わずイスラに尋ねる。

『生憎、知人が死に瀕しているのを黙ってみていられなくてね? ハサハ、遣り過ぎだ。彼は十分に罰らしきものを受けたと思うが?』
イスラはハサハの疑問に答える。

つい数十分前にクラレットにお小言を喰らっていたイオス。
クラレットだとてイオスが妬ましかったに違いない。
けれど実力行使の暴力には訴えず、敢えて口だけで彼に挨拶という名の脅しを延々とかけていた。

開口一番に。

あれも一種の暴力でイオスが魘されながら眠るのは想像に易い。
イスラとしては と一緒、という状態に価値を見出せないでいるので、クラレットやイオス、ハサハの価値観は己とは別個にあるのだと理解している。
出来る事なら半永久的に深く理解したくない
とイスラは心底願っている。

「(むぅ)」
ハサハはイスラの参戦を歓迎しなかった。
明らかに不愉快です、と顔に感情が現れる。
イスラは笑いが込み上げるのを留め、喉奥へそれ等を飲み込む。

『納得できないかい?  の性格はハサハの方が良く知っていると思うけど』
「(こくこく)」
説得は大切だ。
否、言葉によるコミュニケーションは大切だ。

相手を理解していると思っていても、結局、他人の思考を丸ごと理解など出来ないのだ。
どんなに身近な相手であったとしても。
いや、身近な相手であるからこそ『以心伝心』と思い込み、無意識に大切な言葉を伝え忘れる。

サイジェントに於いて『正しい言葉で気持ちを伝える事の大切さ』を痛感したイスラは、一応ハサハの意思を確認する。
案の定ハサハは説得に応じない姿勢を示した。

『残念、交渉決裂だ』
ちっとも残念に思ってない顔と声音で。イスラはサモナイトソードをハサハに振り下ろしたのだった。
イオスは呼吸を整えながら背後を瞬間だけ振り返り見た。

ハサハがイスラに峰打ちされて撃沈する。
イスラは崩れるハサハの小さな身体を丁寧に受け止め、直ぐに真横に移動する。

驚いたアメルが咄嗟に『砂棺の王』をイスラに発動。
死霊の断末魔が放たれるが、幽体であるイスラには無効だ。
逆に『砂棺の王』をサモナイトソードで切り捨て、アメルと『砂棺の王』を繋ぐ魔力を分断する。

魔力を絶たれた『砂棺の王』はサプレスへと還っていった。

「邪魔をするなら容赦しませんよ」
ぐっと杖を掴む手に力を込めたアメル。
その顔立ちにそぐわない険しい表情をイスラへ向ける。

アメル個人としてはイスラに対する好印象も悪印象も無い。
だがこの瞬間、イオスを助けたイスラは自分の敵になった。

『理由も無いのに暴れる理由はないだろう?』
背後数メートル先から自分の背中に突き刺さるのはイオスの視線。
感じても振り返らず、イスラはアメルへ口を開く。
至極まともに冷静な意見を以て。

八つ当たりが目的なら十二分に果たしている。
騎士達の訓練場である低地の草原の地形を、アメルとハサハはすっかり変えてしまったのだから。

「理由ならあります」
アメルは明らかに怒りを隠さずイスラへ喧嘩腰に言い返す。
本当に普段のアメルからは想像もつかない程、感情が表に出ていた。

『君に暴れる理由があると言うのなら。暴れ方、つまり現在の行為が間違っていると指摘させてもらうよ』
イスラは感情的になる理由も無いので素でアメルの意見を切り返す。
イオスに腹を立てたからといって、無関係な騎士達も同席する場で暴れる事は無いだろう。
「余計なお世話です」
パラ・ダリオを新たに召喚しアメルは再度言い返した。
『やれやれ。どうしてこう』
の周りの者達は『癖のある』面々が多いのか。
残りの言葉はきっちり腹の中に納め、イスラはサモナイトソードを真横に構える。

パラ・ダリオが土の中から出現し(実際は召喚獣が移動しているのだが、傍目にはそのように見える)標的をイスラに定めた。
放たれる十字範囲の不気味な閃光にイスラは目を細め、身体を貫く痛みに奥歯を噛み締める。

 頭に血が上った女の子に落ち着きを戻す方法。
 なんて厄介な問題なんだ。
 だいたい、誰も彼も彼女を『買い被り』過ぎだろう。
 と同じで。
 
 確かに魔力は強いし、しっかりした性格の女の子だとは思う。
 けど、どこにでもいそうな普通の女の子じゃないか。
 サイジェントに居る彼女達(主にクラレットを筆頭としたセルボルト家関連)と比較すれば。

心をサモナイトソードに同調させる。
あくまでも一定の魔力しか込めない。
彼女を冷静にさせる為に必要なだけの魔力を。

イスラはパラ・ダリオの二撃目を斜め後方に飛び追撃を避けパラ・ダリオとアメルを繋ぐ魔力の帯を切る。
無論、戦いを経験した聖女に二番煎じは通用しない。
魔力が断ち切られ還るパラ・ダリオの状態はアメルにとって想定済み。
すかさず杖を振りかざし、サモナイトソードを振り切ったイスラへ差し向けるのは『天兵』
巨大な二振りの剣を両手にした『天兵』がイスラに強烈な一撃を与える。

しかしイスラも馬鹿じゃない。
サモナイトソードを下から振り上げ『天兵』の剣を弾き返し回し蹴りを『天兵』へ入れた。
バランスを崩した『天兵』がよろめいた隙を逃さず、再度、アメルと『天兵』を繋ぐ魔力を絶つ。

それから幾度か試して成功率五割の『幽体の空間移動』を試し、瞬時にしてアメルの背後を陣取った。







そして話は冒頭へと戻る。

「なんだかイスラって に似てますね」

さり気なく格好良いところ。
本当は根が優しいのにそれを隠しちゃうところ。
それからこっそり隠れて努力してそうなところ。
自然体でいようと頑張ってるところ。
意外と気配りができて状況判断が的確なところ。

等等。
アメルは言って指折り数え、 とイスラの共通項を挙げていく。

最高の貶し言葉をありがとう、アメル?』
「やっぱり。イスラってそう言われるの嫌いなんだ。普通なら と似ているって、結構な褒め言葉だと思うけど」
無論 と一緒にされてイスラは嬉しくない。
屈辱に口元を震わせながら自分流にアメルへ応える。

やっと一矢報いた!

手を叩いて無邪気に喜ぶアメルにイスラは額を手で押さえた。
やっぱり の『大親友』を自称するだけあって、なかなか侮れない。

「ふーん。やっぱり の護衛獣ってなると一味も二味も違うわね。それより、イオスは大丈夫なの? よかったら召喚術をかける?」
腰に手を当てたルゥがボロボロになったイオスへ聞く。
「いや、いい。これは僕が正等に受けるべき罰だから」
イオスは頬についた真っ赤な手形を自分の手で抑え、苦笑いしながらルゥの申し出を断る。
アメルに言われるまでイオスも気付かなかったが、気性、という点に於いて とイスラは似ているのかもしれない。

一気に和んだ空気にシャムロックとルヴァイドの硬直が解け、二人が会話の中へ混じる。

「しかし凄いな、イスラ。君の剣の使い方と魔力の使い方は効果的だ」
『一応名目上はカミサマの護衛召喚獣だからね? 努力もせずに勤まる程簡単な身分じゃない。という事にしておいて欲しい』
シャムロックの感嘆をさらっといなしてイスラは実体化を解いた。
見世物でもないし、非常事態でもないのに常に体を維持し続けるのは魔力の無駄である。

「助かった。すまないな」
アメルがハサハを癒し始めたのを目の端で確認し、ルヴァイドが静かにイスラへ告げる。
当然ながら『何に対して』かは明言しない。
イスラは敢えてルヴァイドの言葉に答えず、無言で苦笑を返した。

「しっかし死にぞこ無いよぉ。オメー結構やるじゃねぇか」
気配を少々消したバルレルが意地悪くニヤニヤ笑いながらイスラへ棘を刺す。
バルレルは正直ここまでイスラが『戦える』とは思っていなかった。

バルレルなりのイスラへの牽制だ。
死にぞこ無いが矢鱈と現実に関わるなと。
トリスに関わるなと。
無意識に『死にぞこ無い』とイスラを揶揄してしまう。

「ちょっ!? バル!! イスラに失礼でしょう!!」
トリスが慌ててバルレルの頭を下方へ下げさせ、イスラに謝らせようとする。
「うるせーな。本当の事じゃねぇか」
トリスに頭を押さえられた格好でバルレルが不機嫌そうに小声で反論する。

『……この面子の中では君が一番まともかもしれない』

 ポフ。

バルレルの肩を叩く動作をしてイスラはしみじみと本音を零した。
召喚された悪魔に対して言う台詞じゃないが。
この場で一番『常識的』な意見を持っているのはどう見ても彼だ。

実際に自分は『死にぞこ無い』であり、『死んでしまった』人間なのだから。
生ある者と同列にはなれないのだ、永久に。
理解しているから、一線を引いている自分の態度をこの悪魔はきちんと見抜いている。

「やっぱオメー、喰えねぇ奴だな」
程じゃないよ』
バルレルにジロリとねめつけられても、イスラは動じずに皮肉をかわした。
元諜報部員の経歴は飾りではなかったらしい。

「……成る程、あのバノッサが認めるだけはある」
ルヴァイドが表情を変えずに言い、周囲も自然と『そうかもしれない』といった空気が漂う。
イスラは居心地が悪くなってきたので、『 を探しにいくよ』なんて尤もらしい言い訳を口にして早々に退散してしまった。

と全てが同じじゃないんだけど。なんだろう? 一緒に居て違和感がないの。厭な気分にもならないし。本当に と対等なんだわ、イスラって」
アメルの意見に全員が同意したのをイスラは知らない。

遺跡調査という名目で、マグナ達が名も無き島を訪れる一週間前の出来事であった。




Created by DreamEditor                       護衛獣への道 終わり
 これにてイスラの護衛獣への道は完結です。
 原稿自体は大分前に書いていて、でも納得できず、微妙に気に入らないんですよねぇ(苦笑)
 内容は大筋これで良いのですが、表現とか文体がしっくりこない。
 ので、ずっとアップできずにいたものです。
 一部手直ししましたが、これ以上変えると話の雰囲気も壊れるので断念(涙)
 要は、私の文章力不足なだけなのですが……。
 次からはいよいよ3のラスト『番外編』ですv
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