『護衛獣への道(金の派閥+α編)』



蒼の派閥総帥エクスの仕事は速かった。
自ら金の派閥議長、ファミィ・マーンへ連絡を取り遺跡調査隊の話をトントン拍子に進めていった。

回りの遠まわしの嫌味も苦言も全てをバッサリ斬り捨ててそれはもう、尋常ではない速さで。(ギブソンとミモザの手紙から判明した)

こまめにエクスから連絡が届くようになってきっちり二週間後。

ファミィの娘で の仲間だという、召喚師・ミニスが友達を連れてサイジェントへやって来た。
オルフルの少女『ユエル』と蒼の派閥の召喚師『マグナ・クレスメント』とその護衛召喚獣『ハサハ』の計四名を引き連れて。

それから成り行きを面白がったミモザと心配したギブソンも一緒にサイジェントへやって来ていた。
無論ソレは の手紙から判明した、 の護衛召喚獣がどんなものかを見る為である。





その日のフラットは不思議な殺気と嘆きに満ち溢れていた。

『…… の周りの人間ってどうしてこう』

ハサハとマグナに射殺す!!

とばかりに睨みつけられて、イスラは嘆息しながら額を押さえた。
に会いにきたのが目的だろうと。
イスラはバノッサ宅から早々に逃げ出したのに、ミニスを筆頭とする来訪者達は自分に何故か着いてきた。

フラットに逃げ込んだイスラを追いかけてフラットへ来たのである。
広間で疲れきった風に椅子に座るイスラのテーブルを挟み向こう側。
ハサハとマグナが唇を真一文字に引き結び、僅かな時間も目を逸らす事無くイスラを睨み続けている。

「諦めろよ。もう少ししたら納得するだろうから」
隣に座るガゼルの励ましも今のイスラには虚しい。
への愛って重かったんだっけ。今久しぶりに思い出したよ』
眩暈がする。頭痛もする。
の護衛召喚獣になった。
それだけの馬鹿馬鹿しい理由で、自分に殺意を覚えられる日がやって来るとは想像もつかなかった。
ため息混じりにぼやくイスラを興味深そうに眺めるミニスは口角をゆっくりと持ち上げる。

事の成り行きを面白がったミニスは叔父達の家からフラットへ足を運んでいた。
世紀の対決、マグナ&ハサハVSイスラを見物する為に。

「あら、仕方ないじゃない? それだけ は皆に愛されてるって事なんだから」
好奇心に瞳を輝かせたミニスはにんまりした笑みを深くする。

が認めた護衛召喚獣は過去の島で死んだ少年の魂だった。
だが、ただの少年の魂じゃない。
遺跡の中枢を成す部品と成りえた魔剣の元主。
現、サモナイトソードの持ち主でもある、落ち着いた空気を持った少年だった。
しかも を盲目的に信奉しておらず、寧ろ、対等であろうと努めるお茶目な努力家少年だったりもする。

昨夜からじっくり一日かけて観察したミニス視点では。

と一緒に愛されるのが僕の目的じゃないんだけどね』
やや虚ろな視線でミニスを見遣りイスラは投げやりに反論した。

「ミニス、からかうのは止せよ。イスラだって大変なんだぞ」
普段から弄られ続けてきたイスラを見てきたガゼルである。

温泉で溺死寸前。
森では武器も無い状態で野盗と対峙。
採掘場ではジンガと閉じ込められ。
アカネの修行に付き合っては心臓が止まる思いをし。
様々に遊ばれている(としか見えない)イスラに同情を禁じえないガゼルだ。

ついついイスラを庇う口振りで面白がるミニスを非難してしまう。

「ガゼル? どうしちゃったの? ガゼルが明らかに誰かを庇うなんて。そりゃぁ、イスラは大変な目にあってきてるけど」
フィズは本音を半分織り交ぜて胸を押さえた。
僅かに上半身が仰け反っている。
フィズなりに結構驚いている証拠だ。

『ありがとう、ガゼル。でも一応は僕自身の問題らしいから、僕が解決しなきゃいけないとは思う。
ミニスもあまり茶々を入れないでくれると僕としては助かるんだけど?』
言いながらイスラは窓へ顔を向けた。

窓から差し込む青空と空に掛かる薄い白い雲。
今日は良い天気だ。
何故そんな良い日に剣の訓練をしに城へ行けないのだろう。
または森へ行ってスウォンと和むのも良い。
なのにどうして……。
ここまで考えて暗い思考をイスラは振り払う。

降りかかる火の粉は払わなくては成らない。

に関する火の粉なら、尚更迅速且つ的確に。
イスラがサイジェントで学んだ に対する対処法の一つだ。

「分かったわ、イスラ。イスラってわたし達の周囲にはいないタイプだから、ついついからかいたくなっちゃうのよね。ごめんなさい」
対して悪びれた風も無くミニスは小さく舌を出して肩を竦めた。

悪気があって言葉を挟んだわけじゃない。
純粋に珍しかっただけなのだ。
を異常なまでに好きじゃない、 の護衛召喚獣の存在が。
イスラはミニスの形ばかりの謝罪をうんざりした様子で受け入れ、席を立ち、殺気立つ凸凹コンビへ歩み寄った。

『改めて始めまして。マグナ、ハサハ。僕はイスラ』
「それは知ってる」
完全に拗ねた子供の顔でマグナが応じる。
マグナの隣に座る、マグナの護衛召喚獣・妖狐のハサハも似たような表情で首を縦に振った。

の護衛召喚獣を務めているけど』
「どうして俺じゃないんだっ!!! 俺だって の護衛召喚獣になりたいっ」
イスラの説明を遮りマグナは大真面目にこう叫んで、フラットの広間のテーブルを拳で叩いた。
顔を真っ赤にして涙目で震えるマグナの悔しがり方は尋常じゃない。

『はぁ……?』
悔しさをぶつけられた当人。
イスラは開いた口が塞がらない。

『君って実は自殺願望者なのか』と問いかけようとして口を噤む。

生身のリィンバウムの人間が異界の神の護衛召喚獣になりたい?
普通だったら恋人とかを狙うんじゃないのか?
異界ではどうだかしらないが、リィンバウムでは珍しい事ではない。
異界の神と結婚するリィンバウムの住民。
滅多にない事だが前例がない訳ではないのだ。
彼女と常に共にありたいのなら、目指すべきは矢張り人生の伴侶だろう?

生真面目に混乱するイスラの服を小さな手が掴み引っ張った。

『?』
「(ふるふる)」
よくよく注意するとハサハが首を横に振っていた。
どの道マグナでは役不足だと謂わんばかりの醒めた眼差しで。

『………』
イスラはここで明らかに絶句した。

が大好きで大好きで堪らないという彼等の主張は理解しているつもりだ。
だが に纏わる全てに律儀に嫉妬して回る彼等の情熱が理解できない。
の家族は手強そうだから自分に八つ当たり……といった感があるのも否めないが。
兎にも角にもここまで怒(いか)れるとは。

が絡むと相変わらず亀裂が入るよね。マグナとハサハは」
イスラの背後でミニスがのんびりと発言する。
ミニスの隣のフィズも「そうそう」なんて知った風な顔で何度も頷いていた。

『いいかい? 僕は僕に戻る為、 に付いて来た。
病魔の呪いに冒されて死ぬことさえ出来なかった僕は世界を知らずに居たから。僕は僕が犯した過ちと向き合いたい。
僕が僕らしくあると言う事がどんな事かを知りたい。だから に付いて来たんだ』
一言、一言を噛み締めて発言するイスラの態度は常にない程真摯だ。
丁寧に言葉を紡ぐイスラの態度はミニスには好ましく映る。

馬鹿ばかりの周囲とは一線を画ている。
だが主である を否定したりはしない。
自己を客観的に見ている部分も、マグナ達よりかは頼もしく見える。

ハサハはイスラの発言に偽りがないことを感じ取って逡巡した。

実を言うとハサは殺気立っていた。イスラに会うまでは。
余計な虫……基、存在が増えてしまったのかと危惧していた。
けれどどうだろう?
彼は確かに の護衛召喚獣であるが に対して対等である。
反応も言動も何もかも。
ハサハが手にした水晶玉も、彼は をそういった点で愛している訳じゃないと答を返していた。

最後の一人、マグナは俺の方が真面目だと憤る。
澄まし顔のエリート。
らしく見えるイスラの態度の端端に余裕が滲み出ているようで好きになれない。
第三者が聞いたなら『方向違いな嫉妬』だと指摘されるだろうが、生憎この場にマグナの心情を汲み取ってやろうという人物は居ない。
双子の妹か、兄弟子が居たなら別だっただろうが。

『それと を好きになる……君達が感じている感情での、好きだけど。そういった感情を に持っているわけじゃないんだ。
最低限これだけは信じて欲しいな』
イスラはしゃがみ込む。まずはハサハと目線を合わせ、明瞭に発音しながらこう言った。

精神的には疲労困憊。
疲れきっている。

粗野な相手なら力でねじ伏せてしまえば良い。
野盗退治のように。

だが彼等は違う。
きちんと言葉を交わして納得してもらわなくてはならない相手だ。
自分の言葉が正確に伝わるとは考えにくいが、尽力は尽くさなくてはならない。
己に降りかかる被害の拡大を防ぐ為にも。
ハサハは忙しなく狐の耳を動かし、何かを探るようにイスラの瞳をじっと見詰める。
長い間? それ程でもない時間だったのか。
ハサハはじっとイスラを見詰め、
「(こくん)」
重々しい雰囲気を纏ったまま頷いた。

「え?」
同士であるハサハの思わぬ対応にマグナが間抜けた声を上げる。
つい隣のハサハのつむじを凝視してしまった。

『マグナにももう一度言うよ。僕は をそういった目で見ていない。寧ろ見たくない。見るつもりもない。
は僕の相棒であり契約主。以上も以下もないんだよ。
君が を好きなのは君の自由だから、君の好きにすればいい。 を護る壁を突破できるならね』

 いい加減に理解しろ。

言外に含めてきっぱりと言い切ったイスラ。
鋭利な空気さえ纏った脅しに近い説明に今度はマグナが顔色を変える。

『ついでに言っておくけれど、伊達で に護衛召喚獣を任されているんじゃない。外見や護衛召喚獣になった経緯だけで僕を判断しない方が良い』
僅かな怒気と殺気さえ含ませイスラは付け加えた。

「ご、ごめん。俺、てっきり……」
どうやら頭に血が上っていたマグナも遅まきながら、理解し始めたらしい。
イスラが に対して相棒という立場以上のものを求めていない事実を。

遠まわしに『僕は を異性として見ていない。好きじゃないんだ』と主張するイスラの感情を察したらしい。

捨てられた子犬のように萎れて項垂れた。

イスラの背後でミニスとフィズが大爆笑しているのは言うまでもなく。
豪快な笑い声と疲れ切って肩を落とすイスラと。
胸を撫で下ろすハサハとマグナという奇妙な光景がフラットの広間に形成された。




Created by DreamEditor                  次へ
ミニスがどうしてマグナだけを連れてきたかというとですね。
自分の『想像』する主人公の護衛獣がどれだけ強いかわからなかったからです。
聖女様に一撃KOされてしまうような、マグナタイプだったら寝覚めが悪い。
って考えた結果、試しにハサハとマグナを連れてきて、
護衛獣であるイスラの実力と性格を見ようとしたっていう。
お嬢様だけど策士でもある(まだ子供の部分のあるけど)というミニスは個人的に大好きですvv
ブラウザバックプリーズ