『護衛獣への道(金の派閥+α後編)』
落ち着いた空気が漂い始めるフラットの広間。
先ずは特徴ある青い頭が広間の端に出現し、同じく青い耳が左右に揺れる。
音も気配も殺した青い頭の持ち主は暫くの間、広間の様子を窺ってから顔を出した。
まだ誰もそんな青い頭の持ち主に気付いてはいない。
青い頭の持ち主は暫くそうしていたが、何かを閃いたようだ。
忙しなく尾尻を機嫌良さそうに左右に大きく振り振り、目的目掛け飛び込む。
青が乱入したと同時に広間には『ガチン』という何かに何かが激突する痛い音が響く。
「い、痛い〜!!!」
イスラの透明な身体を通り抜け、広間のテーブルに額を打ち付けた青。
オルフルのユエルが額を押さえて叫ぶ。
『えっと、ユエル? 大丈夫?』
ユエルの突飛な行動と、自分の身体を突き抜けているユエルの姿。
両方に驚愕しながらイスラはユエルへ喋りかけた。
ユエルは小さく唸って首を左右に振る。
「イスラは普段実体化はしてないんだよ……。椅子に座ったりとか、生きてた時と変わらない行動はとるけどね。
イスラ自身も混乱するし、周りも混乱するから」
涙目のユエルを背後へ移動させ、抱き起こしながらフィズがユエルに教える。
ふぇ……。
なんて意味不明瞭な相槌を打ちユエルはスンと鼻を鳴らす。
「イスラの背後から飛びついて、脅かそうとしたアイディアは悪くなかったけど。生憎イスラは非常時とか、実体化が必要じゃない限りは実体化しないのよ」
にやり笑いを浮かべたミニスがメイトルパの召喚獣、フラップイヤーを召喚しユエルの傷を癒してやる。
真っ赤に腫れたユエルの額の赤みが見る間に引いていった。
「そうなの!? ユエル、イスラを脅かして皆に笑って貰おうと思ったのに。
マグナもハサハもサイジェントに来る時にすっごく怒ってたでしょう?」
自分の目尻を指で持ち上げ、ユエルなりの『怖い顔』を作ってユエルは喋る。
分りやすいユエルの行動と言動にミニスは横目でマグナとハサハを一瞥した。
マグナはグッと言葉に詰まって羞恥に顔を紅くし、ハサハは心持ち狐の耳を垂らしている。
「ゴメン、ユエル。俺達の勘違いだったよ。イスラにも謝ったから」
「(こくこく)」
ユエルの純真な眼差しはマグナとハサハも苦手らしい。
マグナとハサハは素直にユエルへ謝って、仲直りした事を告げる。
『誤解はちゃんと解けたよ』
当事者にされてしまったのでイスラも一言付け加えた。
「良かった! これで皆仲良しだねっ♪ マグナもハサハもとーっても怖い顔してたんだよ? ユエルはずっと心配してたんだから」
両手の腰に手を当て精一杯の威厳を以てして頬を膨らませるユエル。
ユエルの可愛い『お叱りの言葉』にミニスとフィズが揃ってマグナとハサハを見る。
主に見詰めているのはどちらかというと暴走したマグナだ。
マグナは頭を掻きながらもう一度ユエルへ「ごめん」と謝った。
ユエルの登場で一気に和やかになったフラットの広間。
そのまま平和に終わると思いきや、そうはいかないのが人生(護衛獣生?)である。
「ねぇねぇ、イスラは不便じゃないの? ずっとすり抜けちゃうんでしょう?」
ユエルは興味津々といった態度でイスラの腕に手を伸ばす。
すり抜けてしまう自分の指とイスラの身体に驚き、何度か同じ行動を繰り返した。
それからこう発言する。
『まぁ、いつ戦いが起こるかわからないし。備えあれば憂いなし。
常に実体化していたら、いざという時に困る事があるかもしれないだろう? だから普段は、魔力は蓄えておいているんだよ』
そう。ここは
戦場だったりするんだよね。
を巡るセルボルト兄姉ズの華麗な暗躍と暴走。
巻き込まれるフラットのメンバー及び、誓約者達。
また 自身が発端で巻き起こる混乱と騒動等等。
数え上げたらキリがない。
サモナイトソードを得てから漸く己の魔力の出し入れがスムーズになったイスラ。
それまでは色々と気苦労も多かったし、自身の抱える問題もあった。
いざという時。
をサイジェントで多く経験したイスラは、曖昧に言葉をぼかしてユエルへ説明する。
何故戦いが起こるかなんて、原因が原因だけに喋る気にもなれない。
を巡る争いが戦いに発展するなんて、きっとこのオルフルの少女には理解できないだろう。
「イスラが自分の魔力を使わないなら、皆が分けてあげれば良いんだよ!
だってイスラに分けてあげてるんでしょう?」
分かったような分かっていないような。
相槌を打ったユエルは逡巡した後、顔を輝かせて提案する。
オルフルは種族的に獲物を部族全員で分け合う習性があるらしい。
足りないものは補えば良いという協力関係が強固な種族なのだ。
「ユエルもね、そんなに魔力は強くないけど。ちっともない訳じゃないんだよ! だからユエルの魔力を分けてあげるね!」
「あ、そっか。魔力で実体化するなら、どんな魔力を込めたって実体化する筈よね。てっきり、
やイスラ自身の魔力でなければ実体化しないものだと思い込んでた」
無邪気に申し出たユエルと、ポンと手を叩き妙な納得をするミニス。
嫌な予感がヒシヒシと漂い始めるフラット広間。
逃げ出そうとしたイスラの前には、純然たる好意でもって自分を見つめるユエルの眼差し。
ぐっと言葉に詰まったイスラは諦めるしかなかった。
『……』
無言で半透明の自身の手を差し出すイスラ。
密かに哀愁が漂っているのはご愛嬌。
ユエルはミニスに手を重ね、自分の魔力を込めた。
イスラの不運は厭という程眺めてきたフィズは興味津々と言った顔で。
ガゼルは合掌でもしてイスラの冥福を祈りそうな勢いの表情で嘆息する。
マグナとハサハは不謹慎だと考えながらも、どうなるんだろう? 等と胸をドキドキさせながら事の成り行きを見守った。
「うわ〜、ユエルとお揃いっ」
メイトルパを髣髴とさせる緑色の光がイスラを包み、徐々に消える。
光が消え去った後には確かにユエルとミニスの魔力で『実体化』したイスラが居た。
イスラを見るなりユエルはその場で飛び上がってはしゃぎだす。
オルフルの彼女とお揃い?
訝しい顔でイスラはある予想を胸に自分の頭へ手を伸ばした。
ふに。
ふに。
ユエルとお揃いの位置に柔らかい獣の耳の感触が感じられて、瞬間、イスラは暴走しかけた。
暴走しかけて理性で踏み止まる。
ミニスは別としてユエルに悪意はないのだから。
「ぶっ……あはははははははははははははは」
フィズは堪えきれずに床に倒れこむようにして大爆笑。
ヒイヒイと悲鳴も上げ、笑い死にしてしまいそうな勢いで笑っている。
お腹を懸命に抱え、文字通り床の上を笑い転げていた。
「「………」」
笑っちゃいけない。
笑っちゃいけない。
笑っちゃいけない。
笑っちゃいけない。
笑っちゃいけない。
何十回と自分に言い聞かせるのはガゼルとマグナだ。
肩を、全身を震わせて笑いの衝動と戦いながら笑うまいと唇を噛む。
『……一応は……そんなに身体に害がなかった事を喜ぶべきなんだろうね』
自分の頭の上に生えたオルフルの耳を撫でつけ、ズボンの中に窮屈に収まる尾尻を感じながら。
イスラは地を這うような低い声音で呟いた。
魂の底から吐き出されるため息がイスラの疲労度を物語っている。
「でも考えようによったら凄いじゃない。
メイトルパの魔力、シルターンの魔力、サプレスの魔力、ロレイラルの魔力。名も無き世界の魔力。
受け止める魔力によって自身の身体能力なんかを変えられるってコトでしょう?」
ミニスが頭の良さを発揮して、イスラに魔力の実体化による利点をあげる。
『それはそうだね』
渋い顔をして同意したイスラの手を握り、ユエルはイスラの腕を上下に揺さぶった。
嬉しさを堪えきれずにユエルの尾尻は左右に大きく動いている。
それからユエルは両手で小さな拍手の嵐をイスラへ送った。
拍手をしているのは当然ユエルだけである。
「やっぱり
の護衛召喚獣だから、イスラもトクベツなんだねっ!!」
ユエルらしい手放しの賞賛。
キラキラと目を輝かせるユエルに「それ以上喋るな」と誰が言えるだろうか?
否、言えるわけがない。
誰も口を挟まない状況でイスラは苦笑しながらこう言った。
『それはどうかな、ユエル』
「きっとそうだよ! イスラ」
イスラの答えを謙虚さと受け取ったのだろう。
ユエルは胸を張って自信たっぷりに断言してやる。
新しい友達のイスラの為に。
当のイスラは盛大に頬を引きつらせたいのを我慢して、右頬に片手を当てているが。
『はは……ありがとう』
オルフルのユエルか。
この子は苦手だ。
心の中だけで白旗をあげながらイスラはかろうじてユエルに答えた。
長時間喋っていると自分の心の何かが折れてしまいそうになる。
正味五分程度だろう。ユエルとミニスの魔力の影響が切れ、イスラは通常の姿に戻った。
「魔力が切れれば元に戻んだろ? 今回の件は俺は誰にも言わねぇ。黙ってる。イスラが自分で見計らって言えば済む問題だろ。
オイ、お前ぇ等も黙っとけよ」
イスラが元の姿に戻って数十秒後。
間髪入れずにガゼルがイスラの姿を見た全員に釘を刺す。
何時に無い険しい眼差しで全員の瞳を睨みつけておくのも忘れない。
脱力仕切ったイスラは発言する元気もないようだ。
再度手近な椅子に座りぼんやりと広間の窓から外を眺めている。
魂が半分空気に溶けかかったような表情で。
イスラに好意的に接しようとするユエルはミニスが態良くモナティーにお守りを押し付け、広間からは退場していた。
悪気が無いだけにユエルの行動を面と向かって咎められないからだ。
「うん。イスラが言うまで黙っておく」
笑いすぎて泣きすぎた。
目を真っ赤にしたフィズが挙手してガゼルに返事する。
今回のはとびきりびっくりした。
驚いたけれど笑えた。
本当なら言いふらしたいけれど相手はイスラ。
受けた屈辱は倍返しにする『元良家の坊ちゃま』
フィズとてそこまで阿呆ではない。
己の保身の取り方は心得ている。
「勿論黙っておくわ。どんな時に言い出すかはイスラの判断に任せるのが妥当よね。魔力を誰から受け取るか決めるのはイスラなんだし」
ミニスも右に倣え。
召喚師の視点に立っているのはご愛嬌だが、黙っているとしっかり確約する。
「だ、黙っておくよ」
マグナもイスラの素? を朧げに察してか首を勢い良く上下に振る。
「ないしょ」
ハサハは唇に小さな人差し指を当てて内緒にすると約束した。
一先ず目撃者の口は封じる事に成功した。
ガゼルは深々とため息をつきながら鈍痛が響く頭を抑え、鷹揚に首を左右に振る。
今日は厄日だ。ガゼルは思う。
無論ソレがイスラにとっての、だというのは言わずもがなである。
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