『護衛獣への道(蒼の派閥編)』


特別な客がやって来る。
数日前に は確かにイスラへこう告げて浮き足立っていた。

そして数日後。

確かに『特別』な客はお忍びでサイジェントのバノッサ宅へやって来た。
お忍びでサイジェントへやってきた蒼の派閥の二人を招き入れてから。 は満面の笑みを湛えて言い放つ。

「久しいな、エクス、パッフェル。汝等が到着するのを待ちわびていたぞ」
大抵このような笑みを浮かべている には注意しなければならない。

本当に本人の親切心の発露から行われる好意か。
裏を含んだ少々手痛い意趣返しが待ち受けるか。
のいずれかしかないからだ。

理解している長身の方・蒼の派閥の総帥専用密偵。
パッフェルは僅かに緊張しながら、バノッサ宅の居間の椅子に腰掛ける。
もう一人の小さな方・外見年齢は低いが実年齢は高かったりする蒼の派閥の総帥。
エクスは の笑顔を意に介さず。
実にマイペースに案内された椅子に座っていた。

二人が座ると、カノンが紅茶の入ったカップとソーサーをテーブルへ置く。

「ゆっくりと話すが良い。汝等の因縁は別として、今なら語れるものがあろう」
『やあ、久しぶりヘイゼル。ああ、今はパッフェルだったっけ』
は無色のサモナイト石を取り出し、何かを召喚する。

召喚されたのは黒髪・黒い瞳の一見穏やかそうな笑みを浮かべる青年だった。
だが彼は、パッフェルを椅子から立ち上がらせるに十二分な驚きを齎(もたら)す。

「なっ、なっ、なっ」
パッフェルは突如現れた( によって召喚された)イスラを指差して絶句。
表面上はヘラヘラしていても、内心は冷静沈着なパッフェルが。
本心から驚愕し完全なパニックに陥っている。
陸に上がった魚のように口をパクパクと動かしていた。

「やあ、始めまして。君が の護衛召喚獣だね。僕はエクスっていうんだ」
パッフェルの驚きを他所にエクスが一人自己紹介を始める。
相も変わらず己の立場を明かさないのが如何にもエクスらしい。

『僕はイスラだよ。蒼の派閥の総帥殿』
の護衛召喚獣という立場はある。
否定はしないが、自分は とワンセットになるつもりはない。
イスラは嫌味を込めてエクスを立場名で呼んだ。

「ヤだなぁ。エクスで良いよ。それにパッフェル、いい加減座った方が良いよ」
イスラの皮肉混じりのコメントにエクスは笑みを絶やさず、しかしながら、しっかりと訂正と部下に対する配慮を入れる。

おずおずと椅子に腰を下ろすパッフェルはまだ驚愕中。
驚く彼女の顔に思わずふき出しかけて、イスラは口元を抑えた。

ウィゼルの時と同じ反応を返してくれた彼女に悪いと思ったからだ。

「相変わらず、 さんとお兄さんは豪快ですねぇ……」
悪戯が成功した顔の にため息をくれてやり、漸く自分を取り戻したか。
パッフェルは頬を片手で抑えつつ嘆息する。

喜んでいいのやら憂いていいのやら、判断に迷う口振りで。
冗談抜きでイスラを見た瞬間に太股に忍ばせたナイフの柄に手を伸ばしていた。
殆ど条件反射的に。

無色の派閥を裏切り全てを拒絶し憎んだ青年。
あの時の滾るような何かが瞳から抜け落ち、イスラ本来の持ち味だろう理知的な輝きが瞳を彩っている。

「うん。 は予想以上の驚きをくれるよね」
 優美な所作でカップを持ち上げ、小さな口に紅茶を含みながらエクスが感心した。
心底感心しているらしく、イスラの状態について聞きたそうにしている。

「エクス様、そこは感心する部分ではありませんって」
一気に脱力するパッフェル。

呑気に言ってのけてお茶を嗜む外見は良家の子息風の子供・エクス。
呪いをかけられた蒼の派閥の総帥。
深刻なのは周囲だけで当の本人、総帥様は自分の現状さえ愉しんでいる風に見える。
パッフェルは密偵として茶目っ気の多い総帥をフォローして回っているのだろう。

イスラは彼女の苦労の一端を少しばかり垣間見た気がした。

「だって凄いじゃないか。イスラ、差し支えなければ聞いても構わないかな?」
『僕と は正しい誓約を成しているよ。アレが普段の僕の本当の家。魔力は僕自身も持っているし、足りない時は に借りたりする。
実体化するためには大量の魔力を消費するんだ。逆に実体化していなければあらゆる攻撃を無効にする。
尤も、実体化していなければ相手に危害を加える事は出来ないけれどね』
パッフェルの嘆きをさらっと流してエクスはイスラに問う。
エクスの疑問に応じてイスラは簡潔に自分の状態をエクスへと伝えた。

アレとはイスラが召喚される時に必要な、無色のサモナイト石の事である。
サモナイト石にはイスラの名前がリィンバウムの特殊な文字によって刻印がされていた。

「うわ、流石は の護衛召喚獣を努めるだけはあるね。直ぐに察してくれるなんて」
エクスは純粋に感激してパチパチと小さな手を叩き合わせる。

自分が問いたかった事。
幽体であるイスラに何が出来て出来ないか。

察してくれたイスラに自分なりの賞賛を送る。

一応は の存在を黙認し、エルゴの王の存在も公にしていない蒼・金の派閥。
それだけ異界の神の力は巨大であり、エルゴの王の影響力も強い……のだが。

何よりエクス自身は誰よりも確信しているのだ。
破天荒な異界の神に振り回される彼等が、世界をどうこうしようと考える時間など持っていないと。

現にバノッサは権力志向を微塵も持たないし、セルボルトの他の子供も同じだ。
エルゴの王達は権力のけの字も頭に描いていないのは明白で。
付け加えるなら蒼の派閥に留まったクレスメントの双子も矢張り権力には興味が薄い。

どうやら異界の神に愛されると権力から遠ざかるらしい。

それだけヒトとして平凡で、それでいて『幸せ』な生涯が送れるらしい。

羨ましい事だ。
源罪から世界を救ったネスティとアメルが帰還し、再び と顔を会わせた時。
エクスはしみじみ感じたのであった。

エクスの行動にイスラは眉を顰めず、薄っすら微笑を湛えながら肩を竦めた。

『察しが良くないとイロイロなモノの餌食になるんだ。この街ではね』
イスラは陰りのある表情を作り、やや黄昏つつ一人ぼやく。

島の愉快なはぐれ達よりも数段パワフルなサイジェントの住民達。
彼等に遊ばれないようにするには、自分の察しが良くならなければならない。
ある時からこの部分だけでは『悟り』の境地に達しているイスラだ。
具体的な明言を避けつつもエクスに言い切った。

「あはははは。そうなんだ」
の兄姉達が傀儡戦争時にみせた驚異的な戦闘力を回想しながら。
エクスは納得してあっけらかんと陽気に笑う。

イスラという の護衛召喚獣が悟っている通り、サイジェントの の身内達は油断ならないな。
型破りが多すぎる。
等と心の中で考えながら。

「ですから〜、笑うところではありませんよ! エクス様〜」
パッフェルは如何にイスラが危険な存在だったかを、声高に叫ぼうとして止める。
笑いながら自分見詰める の双眸がすぅっと細まったからだ。

彼女が自分の言動に『待った』をかけたのは察せられる。

代わりに無難に上司へとツッコミを入れておいた。
どうも総帥とセットでいると、自分が暗殺者だった事が嘘みたいに思える空気が流れてしまう。
これでも凄腕だったのだと。
誇れるモノではないけれど力説したいパッフェルだ。

『カノンや皆からも聞いていたけど。中々、良さそうなコンビだね』
今にも泣き出しそうな顔でエクスを窘めるパッフェル。
そんなパッフェルに穏やかに答えるエクス。

実に雰囲気の良いエクスとパッフェルを眺めイスラはカノンへ喋りかけた。

「見ていて不思議と、この御二方は自然な感じがするんですよ」
カノンはニコニコ笑いながらエクスとパッフェルについて語る。

マグナ達が去った年の秋の収穫祭の事だ。
ミモザとギブソンがパッフェルとエクスを伴いサイジェントにやって来たのは。
最初こそ良い顔をしなかったバノッサも、一応はエクスの人柄とやらを認め。
互いに不干渉、且つ、セルボルト家の政治不介入という取り決めを交わした。

こうして名実共に誓約者達とセルボルト家の面々は野放し……平素な生活を取り戻したのである。

「何故ソコでカノンなのだっ!! 我も説明したではないか」
は自分よりカノンを取ったイスラを横目で睨みつけ、地団太を踏む。
お互い尊敬しあう間柄ではないが。
信頼はあると思っている。
だがイスラは最近、 の見地を一意見としてしか捉えない。

 我は知識も豊富な神なのだぞ!!
 人を見る目は誰よりもあると申しているだろうっ。

等と。実は 、密かにイスラへ憤っていたりもした。

の説明はアテになるか、ならないか。本当にどっちかだからだよ。信頼性の高い方を優先したと思って欲しいな』
イスラは今迄自分が体験した事実も加味して の意見を切った。

の主観が大いに混じる解説は時々イスラを混乱させる。

の価値観とイスラの価値観は違う。
イスラから見れば取るに足りないもので、 からすればとても大切なモノになる。

そうした楽しい(イスラからすれば楽しくない)スレ違いは、ほんの稀にイスラへ生命の危機を及ぼしていた。

溺死させられかけた件もあれば、炭鉱に閉じ込められた事もある。
アカネの修行に付き合って、アカネ共々殺されるかと思った時もある。
(尤もイスラは既に死んでいるので二度も死ぬ事は出来ないが)数え上げればキリない。

「まぁまぁ。 も悪気があるわけじゃないんです」
少し不機嫌になったイスラの機嫌を取るようにカノンが口を挟む。

イスラの苦労も知っているが彼は半ば不死身。
だから水に流せと暗に含ませれば、イスラが諦めた風に大きく息を吐き出した。

過ぎた時間は戻らない。
神様であっても不死身の幽霊であっても覆せないモノは存在する。
過ぎたるは及ばざるが如し。
ハヤトから教わった名も無き世界の諺を頭の中で三度復唱してイスラは怒りを引っ込めた。

基本的に 溺愛のカノンだ。
彼と本気で喧嘩をすれば が困り、家長であるバノッサの怒りを買うだろう。
面倒ごとだけは極力避けて通りたいイスラである。

は天然だからね』
は天然ですからね」
気持ちを切り替え、したり顔で断言するイスラと同意の意を示しながら頷くカノン。
二人が持つ空気も家族のような仲間のような、ごく自然な空気を醸し出している。

パッフェルはすっかりサイジェントに馴染んだイスラを、心の底から信頼は出来なかったけれど、でも。
これも悪くないのかもしれないと。無理矢理自分を納得させた。

「納得がいかぬぞ。天然というのはトリスやマグナを指すのだっ。我は」
『はいはい。早く話をしておかないと悪いだろう? 彼等だって暇じゃないんだ。その為にわざわざゼラムから来てもらったんだろう?』
頬を河豚のように膨らませた の怒りを遮って、イスラは話題を修正した。

「凄い!!  をきちんと操作してるよ!! パッフェル」
何度も瞬きを繰り返し、幼子の様に感動するエクス。
悪気はないのは見て取れるも。
これはエクスだから発言出来てしまうのもまた事実。
穏やかな性格を持ちながら豪快でもある総帥様だ。

「感動するところがソコですか」
しかも を操作だなんて……。
異界の女神はスイッチ一つで動く玩具でもあるまいし。
項垂れてパッフェルは力なくエクスにこうツッコんだ。





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イスラとパッフェルの対面。
行き成り紹介されてもパッフェルだって『理解』できないでしょうに(苦笑)
ブラウザバックプリーズ