『護衛獣への道(蒼の派閥後編)』



は明らかに不機嫌な顔で口をへの字に曲げるが。気を取り直して咳払いをした。
イスラはその間に椅子へ座り、カノンも の隣の椅子に腰を落ち着ける。

「本題に入ろう。パッフェルはそこに滞在していた故、知っておるだろうが。帝国領に程近い場所に存在する名も無き島があってな」
真顔に戻った がティーカップを手に取り、そのままの体勢で切り出す。
エクスは頷きながら紅茶を楽しみ、パッフェルは神妙な面持ちで手にしていたティーカップをソーサーへ戻した。

『そこにはとある施設があった。無色の派閥の始祖が創り上げた実験施設が。僕達や島の住民は遺跡と称していたけどね』
が紅茶を飲んでいる間はイスラが代わって島について口を開く。

「その遺跡は界の狭間、つまり各世界のエルゴが世界に介入する境界線。に接触する装置を備えておった。
四界の召喚獣達を使い、彼等の持つ技術を結集して創り上げたのだ。察しの良い汝になら理解できると思うが」
慎重に言葉を選んで はエクスに喋る。

遺跡の危険性を理解させると共に、島への不用意な干渉を防ぐ為にも。
エクスは真顔のまま首を縦に振った。

『超意識体とも表現できるエルゴ。エルゴが世界を見渡すための世界との境界線。
そこに意識を送り込む為の……いいや、境界線をこちら側から操作するための機械が遺跡にはあった。それを核識と島の者は表現していた』
が再びティーカップに手を伸ばしたのでイスラが再度口を開いた。

どうやら としても自分から全てを語る積もりはないらしい。
島の成り立ちは喋っていても海賊一家や帝国軍の話は出してこない。

 面倒なのか、僕にも一端を担わせたいのか。
 それとも蒼の派閥の総帥殿の追及を交わしたいから、かな?
 多分両方なんだろうね。
 彼は油断ならない人物みたいだし。

イスラは頭の片隅で考えながら、エクスの知性溢れる眼差しを盗み見る。

「適格者に成れた者はごく一部だったそうだ」
紅茶をゆっくり溜飲して は事実だけを手短かに伝える。

「だろうね。神様の目線を手にいれられたとしても。きっと人間の精神では耐えられなかっただろう」
エクスは頭をフル回転させながら相槌を打つ。

とイスラが語る『遺跡』の話自体が途方もない夢物語の様である。
しかし無色の派閥はリィンバウムを創り変えるべく動く集団だ。
彼等の始祖はもっと大胆に世界の革新を行おうとしていたのは、想像に易い。

「過去に於いては適格者は放棄されそうに成った島を守った。その身を犠牲にしてな。
結局は無色の派閥が作り上げた魔剣によって封印された。精神を三つに分断されたのだ。二振りの魔剣と遺跡自体に。
時は流れ、遺跡へ目をつけた無色の派閥幹部が魔剣の研究を始めた」
和やかムードから知的な空気が漂い始めた居間。
眉間に小さく皺を寄せ考えを纏めるエクスを横目に は島の成り立ちだけを説明する。

具体的にではなく、無色の派閥が関わり島が成り立った事実だけを。
再度無色の派閥が島に干渉しようとした事実だけを。

『遺跡の力を使えないかと考えたんだよ。そうすれば境界線を介して世界を、リィンバウムを手中に収められるからね。
無色の派閥は魔剣に適合する者を捜す事にした。そうして見つけ出されたのが僕さ』
はきっと多くを語らない。
具体的には多くを語らない。
敏い自分の頭に感謝すべきなのかどうなのか。
イスラはやや複雑な気持ちで魔剣の持ち主の一人が己であったとエクスへ告白した。

不要な疑いを掛けられる前に手の内はある程度曝しておく。
交渉には常套手段であるソレを活用し、イスラは萎れていく の頭のつむじを見下ろした。

大方、死にかけた誓約者の兄を思い出しているのだろうと検討をつけながら。

「魔剣の主になった者ならば遺跡を蘇らせる事が出来るからな。我は島を守り身を犠牲にした者の魂の呼びかけに応じた。
時が歪められ遺跡が復活すれば、誓約者となった兄達が魔力を奪い続けられ死に至ると云われたからだ。
境界線に介入できる新たな核識に足りうる存在を得た遺跡によって……」
ここまで言いかけて辛くなったのだろう。
誓約者の兄、ハヤトとトウヤの身を案じていた気持ちが蘇って は俯く。
まだ数ヶ月しか経っていない島での冒険を胸中に秘め下唇を噛み締めた。

「そこで は紆余曲折を経て遺跡の復活を阻止。魔剣の主の一人であり、不治の病の呪いをかけられ、死んでしまったイスラの魂と共に。
現代へ戻ってきたんです」
俯いた を優しい眼差しで見詰めカノンが後を引き継ぐ。

バノッサ自身も島へ行った身でありながら、この場に同席していない。
自分の発言はイコールセルボルト現当主の言葉と成る。
蒼の派閥との無用な摩擦を避けるためカノンに任せ、自分は告発の剣亭へ逃げた。

基本的に面倒事と政治には無関心のバノッサである。
変に頭の回る妹とイスラへ釘を刺して早々に自分は退散した。

適度に引き際を弁えているバノッサは、矢張り家長としての器があるのだ。

『遺跡の鍵である僕の魔剣は廃棄したよ。もう一つの魔剣は僕が島に居た時に壊している。魔剣自体がないんだ。
だから魔剣から遺跡が目覚める事は無いと思う』
魔剣の一つは廃棄。
もう一つは自分が壊したと喋り、イスラは鍵の二つが存在しない事をエクスへ教えた。
何度か瞬きをするエクスに が黙って瞼を一回下げ、上げる。

「ただゲイルを生み出した、クレスメントの施設跡の件もある。島の遺跡が破壊され機能していないかを確かめる価値はあろう?
一応、現在の島の所有者が誰に成っているかは事前に汝等に調査しておいて貰うが」
は憂慮していた事態を幾つか脳裏に浮かべ、敢えて全てを口に出さずエクスへ提案という名の圧力をかける。

遺跡だから機能しないとは傲慢な考え方だ。
そのツケとして世界崩壊の憂き目にもあったのだから。
を心配性だとエクスは笑えないだろう。

「……そうだね。何もしないで後手に回るのは、僕としても避けたいところだ」
 約三年前になる傀儡戦争時の大混乱を回想し、エクスは苦い顔になった。

クレスメントの末裔を刺激しないように務めた結果がアレである。
結局はクレスメントの子供達は見えない手に導かれ真実を知り、打ちのめされ、悪魔は影で笑った。
ライルの末裔と聖女の力と。
それから陰ながら力を貸してくれたセルボルト家と誓約者達の活躍によって聖王都が守られたのも事実。

蒼の派閥の怠慢を に手痛く指摘されエクスとしては耳が痛い。

クレスメントの施設、ゲイルの件を持ち出されるのは。

「源罪が無くなったとはいえ。悪魔の動きがメルギトスによって活発化したのは事実ですから……僕としても心配です。
誰かが遺跡を悪用しない保障は何処にもないですから」
カノンが控え目に付け加える。

サイジェントという小さな街しか知らなかった自分はもう居ない。
無邪気な自分も今の自分の中に残っているけれど。
と一緒にゼラムやファナンを見て世界は広いと体感したのだ。

住んでいる人の数だけ考えがあり正義と願いがあると。
蒼の派閥だって一枚岩じゃない。
金の派閥だって守銭奴ばかりが居るわけじゃない。

だから偶然遺跡の存在を知った第三者が、ソレを悪用しないと断言は出来ない。

「遺跡が廃棄されておればそれで良い。島で別れた友と再会できるしな」

 ニンマリ。

策士の顔つきで微笑む の一言に、張り詰めていた空気が和らいだ。

はそっちが目的みたいだね。……遺跡の管理・調査を蒼の派閥としては国に任せるつもりは無いよ。
召喚術そのものだって脅威なのに、それを悪用した施設だなんて危険すぎる。傀儡戦争をもう一度起すつもりは僕には無い」
無意識のうちに持ち上げ、力を込めていた肩から力を抜く。
すっかりぬるくなってしまった紅茶を口に含み息を吐き出し。
エクスはぎこちなく笑った。

壮大すぎる話に頭が破裂しそうになるが、それを大袈裟だと笑うことなど出来ない。
何より蒼の派閥だとてクレスメント家の実験を隠蔽し、彼等を追放した過去を持つのだから。

真理を追究する目的のために犠牲にした『何か』も過去には存在するのだから。

寧ろ がこうして自分達を招き語ってくれた。

この現実の方にエクスは驚いている。

「きちんと遺跡の探索の手伝いはするぞ? 顔見知りである我が参れば島の面々も納得しよう。
彼等は召喚師により異界から無理に呼び出された者が多い。リィンバウムの人間には良い感情を抱いておらぬ。
汝等も一石二鳥ではないか?」
「それは助かる。どうせだから金の派閥にも声をかけてみようか? ファミィさんも手伝いを寄越してくれるかもしれない。
交流を始めたとはいっても、まだまだ、これから成さなければ成らない事も多いから」
の気遣いをエクスは素直に受け入れた。

女神様相手に勘ぐりは不要。
の事だ。
調査が必要だから『調査』しようと提案しているだけ。
真剣な部分では面倒を嫌う彼女が自分に不義理を働くだろうか?
答えは否だ。

「うむ、丁度良い機会だ。共同で探索を行ってみるか?」
は瞳に好奇心と喜びを浮かべエクスの考えに同意する。

「うん。ゼラムに戻ったらグラムス達と相談して、手筈を整えてみるよ」
エクスは漸く自分らしさを取り戻して無邪気な笑みを浮かべた。
過去の重みに潰されるなんて柄じゃない。
これでも蒼の派閥総帥だ。
自分が揺らげば蒼の派閥も揺らぐ。

『パッフェル、どうかした』
「え? あ……」
真剣に話し込んでいたエクスを他所にぼんやりしていたパッフェル。
イスラは話がひと段落ついたところでパッフェルへ声をかける。

彼女が何を考えているかなんてお見通しだ。
けれど、声に出さなければ自分の考えは相手へ伝わらない。
これだけはサイジェントに来て学んだイスラである。

『………怖くないといえば嘘になる。彼女は僕を見て、呆然として、それから怒るだろう。どうして連絡してくれなかったのかと。
彼女は僕の生前の唯一の肉親だからね。後は島の愉快な住民達に殺気を送られたりする程度かな』
努めておどけてイスラは自分の感情を認め、立場を客観的に評した。
パッフェルはイスラの謂わんとしい部分が飲み込めないのか。
キョトンとした顔でイスラへ目線を移す。

『でも僕は死んだ。イスラ=レヴィノスというニンゲンは何処にも居ないんだよ。ヘイゼルという暗殺者が居ないのと同じで』
黒い瞳が真剣みを帯びた光を湛えパッフェルを見据える。

「イスラ、汝」
は唇の端を緩やかに持ち上げ表情を和らげる。

イスラとしてはパッフェルに過去をアレコレ穿り返されたくないだろうから、こうして布石を打っているのだろうが。
イスラが過去を認め振り返らないと決意を固めてくれたのは嬉しい。

 まだ刺々しいながらもイスラの音色のなんと穏やかな。
 島でのイスラとは大違いだな。
 無論、本人が主張するように。
 レヴィノスの跡取りだったイスラはおらぬのだろうが。

休息に成長するイスラの心。
間近で感じ取って は頼もしさと寂しさを味わっている。

なんだかんだ言って世話好きの の事。
自分の手を離れてしまう相方を頼もしく想う反面、揶揄しがいがなく詰まらないと感じるのだ。

『ここでは何度も云っているけど、改めてパッフェルにも言っておくよ。僕はただのイスラという名の護衛召喚獣、または の相棒。
それ以上でも以下でもない。過去を認めるには足りないものが沢山あるけど、僕は前を向いてみたい』
イスラは紅茶を飲み干してから一気に言い切る。

『癪じゃないか、カミサマに救ってもらって助かった風に言われるのは。僕はただ失っていた僕自身を取り戻しただけさ。
から学んだのは……時には開き直りが大切だって事位だ。
君だってそうだろう? その時で最良と思える道を選び取って と再会しただけさ。誰のお陰でもない、君自身の力だ』
言いながら柄じゃないな。等と内心で自嘲しながらイスラはパッフェルにささやかなエールを送った。
這い上がれたのはパッフェル自身の努力の賜物なのだと。

「なんだか……イスラからそう言われる日が来るなんて。正直、そっちが驚きです」
パッフェルは警戒を完全に解けないまま。
それでも自分の気持ちを正直に伝えてくれたイスラに報いて本音を吐露した。

『確かにそうかもしれない。僕自身でも丸くなったとは感じるからね。さあ、今はカノンが手ずから淹れてくれた紅茶を飲みなよ。
きっともう少ししたら、バノッサがタイミング良くペルゴのパイを土産に帰ってくるだろうから』
一際(ひときわ)関知しやすい大きな魔力の塊。
明らかにエクスとパッフェルに対する威嚇だろう。
バノッサが家に近づく気配を察しながらイスラは素早く話題転換した。

「そう云えば、ペルゴが新作のパイを作ったと申しておったな」
お金にも五月蝿ければ食い意地も少々張るようになった女神様の一言。
舌で唇を舐める無作法にカノンは嘆息しイスラは薄っすら笑うのみ。

「……これから忙しくなるね、パッフェル」
エクスは何かを企む顔つきで信頼できる密偵の肩へ手を置く。

「という事は。私のバイトが増えるんですね、エクス様……」
片や、総帥様の信頼を一身に集める密偵は。
増加するであろう仕事量を想像し、密かに肩を落としたのだった。




Created by DreamEditor                  次へ
こうして番外編の複線がばりばりばり、と。
実際のゲームではパッフェルかメイメイあたりがエクスに進言したのでしょうか?
個人的にはメイメイがそれとなく言って、調査の結果島の存在が判明した。
という風に感じます。
ブラウザバックプリーズ