『護衛獣への道(ガーデニング編)』


が。
隣はキール。
相変わらず隠そうともしない 大好きオーラを発するキールの背後にイスラが(実体化して尚且つ頭にガウムをオプションとして装備)。
イスラの隣をエルカ。

本日はこのメンバーがキムランの花壇の雑草抜きを請け負うメンバーである。

場所は高級住宅街。
キムラン所有の花園の手入れ、が本日の とイスラの予定である。

「モナティーなら心配しなくて良いわよ。昨日トウヤと川に釣に行って、溺れかけてて、風邪を引いてベッドで寝てるわ」
エルカが本来なら参加する予定だったモナティーについてイスラに教えた。

暴走事件の後、少しずつ距離を詰めてきたモナティーとイスラ。
タイプが真逆なので会話がかみ合っていないことも多々あるが。
概ね良好な関係を築きつつある。

『相変わらず豪快だね、モナティーは』
イムラン達の豪華な屋敷の扉を潜りながらイスラが笑った。

溺れて泣き叫ぶモナティーと宥めるトウヤの姿が鮮明に瞼に浮かぶ。

今頃フラットではリプレママの怒り気味の笑顔と、シオンの怪しい笑顔が炸裂していて。
モナティーは普段より苦い薬を飲まされているに違いない。
想像するイスラの考えは当たっている。

「らしい、って云えばらしいんだけど」
屋敷を素通りして、屋敷の裏手に位置する花壇へ続く石造りの小道。
歩きながらエルカは肩を竦めた。

常に騒ぎに事欠かない同室者。
小事を大事に発展させる天才児だが不思議と愛嬌があって憎めない。
そんなモナティーをエルカは分りにくい優しさでフォローする。

「キュキュウ、キュッ」
ガウムもイスラの歩く動きに揺られながら合いの手を入れる。

紅の暴君の暴走時には緊張した関係にあったガウムとイスラ。
言葉は通じないのに、イスラが静寂を好むせいか。
時折モナティーの頭からイスラの頭へとその居場所を移動させるガウム。
一人と一匹はかなり親密な関係を保っていた。

『そうかもしれない。モナティーは何時でも何処でも元気で一生懸命だからね』
イスラが普通の口調で言ってエルカもニヤニヤ意地悪く笑いながら、イスラの台詞に同意する。
そうこうしている内に、一行は屋敷の裏手に到達した。

「今回もヨロシクな」
屋敷裏手の庭。キムランともう一人が 達を待ち受けていた。

逞しい二の腕部分まで袖をまくってキムランが歯を見せ笑う。
豪快なキムランの繊細な趣味。
曰くの『ドスとファンタジーの融合』であるらしい、キムランの花好きはサイジェントでは結構有名だそうだ。

背後の花壇は隅々にまで手入れが成されていて、花々は咲き誇り葉も青々と茂っている。
確かにキムランと美しい花園というのは意表をついた組み合わせだとイスラは感じた。

「今回は事情もあり、わたしもお手伝いさせていただきます」
キムランの隣に私服姿のサイサリスが立っていて、 に向かって深々とお辞儀をした。
公私共に生真面目な彼女らしい態度である。

「サイサリス、久しいな」
は久しぶりに会うサイサリスに嬉しくなって笑顔で近くまで駆け寄る。

イスラは本人曰く『君達を見習って図々しくしてる』だが、一人、約束もないのに騎士団へ入り浸っている。
は同伴していないのでサイサリスに会うのは本当に久しぶりだった。

イスラの外出はバノッサが認めているし、カノンも咎めない。
が主である意味もあまりなさそうな空気すら纏うイスラは。
自分で考え、動くようになった。

そうなって欲しいと願った だが、なったらなったで。
自分に対する周囲の評価が不透明で釈然としない。

イスラなら立ち直れると信じたのは だし、護衛召喚獣として連れ帰ると決めたのも である。

それなのに周囲はバノッサの懐の深さを再評価しただけで、相変わらず に対する認識は『危なっかしい』だ。

 不安定だったイスラと、安定している我との信頼の差が大きいのは何故だ!?

混乱する小さな神様にイスラが呆れ果てていたのは、特筆すべき事柄でもない。

「お久しぶりです」
サイサリスも丁寧語ながら、表情を綻ばせ に挨拶を返す。

「サイサリスは式典で使う花の一部をこの花壇から選定するんだ。領主のお客様が近々サイジェントにやって来るらしくてね。
金の派閥の力が行き届いている事をアピールする為に、キムランの花が役に立つんだよ」
「成る程な。キムランが育てたと城で花を見せ、また、時間を置き、この庭に客人を招待する。
そうすれば自ずと金の派閥の力、能力、財力を客人に知らしめられる」
キールの丁寧な解説に は頷き、自分の言葉でもう一度言い直す。

「難しいことは抜きにしたいが、政は形式も大事だからな」
小さく鼻を鳴らしたキムランが複雑な顔で自慢の花園を首を巡らせ見渡す。
別に金の派閥の力を示す為に花を作っているわけではないが。
摂政である兄・イムランや、摂政補佐であるキールに言われては首を縦に振らざる得ないキムランである。

「さっそく雑草取りと、花の選定作業を開始するぜ」
キムランの合図でメンバーは二手に分かれて作業する事となった。

イスラは折角だからと、普段は手伝わない雑草取りを行う。



そしてソレは作業が終わりかけた数時間後に起きた。

時折サイサリスがチラチラとこちらを見る。
何か用かと思いイスラが視線を花壇から上げると目線が逸れる。
一体何なんだと思いながら、雑草抜きを再開するとまた視線が。
何度かソレを繰り返した後、イスラはサイサリスの視線がドコに注がれているかを理解した。

理解したと同時に笑いを堪えながら彼女へ近づく。

『なんだそうか。僕が羨ましかったんだ。言ってくれれば直ぐにしたのに、ほら』
「え、いえ、わたしは、その」
たじろぐサイサリスを他所にイスラは自分の頭に乗っていたガウムを、事もあろうにサイサリスの頭へ預けた。
「キュキュ〜」とガウムは燦燦(さんさん)と降り注ぐ太陽に気持ちよさ気に鳴いている。
耳を真っ赤に染めたサイサリスは呆然と立ち尽くす。

「………時々イスラを大物だと思う時がある」
成り行きを見ていたキールがイスラの肩を叩きボソリと言った。

心の底からの発言らしくキールの瞳は真剣そのものである。
以前からサイサリスは可愛いものが好きだとキールも知っていた。
けれど彼女の立場とこれ迄を考慮して、敢えて強引にああしなかったのだ。
ガウムを抱かせたり、頭の上に乗せたり。

彼女とて一人前の騎士団員だから節度を持って付き合う。
これを重視していたキールにしてみればイスラの取った行動は偉大だ。

というか、天然タラシの要素があるんじゃないかと心配になる。

がイスラの毒牙に掛からないのは明白でも、イスラの行動が に危害を及ぼさないとも限らない。

余計な部分に頭をフル回転させるキールの、頭の使いどころが間違っている。

とツッコめる人間がこの場には居ないのが唯一の問題点か。

『どうしたんだい? キール。褒めても何も出ないよ?』
サイサリスにガウムを預けて首を回すイスラが、心底不思議そうに、否、不審そうな面持ちでキールへ言う。

キールが真剣に身内以外の第三者を褒めるなど滅多にない。
それだけにイスラはキールの発言の真意を量りかねていた。

「エルカもキールの意見に賛成」
一連の行動を傍観していたエルカが静かにキールに賛成した。

も時々、こうして相手のして欲しい事を自然に行う。
周囲が躊躇っても、彼女は自分がしたい事を貫く。
現にイスラはサイサリスの堅物の性格を知っていながら。
サイサリスの了承を得る事もせず勝手にガウムをサイサリスの頭に預けた。

相手がイスラでなかったら、サイサリスはガウムを早々に地面に降ろしていたかもしれない。
ある意味、誰にも出来ない真似をさらっとやってのけたイスラが と重なって見える。

『エルカまでどうしたんだい?』

 明日は嵐か?

密かにイスラは悩みながらエルカに問う。
メトラルの族長の娘だというエルカ。自尊心は高く、負けず嫌いで。
どちらかというと皮肉屋に分類される彼女が、素直に誰かを褒める事など滅多にない。
それなのに今日はどうした事か? 心当たりを持たないイスラは怪訝に感じてしまう。

「やっぱり主従って似るのかしら?」
眉間に皺を寄せたエルカはイスラの疑問に応じず、重々しく言う。

無自覚に無邪気に相手に驚きを与える。

しかも基本的にはお人好し。

イスラが根っからのお人好しかどうかは、判断に迷うが。
兎にも角にも とイスラはエルカが認めざる得ないほど似ていた。

強い信念を持つが相手に押し付けず。
強大な力を有しながら誇ろうともしない。
静かな生活を好み日々を過ごす。

エルカの思わせぶりな呟きは とイスラには伝わらない。
キールは複雑な顔で とイスラの顔を見比べて首を捻っている。

『はあ? それよりキムラン、花壇の草むしりはこれで終わり?』
イスラは自分の生命(身)に危機が及ばない話題だと判断し、キムランに本題を持ち出す。
エルカとキールが何か小声で喋りあっているがイスラは無関心だ。

「お、おお。ありがとうな」
硬直から抜け出したキムランがイスラの問いにぎこちなさを残し答えた。

キムランとしても予想だにしないイスラの行動。
彼は意外にもフェミニストだったのだと、頭の中のイスラデータに付け加えるのも忘れない。

「ふむ。綺麗になったキムランの花園を眺めると達成感があるな」
腕まくりをした細い腕や頬に泥がついた格好で は踏ん反り返る。
彼女的には心地よい疲労を伴う労働だったのだろう。
誇らしげな顔つきで手入れが成された花園を見詰めている。

『一応、無難な人助けではあるからね』
野盗の逆追い剥ぎよりかはマシだよ。
言いたい部分はあれども、波風は好まない。
イスラは無難に へ相槌を返した。

「あ、あの」
頭にガウムを乗せたまま動揺しきっていたサイサリスが漸く自分を取り戻した。
上擦った声音ながらイスラに近づき上目遣いにイスラを見上げる。
顔も、頬も、耳も首も真っ赤にしたまま。

「ありがとうございます、イスラ」
そのままガウムが落ちるんじゃないかと思う位。
サイサリスは深々とイスラに頭を下げて感謝の言葉を口にした。

ガウムは咄嗟にサイサリスの頭にしがみつき、落下の難を逃れている。

『気兼ねしない方がいいよ。ガウムだって君達と一緒に戦った仲間なんだろう?』
サイサリスが思ってるほどガウムは重くないし、大丈夫。
如何にも育ちの良さを感じさせる言葉も付け加えるイスラは。

「認めたくないけど、似てる」
キールに奇妙な敗北感を抱かせるほどに に似ていた、らしい。



Created by DreamEditor                  次へ

 うちのイスラは女性には基本的に優しいです。
 元良家の坊っちゃまですから(笑)
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