『護衛獣への道(夜組編)』



朝靄けぶる召喚獣鉄道線路上。
靄に紛れて動く複数の人影が見受けられる。

時折剣戟や怒号やら、召喚術発動の光やらが発せられていた。

『肩慣らしがこれか。 らしいけど』
トウヤから借りている、トウヤが以前使っていた細身の剣を手にイスラは動きを止める。

イスラから数メートル先。
姿を封印した黒髪の が喜々として短刀を振るい、カノンと背中合わせで野盗を沈めていた。
少し後方に下がったクラレットが、状態異常を巻き起こす召喚術だけを使用して とカノンをフォローしている。

「まぁまぁ、怒りなさんなって。逆追い剥ぎも結構金になるんだぜ」
夜のサイジェントを取り仕切る男達の一人。
告発の剣亭のへべれけ酔っ払い(イスラ視点)、スタウトが気配を殺したままイスラの右斜め後方を陣取った。

ナイフの達人で、元々が裏社会出身だというスタウト。
気配の殺し方と移動力の高さはイスラも認めている。

『みたいだね』
心臓に悪いスタウトの登場に顔色一つ変えずイスラは答えた。

相手が可愛らしい少女()と、柔和な顔の青年(カノン)と、物腰上品な女性(クラレット)。

初めてあの三人を見た野盗達は内心涎を垂らしながら『カモ』だと思っただろう。

達の実力を知らない哀れな野盗達に内心だけで哀悼の意を捧げながら、イスラは戦線から離脱した。

元々手伝っても手伝わなくてもあの程度の野盗ならば自分の出る幕はない。

サイジェントに戻ってイリアス辺りが暇なら彼と訓練をし。
アルバが居ればアルバに剣を教えよう。

自分の予定を立ててイスラは身体から緊張を抜く。

「過去に飛ばされても相変わらずアレだったのか? は」
赤毛の男が眉間に浮かべた皺を盛大に深めつつ。
話し込むイスラとスタウトに近づき、 の変化のなさを僅かに嘆く。

女神の癖に金に汚い超現実主義者(リアリスト)彼女は生活手段としての野盗逆追い剥ぎを定期的に行っている。
今も、四年前も。

『そうだね……。
島には野盗が居なかったから、誰かに無限界廊とかいう戦場(いくさば)を開いてもらって。そこで色々していたみたいだよ』

イスラは の仲間ではなかったが、一時的にアティ達と行動を共にしていた。
その記憶を辿り赤毛の男の疑問に応じる。

「ああ、あの奇妙な戦いの訓練場か」
赤毛の男は少し遠くを見る目つきで太陽の位置を確かめ、妙に納得した風に相槌を打つ。
恐らくはこの赤毛の男も に問答無用で連れて行かれた口だろう。
イスラは瞬時に悟る。

『そこの貴方とは始めましてだね。僕はイスラ。元帝国軍軍人で現 の護衛召喚獣。
護衛というよりかは相棒的な立場に成りたいと切実に思ってる』

に護衛は必要ないし。

付け加えてイスラは赤毛の男に自分から右手を差し出す。

聞けば彼は時折サイジェントに戻ってくる、サイジェントの街の裏の顔役だという。
四年前の無色の派閥の乱の時、 に拾われた元義賊だそうだ。

「俺はローカス。元義賊で現サイジェントの裏役だな。サイジェントの裏の治安の一部を任されている。
だからといって常にサイジェントに居るわけじゃない」
赤毛の男はイスラに応じて自分も名乗る。
それから少し躊躇いがちにイスラの手を握り返した。

相手はとっくに死んだ人間なのにこうして実体を持つ。
それが不思議だとローカスの顔に現れていて笑える。
イスラは笑いの衝動を身体の奥深くに沈め、生真面目な表情を保ったままローカスと握手を交わした。

「こいつは真面目だからなぁ。過去に暴動起こしてるんだよ」
ニヤニヤ笑ってスタウトがローカスの過去を明かす。
意地悪からではなく、イスラがローカスの立場を理解しやすいようにとの。
分りにくいスタウトなりの配慮からだ。

『ああ、トウヤや 、キムラン達からも聞いたよ。以前は領主が摂政・イムランの言い成りで税の比率が重かったんだろう?
それで耐え切れずに暴動を起こした面々が居たといっていたけど』

イスラは頭を回転させスタウトの話題転換にきっちりついていく。
彼が何を言いたいかまでは分らなくてもこれはきっと、とても大切な話なのだと。
サイジェントの面々と付き合ってきて学んだ。

「その面々の一人が俺だ」
ローカスが言葉少なく過去に暴動を起こした事を示唆する。

「俺は旦那、ラムダの旦那に拾われてアキュートに居たけどな」
スタウトは何故自分がアキュートに居たのかをイスラへ教えた。
単に酒浸りになっていたところを当時のラムダに拾われたのだと。

『知ってる。今も昔も酒好きオヤジだってフィズとアルバが云ってた』
くすくす笑いながらイスラがスタウトにすかさずツッコんだ。

言い当て妙なイスラの台詞にローカスが喉奥で笑いを噛み殺し。
スタウトは曖昧に笑って己の禿頭を右手で一撫でする。

和むイスラ・ローカス・スタウトの目と鼻の先では、カノンが振るった斧が野盗の剣を粉砕する。

なんとも奇妙な、平和で殺伐とした風景が出来上がっていた。

「正しい事を主張すれば街の人間が救われると思ったんだ、俺は」
ローカスの口調は苦い。

街が、領主が間違っているのは誰の目にも明白だった。
だから正義を貫けば街は救われると思った。
義賊を名乗った。
貧しい住民を優先して救った。
どちらがより街の住民を救っているかなんて愚問だった。
自分こそが住民の唯一の味方だと自負していた。
あの時までは。

「だから俺は民衆に訴えて暴動を起こした。だが、暴動はサイジェントの騎士団によって鎮圧され、暴動に参加した民は捕まった。
当時の犯罪者は強制労働に借りだされていてな。俺は に拾われて無事だったが、他の仲間は全員強制労働の刑を科せられた」

シリアスモード全開のローカスから離れて数メートル先。

ほぼ全員を地面へ沈めた 達はせっせと野盗達の懐を漁っている。
極力彼等から視線をずらしてイスラはローカスの話に聞き入った。

「本当ならよ、反逆罪で死刑だってアリだったんだろうがな? イリアスを知ってるだろう?
アイツが当時からの騎士団隊長でよ。アイツが丸く治めてくれたんだぜ」
一気にトーンが下がり深刻な顔になるローカスの隣。
スタウトが軽い口調で暴動を起こした住民に対する刑の軽さのからくりをイスラへ説明する。

『それで?』
イスラはローカスを責めもしないし、また、ローカスを唆したも同然のスタウトも責めない。
過ぎた事を掘り返すよりもローカスが云いたい事を先に聞いておきたいと思った。
ローカスにイスラが話の続きを促す。

「本来なら暴動を起こした俺自身も罪人だ。
偶然 に拾われ、偶然フラットの住民となり無色の派閥の乱を戦っただけ。偶然、街を救っただけで俺自身が考えてどうこう、という訳じゃない」
『うん』
最初はローカスも偶然フラットの仲間になったのは分る。

だがローカスはお人好し集団フラットに馴染んだ男だ。
最後の方は自分から率先して『烏合の衆』であった仲間を区別なく守り、見知らぬ誰かを護る為に戦ったに違いない。

謙遜するローカスへスタウトが生温かい視線を送っているのが何よりの証拠だ。

力説するローカスに反論するのも無粋かと考えを改めイスラは平凡な相槌を打った。

「街を救った英雄の仲間。俺はこの言葉を免罪符にしたくなくてな。時間を作って、罪を償う分の労働をしている」
ローカスは大いに真剣に自分が何故街に常駐して居ないのかをイスラへ語る。

全ては『偶然・たまたま』なのだ。
トウヤとハヤトが自分を知ったのだって、彼等が納税者達の光景を見に広場へ来たから。
本来なら捕らえられる立場に成っていた自分が助かったのは、 が秘密裏に自分の分の税を騎士団へ突きつけたから。
更に言うなら、フラットのメンバーは以前から金の派閥と折り合いが悪く、当時のキムランの鼻を明かしてやりたかったのだという。

重なった偶然に流されて辿り着いたのが『街を救った英雄の仲間』である。

無色の派閥の乱が収まった直後になって漸く。
ローカスは自分のこれまでの行動を省みて曖昧なままに流されていた自分に苦笑いし。

驚くイリアスやラムダ達を説得し、本来受ける処罰を己に課したのだった。

「捕まった時に課せられる強制労働時間分を採掘場とかで賄ってるんだぜ、この堅物」
スタウトが肘でローカスを小突きながら具体的な『償い』内容を喋る。

スタウトからすれば『棚ボタ』
そ知らぬ顔をして生活していれば良いものを、自ら名乗り出て率先して過去の罪を清算するローカスは根っからの義賊気質。
誰かの為に身を犠牲に出来る男だ。
個人の主義主張に口を挟むほど崇高な趣味は持ち合わせてはいないが。
どうにもこうにも相変わらず真っ直ぐな男だとスタウトは腹裡で苦く思う。

『それで他の皆とは違って、ローカスとは会う機会がなかったのか』
イスラはローカスの行為の評価をせず、ローカス自身と会う機会が少なかった理由だけを話題に出した。

ローカスが自身の行いをどう感じ、どう受け止めるか。
そんなものは本人の自由で、もっと凄い事をしでかしていた自分がしゃしゃり出る幕じゃない。
誰彼構わず突いて引っ掻き回す と自分は違うのだ。

「やっぱり一味違うな、お前は」
スタウトが懐を漁りタバコを取り出しながら言う。
『そりゃどうも』
イスラも平然としたものでスタウトの皮肉を受け流す。

スタウトが知り合いに似ているのもあったし、彼は基本的に悪趣味なだけであり、策略家ではない。
それさえ分ればスタウトという男は、アクは強いが付き合いやすい人種ともいえる。
逆にローカスは義賊をしていただけあり正義感は人並みにあるようだ。
何故自分に対して可も不可も唱えないのかと、イスラに視線だけで問うてくる。

『僕はカミサマでもないし、カミサマを心酔してるわけでもないからね。
人が人を裁くのは法に則ってであって、個人的感情で成されるものではないだろう?』
イスラは自分が関わっていないから関知しないとも含め、 に惚れ込んでいないとも伝えた。

彼女は自分の良き? 相棒であると信じたいイスラである。
の人柄に惚れようが惚れまいがそれは個人の自由だ。
彼女を気に入る存在しか生きていない世界でも在るまいし。
等とついついぼやきも入ってしまう。

「知的な見解だな〜、相変わらず」
スタウトはイスラの主張を大方理解し、口に咥えた煙草を上下に動かした。

『これが僕の性格だからね』
変わる考えもあれば変わらない考えもある。
皮肉気なのは『気質』らしい。
イスラは肩を竦めてスタウトへ言った。



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