『護衛獣への道(夜組後編)』




イスラ・スタウト・ローカスが会話に花を咲かせている間に、 達による『逆追い剥ぎ』は終了した。

クラレット・カノン・ は手にした袋をジャラジャラいわせている。

中には金貨が詰まっているのだろう。
正当な行為とは呼べないが生きていく為には何かを食べなければいけないし、食べ物を買うには通貨が必要だ。

身分の高かった自分にはなかった経済観念を考えイスラは苦い表情をし、直ぐさま表情を元に戻し。
笑顔を浮かべて近づいてくるクラレットを迎える。

「何だか楽しそうですね、収穫でもありましたか?」
小首を傾けて問うクラレットは『たおやかな長女』といった形容が相応しい。
普段も物腰は穏やかだし、元気が有り余るカシスとは対照的な性格と気質を持っている。

さえ絡まなければ理知的な女性と云えよう。
…… が居なくても居ても発生する、セルボルトの遺伝子が成せる業だと容易く思いつく。
身の毛のよだつ、そこはかとなく漂う黒ささえなければ。

『気持ちのケリの着け方について学んだよ』
イスラはローカスの細かい主張を省略し、端的にまとめてクラレットへ伝えた。
今更ローカス(仲間)の主張を聞いても目新しいモノ等無いだろう。
という、イスラなりの配慮だ。

「人生イロイロって奴さ」
口に咥えた煙草に火をつけ吹かし、スタウトが口から煙を吐きながら話題を切る。

カノンならまだ可愛い。
彼は同じ男であり、比較的温和だからだ。
しかしクラレットは拙い。
彼女は召喚師であり、セルボルトの末妹である女神の姉で、最凶の姉の一人だからだ。

『それよりクラレット、少しは及第点を貰えるかな?』
イスラはトウヤから借りている剣の柄を指先でトントンと叩き、クラレットに採点を求める。

暴走事件をきっかけに良くも悪くも普段の態度でイスラに接するクラレット。
彼女の底の知れない笑みに最初は驚いたが、幽霊でも場数を踏めば環境に馴染むもの。
無色の派閥での生活経験を持つイスラは比較的早くクラレットやキール、カシスの行動に慣れてしまっていた。

「ええ勿論よ、イスラ。イリアスやレイドと訓練していると聞いてはいたけれど、見違えるほど剣の腕を上げたわね」
クラレットは素直に賞賛の言葉をイスラへ贈る。

イスラの肩慣らしを兼ねて行った『逆追い剥ぎ』
クラレットはイスラの剣捌きや、戦う時のイスラの表情などをつぶさに観察した。

暴走事件で精神的に落ち込んだイスラはあっという間に自分を取り戻し、何故か、目標らしきものを胸中に抱き生活を始めた。

風に、クラレットには見える。

兄であるバノッサなら何かを知っているだろうが、彼はまだ自分には教えてくれないだろう。
クラレットには確信に近い予感があったのでこうしてイスラの成長を計るしかない。

『手厳しい先生達(セルボルト一家)が居るから手が抜けなくて』
「ふふふふ、そう?」
表面上は美しい女性の笑顔のソレで微笑むクラレットの雰囲気は優美だ。
一見すれば上品な上流階級の息女に見えただろう。
全身から滲み出る黒さがなければ。

「「……」」
見えない黒い何かに平然と笑顔で対応するイスラが怖い。
それよりもっと怖いのは、自分で黒さを増して微笑むクラレットだ。

スタウトとローカスは敢えて言葉を遣わずに無言で互いの視線を交わす。

やっぱりアレが耐えられる位だから護衛召喚獣になったんだろうな。

語るローカスの目線に。

当たり前だろ。

と、スタウトが応じる。

「けれどイスラはとても努力家ですよ」
硬直するローカスとイスラの間を通り抜け、カノンが笑みを湛えたまま会話に加わる。
助かったと息を吐き出すローカスとスタウトが居るのはご愛嬌だ。

『カノンだって協力してくれてるからだよ。知識は幾らあっても足りないから』
スラムのルールなんてイスラは知らない。
けれど今、自分が住んでいるのはスラムで。
加えるなら間借り人(幽霊?)状態である。
イスラは面倒を嫌い、 ではなく、カノンと一緒にスラムを歩き彼等の流儀を学んでいた。

スラムルールを実践しようとは思わないが、近隣住民との余計な揉め事は避けて通りたいとイスラは考えている。

「僕でも役に立ててるなら嬉しいな」
カノンは喜色を浮かべ照れて頬を染めた。
カノンもイスラから『スラム』について教えて欲しいと頼まれたときには驚いて。
驚いて、嬉しくて。
に申し訳なくて。
拗ねた を宥め賺しながらイスラとスラムを散歩した日々を思い出す。

『少なくとも よりかは遥かに』
イスラはさらっとカノンを褒める。

歩く災い引き寄せ器(若しくは暴走女神)と歩くより、静かな気質のカノンと散歩する方がどれだけ心穏やかな事か。

無自覚な女神様の周囲のなんと賑やかで煩い事か。

静寂を好むイスラは教えを請う相手に家族でもあるカノンを選んだ。
イスラの基準からすれば至極当然である。

「我だとて無能ではないぞ」
『無能なのと役に立つ、立たないは余り関連性がないんだよ』
ムスッと頬を膨らまして拗ねる五千歳と少しに呆れつつ。
イスラは『有能=役に立つ』ではないと諭す。

の場合はそこに居るだけで良いの。深く考えないでね」
クラレットはイスラの気持ちが分かったのか。
黒い何かを混ぜない、普段のクラレットの笑みを浮かべ の頭を撫でる。

最近イスラが活動範囲を広げるのを黙認する兄姉達。
自分とてイスラを信じていない訳じゃない。
だがなんとなく自分だけが仲間はずれにされているようで詰まらない。
は奇妙な顔でクラレットを見上げるも、クラレットは笑みを深くするだけで答えてはくれなかった。

『クラレットの言う通りだよ。 がサイジェントに居座っててくれさえすれば、大抵の事は丸く収まるんだから』
最近イスラは徐々にこの部分では悟ってきて、感慨深く へ言った。

暴走娘の兄と姉達は揃って暴走する。
が精神的に傷ついても暴れるだろうし。
肉体的に傷がつく……顔などに消えない傷が出来たなら、想定を越える大暴れをするだろう。
セルボルト家は犯人を追いかけ捕まえ制裁する筈だ。

想像がつくが想像したくない図である。

それ程までにセルボルト家の面々の精神的な支えとなり、大切な家族となっている だ。

「あははは、そうかもしれないですね」
イスラの悟った口調に滲み出るモノを感じ、カノンが朗らかに答えた。
「???? そうなのか?」
にはいまいちピンとこないのだろう。

不思議そうな顔をしてクラレット、カノン、イスラを順番に見遣る。
イスラは我が身が可愛いので に対して黙秘権を堂々と行使した。
ローカスやスタウトも同じく黙秘権を行使している。
藪を突いて蛇を出す、なんていうのは絶対にしない二人だ。

「はい。大切な家族と一緒に暮らせるのは僕にとっても嬉しい事ですから」
「我も嬉しいぞ」
の疑問に違った方向性で答えるのはカノンの場合が多い。
さり気なく を背後から抱き締め頭を撫で撫で、幸せそうに へ告げる。
で、何処まで理解しているのか不明ではあったが。
難しい顔を一変、カノンへ幸せそうに微笑みかける。

クラレットは家族の戯れを微笑ましく見守るだけ。

『僕はもう少しローカスと喋っていきたいから、スタウト達と一緒に告発の剣亭に寄って行くよ。遅くならないうちに帰るから』
「分りました。僕は と一緒に先に帰ってますね」
イスラは周囲の風が変化し、何かを察知したが顔には出さず、これからの予定をカノンへ告げた。
カノンはイスラの予定に頷き自分はクラレットと目配せし、サイジェントへ向けて線路脇の道を歩き始める。
クラレットも と手を繋ぎ歩き出した。

その前に「それじゃまた後で」なんて挨拶を残して。

「わたしもお邪魔してバノッサお兄様と一緒にお茶がしたいわ。カノン、家へ行く前に商店街に茶葉を買って帰らない?」
数歩進んだクラレットが弾んだ声でカノンに提案する。
「あ、いいですね」
なんとも呑気に語り合うカノンとクラレット。
が何か言いた気な顔で二人の顔を交互に見ている。

けれどカノンとクラレットは の視線の訴えを無視し、サイジェントへ戻っていく。


三つの人影は見る間に小さくなり、見えなくなった。


登る朝日を鉄道のレールが反射して鈍く光る。
靄は薄れ、屍のように転がる男達が顕になった。
鉄道の奥、サイジェントの街とは逆方向から土煙があがる。

馬の嘶く音と人のざわめく声。
サイジェントの街側からは巨大な生物の間延びした鳴き声が響く。

「なんだ、気付いてたのか」
拍子抜けした顔でスタウトが煙草を地面へ落とし、靴裏で揉み消す。
てっきりイスラは と一緒に帰るものだと思っていた。

面倒事を嫌うお坊ちゃんかと思いきや、少しのスリルを味わう茶目っ気は持ち合わせているらしい。

『馬鹿にしないでもらえるかな? これでも一応、元軍人なんでね。ココに居た野盗達はただの下見。
本隊はあっちからくるので、狙いは召喚獣鉄道に積まれた物資とか。常套だろう? 盗みの』
まったく焦りを感じさせずイスラは推論を展開した。
その間も三人は高台の岩場を登り戦いに有利な位置をきっちり確保する。

『ローカスとスタウトの狙いは野盗の本隊を叩く事。実はお零れもアテにしてる?』
ローカスとスタウトと共に岩場の上へ登りながらイスラはこう締め括った。

「馬鹿にして悪う御座いました。仰る通りで」
完全に棒読み口調でスタウトはイスラに謝罪する。

口を動かしながら腰下に下げた愛用の短刀の柄を掴む。

イスラの言ったことは正しく、サイジェントから輸出するキルカ綿を野盗から護るのが今回の仕事だ。
ラムダからそれとなく頼まれていた事もあり、スタウトにしては珍しく重い腰を上げたのだった。
少し高台になった岩場から敵の位置と護衛対象を目測しタイミングを計り始める。

『肩ならしにしては丁度良い。勘も取り戻したいし、それに』
細身の剣を手にイスラは一段下の岩陰に隠れながら一旦言葉を切った。

「それに?」
『興味あるじゃないか。召喚獣鉄道。実際に走っているところが見れるなんて、早々無いからね。運が良いな』
この状況下でソレを言ってのけてしまう辺りが、 の護衛召喚獣たるイスラの性格らしい。

聞くんじゃなかった。

ローカスが胸中だけでこうぼやいたのは特筆するまでも無い。


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 最初は帰るつもりだったけれど、気配を察して予定変更のイスラ。
 成長具合が現せていたら良いな。ブラウザバックプリーズ