『護衛獣への道(サイジェント騎士団編)』




心地良いそよ風が頬を撫でる。
気候が温暖なサイジェントは今日もぽかぽか陽気で雨の気配は遠い。
サイジェントと呼ばれるの住まいに来て早数ヶ月。

サモナイトソードを手に入れたイスラは初心に返る事にした。

封印した姿、少女の姿は同じで髪色と瞳が黒い彼女に手を引かれたイスラはサイジェントの城内に居る。

「落ち着くところに落ち着いたのね。良かったわ」
イスラに対するセシルの第一声。
警戒気味のサイサリスとは対照的な穏やかな顔でイスラをそれとなく観察する。

城勤めの者は、イスラと面識はあっても時間を割いて語るまでの余裕がなく、人伝にイスラの人柄について聞くばかりだった。

だからこそイスラからの剣術教授の願い出を少し意外に思う。
軍人として訓練を受けた彼が今更に剣術を学ぶとは一体どのような考えを持ったのだろうか。
警戒気味だった初対面の印象を覆す、イスラの穏やか? らしき表情。
確かめてセシルは背後のレイドに立ち位置を譲る。

「やあイスラ。今日はお手柔らかに宜しく」
レイドが穏やかに笑いながら手を差し出す。

『こちらこそよろしく。剣を習うのは久しぶりだから、少しの失態は流してもらえると有り難いな』
レイドに握手を返しイスラが卒ない態度で一見穏やかに笑う。

フラットの元後見人レイドの瞳が愉快そうに輝く。
大方ガゼルやリプレ、アルバにフィズから色々聞いたのだ。
イスラは確信を持ち思わずムッとしそうな自分の表情筋を宥める。

「しかし何度見ても驚いてしまう。世界はまだ僕の知らない事で溢れているなんて。人の可能性の広さというか、そういったものを感じるよ」
普段のイスラは魔力の消費を抑えるために、自分で制御方を学び、魔力の放出を抑えている。
即ち非常時でなければ実体を伴わず、幽霊のような状態となる。
何度見ても飽きないらしいイリアスが呑気に一人感心するが。

「妙な関心の仕方は止めてください、イリアス様」
隣のサイサリスにイリアスの騎士としては軽率な発言に対して釘を刺される。

「しかし、サイサリス。本当に不思議だとは思わないか? 召喚獣と接する機会が少ないからそう感じるだけなのかもしれないが」
しかし当のイリアスはケロッとした顔で見当違いの返事を返す。
イリアスの好奇心に輝く瞳が透けるイスラの身体に注がれる。

「不思議には感じますが……。ご本人を目の前に不謹慎です」
無表情ながら眉根を寄せたままサイサリスが語尾を弱め応じた。

「真面目だな、サイサリスは」
沈黙を守っていたラムダがサイサリスの肩をさり気なく叩き、彼女の発言を封じる。
人に対する観察眼に優れるサイサリスの事だ。
イスラの人当たりの良さと表向きの柔和な空気に違和感を抱いているのだろう。
かく言うラムダも違和感を抱いているが。
それはきっとイスラ本人が明かしてくれる筈だ。

「お前等!!! そこで何を……」
「おう!! じゃねぇか。ああ? それが の『護衛召喚獣』か?」
神経質そうなイムランの声を掻き消すキムランの声。
久方振りに聞くイムランの声に やイスラ、セシル達が揃って声の方へ顔を動かした。
城外から城内へ続く小道を歩いてくるのはサイジェントの摂政・イムランと警備隊長のキムランである。

「丁度良いところに。イムラン、キムラン。汝等とは初めて見(まみ)えるな。我の護衛召喚獣にして、元帝国軍人のイスラだ。
この様に魂だけの存在で実体は無い。魔力を込めるか、我が召喚すれば実体化するがな」
に対して露骨に嫌悪感を顕にするイムランと、いかつい顔だが比較的友好な態度で接してくるキムラン。
不思議な二人にイスラは黙って に紹介されておく。
下手に地を曝して面倒事を起すのはご免だ。

今のところは。

「……なっ、なななななな」

 何を考えている!?
 言うに事欠いて『元帝国軍人』だと!?

口から泡を吹き出し怒鳴りかけたイムランだが、怒りが大きすぎて言葉にならない。

唇をワナワナ震わせて何かを言いかけるも。
に関わると碌なオチが待っていなかった過去を思い起し。
肩を僅かに落として早々に城内部へ戻っていってしまう。

「今帰ったのがサイジェントの摂政であり、キール兄上の上司のイムラン=マーンだ。
金の派閥の召喚師で、金の派閥議長・ファミィ=マーンの義弟にあたる」
イムランの動揺をすっぱり無視して が真顔でイスラへ、マーン兄弟の長男と次男について説明した。
にイムランの反応を心配する素振りはない。

『摂政殿は苦労してそうだね、色々と。僕もああならないように身を引き締めないと。災禍を引き寄せる天才の傍にいるからさ』
イムランが消えた城内部へ続く木のドアを一瞥し、それからイスラは狙ったように をジーッと見詰める。

イスラだって馬鹿じゃない。

島での自分の存在が消えたからといって頭の動きまで鈍らせたつもりも無い。

来た当初は の持つ『家族(仲間)』の多さに引いたが、自分を取り戻せば順応は早い。
イムランの態度と逃げ足の速さから、相当 によって貧乏籤を引かされているのだろうと推察した。

「何故そこで我を見る、イスラ」
含みを持ったイスラの視線に は怪訝そうな顔をする。

「察しが良いな。俺はサイジェントの警備隊長をしているキムラン=マーン。イムランは俺の兄だ」

 ガハハハ。

豪快に笑ってからキムランが親指で自分を示し進んで自己紹介をした。
次にイスラに倣って を凝視する。
イスラの察しの良さにキムランなりの肯定の意を表した『 見詰め』だ。

「??? 何故キムランも我を見るのだ」
の困惑は深まる一方で、小首を傾げた幼い仕草に耐え切れないのがセシル。

「ふふふふ。随分慣れてくれたみたいね。その剣を持つ事をバノッサが許したのも一応は納得できるわ」
誰をなんて言う必要はない。
夫の隣でイスラの行動を見ていたセシルが口元を抑えながらクスクス笑い声を零す。

大冒険を終えて戻ってきた は相変わらず『変化』がない。
いや、日々の生活で随分人間らしくなったけれど。
が持つ気質を理解した上で自分の立場を弁え立ち回る。
イスラの柔軟さにセシルは胸を撫で下ろした。

連れてこられたばかりの彼は、全身の毛を逆立てる野性の生物のように苛立っていたから。
セシルなりに接する機会はなくとも心配はしていたのだ。

「そうだな。サイジェントは昔に比べて賑やかだからな」
ラムダも表情を和らげ妻に同意する。
表立っての柔らかい表情は作為的でもイスラは自分で周囲を観察して動いた。
何より の突拍子もない行動を理解している。

「やれやれ。気紛れでバノッサが認めた訳じゃ無さそうだ」
僅かな遣り取りではある。
しかし の暴走気質を理解し、彼女の外見を裏切る乱暴さも理解した上で護衛召喚獣を努めるらしい彼、イスラ。

難点のあるセルボルト一家を纏めるバノッサが認めただけはある。
洞察力も悪くないし、臨機応変さもあるようだ。
に対して過度の憧れを抱いている風も無い。
一先ずイスラの対応に一定の合格点を与えレイドは肩の荷を降ろした。

『貴方方の今の発言は僕に対する褒め言葉として受け取っておくよ。
さて……お願いした上で図々しいけど、早速剣の修行を始めたいんだ。用意はいいかい?』
柔和な表情を崩さずイスラは話題を変える。

剣を手に入れたのは切欠。
求めているのはいざという時の何かを護る力。
特定の誰かかもしれないし、自分にとってのみ大切な品物かもしれない。

備えあれば憂いなし。
人生一生修行。

カザミネのように剣に活路を見出すまで悟ってはいないが。
カザミネが言った『諺』なるものは的を得ていると感じるイスラである。

「勿論さ。 やバノッサから聞いて楽しみにしていたんだ。時間があればこちらから訓練を頼んでいたかもしれない」
イリアスが喜々とした調子で応じ、部下の兵士が用意してくれた練習用の木の槍を構える。

世界は広いし強者も沢山居る。
知ったイリアスだがカザミネのように道の探求だけを選ばず、彼が持つ柔軟性を発揮しつつ。
と知り合いになった剣士タイプの面々と模擬試合をして貰ったりしていて。
騎士団を率いながら自己の研鑽も忘れない。

脇を固めるラムダとレイドの存在が出来てからは益々その傾向が強くなったイリアスである。

「程々に御願いします」
イリアスの心中を見抜いたサイサリスがペコリと頭を下げた。

手を抜いてくれという意味ではない。
適度なタイミングを見計らって終わらせてくれ、という御願いだ。
相手が元軍人なので無用な言葉は省いてサイサリスは告げる。

『優秀な人材が無駄に揃ってるんだよね、サイジェントには』
イスラはひとりごちてイリアスと向き合う位置へ移動する。

島とはまた毛色が違った面々だがあなどれない。
唯一注意するとすれば根底に流れる逞しさはこちらの方が上か。

「当然だ。あの禿の野望を打ち砕いた仲間なのだぞ? レイドにラムダ、セシル、サイサリス、イリアス……一応、汝等もな」
だが耳聡いイスラの主はきちんとイスラの一言を拾っていて胸を張った。
ガーデニング仲間であるキムランがニカッと笑って の頭を何度も撫でる。
髪をクシャクシャに乱されながらも は不快な顔をせず得意げにイスラへ親指を立てた。

「審判は俺が勤めよう」
すっとラムダが二人の間に距離を置いて立ち、腕を軽く持ち上げたのが合図。
イリアスは槍をイスラは木製のサモナイトソードと同じ大きさの剣を手に互いに出方を窺う。

「イスラの魔力、結構変わっていて面白ぇな」
体育会系であっても召喚師。
キムランが顎に手を当て実体化したイスラの魔力の毛色を『変わっている』と評した。

サプレスと相性が良いと云う の護衛召喚獣・イスラ。
確かにサプレスの召喚獣が好みそうな混沌とした雰囲気の魔力を持っている。

紅の暴君を手放し、ウィゼルに頼んで破壊してもらったイスラだが、紅の暴君の魔力の一部はイスラの魂と融合していた。
恐らくその部分が召喚師には違和感となって視えるのだろう。
はキムランの観察眼に目を細め小さく頷く。

「イスラの魔力値は元々高い。加え、現在はそうではないが元魔剣の適格者・主であった。当時、一気に魔力をあげた名残であろう。
修行すればイスラの魔力も益々高まると我は考えておる。知り合いに一人、同じ能力を持つ者が居るからな」
はイスラの自分の動きを確認する様子を傍観しつつ応じた。

知り合いとは言わずもがな『ファリエル』の事である。
イスラの力を確かめるような突きを繰り出すイリアスに対し、同じくイスラもイリアスの槍先を剣先で左右に弾きながら出方を窺っている。

「まだ伸びるのか? アイツの魔力は」
何度か瞬きをしたキムランがギョッとして半歩後退した。

「魔剣は遺跡の鍵であったからな。その遺跡は太古の無色の派閥が作り上げた過激なものだぞ? 四界の力を集め束ね動いておったのだ。
遺跡の力を引き出す鍵であった魔剣使用時から比べれば、イスラの現在の魔力は程度が下がる」
は真顔で凄い事をさらっと言う。

キムランが見積もったイスラの魔力値は凡そセルボルト兄妹レベル。
自在に操るまで達していない分、イスラが成長する余地はあり、頼もしい反面。
少しばかり憂慮する。
イスラは の護衛召喚獣なのだから。

「そうか」
腕組みしたキムランが難しい顔をして相槌を打つ。

「案ずるな、遺跡は機能を停止しておる。魔剣も廃棄した。イスラに過分な力は流れたりはせぬし、イスラが強く成ったなら、それはイスラ自身の努力による賜物だ」
キムランの難しい顔を勝手に解釈した が付け加える。
その間もイリアスとイスラの激しい攻防は続くのだった。



Created by DreamEditor                  次へ