『護衛獣への道(サイジェント騎士団後編)』



相手の力量を測りあうイリアスとイスラを横目に、天気の話からガーデニングへ話題が移って二人で盛り上がる とキムラン。

丁度同じタイミングで、イムランが消えた扉からキールがイリアスとイスラの注意を引かぬよう気配を殺して現れた。

さり気に背後にキールが立っていたりするが、キールに気がついているのは だけ。

他はイリアス対イスラの息詰まる攻防に目を奪われていた。

槍を使うイリアスはイオスとはまた違った戦い形をする。
スマートで卒のないイオスの動きとは違い、イリアスは一点集中タイプだ。
コンスタンスに槍を繰り出さず木刀の剣先を左右に散らし、イスラが油断したタイミングを見計らって鋭い一突きを入れてくる。

イスラの攻撃パターンを見極めるイリアスの眼は間違いがない。

実戦経験はあの島でだけ。
認めたくはないが経験に乏しいイスラが圧倒的に不利で。

内心舌打ちしながら懸命にイリアスの鋭い攻撃を防いでいたが、狙い済ましたイリアスの一撃によって木刀を弾き飛ばされた。

木刀は弧を描いて訓練場の外へと飛ばされていく。

「そこまで」
ラムダが号令を掛ければ二人は最初の位置へ戻って互いに握手を交わす。
時間に換算すれば数分の攻防だったが見ごたえはあった。

「ストラは効くの?」
細かい痣をこさえたイスラに近づいてセシルが問いかける。
元々が病弱? 病魔の呪いに冒されていた身をもつイスラだ。

上手くイリアスの一撃を避け切れなかった箇所が鬱血して痣になっている。
他に身体を痛めた部分がないかセシルは手際よくチェックした。

『実体を保っている今なら効くよ。前にジンガにもストラをかけて貰ったんだ』
ジンガにストラをかけて貰った時を思い出してしまったのだろう。
幾分心許なげな表情になりイスラが答える。
自分の痣だらけの手首に苦笑しながら。

「じゃぁ治療するわね。イリアス、貴方もよ」
一通りイスラの腕を触診して捻挫がないのを確かめてからセシルがイリアスを呼ぶ。
イリアスも細かい切り傷を腕や頬にこさえていた。

「有難う御座います、セシルさん」
「これも軍医の仕事だから」
頭を下げるイリアスに自分の立場を持ち出してセシルはニコニコ笑う。
落ち着いた空気を持つセシルだが時折こんな風に柔らかく。
穏やかな女性らしい空気を醸し出す。

 ふむ。ラムダもセシルもとても温かい音を出す。
 心地良くまどろんでしまいそうだ。
 イスラはやや疲れておるのが伝わってくる音だな。

ストラを充ててもらうイスラとイリアスを観察しながら は胸中だけで呟く。

修行をしたいと言ったイスラに驚いたのは自分だけ。
兄のバノッサやカノンはさもありなん、といった風に笑っただけだ。

イスラが受けた軍の訓練は略式で本格的ではなかったと本人は言っている。

けれど実際に剣を交え戦ったウィルやアティは声を揃えて反論するだろう。
「とても手強(てごわい)い相手だった」と。
剣の腕も良かったと。

無色の派閥の教育が良かったのか判断に迷うところだが、イスラの剣筋はそんなに悪くはない。

『有難う、イリアス。これからも時間があるなら是非相手をお願いしたいね』
有難うと素直に言える自分も少しくすぐったい。
この場に身内(姉)が居なくて良かったと心底思いながら、イスラはイリアスに訓練の継続を願い出た。

「ああ、構わない」
イリアスは嬉しそうにイスラへ応える。

平和を謳歌するイリアスだが自己研鑽は嫌いではない。
先輩方に訓練をつけてもらうのも楽しいが、矢張り、筋が異なる相手との訓練も勉強になる。

「そうだな、休憩を挟んで今度は俺も手合わせを頼もうか」
レイドも思うところがあるのか、珍しく自分から手合わせを申し出た。
イスラは少し驚いた風だったが直ぐに『喜んで』と卒なく返答する。

『………僕が言うのもなんだけど、こんなに簡単に信用して良いのかい? は僕の主であり誓約を交わした対象だけど、僕も と同じ考えの持ち主とは限らないよ』

人が良すぎる騎士団? 口の中に広がる苦さが少し気持ち悪い。

イスラは眉根を寄せラムダ・レイド・キムラン・サイサリス・イリアス・セシルの順に顔を見た。

こうあっさり存在を許容されるのは嬉しいが逆に心配になってしまう。
姉や、お人好し街道まっしぐらで貧乏籤を引いた家庭教師を思い出すから。
このタイミングで言い出すのも拙いとは考えるも、先ずは行動あるのみだ。
下手に遠慮をすれば温泉のときのように自分が酷い目に会う。
良くも悪くも の仲間達は個性的で強引な輩が多いのだ。

「全てを無条件で信用している訳じゃないさ」
レイドがイスラの疑問に自分なりの答を返した。

イスラという存在の危険度も侮ってはいない。
しかし先ず考慮するべきなのは『イスラ』に対する相互理解だ。
自分がイスラをどう感じるのかは自分にしか分らない。
人によって に対する印象が違うように。

対話をし剣を交えれば相手の人となりは多少理解できる。
レイドはこう考えるからこそ自分から手合わせを切り出したのだ。

「だからこそ、こうして貴方の申し出を受けたのです。剣筋で全てを見極めている訳でもありませんが」
サイサリスはイスラの動きのぎこちなさを見抜きながら。
敢えて指摘はせずに相変わらずの無表情でサイサリスが自身のコメントを発する。

「個人的な見解としては、これからのお前の行動を見極めてから判断しようと思う。
イスラ、お前の信念の拠り所が何処にあるのか知りたいからな」
ラムダが次に自分の考えを明かす。

『信念の拠り所。ラムダの言う通り僕達はお互いを知らなさ過ぎる。理解しあうには時間が掛かるって意見には賛成するよ』
ラムダの単語を復唱してイスラは何度か瞬きを繰り返し、やがて会得した顔になる。

「そういやぁ、四年前の無色の派閥の乱の時は全員立場がバラバラだったからな」
簡単に言い切れる内容でもないのに、いかつい身体つきのキムランが言うと簡単に聞えてくる。
不思議と愛嬌のある金の派閥召喚師だとイスラは感じた。

「そうだね」
と、そこで大人しく戦いの様子を見守っていたキールが割り込む。
ごく自然なキールの乱入にイリアスは胸を押さえて驚き、ラムダとレイドは苦笑い。
イスラも噂に聞いていたキールの『 探知機』機能に目を丸くした。

「「……」」
セシルとサイサリスは声にならないため息を吐き出し額を手で押さえる。

探知機は今日も健在か」
キールが喜々として を抱き締める兄馬鹿振りを目撃するにつれ。
イムランと対等に遣りあう凄腕にはとても見えないレイドである。
エルジンが命名した『歩く 探知機』こと、キールの行動の素早さにただただ苦笑いを零すだけだ。

『聞いても構わないなら……。当時の皆の信念が何だったのか、知りたい』
純粋な疑問だった。
無色の派閥の存在さえ知らなかった面々が何を望み、何を考え、あのオルドレイクと戦ったのか。
純粋な興味を以てイスラは全員に尋ねた。

「俺とセシルは金の派閥を、我が物顔で街を民を虐げる召喚師をサイジェントから追い出したかった。
昔の城主主導の政治体制へ戻そうとする革命を起す一派の人間だった。尤も俺は城の元騎士でセシルは俺の主治医、女医だったんだ」

「当時のキムラン達は金の亡者。街の民から重い税を取り上げて苦しめていたの。
わたし達はキムラン達、召喚師を追放すれば街に平和が訪れると信じていたわ」

ラムダが先ず口を開き、ラムダの説明を補足するセシル。
夫婦となる以前から二人の息はピッタリ合ってきてはいたが。
現在では正に阿吽の呼吸を体現する夫婦となっている。

「俺達は城主の摂政として招かれた兄貴と一緒に行動していた。当時は金の派閥の召喚師、俺達が幅を利かせてたぜ。
当然だろう? 召喚獣の力で街を豊かにしてやったんだ、あれも一種の協力体制だったからな。結果的にはラムダ達とは敵同士、って訳だ」

 しみじみ?

キムランが少し遠い目をして当時を振り返った。

「我等もある意味キムラン達とは敵同士だったな。孤児達の集合体、フラットの地位は曖昧で保護者はレイド。
金の派閥の横暴な税制や圧政に対しては、堂々と反抗しておったからな。税は納めておったぞ、きちんと。
無論無茶な改革案を振りかざすラムダ達とも敵対しておったな。今となっては懐かしい」

唇の端を持ち上げ誇らしげに踏ん反り返る の頭をキールが撫でる。

ああ、 はそういう風に昔から暴れていたのか。

そんな顔でイスラがキールの隙を突き、 を白けた瞳で一瞬だけ見つめた。

「俺はただ逃げていただけさ。ラムダ先輩の期待に応えきれずイリアスに後任を任せて。
ずっとずっと迷っていたんだ。騎士がどうあるべきなのか」
前髪をかきあげレイドが自嘲気味に漏らす。

「わたし達は城主側でした。イリアス様は当時騎士団長を勤めていて、わたしは副団長を務めていました。
領民の安全を護るのがわたし達の仕事でしたが……」

途中まで発言してから口を濁すのはサイサリス。

仕方がない、で押し込めていた罪悪感が蘇った気がしてサイサリスの顔が暗くなった。

「金の派閥に敵対して戦いを挑むラムダ先輩。自責の念にかられて騎士団を去ったレイド先輩。複雑な気持ちでしたね」
そんな副官の肩を二度ほど叩いて緊張を解しながら。
イリアスがサイサリスをフォローするように自分の考えをイスラに伝える。

「僕はオルドレイクの片腕として街を調査して回っていたかな。クラレットとカシスを助ける事も出来ず、オルドレイクの狂気に逆らう事も出来なかった。
臆病者さ。騎士団に属していた皆と顔を会わせたのは本当に最後の方だったしね」

 にっこにっこにっこにっこ。

クラレットを髣髴とさせる黒い何かを漂わせ、最後をキールが締めた。

『……見事にバラバラだね、君達は』
心持ち冷や汗を掻きながら返答に困ってイスラの瞳が宙を彷徨う。

凡そを から聞かされ理解していたつもりだったけれど。
まさかこれ程までにバラバラだとは予想できただろうか?
否、予想できない。
これだけの安定した治安と経済を維持しているというのに。
昔は皆敵同士? だったらしい。

「それだけオルドレイクの行動が危険だったという事さ。召喚術に対する知識のない我々騎士でさえオルドレイクの異常さを認めた位だ」
口篭ったイスラにレイドが助け舟を出す。
当時の自分達の考えを喋りさり気なく滞った雰囲気を柔らかくする。

「その内個々に昔話を聞いて回ると良いぞ。それぞれに違った立場から無色の派閥の乱について語ってくれよう。為になる」
続けざまに もイスラに対して擁護とも取れる提案をして場を和ませた。

『じゃ遠慮なく。正直騎士と軍人は似て非なる職業だからね。生粋の騎士である貴方達は僕から見ても興味深い』
深呼吸してきっぱり気持ちを切り替える。

彼等は敵じゃないし、自分も何時までもグズっている子供じゃない。
落ち着いて自分の心に言い聞かせる。
イスラは余裕を取り戻し自分の気持ちを伝えた。

「褒め言葉として受け取って置こう。無論こちらも大歓迎さ、帝国軍の教育とやらを教えられる範囲で良いから教えてもらいたい」
『僕が受けたのは主に諜報関係の教育だから、役に立つかは分からないよ?』
漸く緊張を解いたイスラに、ラムダが持ち出したかった本来の用件を切り出した。

顔合わせその日に持ち出された唐突な話である。
イスラは正直に自分が受けた教育の内容を説明し小首を傾げた。
騎士団に諜報機関教育など役に立つだろうか、と。

「決めるのは我々だ、違うか?」
ラムダがイスラの疑問に同じく疑問で返す。
『……そうだね』

本当にこの面子であのオルドレイクを止めたのか?

さっきはそう考えてしまったイスラだったが、ラムダを筆頭とする騎士団の面々の謙虚さと強さを垣間見て。

やっぱりこの面子だからこそオルドレイクの野望を阻止できたのだと認識を改める事にする。



その日は休憩を挟みレイドとも訓練をし、すっかり味を占めたイリアス・レイド・イスラの三人が。
互いに訓練を重ねあうのはそう珍しくない光景と成るのだった。



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 そんなこんなでイスラは再び一から剣の修行を始めます。ブラウザバックプリーズ