『護衛獣への道(ウィゼル編)』




カシスが何かを企む顔つきでバノッサの家にやって来た。

その段階で『何かあるな』とは頭の片隅で考えたイスラだが、これは本音で言えば驚いた。
無言で対面した人物を前に硬直してみせた。
相手も相当驚いたのだろう。
呆気に取られてこちらを見詰めている。

「ほら、一応昔はあの人の所で剣を作ってたって言ってたし。バノッサお兄様も昔の島で会ったって言ってたから」

 行動あるのみ、でしょう?

したり顔でカシスが口を挟む。

「ああ、二人ともあの島ではオルドレイクの部下だったんだよね」
今更ながらに感心する誓約者の一人・トウヤ。
衝撃の事実に対してもマイペースに反応する。

トウヤとカシスに挟まれた も「そう云えば」等と言った態で手をポンと叩き。
なんとも間の抜けた邂逅がサイジェント、広場の片隅にて繰り広げられていた。


ガレフの森の事件から三日後の事である。


ウィゼルはある種の感慨を持って眼前の幽霊を凝視した。
同じ無色の派閥・オルドレイクに与しながら異なった目的を求めた自分達。
結果、老いた己は生き残り、若かった彼は呪いの余波を受け死んだ。

『久しぶりだね、ウィゼル。貴方が生き残っていたなんて意外だ』
魔力を込めて実体の姿を取ったイスラがウィゼルに右手を差し出す。
「お互い様だろう? わしもお主が の護衛召喚獣となった等とは……この目で見るまで信じられんかった」
ウィゼルはまだ驚きながらもイスラの右手を取る。

死んでしまって幽霊となり、 との誓約に基づきリィンバウムに留まっているイスラ。
瞼の記憶と違わぬ姿を持つ青年の手はひんやりしていた。

「イスラはバノッサに認められて、 の護衛召喚獣になったんだよ」
トウヤがイスラとウィゼルの握手を見守りながら会話に入る。
ウィゼルに会わせたい人が居るとだけしか説明していなかったので、改めて説明した。

「我も認めてはおるぞ」
サイジェントの街を護る結界があるので、現在は本来の姿。
蒼い髪を揺らし も飛び上がり自己主張する。
年齢に反比例して幼い彼女の行動にウィゼルは目尻を下げた。

「幽霊だけど、 が死ぬまで一緒に居るって言う誓約(契約)なの。
わたし達の自己満足って云えばそうなっちゃうのかもしれないけど。わたし達家族は を置いていく事しか出来ないから」
しんみりした口調ではない。
事実を事実として受け止める、強い瞳の輝きを持ったカシスが普段と変わらぬ声音で告げる。

自分の死を想像できるほどまだ達観していない。
を一人置いて行く事に恐怖を覚えていないわけじゃない。

先の見えない未来に怯えて暮らすより、確かな今を。

と共に過ごす『今』を優先しようとカシスは結論を下し、精一杯愉しむ事にしている。
と兄と姉と、トウヤとハヤトと。
仲間達と暮らすこの街での幸せな毎日を。

『セルボルト家の尻拭いをする役目を有難く頂戴したわけさ。僕自身、納得して死んだ訳じゃないからね』
最後をイスラが締め括り、ウィゼルは一応イスラがココに居る『理由』を理解したようだ。
首を縦に振ったウィゼルにカシスが胸に手を当てて小さく息を吐き出した。

「……ところで、まだ紅の暴君を持っているそうだな」
『ああ、これ?』
イスラはウィゼルに言われ、握手をしていた手を離しポケットに無造作に入れておいた紅の暴君の破片を取り出す。

掌に乗せられた紅の暴君の破片は陽光を浴び、血の色のように輝いた。
その頭上を小鳥が長閑に鳴きながら通り過ぎていく。
広場では子供達が何かをして遊び。
幼子を連れた比較的裕福な家庭の出らしき女性は腕の幼子と何やら喋っている。
ごくごく当たり前の平和な景色を他所に紅の暴君は禍々しい輝きを放つ。
ウィゼルは無言のまま紅の暴君を数分間は見下ろしていた。

「魔剣の修復は難しいぞ」
ウィゼルが差し出された紅の暴君を眺め顎鬚を撫でる。

紅の暴君の破片を掌に乗せたイスラは僅かに首を傾けた。
まだ何も喋っていないのに何故、剣の修復の話が出ているのだろう?
思い当たる節……お節介が十八番だというカシスとトウヤを睨みつければ案の定、揃って顔を逸らされた。


 まったく。
 事前にそういう話を通しておいたのか……。
 僕をなんとか護衛獣らしくしたいのは分るけど早計だよ。
 僕をどこかの情けない誰かと一緒にしないで欲しいね。


イスラは心持ち眦を釣り上げ口元の端を引き締める。

機嫌を降下させた雰囲気になったイスラを遠巻きに、カシスとトウヤが気遣わしげにヒソヒソ喋っているのも気に入らない。
ウィゼルに会って苛立っているのか。
それとも魔剣の修復というお節介を焼かれて気分を害しているのか。
どちからだと決め付け自分の反応を待っているのだろう。


 紅の暴君。
 あの島でのもう一つの魔剣、鍵。
 魔剣の能力と威力は賞賛に値するけどさ。
 なんだって皆が魔剣に拘るのか僕には分らないよ。
 それとも逆に皆の目には僕が魔剣に拘っている風に見えたのかもしれない。
 周囲の思惑と僕自身の考えのズレ、か。


島での自分から比べれば今の自分は随分と冷静になったものだ。
あの時は自分を中心に周囲を捉えていたが、現在は自分を外して周囲を捉える様、イスラは心がけている。
余りにもアクが強い の周囲に囲まれれば厭でも慎重になる。
自分の用心深さが強まった事を密かに満足するイスラだ。

『貴方が死なないで居てくれたのは……不本意だけど、今の僕には有り難い』
イスラは視界の片隅で何故か胸を撫で下ろす、カシス・トウヤを納めつつ。
返事を待っているウィゼルに口を開いた。

ウィゼルも目を細め何故か安心した風な顔になる。
イスラは一回深く息を吸い込み大きく吐き出し。
真っ直ぐにウィゼルと向き合った。

『けれど僕が貴方に頼みたいのは剣の修復じゃない。紅の暴君の完全な破壊だ。剣匠である貴方になら出来る筈だ』
イスラは埒が明かないので自分の用件を端的に切り出す。

「「!?」」
カシス・トウヤが思わず息を飲む。

この場に居る誰もが想像しなかったイスラの言質。
ですら驚きに目を見開いて己の護衛召喚獣をジーッと凝視。
カシスとトウヤも口を薄っすら開き綺麗に固まった。
ウィゼルも何故か持病があるという胸の辺りを押さえて呼吸を整えている。

イスラから見ればかなり失礼な反応だ。
一体自分をどう見ていたのかよく分かる彼等の態度である。


 さり気なく失礼だよ、君達。


随分自分も過小評価されたものだ。
否、家長であるバノッサだけは確実に見抜いていた。

それ以外はきっと自分をこう見ているのだろう。
無念の死を遂げた哀れな青年。
紅の暴君の力を引き出せる幽霊。
内心だけで彼等に毒を吐きイスラは一回だけ深呼吸をする。

『僕が僕である証明は僕自身が立てるものだ。この魔剣の残骸によって成されるものじゃない。それにこの力がなくても僕は戦えるしね』
イスラの表情に取り立てて変化はない。
普段の顔つきで普段の口調で言葉を紡ぐイスラの態度から、その言葉全てが本心だと窺える。

けれど残りの四人は鳩が豆鉄砲を喰らった顔でイスラの口元を注視している。

『けれど魔剣には再生能力がある。遺跡が機能しなくなったとはいえ、油断は禁物だ。
何せあの遺跡とこの魔剣は無色の派閥が作り上げたものだからね。これを放置して何百年後にこれが僕の知らない誰かを取り込みでもしたら……寝覚めは悪い』

一応の理由を述べイスラは一旦話を区切った。

魔剣が勝手に第二第三の主を選ぶのは勝手だ。
自分に被害が及ばなければ。
自分への被害を考慮した場合、魔剣は現状を維持するよりか廃棄した方が非常に心強い。
自分も暴走しなくなるし、魔剣を狙う愚かな輩ともさよならできて一石二鳥だ。
イスラにとっても悪い話ではないのだ。

『ウィゼル、剣匠である貴方が生きている間に禍根を断ち切っておきたい。将来の僕の精神の平和の為に』
「ふむ、そうか」
イスラの意見を真剣に聞き、また吟味していたウィゼルは漸く表情を和らげた。

本音で言えば紅の暴君を鍛え成す事に対して迷いがあった。

果てしなき蒼。
あの澄んだ瞳を持った家庭教師とイスラは違う。
暗い眼差しを闇に向けるイスラと紅の暴君。
過去のイスラがどうしても邪魔をしてウィゼルは内心、どうしたものかと考えていた矢先だった。

イスラから魔剣の破壊を持ちかけられ意外だった。
イスラだったら自分に有利になる『力』を簡単に手放すとは考えにくかったからだ。

「で、でもイスラ! 折角紅の暴君の力を使いこなせるようになったのに、どうして?」
納得するウィゼルとは違い、晴天の霹靂を味わっているのがカシスである。

理解不能。
まったく訳が分らない。
半ば軽い混乱に見舞われた頭をフル回転させてイスラへ問いかける。
トウヤもカシスと同じ考えらしく、もの問う表情でイスラに視線を送った。

『今閃いた考えじゃないよ。暴走してモナティーを怪我させてしまってから、ずっと考えていたんだ。
僕にとっての紅の暴君とは一体何だったんだろうと』

カシス・トウヤの疑問に応じるべくイスラは二人に向けてこう喋った。

剣に意義を見出すのなら、剣を扱える自分に意義を見出すのなら。
島の連中があの家庭教師に期待した状態とほぼ同じになる。
剣を扱える彼女が敵を排除してくれる。
こう期待した島の連中と。

一部の島の者達は遺跡の復活を企んでは居たが、矢張り彼女に期待していたのは敵の排除だ。

剣の力を振るえる彼女に戦いを押し付けた。

お人良しであり、甘ちゃんである彼女は『自分で決めた』と息巻くだろうが。
客観的に判断させて貰えば彼女は態良く利用されたのだ。
島の者達に、島の意識そのモノに。
自分が帝国軍と無色の派閥を利用したように。

『無色の派閥の始祖が創り上げただけはある。素晴らしい力を持った魔剣だとは認めているけど、僕が欲しいのは力じゃない。
魔剣の力を得て今更何をする? 僕がしたいのは力の誇示じゃない、顔も知らない誰かを護る事じゃない、自身の証明だ。
それに、力に依(よ)って自分を誇示するだけ無駄な環境に住んでいるからね』

イスラは淡々と事実だけを指摘した。

誓約者に神に、魔王の能力を吸収する男。
有能な召喚師に、シルターンの暗殺者に、エルゴの守護者に、その他諸々。
枚挙に暇(いとま)もない優秀な人材がサイジェントには揃っている。

話に聞けば聖王都のゼラムにもまだ居るらしい。
世界は広いのだ。

些細な力を誇示して回る愚行を繰り返せるほど自分は厚顔無恥ではない。

「成る程な。それで些か静かであったのだな」
『僕は基本的に静かな方だよ、 と違ってね』
調子に乗って茶化す の言葉をイスラは一刀両断に斬り捨てる。
大分 扱いに長けてきたイスラにカシスは思わず噴出し。
トウヤも僅かに肩を震わせた。

『僕はイスラ=レヴィノスではない。単なるイスラさ。オルドレイクを利用したイスラでもない。だったらコレはもう無用だ。
僕は僕なりの流儀で強くなる。誰かや環境に左右されて、強制的に強くさせられるのは流儀に反するんだ』

イスラは肩の力を抜ききってサイジェントに来てから取り戻した、自分の普段の表情を浮かべながら断言する。

自分の願いを叶える為に魔剣の主になった。
望みを達する為に帝国軍へも入隊した。
姉を裏切り、同士であった無色の派閥も裏切り。
成し得たかったのは、勝ち取りたかったのは自由。
自分らしさ。
呪いによって喪ってしまった自(みずか)らが己に見出す存在の意義。
力を得るのが目的ではない。

「それなら話は早い。イスラが魔剣を廃棄したいと言ったのは妥当な考えだと思う。遺跡が壊れたといっても、魔剣が悪用されないという保障はないから。
だけど俺は魔剣の持ち主がイスラだから、イスラが望むなら魔剣の修復も在り得ると考えていたんだ」
ここまで傍観役に徹していたトウヤが始めて自分の意見を前面に出した。
トウヤらしい、きちんと考えた人間の発言をイスラは薄っすら笑って耳に流し入れる。

『心配無用だよ。トウヤ達だって碌な知識もない癖に、立派に誓約者しているじゃないか。しかも危険性を知らずにオルドレイクと戦ったし』
言外に『良く生き残れたよね』と含ませるイスラの皮肉にトウヤは顔を引きつらせた。

自分の子供を生贄に魔王を召喚し、リィンバウムを破壊しようとした男。
狂気の召喚師に気合だけで挑んだ誓約者達は怖いもの知らずで。
の陰ながらの援護やバノッサの覚醒があったからこそ切り抜けられた最終決戦。
話を聞いていたイスラはすかさず切り返す。

「あー……それを言われると痛いな」
トウヤがイスラの手痛いツッコミにバツの悪い顔で力なく笑った。

右も左も分らぬ異界リィンバウム生活。
状況に流されたけれど結果的には自分達で選んだ結果の対オルドレイク戦。
彼の危険性を知っていても挑んだだろうが、オルドレイクの過去の暴挙を知り益々己の幸運を噛み締めたトウヤだ。
イスラの嫌味が分らない訳がない。

「………のう、 。少しお主と話がしたい」
ウィゼルはトウヤ達と会話するイスラを見ていて何かを閃いたらしい。
逡巡し、 個人に話があると静かに切り出した。
「構わぬが」
ウィゼルの誘いに応じつつ はイスラ・カシス・トウヤを順に見遣る。
『行っておいで。僕はここで待ってる』
「俺達もここで待ってるよ」
イスラは簡単に。
トウヤも大人しく引いて、カシスもトウヤの意見に従い首を縦に振った。



Created by DreamEditor                      次へ

 修復だと思っていた方いらっしゃいましたか?
 実は当初はそうだったんですが、イスラがある日突然私の中で動きました。
 そりゃー驚くほどキビキビと(笑)それで後編へのオチへと繋がります。
 ブラウザバックプリーズ