『護衛獣への道(ウィゼル編後編)』
広場隅に居るイスラ達から距離を取るべく、
とウィゼルは広場から一旦立ち去る。
「どうしたのだ? ウィゼル」
はウィゼルを非難したりはせず、純粋に疑問に感じたので尋ねた。
どうして急に間を空けるような真似をしたのかと。
紅の暴君の破壊に賛同したウィゼルが何かに迷っている風に見えたので、
は訝しかった。
「うむ、紅の暴君の音を聞いた。正しくは声だ」
ウィゼルは言葉少なに へ答える。
二十数年を経て齢を重ねた体。
がサイジェントで知り合った時点でウィゼルは心臓を患っていた。
無理が祟ったのだと、四年前のウィゼル本人は笑って持病について喋っていたが。
「汝は武器の声を聞くことが出来たのだったな」
はウィゼルの特技の一つを思い出し小さく頷く。
義賊のローカスが領主へ、正しくは金の派閥の召喚師・摂政イムランが行った重税政策に対して起こした反乱。
その際、壊れた武器を拾上げていたウィゼルは武器を供養していた。
「アレはイスラの言う通り危険じゃ。遺跡に直結していた魔剣は禍々しい思考が宿っておる。紅の暴君は破壊するのが妥当じゃろう」
ウィゼルは全員の前で意見すれば良い内容を にだけ伝える。
ウィゼルが歩く方角について歩く は、ウィゼルが北スラムを目指している事に気づいた。
商店街を通り抜けウィゼルは何故か北スラムを目指している。
「そしてイスラと二十数年振りに出会い思った。イスラにとっては数週間振りの再会じゃろうが、わしは目が醒める思いじゃった」
ウィゼルは通行人が両脇を通り抜けるのも気に留めず、過去に思いを馳せる。
何処となく夢を見ているような口振りで喋った。
二人が通り掛っている商店街の買い物客の活気。
万人が豊かで平和とまではいかないが、サイジェントも随分暮らしやすい街になった。
「イスラは汝等が考えるほど悪人でもない。善人でもないがな。憑依(つ)きモノが落ちたイスラは個としての優秀さを発揮しておる。
紅の暴君に振り回され、少し前まで落ち込んではおったがな」
ウィゼルの心の音を聞きながら はイスラについて私的な見解を述べた。
イスラはニュートラル、中立的な存在だ。
闇も光も見たからこそ、己の立場を曖昧なものだと認識し、事象に対する態度を留保する。
一見すれば八方美人・優柔不断と取られかねないイスラの思考回路だが、そのような人間……召喚獣が存在しても良いと は考える。
元よりイスラは非常に優秀な軍人を輩出したレヴィノス家の跡取りだったのだ。
アズリアでさえあれだけ優秀で、人と成りも好感が持てた位だ。
イスラだって何事もなく育てば優秀な子供として世間に名を轟かせていただろう。
「そのようだな」
ウィゼルは
の見解に賛同する。
「だからこそ 。異界の女神であり、誓約者の妹であり、セルボルトの妹である、そなたに提案がある。
それにはセルボルト家の家長の承認も必要じゃ。バノッサの元へ向かおう」
その上で自ら提案があると告げ、常ならば急がないその身を急かし歩く速度を速める。
ウィゼルはらしくなく少し興奮していた。
「? 汝の提案が何かは分らぬが話は聞こう」
ウィゼルの心が弾んでいる。
だがウィゼルはバノッサの前でなければ『提案』は行わない。
は悟って具体的な内容にまで言及はせず、ウィゼルと共に家を目指したのだった。
待つ方はそれぞれに会話に花を咲かせる。
カシスから召喚術の話を聞き、トウヤからはサイジェント周辺の街や城、近隣の都市の成り立ちなど。
知的な会話を堪能していたイスラは太陽の位置を確かめ、もう三時間近くも戻ってこない二人を一応は心配し始める。
ウィゼルは兎も角 の破天荒さは自他共に認められている。
面倒事に巻き込まれてなければ良いと少し不安になって来た時、ウィゼルは新たにバノッサを伴って広場へ戻ってきた。
「あれ? バノッサお兄様までどうしたの?」
カシスは兄の姿を認めるとキョトンとした顔で兄に問いかける。
「コレを取りに行ったんだ。一応俺がセルボルト家の家長だからな」
長い布に包まれた細長いものを差し出しバノッサが小さく息を吐き出す。
いかにも面倒臭そうな素っ気無い態度にウィゼルが苦笑いを浮かべた。
バノッサはそのまま細長いものを包む布を無造作に解く。
「「サモナイトソード!?」」
布に包まれた細長いものの正体を知ったトウヤ・カシスは異口同音に叫んだ。
綺麗にハモった二人を感心して眺めながらイスラは小首を傾げる。
剣は不可思議な五色の色に輝き、波動がリィンバウムを取り巻く四つの世界から感じるものと酷似していた。
恐らくはウィゼルが何らかの事情で創り上げた剣だろうが。
紅の暴君とは違った波動を持つ、魔剣とも勘違いしそうな不思議な剣だ。
「イスラになら使いこなせるだろう。手前ぇには必要ない代物だからな」
サモナイトソードを手にしたバノッサが素っ気無くトウヤに言う。
「ああ、俺には必要ない剣だ。勿論ハヤトにも」
トウヤはバノッサの意見に同意して、この場には居ない幼馴染の気持ちも代弁する。
誓約者としての力だけでも強大なのだ。
ただの高校生だった己に、これ以上の力は余る。
理解していたからこそ当時の自分達はサモナイトソードを受け取りはしたものの、使うことはしなかった。
「でもどうして今更イスラに?」
トウヤはバノッサに答を求めず、剣を自分達に託したウィゼルへ答を求めた。
恐らくウィゼルは を伴ってバノッサに会い、サモナイトソードの使用を持ちかけたのだ。
イスラにあの剣を託したいと申し出たのだろう。
でなければバノッサが自らオルドレイクの墓にまであの剣を取りに行くわけがない。
確信を持ってトウヤはウィゼルに問う。
「この剣はサモナイトソード。わしが創り上げた。オルドレイクに請われてな」
青い空に浮かぶ薄い白い雲。
上空を流れる気流に乗って漂っていく雲を見上げ、陽光の眩しさに目を細めながらウィゼルは語り始めた。
「当時のわしは、ただ只管(ひたすら)に剣匠として道を極める事だけを目指しておった。それこそが己の人生の意義だと思っておった。
その過程でオルドレイクと知り合い、あ奴の狂気を剣に込められないかとまで考えた」
ウィゼルは島に思いを巡らせながら訥々(とつとつ)と語る。
「わしは甘かった。そして奢っていた」
ここで空へ向けていた顔を下ろし、イスラを見据えウィゼルは過去の己を断罪した。
渋さと苦さが混ざり合った声音だった。
「己の過ちに気付かせてくれたのがこの剣、わしの最後の剣、サモナイトソードじゃ。
この剣を媒介とすれば四界から召喚獣を召喚する事が出来る。剣自体がサモナイト石から出来ておるからな」
バノッサが持ったままのサモナイトソードの柄に手を置き、ウィゼルは我が子を見る慈愛に満ちた眼差しで剣を見下ろした。
強さだけを求め、能力だけに重きを置いた剣が過ちを突きつけてくる。
逃げることはするまい。
背筋を出来るだけ伸ばしながらウィゼルは胸中で誓う。
「オルドレイクに依頼された剣だそうだ。だがウィゼルは剣とオルドレイクの危険性を感じ、サモナイトソードの完成と同時にオルドレイクの元を去った。
四年前、無色の派閥の乱の折、偶然サイジェントに立ち寄ったウィゼルと我は知り合ってな。オルドレイクとの最終決戦の前にサモナイトソードを託された」
ウィゼルが一息つき、胸に手を当てる。
老体の彼には過去と向き合う事も疲労を伴うのだろう。
はウィゼルに代わりサモナイトソードが自分達の手に託された経緯をイスラへ説明する。
「託されたのは誓約者になった、トウヤとハヤトへ。なんだけどね?」
を背後から抱き込んだカシスが横槍を入れた。
後ろめたかった自分達とは違って異界から来た男の子達は図太かった。
図太いというか、無邪気で、無知で、無鉄砲で。
平和な世界で育ったと後に聞いたけれど、本当に呑気な性格をした男の子達だった。
リィンバウムの理不尽に憤り、サイジェントの政に目を見張り、捨てられる悲しみを味わい。
彼等は自力でウィゼルに誠意を見せ、それに安心したウィゼルが託した、彼自身の最高傑作品・サモナイトソード。
てっきりハヤト辺りが大はしゃぎで使うかと思いきや、誓約者の二人は揃って首を横に振る。
守る為の力は欲しい。
打ち倒す力が欲しいわけじゃないと。
なんとなく二人を間違えて召喚してしまって良かった。
不謹慎にもこう考えてしまったのはカシス一人だけの秘密である。
「だけど俺達は、圧倒的な力でオルドレイクを倒したかった訳じゃなかった。
単に街を守りたかっただけだし、キールやカシス、クラレットを縛る鎖を砕きたかっただけなんだ」
トウヤは当時の気持ちをもう一度声に出してイスラへ伝えた。
イスラが指摘したように、冷静になって考えれば随分無茶な戦いを挑んだとは思う。
けれど同じ状況が再び巻き起これば躊躇いなく自分は戦える。
誰かを傷つける事は怖い。
誓約者の能力も恐ろしいモノだと思う。
ただそれ以上に喪いたくない誰かを見つけた。
戦う理由には十分だとトウヤは考えている。
「うん……わたしは……イスラが持っても大丈夫だと思う。
サモナイトソードは使う人を選ばない。使う側が使い方を選ぶ剣。
イスラなら少なくとも横暴は振りかざさないし」
カシスは逡巡し、思案しながら言葉を選び、ウィゼルとバノッサの決定に賛成した。
最後に引っかかる本音を零す辺りがカシスらしい。
を示す単語を重ねるカシスに遠まわしに名指しされた
本人が眉間に皺を刻む。
「カシス姉上、我が横暴だと言いたいのか?」
ムッとした顔でカシスを見詰める に、カシスが慌てて両腕を左右に振っている。
姉妹の戯れをバノッサが穏やかな表情で眺めた。
それに気付いたトウヤは見て見ぬフリをしてウィゼルに向き直り口を開く。
「個人的な意見で言わせてもらえれば、イスラなら普通に使ってくれると思うから安心かな。
に持たせるよりは」
『トウヤの考えには賛成だね。
に持たせるのは一寸ね……色んな意味で冒険だよ』
イスラもしれっとした顔で暴言を吐いた。
カシスと はまだ二人で顔を寄せ合って、ああでもない、こうでもないと賑やかに言い合っている。
緊張感が一気に吹き飛んだその場でイスラは紅の暴君の破片をウィゼルに託した。
それからバノッサが布に包んで差し出しているサモナイトソードの柄に手を掛ける。
『……火の粉を払う力(
に振り回されて貧乏籤を引かない為の力)、という処かな』
鞘がないサモナイトソードの五色に輝く刀身が日を浴びて輝く。
空に剣を掲げ、それから地面に突き立て、柄に手を掛けた姿勢でイスラはサモナイトソードに対する意見を口にした。
「イスラ、汝、遠慮せぬのか?」
『どうして?』
の疑念に対して疑問系でイスラは斬り返す。
グッと言葉に詰まる の頭をバノッサが撫でて、 の発言を封じる。
の護衛召喚獣になるくらいなら、これ位自己主張が激しくても問題はない。
寧ろ、 を崇め奉る輩だと困る。
この歩く暴走妹は自分の考えた行動しか取らないのだから。
それが正義だとか悪だとかは二の次なのだ。
それを崇拝し盲目的に従うだけなら誰でも出来る。
敢えて の決定に拒否を示し、自身の考えを貫き、立場を違える。
サモナイトソードというウィゼル最後の剣を手にしたイスラには覚悟があるのだ。
「使える武器を手にするのは悪い事じゃない。そうだろう? イスラ」
トウヤの台詞にイスラは左唇の端だけを持ち上げる。
『頭の悪い人間は嫌いじゃないよ』
茶化す風なイスラの皮肉混じりの褒め言葉にトウヤが曖昧に笑う。
ニホンジン特有の愛想笑いという奴だ。
「人並みの責任感があるなら良いだろう」
バノッサが最後にサモナイトソードを管理していた責任者としてコメントする。
トウヤとハヤトが剣を放棄してしまったので、仕方なしにバノッサが剣の管理を請け負っていたのだ。
『家長殿の了承も得たし文句はないだろう?』
イスラはサモナイトソードの柄を指先で優しく撫でながら、物言わぬ剣へ密かに問いかけた。
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