『護衛獣への道(ガレフの森編)』



 今日は楽しいピクニック。

と鼻歌で歌っていたのは推定五千歳の神様。
その神様と一緒になってはしゃいでいたのが、フラットの子供達と、エルゴの守護者の庇護者。

さもありなんと悟りの境地の入り口、に片足をかけた状態のイスラは現状の悲惨さに深々と嘆息した。

ピクニックといっても遠出はしない。
バノッサが良い顔をしなかったからだ。

子供達も一緒とあって、ピクニック先にはガレフの森が選ばれていた。

「予想外だね、本当」
窓から外の様子を窺い笑うのが、つい数日前、サイジェントに帰ってきたロレイラルのエルゴの守護者の庇護者。
基、現エルゴの守護者を共同で務めているエルジンという少年である。
ゴーグル付きの帽子を被りなおし何かを考えている。

「狼さん、沢山いるの」
エルジンと一緒になって窓を覗き込んでいるのはラミだ。

小屋をグルッと取り囲むメイトルパの狼の群れに驚き見惚れている。

この小屋の主は、ガレフの森を拠点として生活する狩人のスウォン。
現在スウォンは 、もう一人(?)のエルゴの守護者・エスガルド、アルバ、フィズと一緒に森の恵みを採取しに出かけており不在である。

「まさかこんな所で外道召喚師に遭遇するなんて、考えてなかったな。何にも持ってきてないし」
ロレイラルのエルゴの守護者様は、何とも余裕たっぷりに聞き捨てならないことを口にした。
「そうなの」事態の深刻さをイマイチ飲み込めていないラミが相槌を打ち、イスラは乾いた笑い声をたてる。

はぐれの召喚獣は出るが、心配するほど強くはない。

こう事前に説明を受けていたイスラを待っていたのは。
数日前から森に潜んでいたらしい野盗の団体さんだった。

「イスラは何か持たされてる? サモナイト石は?」
小屋を取り囲むメイトルパの狼を操る召喚師の姿は見えない。
エルジンは何事も前向き思考で考えを切り替える。
背後のイスラを振り返り、サモナイト石を持っていないかと問いかける。

『非常時用に聖母プラーマを持たされてるよ』
実体を保つのは魔力の無駄遣いと判断した。

イスラは半透明に透ける指先で、木のテーブルの上に放置された紫色のサモナイト石を示す。
攻撃用を預からなかったのは、 が必要ないと判断したからだ。

「意味無いね」
エルジンは の考えなしにやれやれと頭を左右に振る。
ついでに、安全だから大丈夫かと甘く見た自分の認識に対しても。

『同感』
イスラもエルジンのバツの悪い顔に深く追求せず相槌を打った。

彼はロレイラルのエルゴの守護者。
元は蒼の派閥の召喚師で、ロレイラルの研究を行っていた家系の生き残りだという。
ならば彼が扱うのはロレイラルの召喚術である。
自分はサプレスだが、エルジンの事も考慮するならロレイラルのサモナイト石も用意しておくべきだったのだろう。

普段から自分を用意周到だと豪語する神様ならば。

しかしながら、この場に居ない彼女を責めてみたところで事態は収束しない。
自力で乗り越えるしかないのだ。

「スウォンには悪いけど、これ使えないかな」
小屋の中を物色していたエルジンが、壁に掛かったスウォンの弓を手に取る。
本物の狩人が扱うに相応しい小振りながらも獣の皮などで補強された立派な弓だ。
素人目にもきちんと手入れがされていると分る。

『弓? 扱った事は?』
イスラは弓を手に取ったエルジンに問うた。

曲りなりにも帝国軍に所属し、部下を引き連れて作戦遂行に当たった身だ。
部下の扱う武器についての知識は一通り頭に入れてある。
弓は使う相手との相性がある。
腕力も大きくモノを云う。
慣れれば扱いやすい反面、素人が簡単に的目掛け弓矢を命中させたりは出来ない。
訓練すればする程上達する武器である。

「ないよ。普段は銃しか使ったことがない」
至極簡潔にエルジンは答えた。

『……まずは弦を力いっぱい引いてみて。勿論弓は番えたら駄目だよ。構え方はこう。半歩足を下げて利き手をこっちに、反対側をこうして』

無邪気なエルジンの回答に数秒間、間を置いてからイスラが弓の構え方を教えた。
弓矢を与えないのは外の敵に小屋の中を知られたくないから。
それと、弓矢がエルジン本人やラミに危険を及ぼしたら元も子もないからだ。

イスラ自身、弓は扱っていないが知識としては頭に在る。
エルジンは神妙な面持ちでイスラに教えられたとおりに弓を構えた。

「よしっ」
小さく気合を入れてエルジンは弦を力いっぱい後方へ引く。
「……」
唇を真一文字に引き結び、エルジンは尚も力を込める。
「………」
口内で呻きながらまだまだエルジンは力を振り絞った。
「…………」
顔を真っ赤にしたエルジンが負けてなるものかと弦を引く……。
が、数分間粘っても弦は僅かに引っ張られただけ。
とてもじゃないが、これでスウォンのように弓を扱うのは無理だと。
誰の目にも明らかな結果が出る。

『エルジンの腕力じゃ上手く扱えないみたいだね』
元が召喚師であるエルジンに腕力や戦闘能力は期待していない。
イスラは遠まわしにエルジンの弓扱いを否定した。

「弦が硬い。凄いな、スウォンは。普段これで狩りをしているんだよね。
んん? これにあのモーターをつけて改良すれば……うん! いけるかもしれない!!」
弓を手にしたまま片手で顎に手を当て、エルジンは一人思案の世界へ潜ってしまう。
一人ブツブツ呟き今にも何かを閃き、発明し出しそうな雰囲気だ。

ラミは不思議そうな顔をしてイスラを見詰める。
一体エルジンは何を言っているのかと問う表情で。

『エルジン、発明について考えるなら後でたっぷりすればいい。今は駄目だ』
「ごめん、ごめん。つい癖で。でも本当に予想外だよ……」
我に返ったエルジンはイスラに謝り、それから心持ち肩を落とす。

近所の森のピクニックだから心配は要らない。
考えたエルジンは銃をフラットに置いてきた。
サモナイト石はトウヤに預かって貰った。

いざ戦闘になっても とエスガルドがいる。
森に詳しいスウォンだっているのだから鬼に金棒だ。

まさか彼等が不在の時に小屋が包囲されるなんて。
エルジンはとてつもなく低い確率の当たり籤を引いた気分になる。

『まぁ、前向きでいられるのは良い事さ。僕の事は心配要らなくても問題はエルジンとラミだね。特にラミを危険に曝すわけにはいかない』
小屋の配置をサラッと見回してイスラは呟く。

モノより今は人命優先。
スウォンが手入れしているであろうテーブルと、椅子、小さなタンスを小屋の扉のつっかえ棒に。
窓を破られないよう毛皮をつかって中を見られないよう遮断。
手際よく考え一瞬だけ魔力を込め自分の体を実体化させる。

『力で押すのも一つの案だけど。ここはコッチを使うしかないようだね』
テーブルを移動させ、椅子を並べながら。
自分の頭を人差し指で示したイスラに、エルジンは真顔で首を一回縦に振る。
ラミが毛皮で窓を塞ぐ合間に二人は綿密な打ち合わせをするのだった。





一方。
メイトルパの狼を使って周囲を窺う野盗達は、小屋から人の気配がないことに落胆していた。

サイジェントの街は不吉な噂があるので、街近くの森に身を潜めた。

時折この森に薪を取りに来る街の人間が居ることも確認済み。
カモを待つか、森の狩人か、動物でも得て金に換えようか。

こう相談していたところに現れたのがこの小屋だ。

やや古ぼけているが廃屋という風にも見えない。

カモだ。

息巻く野盗達の前に現れたのは、透ける身体を持った一人の少年・イスラだった。

『ここは僕と家族の思い出の詰まった場所。荒らすなら罰を与える』
イスラは努めて小さな声で野盗達に告げる。

元々のイスラの服装は島でのものと同じ。
質素ながら上品で、良家の子息である事を匂わせる服装を身に纏っている。

エルジンとイスラが考えたのは『幽霊』である。

リィンバウムにおいて幽霊は珍しくない。
召喚獣に分類される『幽霊』ならば、だ。
逆にその盲点を突こうという作戦を二人は練る。

人間の幽霊を見慣れているリィンバウムの人間は少ない。

だったらイスラが演じれば良い。
小屋を護る幽霊の役を。

「はぁ!? 何言ってるんだ、こいつ」
案の定、イスラの出現に戸惑いながら野盗の一人が声を荒げた。

イスラの発言を馬鹿にしているような、突然現れた少年に畏怖する己を鼓舞するような。

両方の感情が混ざり合った声音である。

 引っかかった。

イスラは内心ほくそ笑みながら無表情のまま立ち尽くす。
敵もイスラとの間合いを計りながら半円形に距離を保ち、攻撃の隙を窺う。

『母上や父上、家族や使用人と楽しい一時を過ごした森の小屋。
ここを傷つけるなら、罰を与える。早々に立ち去るんだ。立ち去るなら見逃す』

貴族の所有する小屋。
この設定は少し苦しいが、人気のない森だ。
野盗達がどう解釈しようとイスラには関係ない。

ただ彼等が自分を『人間の幽霊』だと認識さえすれば良い。

先入観を与え、それから攻撃されることにより一層の恐怖心を煽る。
それだけで引き下がるかは未知数だが、時間稼ぎにはなる。

こう結論を下したイスラは自ら囮役を申し出たのだ。

「……おい」
「いけ」
リーダー格と思しき男から目配せを受けた外道召喚師が狼に指示を下した。

当然だがイスラには実体がない。
否、魔力を込めなければ実体を保つ事がない。

大気中に魔力は漂っているが、島の比ではない。

無駄な魔力の消耗を避けるためにもイスラは敢えて幽霊のフリに徹する事にした。

「ガウゥゥゥゥ」
狼の鋭い牙はイスラの身体を素通りし、続けて外道召喚師が振り下ろした杖も矢張りイスラの身体を素通りしていく。

 何度も経験しているがコレだけには慣れないな。

内心苦々しく思いながらイスラは彼等の気が済むまで攻撃を受け続ける。
得体の知れないイスラに対する物理攻撃は全て無効。

それが判明するまでの数十分間、イスラはその場に立ち表情を殺して少し遠くをぼんやり見詰めていた。

「ど、どうなってるんだっ!!」
息切れしながらリーダー格の男が顔を真っ赤にして叫ぶ。

『僕にそんな攻撃は通用しないよ。まだやるのかい?』
すっと目を伏せたイスラは、敵の立ち位置を確認しながら軽く相手を挑発した。
目を伏せたのは眼球の動きを悟られないため。
仮初とはいえ帝国軍で受けた訓練や、無色の派閥での戦闘経験は無駄になっていないらしい。
この時ばかりは捨ててきたモノ達へ感謝する。

「くそっ!! 召喚!! ヒポスタマスッ」
メイトルパの召喚獣を操る外道召喚師が杖を掲げた。

『だから無駄だって……』
イスラの真横に現れるメイトルパの召喚獣。
猛毒の吐息はイスラの身体を素通りしていく。
イスラは彼等の地道で無駄な努力に感嘆し呆れ返りながら一応の忠告は施す。

「くそっ!! くそっ!!」
野盗達はムキになってそれぞれにイスラへ槍を突き出し、剣を振り下ろし、短刀で薙ぎ払い、斧で切りつけてくる。

がそれ等はイスラの身体を素通りしていくだけ。

まったくダメージを受けないイスラに相手方は焦りの色を濃くしていく。

「ちくしょうっ!! こうなったら小屋を」
再びリーダー格の男が吼えた。

半ば自棄気味になってきたのだろう。
森にカモとなる旅人は居ない。
街に近づくのは危ないと噂があって危険。

彼等も生活が掛かっている。

この際、外観が素朴だろうが何だろうが金になるモノを手に入れたい。

『!?』
イスラは表向き表情を変えず、胸中だけで焦りながら小さく息を呑む。

そう、イスラは完全な囮だ。
幽体だから攻撃は無効だし、召喚術だって素通りする。
イスラが敵の注意を引きつけている間に 達が騒ぎに気づき帰ってきてくれれば良い。

一計を案じた段階でイスラが危惧していたのは、戦う術を持たないエルジンとラミの存在を気取られない事だった。
小屋を攻撃されてはイスラの囮と演技が無駄になる。

『………そう』
顔を少し下向きにしてイスラは口元に微笑を湛えた。



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 主人公が目立っておりませんが、このシリーズはどちらかというとイスラメインなので。
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