『護衛獣への道(ガレフの森後編)』




氷のような冷たい笑み。

召喚術を使ったわけではないのに周囲の温度が確実に数度下がった。
そんな錯覚さえ覚えるようなイスラの冷たい笑みだ。

『僕と家族との思い出の詰まった小屋を壊すって言うんだね? 君達は』
イスラは小屋で暮らしていた貴族の子供の亡霊。
この役柄を完璧に演じきっている。
自分へ半分暗示も掛け本当に貴族の亡霊になったつもりで敵を威圧した。
家族と過ごした小屋を護る幽霊の気分で。

「ヒィ」
野盗達のうち、誰かが恐怖から小さく悲鳴をあげるのが聞えた。

一先ず直ぐに小屋は攻撃されないか? 内心の冷や汗をあくまでも押し隠しイスラは冷気を振り撒く。

『僕が何十年も守り続ける小屋を壊すって言うんだね?』
イスラは冷酷な笑みを浮かべ一歩リーダー格の男へ歩み寄る。

ここで引き下がるわけにはいかない。
護るなんて柄じゃないのも分ってる。
だがエルジンとラミは現在を生きる命だ。
自分のように捻じ曲げられた人生を歩んでいるわけじゃない。

二人を必要とする仲間と家族がいる。
ならば。

 今更綺麗事なんて吐かないさ。
 でも僕がこの場に居て、僕しか戦える人間が居ないのなら。
 僕はどんな策でも弄(ろう)してみせるよ。
 一応、戦闘経験者……だしね。

半眼のイスラに怖気づいた外道召喚師が半歩後退する。

『許さないよ』
結局自分は能無しだ。
自嘲気味に考えながらイスラは完全な演技を続ける。

身体を撫でる風の感触や鼻腔を擽る緑の匂いはホンモノでも。
自分はホンモノじゃない。魂だけのちっぽけな……。

 そうか。
 だからあの護人は、彼女は鎧を媒介にして行動範囲を広げていたのか。
 消費する魔力は大きいけれど、対象物を掴めるというのは大きな利点だ。
 媒介物……僕が憑依する形になるけれどこの場合選り好みはしていられないな。

召喚師がメイトルパの狼を使い、小屋の入り口を壊しにかかる。
ガリガリと狼達が扉を爪で引っかき、痺れを切らした何体かが扉への体当たりを開始する。

 怖がるな。
 僕は彼女とは違う。

 僕は僕だ。

 僕自身が『そうしたい』から選んだ。
 周囲は僕が に魅せられたとか考えているようだけど。
 少しばかり違う。



サイジェントへやって来て、 と一緒にバノッサの家に住むようになり、更にイスラが溺死されかかってから数日後。

がクラレットに誘われフラットへ『お泊り』に出かけた日の夜だ。
バノッサは居間の椅子に座り、カノンも同じく椅子に座り。
床に座り込むイスラを二人して見下ろしていた。

そろそろ向こうから探りは入るだろう。
考えていたイスラは二人を前に背筋を伸ばす。

「手前ぇも物好きだな。主にあいつを選んだのは、あいつが長寿だからだろう?」
何がだとか、誰がだとか。
具体的な固有名詞は一切出さない。
バノッサの簡潔な問いかけにイスラは少し渋い顔をして曖昧に微笑む。

『それも要素の一つだね。島での は圧倒的な力を持ちながら、僕の願いを叶えてくれなかった……あの家庭教師と同じで』
バノッサの観察眼は正直イスラも舌を巻く。
下手に言い繕うだけ無駄だ。
争う気など毛頭ないイスラは素直にバノッサの問いに答える。

「はっ、勝手に手前ぇの用件だけ押し付けておいてそれか」
バノッサは唇の端を持ち上げ口だけで笑う。

顔や瞳には愉快といった感情は一切浮かんでいなかった。
遠まわしに自分の妹を自殺の手助けにするんじゃねぇと。
無言の圧力を加えるのも忘れない。

『僕は多分、いや、今も甘い。あの島の連中や、姉さんや、海賊達とは違った意味で。
僕は孤独だった。孤独だと思い込み一方的に絶望し、全てを疎んじていた。死ぬことさえ許されない身体を抱えて』
イスラは真正面からバノッサの眼圧を受け止め、自分の過去を淡々と語る。
バノッサからの威圧に声が少々震えてしまうのは仕方ないだろう。

「イスラ、君は」
カノンは驚いて咄嗟に言葉を挟もうとするが、バノッサに目で止められる。

『だから人を超えた存在である に惹かれた。恋とか愛とか、そいういうレベルじゃない。
種として、なのかな?
圧倒的に敵わない存在を前に僕は彼女を、 を羨み憎み妬み……どうしようもなく惹かれた。人間としての本能的な部分で』

イスラは始め、衝動的に に着いてきてしまったと自分の行動を分析していた。

自分の理念を根底から覆した底意地の悪い神が気になったのだと思っていた。
確かに は気になる存在だ。
喉から手が出る程に焦がれる気持ちをイスラの胸に齎す存在である。

しかしそれが恋かと問われれば断言できる。

違うと。

自分が成り得なかった完璧な存在、神である に焦がれたのは事実。
けれどそれは彼女の人柄(神柄?)に惹かれたワケじゃない。

「自己分析はそれなりに出来ているみてぇだな」
椅子に座り両足を心持ち広げ、片腿に肘を付き少し身を乗り出した状態でバノッサはイスラを見下ろした。

『でなければ僕を護衛召喚獣として容認しなかっただろう? イスラ、個人としての恋愛感情は持ってない。
ただ、リィンバウムに住む人間としてなら に焦がれている』
イスラは己が感じている率直な気持ちをバノッサに語る。
バノッサは僅かに目を細めただけで威圧を少し和らげた。

「今迄にないタイプですね、イスラは」
 カノンもカノンでひとりごちつつ腕組みする。

に対する評価は概ね二分される。

家族・仲間に向ける愛情と、異性に対しての愛情。
後者を持つ人間はセルボルト家によって徹底的に潰されているが。

兎に角 に対して向けられる感情はこのどちらかに分れた。
だが眼前のイスラは違うと云う。
本能的な部分での思慕はあるが個人的な魅力を に感じていないと断言したのだ。
これは本当に珍しい反応で、カノンは僅かに眉根を寄せる。

『自分でも不思議に思ってるけど、僕は結構負けず嫌いみたいなんだ』
ここで始めてイスラはカノンへ顔を動かし自嘲気味に呟いた。
カノンの赤い瞳を真っ直ぐ捉えて肩を軽く竦める。
「へ……え?」
イスラの発言の真意が理解できずにカノンは間の抜けた相槌を打つ。

の主張も分る。だけど僕の主張が正しい場合もある。
というより、 より僕の主張が正しい方が圧倒的に多いって証明したいんだ。 より僕が優秀だと証明したい。こう考えている』
「……神様に喧嘩を売るんですか?」
カノンが文字通り目を丸くし、爆弾発言をかましたイスラをマジマジと凝視した。

誰よりも客観的で冷静。
育ちのよさを滲ませる彼が向こう見ずな発言をするなんて。

人は見かけによらないものだとカノンは思い知らされる。

「くくくく、手前ぇはとんだ甘ちゃんだな。 の一生分の時間をかけて より優秀に成るか。人が神に真正面から挑むつもりか」
バノッサといえばイスラのチャレンジャー精神を半ば笑い、半ば分りにくく褒めながら喉奥で哂う。

イスラという子供は自分が思ったよりも骨があるらしい。
種が違うからと妙な納得はせず、とことん足掻く。
相手が神であろうと自分が優位に立てると証明したいだなんて。

クレスメントの双子とは違った意味で馬鹿だ。
大真面目な甘ちゃんだ。

『馬鹿で結構だよ。だから自分でも呆れてるんじゃないか。負けず嫌いだったんだなってさ。
一生をかける好敵手が だなんて、口が裂けても言いたくなかったよ』
イスラは内心で白旗をあげて二人に告白する。

優秀な軍人を輩出する家系に生まれ、悲劇的な生い立ちを経て軍人となった。
最後は無色の派閥に所属した。

そんな自分が彼女を好敵手とするなんて……ある意味恥ずかしい。
傍若無人・唯我独尊が生涯の好敵手。
我ながら馬鹿だと感じる気持ちはイスラにだってある。

「言わなきゃいい」
寧ろ永久に言うな。そんな空気を滲ませたバノッサの台詞に

『家長殿のお墨付きを貰えたし、遠慮なくそうさせて貰うよ』
イスラは漸く自分らしい顔つきでこう返した。

バノッサに言われなくたって、ある種、とてつもなく羞恥心を煽る熱血思想を自分が持っているなんて。
口外する意思はイスラにはなかった。



 まったく……。
 我が家(レヴィノス)の人間は貧乏籤を引く体質しか持ってないのか。
 とても不思議に思うよ。

イスラは努めて放出を避けていた魔力を一気に開放した。
元来、イスラの魂は が所有するサモナイト石を拠り所とし、 と誓約を交わしている。

そしてもう一つ。

イスラの魂が現世に留まる原因を創り上げた紅の暴君の破片。
紅の暴君の破片はイスラを未だ主と認めており、イスラが『本気』で魔力を放出すれば。
破片であっても一時的に剣として再生しイスラの元へ戻るのだ。

『覚悟は決まっただろうね』
紅の暴君。
完全ではないソレを携えイスラは駆け出した。

駆け出しながら自分の髪が長く伸び、白くなり、自分の身体能力が一気に向上したのを感じる。

「召喚っ」
狼を操る外道召喚師は、こちらに向けて剣先を示すイスラに怯えサモナイト石を取り出す。

『同じ手を何度も喰らうわけないだろう』
イスラは無表情のまま外道召喚師が手にしたサモナイト石を一刀両断に切り捨てた。
この間早業数分間。

イスラの強さに加え姿形が変わったことで彼等は完全に戦意を失う。
悲鳴をあげ慌てて森の出口へ向かって逃げていく。
正に蜘蛛の子を散らすような鮮やかな逃亡振りだ。

『やれやれ、結局剣頼みになるとはね』
己の白く長く伸びた髪を摘みイスラは嘆く。
紅の暴君の力を暴走しないで使えたのは嬉しい。
モナティーの件もあるしとても不安だった。

『……微妙に納得いかないな』
再生能力までもがイスラの身体に宿った状態でイスラは零す。

緑の匂いが清々しい森に静寂が戻る。

静寂に包まれながらイスラはこの結果に不満タラタラだった。

外聞を無視できる厚顔な性格だったら頭を掻き毟って叫びたかった。
自分が取った行動があの島での家庭教師と似ていた事実に目を覆いたい気分になる。
ここに がいなくて良かったとも心底思う。
彼女に揶揄されるのは死んでも(実際死んでいるが)厭だ。
屈辱的過ぎる。

「イスラお兄ちゃん! 怪我はない?」
イスラの葛藤を他所に、ラミは周囲を窺いながら小走りにイスラの元へ駆け寄ってきた。

「怪我はないよね」
エルジンも走るラミを追いかけるよう走りながら、イスラへ話しかけた。

小屋の中からイスラの戦いを見守っていたエルジンとラミ。
正に身体を張ってまで自分達を助けてくれた新しい仲間。
仲間とも言い切れない不可思議な空気を持つ彼が自分達を護ってくれたのは正直、少し意外だった。

時間稼ぎはしてくれただろう。

イスラは の護衛召喚獣なのだから。

やエスガルド達が戻ってくるまでの時間は稼いでくれた筈だ。

けれど結果だけをみれば彼が一人で全てを守りきった。
全てを。
それなのに当の本人は結果に大層不満足な顔で仁王立ちしているが。

「ところで、どうして納得いかないのさ? イスラは僕達をきっちり守ってくれたじゃないか」
エルジンはイスラに尊敬の眼差しを送り、イスラの独り言に対する自身の疑問をぶつける。

エルジンだって、イスラが最後まで自分達を護ってくれるなんて想定しなかったのだ。
イスラが振るえる能力の限界を知っていたから、最悪は自分も戦うんだと。覚悟を決めていた。

『護り方が似ているんだよ。島で出会った魔剣の持ち主とね』
不貞腐れた態度でイスラが吐き捨てる。

まさかここまで来て自分が彼女の真似事をしてしまうなんて考えもしなかった。
また、出来ることならしたくはなかった。
自分の未熟さ加減に反吐が出る。
憮然とした顔つきのままイスラは下唇をきつく噛み締めた。

「でも、イスラお兄ちゃんがラミ達を助けてくれたのは本当なの」
ラミは難しいことは抜きにして、イスラが自分を助けてくれた事実にまず感謝する。
微笑みの表情でリプレママの教えどおりに頭を軽く下げた。

「そうだよ! 助けてくれてありがとう、イスラ」
ラミの発言に我に返ったエルジンもイスラに対する感謝の気持ちを伝える。

『………どう致しまして』
なんとも形容しがたい奇妙な顔つきでイスラはエルジンとラミを見返す。
それから数十秒位の間をあけてから二人へ答えた。

二人が示す感謝の気持ちは流れからして当然のものだけど。
自分としては受け取りたくはない代物である。
自分が自身に対するけじめをつけるために取った、勝手な行動の結果がこれだったのだから。

「まぁまぁ、終わりよければ全てよしって言うじゃない」
不服そうなイスラに気にしない、と暗に含ませエルジンは両手を天に突き上げ身体を伸ばした。

装備品ゼロでの戦いに身体は緊張しっぱなし。
戦いに参戦できなかったのも今後の反省点とし、エルジンは思考をさっくり切り替える。
良くも悪くも前向きで論理的な思考回路の持ち主である。

『流石はエルゴの守護者殿、逞しいね』
イスラは少し自分らしさを取り戻り、皮肉というスパイスの利いた切り替えしでエルジンを迎え撃つ。

「あはははは。でも、イスラほどじゃないかも」

 僕には を『ご主人様』にする勇気も度胸も無いからね。

無邪気に笑い声をあげながら、中々鋭いツッコミを入れるロレイラルのエルゴの守護者・エルジン。

 やっぱり彼も の仲間なだけはあるな。

等とイスラが脱力したのは謂うまでもない。



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 こうしてイスラはピンチを切り抜けます。
 エルジンが戦闘道具を持ってないなんて在りえないっつーツッコミはスルーする方向で(笑)
 ブラウザバックプリーズ