『護衛獣への道(幕間3)』




温泉で逆上せ意識を失ったイスラは何故か二日酔いを味わっていた。

幽体でも二日酔いが起きるのかと が呑気に笑う。
カノンとバノッサはなんとも云えない顔でこちらを見ていたがフォローはなし。

の笑顔が作為的で、文句の一つも言いたいが頭が痛い。
胃がムカムカする。

仕方なしにイスラは平穏と平和を求めフラットに避難していた。

『なんだか 達に態良く遊ばれた気分なんだけど』
珍しく眉間に深々と皺を刻んだイスラが愚痴を零す。
その間も胃からせり上がってくる何かと静かに格闘中である。

「当たらずとも遠からずね。ご苦労様、イスラ」
リプレが口元に手を当てイスラの労を労(ねぎら)う。

幽体で予告もなしにフラットに逃げ込んできたイスラ。
彼の覇気のない顔やジンガの話を総合すれば想像は容易い。
リプレはイスラに落ち着く時間を与えようと思った。

とシオンは性質が悪りぃからな」
ガゼルもそこはかとなくイスラを心配する口調でこう告げる。

本音を出さないシオンと、本音を暴露し放題の
一見正反対の二人だが妙に波長が合う。
現実的な部分だとか妥協を知らない部分だとか。
真顔で冗談を吐くところだとか。

主だった被害者はアカネ一人であったが、新たな仲間で世間に少々疎いイスラが加わり。
イスラも格好の『揶揄相手』として彼等のリストに名を連ねたのだろう。

「ホント!! 修行を見に行こう。温泉に入ろう。とか言ってたけど、本当はイスラがお酒に強いのか試したかっただけじゃない?」
フィズが大人びた仕草で肩を竦め指先を振りながら持論を展開する。
長年彼等と付き合いがあるだけに洞察力が光る。
真理に迫ったなかなか鋭い意見だ。

「それ言えてるかも……。大変だったな、イスラ」
剣術の朝稽古から戻ってきたアルバも気の毒そうにイスラを見る。

なりの『世界』とやらを知るための配慮とはいえ。
幾らなんでもイスラに溺死寸前を体験させるなんて、やっぱり は一味違いすぎる。

死んでしまった人間に溺死なんて。

アルバは自分は普通の子供で良かったとしみじみ思う。

「ところで温泉どうだった? 夜の温泉って楽しそうよね」
居間の椅子に座るイスラの隣を陣取り、フィズが上半身を乗り出す。
その瞳は好奇心で輝いていた。

『雪が丁度降っていたから、温泉に雪が落ちていく風景が綺麗だったよ。でもシルターンの面々と同じ行動を取るのはキツイかな』
無邪気なフィズの好奇心に応じて、イスラも見てきた幻想的な雪の風景について語る。
つい最後に、豪快なシルターンの面子についての恨み節が出てしまうのは止むを得まい。

「湯に浸かりながら米の酒だろ? 流石に俺も遠慮するぜ、それは」
ガゼルがお湯に浸かって酒を飲む自分を想像し、早々に白旗を上げる。

自分にはとてもじゃないが無理だ。
スタウト辺りなら大丈夫そうな気もするが、ガゼルにはイスラの気持ちが良く分かる。

「お酒が身体に回るのが早くなりそうで危ないものね。お酒を嗜めるシオンさんやカザミネだったら話は違うんだろうけど。
わたし達には無理だわ」
リプレはあの人達が特別なのだとイスラへ暗に伝える。

サイジェントに暮らす人間や召喚獣。
個々に個性があるように『お酒の強い・弱い』も存在する。
子供達を預かる孤児院という特性を持つフラットで酒を飲む人間は一部に限られていて。
しかもそれを湯船でやるなんて常識では考えられない。

普通なら酔って湯船で溺れてしまうだろう。

頭痛が大分治まってきたイスラは少々弱々しい笑みを浮かべ『ありがとう』と応じた。

「ま、過ぎちゃった事は過ぎちゃった事で。諦めなさいよ」
少し具合が良くなったらしいイスラにフィズがこう切り出した。

さっぱりした物言いが特徴のフィズだが、彼女がここまで自信を持って断言するのも珍しい。
リプレとガゼルはこっそり顔を見合わせイスラの反応と、フィズの次の言葉を待つ。

『フィズ?』
イスラといえばフィズの言いたい事が分からず、彼女の名を呼んだ。

「イスラは溺れて失態を犯したとか思ってるでしょ? ほら、あたし、金の派閥の召喚師のお嬢様と親友なんだけど。
ミニスもきっと失敗を失態って思うタイプなんだよね」
フィズは、久しく顔をあわせていない親友を脳裏に思い浮かべながら喋り始める。

少し高飛車な態度は相変わらずだけど、根は優しい大親友。
生まれも育ちも生活環境も違うけれど。
違うからこそ彼女とはずっと親友であり続けることが出来るのだと。
気付いたのは最近。
その違いの一つが『失敗に対する考え方』だ。

リプレママの元、大らかに育った自分と彼女とでは失敗に対する対応が違う。
どちらが正しい・間違っているではない。
反応が違うのだ。

「育ちが良いから、なんだろうけど。回りに迷惑掛けて申し訳ないって風に謝るし。実際そうなんだけど。
仕方ないじゃない。
普通に暮らしていたって失敗なんか沢山するんだし、人に知られたくない恥ずかしいドジだってしちゃうんだから」

自分より随分と若いのに、フィズは時々こうして悟った様子で物を言う。

イスラはフィズの意見に耳を傾け、彼女の考えに感心した。
時間は巻き戻らないのだから一つの失敗に気を取られ、くよくよするのも非効率だ。

「そうだよなぁ。
四年前、トウヤ兄ちゃんとハヤト兄ちゃん達の後を尾行して、オプテュス、当時のバノッサが率いていた不良達に人質にされたよな。フィズは」
そこへ横槍を入れるのがアルバ。
ニシシと悪戯っ子の笑みを浮かべ、イスラの知らないフィズの過去を暴いてみせる。

「ア〜ル〜バ〜ッ!!!」
羞恥に顔を真っ赤にしたフィズが、恨みの篭った低い声音でアルバの名を呼ぶ。
折角自分なりにイスラを慰めていたのに雰囲気が台無しだ。

「本当のコトだろ?」
アルバは鼻の頭を親指で擦り唇の端を持ち上げる。

歳月は人を大人にする。
まだ子供と表現して差し支えない年齢のアルバだが、個性の強い面々に囲まれ精神的に成長していた。

「……四年前っていえば? レイドが先生してた剣術道場でいじめられて、ピーピー泣いてた誰かさんが居たわよねぇ?
贔屓されてるって誤解されていじめられて」

屈辱的な過去の恥部の暴露。
フィズは腕組みしながら数十秒間思案し、やがて何かを閃く。

余裕を取り戻したフィズが暴露するのは当然、アルバの恥ずかしい過去だ。

「「……」」
ムッとした顔のアルバと、含み笑いを零すフィズの視線が火花を散らす。

何時もの事だと取り合わないリプレとガゼル。
彼等の顔と睨み合うアルバとフィズの顔を順繰りに眺めてイスラは静かに息を吐き出した。

気のせいか気分の悪さが幾分和らいだように感じる。
彼等と喋っていたからだろうか?
それとも、彼等が自分という存在を受けいれてくれているのが分るから。だろうか?

『仲が良いんだね、アルバとフィズは』
喧嘩するほどなんとやら。
とウィルの掛け合い漫才を思い出し、イスラは笑顔を浮かべて二人へ言った。

「「違う!!!」」
イスラの反応に二人は同じ言葉を同じタイミングで吐き出し、肩を怒らせイスラを睨む。
余りにもその仕草がフィズとアルバらしくて。

『あはははははは』
耐え切れずにイスラは笑い出していた。
お腹の底から込み上げてくる笑いを隠そうともしない。
心底愉快そうに笑い声をたてる。

「笑うなよ〜、イスラ!!」
アルバは口先を尖らせ不満タラタラである。
「そうよ。あたし達に対して失礼じゃない!! イスラを元気付けようとしてるのに」
フィズもアルバと同じ考えで、怒りを顕にした。

『ごめん。それから、励ましてくれてありがとう。アルバ、フィズ』
朝よりは軽くなった頭痛と胃のムカムカ。
少し楽になった身体を感じながらイスラは気持ちを込めてアルバとフィズに礼を述べる。

「分ればいいんだよ、分れば」
「うわ〜、なんだかその態度ガゼルみたい。印象悪いよ」
踏ん反り返ったアルバにすかさずフィズがツッコみを入れる。
容赦のないフィズの一言にガゼルの頬がヒクリと引きつった。

「……あのなぁ、フィズ。リプレママの尻に敷かれるガゼルの真似なんてしないぜ、オイラは」
しかしながらアルバも負けてはいない。
しれっとガゼルと貶める発言をかまし、自分は違うと主張する。
遠慮のないアルバの台詞にガゼルのこめかみが痙攣を始めた。

「じゃぁ、ハヤト?」
フィズは次に該当する人物の名前を挙げる。
「影響を受けたのは否定しないけど……」
フィズの問いかけにアルバは小さく唸りながら思案しているが……。
ガゼルの怒りは頂点に達したようだ。

「コラ、チビども!! 覚悟は出来てるんだろーな?」
すっかり目が据わっているガゼルが指をボキバキバキと鳴らした。

アルバとフィズはガゼルの怒り具合に調子に乗りすぎたと舌を出す。
笑い納まらないイスラとリプレに目配せをしてアルバとフィズは素早い動作で居間の入り口まで駆けて逃げる。

「「逃げるが勝ち!!!」」
居間の入り口で声を揃え楽しそうに外へ逃げ出していく二人。
これがフラットでの日常茶飯事なのだろう。
イスラは漠然と考えた。

現にフラット最強であるリプレママは一連の行為を黙認している。

「逃がすかぁ!!!」
吼えるように怒鳴り外へ駆け出していくガゼル。
嵐のように去っていた彼等を見送りイスラは一息つく。

『ありがとう、リプレ。お陰で気分がぐっと軽くなったよ』
「ふふふふ、良かった」
静けさが戻ったフラットの居間に、イスラとリプレの笑い声が再び響いた。



Created by DreamEditor                       次へ

 フィズとアルバ、ラミ。
 戦闘要員ではありませんでしたが、フラットの子供達は大好きです。
 活躍させてみたり(笑)ブラウザバックプリーズ