『護衛獣への道(墓参り編)』
枯れた草木を踏みしめる足音だけが響く。
薄暗い木々の合間に垣間見える緑は、この森が少しずつ立ち直ってきている証拠だ。
キールと手を繋ぎ歩きながら
は嬉しそうに目尻を和らげる。
「まずは目で見て確かめないとねっ」
カシスは一人盛り上がる。
握り拳を固めて森の奥から聞える不気味な吼え声、をバックに一人燃えていた。
時折獣の咆哮も聞えたりはしたが、森の奥へ進む 達を襲う気配はない。
イスラは頭上に覆いかぶさるような圧迫感のある森の小道を興味深そうに観察する。
『魔力が高い場所みたいだけど、なんだか不気味だ。島とは趣が違うね』
イスラは周囲を観察した率直な感想を述べた。
「そうかもな。ここはオルドレイクが召喚実験を重ねた実験場があった場所だ。
島とは違った意味でそこらの場所より魔力が高いのも事実だ」
イスラと並んで歩くバノッサが世間話をする調子でこの森の曰くを説明する。
バノッサの発言内容をイスラは頭の中で復唱。
意味を正しく把握した途端に歩みを止め立ち止まった。
『オルドレイクの召喚実験場だって!?』
裏返った声で叫んだイスラの心情が分るのか。
カノンが苦笑いを浮かべ、イスラの手首を掴み一行から逸れぬよう引き摺って歩き出す。
「意外にサイジェントから近いんですよね、この森。
僕達サイジェントの住民には悪魔が出る怖い森だって認識があって、誰も近寄らなかったんですよ。森へ挑んで帰って来た人間も居なかった曰くつきの森だったもので」
カノンは周囲に気を配り口早にイスラへ教えた。
森にはサプレスの魔力に惹かれやってくるサプレスのはぐれ召喚獣がいる。
カノン達サイジェント組の敵ではないが、時折森の近くを通り掛る旅人を襲うので彼等を送還するのも の仕事だ。
四年かけてはぐれの数を順調に減らしているものの油断は禁物。
警戒を怠らず歩く。
「森へ迷い込んだ人間は全てオルドレイクの実験材料だったんだろう……。全てを目撃してはいないけど、僕も何人か見たよ。
憑依召喚実験の被害者を。加担していた僕でも……結構気分が悪くなるものばかりだったから」
キールは苦さを滲ませ当時を振り返った。
『ここでは過去だった島の遺跡を思い出しながら。オルドレイクは世界を作り替えようとしていたのか。しかも本気で』
在り得ない話じゃない。
全てを声に出さずイスラは形の良い指先で、魔力によって変形した木の枝に触れる。
自然環境を歪ませるほどの魔力。
魔力の場を作り上げ……島のように魔力が潤沢な場を作り上げ彼が画策したもの。
魔王召喚。
エルゴを作り出す技術がなかったので質は劣るが流石はオルドレイクだ。
短い島での体験を生かしオルドレイクに有利な運びで世界を手中に収めようと策を巡らせていたとは。
『恐ろしいな……。島の技術があったらもっと恐ろしい事になっていたのかもしれない』
イスラは身震いした。
今更ながらにあの男の狂気が身に染みる。
イスラ自身の『願い』を叶える為だったとはいえ。
なんとも豪い存在に加担したものだ。
「うん、イスラの言う通りだと思う。
あの人は遺跡の技術までは持ってこられなかったから。実験と召喚術の研究で代用しようとしたんだと思う」
カシスはここまで喋って一端言葉を切る。
「……エルゴを作り出す遺跡もヒントにしたんだよ。サプレスのエルゴへ境界線の原理を応用し干渉、捕獲。
エルゴを代償にサプレスへの道を作り魔王を召喚しようとした、多分こんな感じだったのかな」
悲しみと苦しみの感情が混ざった瞳で、小道の脇に咲く小さな花へ視線を落とす。
カシスなりの考えだがクラレットもキールもトウヤも。
バノッサも
も順にカシスの肩を軽く小突いて彼女の意見を肯定する。
「御前達は儀式の責任者だったが、魔王の器でもあった。オルドレイクからすれば単なる道具だ。
疑念を抱かれないようあいつが何も知らさなかったんだろう? 罪悪を感じる必要はない」
仏頂面のバノッサが不機嫌を隠しもせず口出しした。
普段ならとても落ち着き払っている冷静そのもののバノッサが眉間に皺まで寄せている。
「お兄様、ごめん」
バノッサに慰められたカシスは直ぐに人懐こい表情に戻った。
それから喜々としてバノッサの腕に自分の腕を絡める。
『カシスを見直した』
「あ〜!!! わたしの事、なんとなくセルボルトっぽくないって考えてるでしょう!」
びっし。
人差し指でイスラの顔を示しカシスは怒りで頬を赤く染め眉間に皺を寄せる。
『本当にセルボルトの人間か疑った事はあるよ』
人間素直が一番? らしい。
というより、この面子に対して嘘や体裁を整えても、本音など直ぐにバレる。
ならば最初から美辞麗句で言葉を飾るのは無意味だ。
イスラは正直にカシスに対する己の評価の一端を明かす。
「酷いっ!!! これでもとーっても優秀なんだからっ!! 性格と行動だけで判断しない。第一印象で全部決めてたら痛い目見るわよ〜」
カシスは頬を膨らませイスラに胸を張る。
「カシス姉上はとても有能な召喚師だぞ。イスラも人を見る目がまだまだだな」
キールと絡めていた指を外し
は両手を腰に手を当て胸を逸らした。
「
〜vvvv もう可愛い事言っちゃって♪」
に褒められたカシスは得意満面。
バノッサに絡めた腕を解き、踏ん反り返る に抱きつく。
カシスと 、二人してよろめいた所をカノンに助けられる。
何が可笑しいのか笑い転げるカシスに抱き締められる
と、カシスと
を横で支えるカノン。
『セルボルトの遺伝子が可笑しな具合にカシスへ混ざったんだ』
イスラは回りくどい表現を用いてカシスを遠巻きに褒めた。
「強く否定は出来ないですね」
笑いを噛み殺した奇妙な顔でクラレットが震える声を、なんとか取り繕って絞り出す。
「お、お姉様もイスラもかなり酷いよっ!!! すっごく傷つく」
カシスは胸に手を当てて大袈裟によろめいてみせた。
芝居がかったカシスの動作に思わずカノンは吹き出しかけ自分の口元に手をあて衝動をやり過ごす。
「褒めて……るのよ、カシス」
クラレットは身体をくの字に曲げて声を震わせる。
優秀……。
曲がった方向に優秀だった父親の一定の知能だけを受け継ぎ、他の歪んだ影響を受けなかった妹のカシス。
イスラの云う『セルボルトの遺伝子』とは召喚術などに関する知識を学ぶだけの知能を指し。
『可笑しな具合に』とは、セルボルトの歪みをまともに受け付けなかった点を示す。
直ぐに運命論だとか宿命論に負けて後ろを向いてしまう、次男キールと長女である自分とは違う前向きでひたむきな妹。
彼女が居るだけでどれだけセルボルト兄妹が救われているか。
カシスは知っているだろうか?
否、伝えただろうか?
クラレットは浅い呼吸を落ち着け、整えてから今晩辺り妹へ伝えてみようと思った。
『うん、褒めてる』
イスラの方は真剣も真剣、真面目に答えた。
クラレットとイスラの対比が面白い。
キール・カノンと目配せして
は姉とイスラの自然な発言に目尻を下げた。
「嘘!! 嘘、嘘!! 絶対嘘だ」
地団太を踏み喚くカシスに全員が笑う。
楽しい空気を保ったままセルボルト兄妹達が訪れるのは、森の奥深く。最後の戦いが行われたという、魔王召喚儀式場跡。
オルドレイクが自らの野望に飲まれ果てた場所だ。
『これって君達が作った墓なの?』
が指差したオルドレイクの墓を凝視しイスラが隣のキールに尋ねる。
オルドレイクの墓は呆気ない程質素なものだった。
道端の石ころ一つが無造作に置かれたもの。
それがオルドレイクの墓だった。
「ああ、そうだよ」
イスラが驚くのは予想範囲内。
キールは涼しい顔で応じる。
「意外ですよね。だけど利用された僕達からすれば、これだけでも最大限の譲歩でもあるんです。標(しるべ)となる墓の存在を作っただけでも」
カノンは軽く黙祷を捧げて花を手向けるカシスに場所を譲った。
呆気にとられて石を見詰めるイスラとキールの隣に立ち会話に加わる。
自分の考えを察して貰おう等と都合の良い夢は見ない、期待しない。
言葉にしなければ大事な思いは伝わらない事もあるのだ。
「自戒の意味も篭ってるんです。僕達は何も知らず……物事の本質を見抜こうとせず、流されているだけでしたから。オルドレイクの思惑通りに」
カシスは花を添え、クラレットとバノッサがカシスの背後で並び黙祷を捧げる。
「己で考え、行動し、責任を取る。簡単だが難しいそれを我等は忘れぬよう心がけておる。召喚術を扱う者として。無色を識る者として」
墓に軽く両手を合わせて戻ってきた
も会話に割り込んだ。
『教訓を生かすのは難しいよね……僕の姉さんも。あの人も責任を果たそうと懸命に行動していたっけ……』
イスラは青い空を仰ぎオルドレイクの墓へ視線を向け、自分の足先。
透けて見える草の緑の眩しさに瞬きをし。
誰に聞かせる風でもなく呟いた。
「まだお亡くなりにはなってないでしょうから、一度会ってみるのも良いかもしれません。僕は無理にとは云いませんけど」
僕は。
この部分に力を込めてカノンはイスラを現実へ引き戻す。
思案に耽るのはたっぷりあるであろう穏やかな時間の中で行えば良い。
今日はまだイベントも残っているので、それを終了してからじっくり向き合ってもバチは当たらないだろう。
「
と一緒に居る限り確立は限りなく高いと思うよ」
お節介焼きで、大暴走する妹だからねぇ。
クスクス忍び笑いを零しキールは意地悪く唇の端を持ち上げる。
そんなキールへ返すべき嫌味をイスラは持ち合わせてはいなかった。
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