『護衛獣への道(墓参り編後編)』
見渡す限りの悪魔兵。悪意は剥き出し。
ごめんなさい、道を間違えました。
なんて冗談だって通用しない。
基本的に低レベルの悪魔に話が通じるかどうかは別として。
バノッサの発した魔王を髣髴とさせる魔力に導かれ。
森のあちらこちらから、悪魔が溢れ出てくる。
『で、本当はコレがメインなんだね』
墓参りはついでだったのか……。
真剣にオルドレイクの墓参りだと半ば決め付けていたイスラは、自分の甘さをしみじみと味わう。
四方八方を悪魔兵に囲まれた状態で。
「仕方ないですよ。オルドレイクも一時的にセルボルトの当主だったんで……。新生セルボルト家が尻拭いしている感はありますが」
斧を片手で軽々とふるってカノンが表向きはにこやかーに笑みを形作る。
細身の外見は成長しても変化無しのカノンが、軽々と斧を振り回す様は圧巻そのもの。
つい斧がとても軽いんじゃないかと疑ってしまうほどカノンは容易く斧を扱う。
実は大層重くカノンを除いてはエドスしか扱えない最重量のソレを。
現にカノンの斧の刃にも触れていない、悪魔兵の槍や剣が風圧だけで吹き飛ばされている。
「貢献しないと後味が悪いじゃないか。サプレスの魔力に惹かれて、近隣の悪魔がこの森に集ってしまうのも事実だからね」
杖先で悪魔兵の突き出した槍を捉え弾き返し、キールも嘆息した。
四年前に一旦数を減らした悪魔も、三年前の傀儡戦争以降、また徐々に数が増加している。
メルギトス、あの胡散臭さにおいては父を凌ぐ自称大悪魔の源罪が影響しているかもしれない。
ネスティとアメル、それにクレスメントの双子と妹で創り上げた聖なる大樹もフル活動で源罪を静めているが。
矢張り源罪を活発にし悪魔を勢いづかせる、人の負の心がこの世界には多いのだろう。
世界全てを。
そんな大それた考えをキールは持っていない。
妹二人すら助けられなかった自分だ。
ただ手が届く、視野に映る範囲を守れれば良い。
割り切るのは中々骨が折れた作業であったが、キールなりに見つけ出した己の力の使い所である。
「お兄様、カノン君、避けて下さい〜」
そこへクラレットの注意を促す声がして召喚術独特の発光が起こった。
クラレットが召喚した『ダークブリンガー』が闇の輝きを放ちながら地面へ突き刺さっていく。
キールとカノンがきちんと避けるだろう。
こう判断されての遠慮ない無差別大量『ダークブリンガー』召喚だ。
きっちりとダークブリンガーの刃を避けるキールとカノンに、己の身体を素通りしていく剣に惚けるイスラ。
幾らキールとカノンが優秀だからって……それはどうかと考えてしまう。
そんなイスラにキールは曖昧な表情のまま諦めろと。
言いたげに首を左右に振って杖を構え直す。
「これでも大分数が減ったんですけど」
ダークブリンガーに貫かれた悪魔兵を一瞥し、カノンは斧を振るう手を休めた。
「三年前の傀儡戦争の時、一気に増えてしまったんだ」
キールもクラレットが第二段を放っているので戦いは一休み。
杖を文字通り、杖代わりにして楽な姿勢を取る。
ついでにイスラへ説明してやるのも怠らない、サイジェント摂政補佐である。
「僕達だけでは手が回らなかったので、皆さんにも手伝って貰っちゃいましたね。
昼間はスゥオンさんや、ガゼルさん、トウヤさん。夜はシオンさんやアカネさんが見回りもしていてくれましたし」
ああ、懐かしいなぁ。
ニコニコ笑うカノンと背景が合っていない。
敢えてそれをツッコめる根性がないと自己認識をしているイスラ。
『偉いね』
取り立てて意識もせず、こう零した。
曰くつきの森へ迷い込んでしまう人間にだって問題はあるだろう。
なのに森へ集う悪魔を一々排除して回る。
誰かに感謝されるでもないのに。
無償労働精神に溢れた彼等を単純に偉いな、とイスラは感じた。
「……サイジェントに住む仲間や、ゼラムで暮らす仲間。全員と触れ合っても、その感想をイスラが持てていたら尊敬するかな。
イスラが考えるほど大層な思想は掲げてないよ」
キールは癖のありすぎる仲間達全員を瞼に浮かべ、乾いた笑い声を発した。
全員が全員、志一つ。
という訳ではない。
願いと利益が合致したから団結を選ぶ場合もある。
正義の為だ、世界の為だと。
お綺麗な心で戦っていた訳じゃない。
誰が、とは言わないけれど。
『?』
キールの真意が分らないイスラはキョトンとした顔で首を傾げた。
「カノン!!」
最前線で戦うバノッサが最後尾でまったりしていたカノンの名を呼んだ。
少しの苛立ちが篭った声音にキールがカノンの肩を軽く叩く。
「はいはい。そっちに加勢します」
危機を危機と感じさせない。
自分のペースは乱さない。
カノンは普段と変わらぬ態度で返答をして悪魔兵を蹴散らしながら最前列へと移動を始める。
カノンと入れ替わりで、バノッサの斜め後方に控えていたカシスが後方へ戻ってくる。
『……』
どうなったら、ああいう風に動けるんだろう?
カノンの背中を見送りイスラは暫し放心していたが、カシスはお構いなし。
遠慮なく持ってきた剣をイスラへ差し出した。
「イスラはこれを使って。紅の暴君は危ないからハヤトが昔使ってた長剣よ。紅の暴君が暴走して戦う気分じゃないだろうけど、戦ってね」
にっこり。
人懐こいいつものカシスの笑顔のまま、イスラへ剣を押し付ける。
『あ……』
このタイミングで戦わされるなんて。
イスラの身体を貫くのは純粋な恐怖。
紅の暴君の誘惑に負け暴力を振るった感情が蘇る。
目を見開きイスラはカシスを凝視した。
「当たり前に使っていた力が家族を傷つける。とても怖い。だけど逃げは許しません。乗り越えて貰わなければ認められないもの」
イスラは怯えて剣を手に出来ない。
予めクラレットも想定済み。
けれど決めたのだ。
お節介を焼くと。
地の果てまでも追いかけ
彼を苛め……基、
最愛の妹の隣に立つに
相応しい『相棒』にすると。
クラレットは震えるイスラの手を開かせ、無理矢理剣を握らせた。
「
の護衛召喚獣、としてのイスラをね?」
カシスが駄目押しで付け加える。
「怖くても嫌でも。戦って。文句は後で幾らでも聞くわ」
クラレットは有無を言わさない口調で断言し、身を翻す。
最前列で銃を操る妹は、そろそろサプレスへの門を開くだろう。
無防備に成る妹と、魔力を高める兄、それともう一人の弟のフォローに回らなければならない。
既に死んでしまった状態のイスラを心配するほど今のクラレットは優しくない。
『…………うん』
恐る恐る剣を構えてみる。
数日前なら絶対になかった。
腰が引けているのが自分でも分る。
なんてみっともないんだ。
なんて情けないんだ。
これでもレヴィノス家の血を……。
帝国軍だって、無色の派閥だって手玉に取ったのに。
このザマか。
ここまで考えてイスラは自分と同じ状態の彼女を脳裏に浮かべる。
ファリエル……だったっけ。
魂が天に昇れず島の事が気になって、護人となる事を選んだ彼女は。
剣を取り戦っていた。
怖くはなかったのだろうか?
あの島で起きた惨劇を経験して死して尚剣を振るう事に。
何時か再会した時、自分がもう少しらしく、成れていたならば。
機会を窺って尋ねてみようとイスラはぼんやり考えた。
「適当にあしらって弱らせれば大丈夫。気楽に構えるんだ」
物思いに耽ってしまったイスラを現実に引き戻すのがキール。
笑顔を崩さずも
黒い何かはしっかり放出していたりして。
クレスメントの双子が見たら怯える事請け合いの構図が出来上がる。
『ああ。
とバノッサが送還するんだね』
イスラは一々相手の顔色を窺うのも少々馬鹿らしく感じ始めていた。
相手が気を使ってくれても、気付かない愚鈍は沢山いる。
最たる好例が主、である だ。
気遣いは受け止めるけれど好意には疎い。
疎い、なんて三文字で片付けられない程、 は鈍い。
行動を共にして日が浅い自身でさえこう感じるのだから。
きっと他の家族は の疎さを半ば喜び
(特定の相手が居ないのは嬉しいだろう)、
半ば悲観
(あわよくば彼女の子供を見て見たいという好奇心はあるかもしれない)
しているのかもしれない。
は の儘で傍若無人に行動し、怒られ、叱られ、抱き締められ、褒められ、笑い合う。
確かに相手に対する配慮も必要だ。
けれどそうやって距離を測って息を潜めて良い子をして?
それで果たして自分は成れるのだろうか?
見つけられるのだろうか?
自分自身の答を。
自由奔放(無論それだけじゃない)な の一面を発見するたびに思う。
猫を被る自分がとてつもない阿呆のように思える。
どんな暴挙に出ても良いじゃないか。
ほど暴れてないんだから。
等という結論に至ってしまうイスラである。
だから、キールの助言をそのまま文字通りに受け止める事にした。
初めて剣を持たされた時のように、腰が引けたままで。
剣先だって腕の震えと連動してガタガタ鳴っていて、とてつもなく情けない状態だが。
見物人は彼等(セルボルト家)しか居ないのだから。
島の連中にコレを目撃されるよりは遥かにましだと自分を宥める。
「その通りだよ、イスラ」
キールはイスラの態度に片眉を持ち上げたが、特に深く追求せずに杖を掲げた。
その夜。
クラレットは屋根上にカシスを呼び出し(カシスは何故か怯え、遺言をリプレに託す程度には錯乱していた)感謝の言葉を伝えた。
姉として身内として、共に戦った仲間として。
当然だと思って伝えてこなかった感謝の気持ちを。
勿論カシスもクラレットの気持ちを酌んだには酌んだのだが。
穏やか過ぎる姉の笑顔の裏に何かがあるのでは?
と、至極当然の悩みを抱え二週間ほど魘されていたのは。
リプレだけが知っている秘密である。
墓参りにおいて予想外の被害を被ったカシスであった。
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