『護衛獣への道(兄妹喧嘩編)』




居心地の良い揺り篭(別名サモナイト石の中)でまどろむイスラは現実世界へ放り出された。

普段は比較的過ごしやすい空気が漂うバノッサ邸。
がおどろおどろしいものに包まれている。

首を傾げるイスラの隣に居るのはカノン・クラレット・ガゼル。
しかもバノッサ邸横に設置した丸テーブル&椅子という場所に居たりした。
余談だが何故自分がココに居るのか。
イスラはこれっぽっちも理解していない。

「ここからだと良く見えるんです」
クラレットがオルドレイク張りの不敵な表情を浮かべて窓を指差す。

訝しみつつイスラが顔を横に向けるとバノッサ邸の窓から中の居間が見えた。

仏頂面でかなーり不機嫌そうな顔で本を読むバノッサと。
下唇を噛み締めた元気のない が。
バノッサは居間の椅子に座り。
はバノッサとは背中を向け床に直に座り。

なんとも気まずい空気を漂わせつつ黙り込んでいる。

『??? なんだい、あれは』
窓から放出される『気まずい』空気にイスラも驚きを隠せない。
ギスギスした空気だけが肌を刺しイスラを刺激した。

「兄妹喧嘩ですよ」
サラッとカノンがイスラの疑問に答える。
顔は笑い、目は冷たい輝きを放った状態で。

『あ……』
小さく呟きイスラは目を見開く。
そしてそれきり声も出せずに押し黙った。

「わたしはわたしなりの喋り方しか知りません。だからハッキリ言います。喧嘩の原因はイスラ、貴方のせいです」
クラレットは鋭くイスラを睨み断罪した。

紅の暴君を扱いきれず、フラットの仲間を傷つけ。
兄と妹を喧嘩させた諸悪の根源を。

「クラレット、だから俺も悪かったって……」
ガゼルが第二撃を放とうとするクラレットより先に発言する。

と一緒に呑気に野盗狩りへ行っていたガゼル。
責任を持ってクラレットの暴走を止めて来い。
なんてリプレに申し付けられ同行したのだが。

「確かに に誘われて野盗退治したガゼルも悪いです」
クラレットは真顔でドキッパリ言い切った。

家族( ・カノン含む)それ以外。

明確に線引きされたクラレットの物言いにガゼルがテーブルへ突っ伏す。
俺達一応は仲間だろう? 心の中だけで絶叫して。

「まぁまぁ、ハッキリ言ってはガゼルさんも傷ついちゃいますよ。クラレットさん」
凹んだガゼルにトドメとばかり。
カノンが口調は軽やか、雰囲気は果てしなく黒く答える。
イスラはあらゆる意味で硬直中だ。

「イスラ君が落ち着いたと早合点した僕達も悪いですし」
泣き笑いの表情でカノンが本日の飲み物、緑茶を入れ始めた。
緑茶特有の緑の香りが全員の鼻腔を擽る。

「ああ? そりゃー、どういう意味だ?」
ガゼルは勢いよく身を起しカノンが淹れた緑茶入り湯飲みに手を伸ばした。

一々クラレットの言葉を真に受けていては身が持たない。
クラレットは仮面を脱いで良くも悪くも己に正直な女性になっただけ。
ガゼルも家族として彼女と生活し、その辺りは心得ている。
よってイスラよりも復活は早い。

「僕達は さんに救われました。だけどイスラ君は違います」
カノンも慣れた態度でガゼルの割り込みを咎めず。話を進める。

に関わる存在全てが によって救われた。こう考えていたわたし達も愚かだったという事です」
クラレットは黒い何かを引っ込めて自嘲気味に笑った。
見ようによっては自虐的ともいえる微笑である。

「まぁ、あぁ……。確かにな」
ガゼルは唸って鼻の頭に皺を寄せた。

バノッサや 、当人であるイスラから聞いた限りではイスラは によって『救われていない』
が万能ではないとガゼルは知っている。
四年かけて受け止めたからこそ と騒げるのだし、馬鹿もやれるのだ。
神様だからこそ凄い面と間抜けな面を が持つ事も知っている。

「イスラは生まれ変わる意味でサイジェントに来た。けどそれだけ、だもんな。何の進展もなかった」
ガゼルは放心状態のイスラを放置して話の流れを戻す。

ここ一ヶ月と少し。
ガゼルから見ていてもイスラは何一つ成してはいなかった。

自分という存在と向き合いもせず、ただただ、周囲に圧倒されて過ごす日々。

なりに努力はしていたようだが。

神の視点と人の視点は違う。

フォローは出来てもイスラに完全な道を示す事はできなかったのだ。
は人に干渉するのを嫌う優しい女神だから。
イスラはイスラで何を考えていたのか……。

違う。
自分達も のこれまでの偉業に胡坐を掻いて黙っていただけだ。

 良くも悪くも保守的になったな。

ガゼルはここまで考えて大きく息を吐き出す。

「ガゼルの言う通り。わたし達もまた がイスラを『癒す』のだと。勝手に思い込んでイスラに対して壁を作っていました」
クラレットは自戒の意味が篭った自身の考えを口にする。

本当ならイスラに嫌われようが反発されようが。
フラット流の親切大安売りを実施すべきだったのだ。
イスラから本音を引き出す為に。
自分達と考えが違っても良い。
人の願いは千差万別。
だからこそ歩み寄れるのだし理解しあえる。

教えてくれたトウヤ・ハヤト・ に対して余りにも受身過ぎた。

どうして自分からもっと動けなかったのだろう? クラレットとしても後悔ばかりが胸を覆い尽くす。

「イスラ君と距離を置いて見守ることが最善だと勘違いしてたんですよね」
カノンも苦々しい口調で零し、緑茶入りの湯飲みをクラレットの前に滑らせる。

バノッサが何処まで考えていたか。
カノンにも明確には分らない。
けれど家族として自分は見守りすぎたと感じてる。

イスラは家族ではあるがそれ以上に『ぶつかってでも』信じる在り所が違っても互いの考えが違うと。
こう認識できるほど語り衝突しなければならなかった。

けれど自分がした事といえば。
イスラに居心地の良い表面上の空気を味合わせただけだった。

捨てられる悲しみを知っているのにこの体たらく。
カノン自身それが悔しくて仕方ない。

「フラット直伝のお節介も色褪せるくらいだったぜ。俺もその一端を担ってたなんてよ。進歩ねぇな」

窓の中では相変わらず気まずい空気だけが漂っている。
後数十分もすれば が根負けして泣くだろう。
そしてバノッサが渋々許しを与えるのだ。
手に取るように分る今後にため息つきつつ、ガゼルは会話に加わる。

リプレから頼まれたし、何より、自分が『物分りの良い大人』に成りすぎてしまった事実に嫌気がさしていたから。

人から精神的に子供だと罵られようが構わない。
これが自分流なのだから。
遠慮していては何も始まらない。
だからこそ四年前に言ったではないか、何も知らないハヤト達に。
フラットで面倒を見てもらえる事に感謝しろとケチをつけた。

「失敗から学び取れば良いじゃないですか。ガゼルさん」
やや棘のある発言でもカノンなりに自分を鼓舞しようと懸命なのだ。
黒い何かを微量撒き散らすカノンにガゼルは片眉を器用に持ち上げる。

「へいへい。せいぜい努力させてもらいます。ってイスラ!! お前さっきから黙り込んでどうしたんだよ。おーい、大丈夫か???」
話の流れでイスラに声をかけようとしたガゼルは、ぼんやりするイスラの顔の前で手を振って注意を引く。
にもかかわらず、イスラの瞳は空虚を湛え宙を見据えるばかり。

『……やっぱり……僕は……』

 要らない存在なのかもしれない。

イスラの心奥にずっとずっと仕舞われてきた、イスラ自身の不安と自己存在否定。
レヴィノス家の跡取りとして押し潰されそうな重圧を受けながら。
死ぬ事すら許されなかった『出来損ない』
走馬灯の如く頭に蘇る、自分を否定し続けてきた半生を振り返りイスラは儚い表情で黄昏ようとして。

「はぁ。いい加減にしてくださいよ、イスラ」
地を這う声音を持ったカノンに思考を中断される。

 バキャ。

変な音がしてカノンが手にしていた湯飲みが粉々に砕け散る。
鬼神の血を引くハーフ。
力を入れ過ぎたカノンはうっかり湯飲みを握力だけで潰していた。

『カノン?』
温和な人がキレると怖さは倍増です。
流石のイスラも惚けて温和を地でいくカノンの豹変に目を白黒させる。

ガゼルとクラレットは慣れたもので、やれやれと頭(かぶり)を振り合うだけで特に発言は挟まない。

「確かに貴方は気の毒で可愛そうな貴族のお坊ちゃんで、死んでます。
オルドレイク、あの性悪ハゲに上手いように利用された事も多少は気の毒だとは思ってます。これは嘘じゃありません」

カノンは大量に怒りを含んだ赤い瞳でイスラの瞳を射抜く。

真っ直ぐすぎるカノンの表現にイスラは薄っすら口を開いて固まる。
イスラが困惑するのは理解できる、普段のカノンとキレたカノンのギャップは激しいから。
クラレットが気を利かせイスラの肩をそっと叩き促してやった。

『うん』
カノンの威圧に気圧されてイスラが素直に頷く。

「イスラが知りたかった事があって さんの…… の護衛召喚獣になったのと同じで。僕にだって譲れないものがあるんです。
の涙はもう見たくない。バノッサさんが怒ってる顔も見たくない!!!
僕は、僕はやっと取り戻した平和をただ満喫したいだけなんです。僕の家族と一緒に」

カノンは陶器の破片が手のひらに食い込むのも構わず本音をぶちまける。


少し前なら言えただろうか? バノッサと を『家族』だと。

矢張り心のどこかで遠慮があった。
居場所を与えてくれた彼等に引け目があった。
今でも……やっぱり自分は負い目を感じているだろうが、負い目を凌駕する譲れないものも出来て。

だから結局自分は何度でも同じ答を出すのだ。

家族と暮らせる平和を護ると、護る為に努力もするし綺麗事ばかりを選ばないと。


これが四年間でカノンが考え、到達した一つの『答え』である。



Created by DreamEditor                       次へ
 イスラに対しての接し方を反省する面々。
 年齢を重ねるという事は経験を得るという事でもあり、良くも悪くも保守的になっていってしまうのです。
 自分でも気づかないうちに。
 サイジェント組が過ごした四年間。成長した部分と大人になってしまった部分を感じていただけたら幸い。
 ブラウザバックプリーズ