『護衛召喚獣への道(幕間2)』



フラットの庭。
イスラはエルカ達を前に素直に頭を下げる。

『本当にごめん、エルカ・モナティー・ガウム。謝って済む問題じゃないけど、君達を本気で攻撃する気持ちはないんだ。
……紅の暴君に容易く乗っ取られた僕を許して欲しい』

紅の暴君は暫く手にしない。

バノッサと出した結論をエルカ達に告げれば、エルカは不機嫌を隠しもせずイスラを鼻で笑う。

「分れば良いのよ。でも紅の暴君を手にしないだけじゃ、問題は解決しないわ。その辺りは分ってるんでしょうね?」
エルカが腰に手を当てて踏ん反り返った。
因みにモナティーはショックが抜けきらないのか、 の背後に隠れてイスラの様子を窺っている。

『勿論』
イスラはエルカの手痛い指摘に苦い顔で答えた。

魔剣を手にしなければ暴走しない。
だからといって逃げ回るわけにもいかない。
自分の気持ちから、存在から。

恐らくクラレットとガゼル……カノンにバノッサに が。
逃げさせてはくれないだろう。

奇妙な確信がイスラにはある。

ガウムはエルカとイスラの会話を聞き、イスラの足元を徐にグルグル回り始めた。
怪訝そうなイスラの瞳をジィーっと覗き。

「キュ」
何やら満足そうに一声鳴き飛翔。
寸分違わずイスラの頭へ着地する。

「ガウムは汝の謝罪を受け入れるそうだ」
がガウムの行動理由をイスラへ伝えた。

『有難う、ガウム』
「キュキュー」
イスラは手を伸ばしガウムの背をそっと撫でる。

あれだけ攻撃的になっていた自分を見たのに怖くないだろうか?

恐る恐るガウムへ手を伸ばす。

当の本人、ガウムはイスラを微塵も怖がっておらず身動ぎ一つしない。
却って気持ち良さそうに目を細め、ガウムは機嫌よく鳴いた。
モナティー一人は相変わらず の背後に隠れている。

「なら良いの。今度から気をつけて頂戴。あんな乱闘はもうこりごりよ」
エルカは頭を左右に振ってから大袈裟に息を吐き出した。

「その割に大活躍だったって話でしょ〜、お師匠から聞いたよ」
裏庭に気配を感じさせず。
フラットの屋根から庭へ落下する影が一つ。
モナティーが小さく悲鳴を上げ腰を抜かしかけ、ガウムも咄嗟に身構え威嚇の唸り声を上げる。

「アカネ、もっと普通に登場できぬか? 他の者の心臓に悪いではないか」
は顔色一つ変えず落ちてきた赤い服を着た忍ばない忍者・アカネを窘める。
エルカは額に青筋を何本か浮かべアカネを睨んだ。

「あはははは、ごめん、ごめん。ほら、職業病ってヤツ? 聞いたよイスラ、大暴れしたんだって?」
まずは に。
次いでエルカ、モナティーへ謝ってアカネはイスラに近寄る。

『まぁ、そうなるのかな』
複雑な様子でイスラが返事をした。

アカネが近寄った分だけ背後に下がって無意識に距離を取る。
自分が傷つける必要がない存在を傷つけた。
幾ばくかの心的外傷となってイスラの喉元に突き刺さっている。

「でも良かったじゃん。被害が少なくて」
怯えるモナティーとイスラの頭上のガウム。
それから勝気な態度が相変わらずのエルカを順に眺めアカネが屈託ない表情で発言した。

「ん〜、上手く言えないけどさ。 やイスラが遭遇した戦いってのが、それだけ大変な戦いだった。って事でしょう?
アタシは仕方ないと思うな。イスラが戦いの衝撃を引き摺っちゃうのってさ。アタシも師匠について戦場に立った時、そうだったし」

「暗殺者のくの一、アカネと一緒にしないでよ。エルカ達が住むメイトルパは結構平和なんだから」

あからさまにムッとした表情でエルカがアカネに詰め寄る。

あの現場を見ていないお気楽くの一に軽く云われたくはない。
輝き始めたエルカの魔眼にアカネは泡を食ってカイナの背後に逃げ込んだ。

「アカネさんはどうだったか知りませんけど。シルターンだって比較的平和ですよ」
自身の前に立つカイナの台詞にアカネは体勢を崩す。

「うむ。拙者は侍ゆえ、戦は日常であったがカイナ殿は巫女。道を教え護る一族で御座るよ。主に種族が異なる者同士の調停を行っていた筈だ」
カザミネの追加説明にアカネは座り込んで『の』の字を書き始めた。

「お国自慢か? 汝等」
黙って仲間の語りに耳を傾けていた が小首を傾げる。

背後のモナティーは仕方ないにしても、エルカとガウムはイスラの謝罪を受け入れた。
付随して、イスラの暴走を目の当たりにしたカイナとカザミネもイスラを否定しない。
彼等からすれば当たり前の行動であっても己とイスラからすれば有り難い。
心の中だけで彼等に頭を下げる。

『ははははは』
ガウムを頭に乗せたままイスラが乾いた笑い声をあげた。
『エルカも、カイナもカザミネも。自分達の戻る場所を持っているのに、どうしてリィンバウムに? に頼めば戻れるんじゃないかな?』
居場所がなくて の傍に居る自分とは違う彼等。
どうしてこの不便なリィンバウムで暮らしているのだろう?
些細な好奇心からイスラはエルカ・カイナ・カザミネにこう問いかけた。

「わたしは元々、シルターンのエルゴの守護者としてこの世界に参りましたから。新たな誓約者へ試練を与える役目も担っていましたし」
巫女装束の腕の裾で口元を押さえカイナが口火を切る。

「トウヤさん、ハヤトさんが無事試練を越えられて……。お恥ずかしい話ですが、その後の予定がわたしにはなかったのです。
ずっとシルターンのエルゴの守護として生活していたもので」
あのまま、谷で暮らそうとしていたんですよ。
はにかみ微笑みカイナが付け加えた。

「それが四年前の事件に関わって、少し視野が広がりました。結局姉もこのリィンバウムに居るので、シルターンで一人頑張る兄には申し訳なく思ってるんです。
この世界でエルゴの守護者として生活するのも大切だとは考えていますから。
けれど、今のわたしにとっては大事な守りたいモノは違います。皆さんと繋いだ絆をずっと持ち続けたい。これがわたしの願いであり護りたいものです」

清楚な空気を持つカイナから放たれる力強い何か。
これがカイナなりに考えて出した結論。
押し付けがましくなく自分に伝えてくれたカイナの気持ちにイスラは感謝して頭を下げた。
この仕草は から感染した一種の癖でシルターン風の挨拶に近い。

「拙者は剣の修行を求めて」
「あ〜、カザミネの場合は修行さえ出来れば場所なんてドコでも良いモンねぇ」
凛々しい顔立ちのカザミネが真面目に対応するも。
カイナの後ろに隠れていたアカネが顔だけ出して茶々をいれて空気を崩す。

「それは分るかも」
エルカがくふふふふとカザミネを小馬鹿にして笑い、唇の端を持ち上げた。

「アタシは師匠が召喚されたのに着いてきたんだ〜。還ろうと思えば還れるんだろうけど……今の暮らし、嫌じゃないし」
鼻の頭を人差し指で擦りアカネが照れた風に顔を紅くする。

目の前でシオンが消えそうになって慌てて師匠の上着を掴み事故召喚。
に、近い形でリィンバウムへアカネはやって来た。
意外とサイジェントの面々には知れ渡っている有名な逸話である。

『へぇ……だから、シオンさんはあんなにアカネを監視してるんだ』
アカネの些細な言動から彼女がどう行動していたか。
見抜く能力を持った忍のシオン。
普段の温和な彼がアカネの前では鬼の師匠と化す。何
度かその場を目撃していたイスラは感嘆した。
シオンの監視能力に対して。

「や、そうじゃなくて」
今度はアカネが両手を意味不明瞭に振りその場から一歩後退する。
「不肖の弟子だと申しておるな」
は爽やかに微笑みアカネに意識してトドメを刺した。

『師匠役というのも大変なんだね』
素に近い感想をイスラが零せばアカネは「うわぁあぁぁん」なんて。
泣き真似をしながら脱兎の如く庭から消え失せた。
この四年間でアカネが培った『自分に都合の悪い事は有耶無耶にして逃走』の術、である。

『……えーっと???』
「何時もの事よ。気にする必要はないわ」
アカネの行動基準が分らず、焦るイスラの背中をエルカが軽く叩いて肩を竦める。

「おやつよー!! もイスラも寄っていって。カノンにお裾分けがあるから」
フラットの台所、窓から顔を出したリプレが号令をかけた。
アカネの脱出劇で停滞しそうになった空気がリプレの鶴の一声で動き出す。

「リプレママには逆らえぬ。行くぞ、イスラ」
モナティーを己の右側に。
イスラを逆の左側に。
それぞれ配して はフラットへ向け歩き始める。
の行動に促されカイナとカザミネ、エルカも に続いた。

『そうだね』
当初の目的を果たしたイスラはほんのちょっぴり浮上した気持ちを胸に。
頭にガウムを乗せたままフラットの建物内へと歩き出す。

「イスラはまだ怖いです。けど、ごめんなさいはモナティーも一緒ですの。うにゅぅうう、まだイスラの顔は怖くて見れないですの」
フラットの居間へ入る直前。
モナティーが両手で自分のワンピースの裾をギュッと握り締めたまま。
顔も俯いたままでイスラへ口早に告げ居間へ飛び込んで行った。

『……ごめん、ありがとう。モナティー』
イスラは一瞬虚を突かれるも。
素早く我に返り、モナティーの小さな背中へ精一杯の感謝の気持ちを伝えたのだった。



Created by DreamEditor                       次へ

 幕間でまずは怪我をさせた人達へ謝りに行きます、イスラ。
 ここから本格的にサイジェント組に振り回されていく予定。ブラウザバックプリーズ