『護衛獣への道(フラット在住メイトルパコンビ編)』



愛用の拳をつけてファイティングポーズを決めるのがモナティー。
モナティーの隣のガウムも身体を伸ばし威嚇の唸り声を上げる。
そんな元気一杯メイトルパ凸凹コンビ背後では腰に手を当てたエルカが立つ。
矢張り手には愛用の爪を装備して。

『はぁ……』
決闘状を叩きつけられたイスラは、フラットの裏庭でモナティー・ガウム・エルカと対峙していた。
決闘を持ち出された根本的な理由も分らずに。

戸惑い気味に立ち尽くすイスラの窮状を見取ったエルカが盛大に息を吐き出す。

「別にイスラがどう、って訳じゃないのよ。二人を納得させるにはこれしかないし。エルカもイスラの実力が何処にあるのかは気になってたし。
お互い恨みっこなしの一回きりの勝負って事で」

エルカは両腕を広げて肩を竦める。

モナティーのイスラに対する不満……主に護衛獣という立場を容易く手に入れた(風にモナティーには映る)イスラの に対する嫌味な態度に不服は募り。

爆発する前にエルカがあっさり言ったのだ。

 そんなに納得がいかないなら勝負して白黒つければ良いのだと。

いかにもメトラルの族長の娘、エルカらしい提案である。
がモナティーはすっかりその気になって『決闘状』なるものをイスラへ叩きつけたのだった。

「まぁ勝負位なら良いんじゃないかな。モナティーもあれで怒ってるみたいだから」
すっかり困り果てたイスラは常識人の一人であるトウヤへ目線を送る。
トウヤはイスラ達から距離を置いた場所で座り込み発言した。

「そうだよね〜、普段は に引っ付きたくても機会が少ないし」

 お姉様に邪魔されるからね。

声に出して後半の理由は言わずカシスがトウヤに応じる。

名目上モナティーの『ますたぁー』の一人であるトウヤと相棒のカシス。
この二人が勝負の立会人を務める事を了承した はガゼルと共に街外活動中である。

『君達が大丈夫だと言うなら、僕は構わないけど』
いまいち決まっていないファイティングポーズのモナティー。
彼女を横目に、イスラは途方に暮れかかる。

手合わせ程度の勝負に対する毛嫌いはない。

けれどド素人に近い雰囲気のモナティーと戦って良いものなのか?
背後のエルカはまだ手馴れていそうだが。

どうにも『召喚獣』は苦手なイスラだ。

あの島での彼等を思い出すから。

断っても良かったのかもしれない。
嫌なら嫌だと言っても。
ただ……矢鱈と挑発的なモナティーに煽られる形で決闘を了承してしまった自分も『大人気』ないのだろう。

諦めも僅かに混じった気持ちでイスラは紅の暴君へ手を伸ばした。

「頑張りますのぉ〜」

 ブンブン。

モナティーは拳を振り回す。

『お手柔らかに頼むよ』
紅の暴君の力を解放し、姿を変えたイスラは曖昧に笑って返した。

戦いの場は整った。
カシスは苦笑いを浮かべ裏庭の四方に水晶を置き、召喚術の威力を外に漏らさないよう結界を施す。
とはいっても、結界自体は簡単なもので、トウヤとカシスが本気で召喚術を放てば隣のフラットの建物ごと簡単に吹き飛ばせるだろう。
あくまでも気休めである。

「キュウ〜」
ガウムが素早さと柔軟性を生かしイスラの足元を狙う。
軽く背後にバックステップしてイスラはガウムの奇襲を避ける。

「いくわよっ」

 ビュゥ。

エルカの装備した爪が空を切りイスラへ襲い掛かった。
外見が少女なだけに油断しがちだがエルカは見た目に反して力がある。
条件反射で紅の暴君でエルカの爪を受け止めたイスラの表情が真剣なものへ変わっていく。

『成る程……手加減はいらないみたいだね』
自分を『置いてけぼり』した のニヤニヤ笑いに内心で腹を立てつつ。
イスラは紅の暴君を構え直すのだった。


こうして手合わせという名の決闘が始まって数分後。


 おかしい。

イスラは脈打つ紅の暴君に違和感を覚えていた。

モナティーの単調な攻撃やガウムの精神攻撃を交わしながら眉間に皺を刻む。
この面子で一番油断のならないエルカの鋭い一撃は注意深く避けながら。

紅の暴君は遺跡が沈黙した現在ではその力の殆どを失っているはずである。

なのにこの力強さは……島でアティの碧の賢帝を砕いた時と同じ強さを……イスラへ伝えている。

『わ……』
 わるいけど、一時中断して良いかな?

イスラはそう提案するつもりで口を開き。
全身が金縛りにあったように動けなくなった。
否、イスラが動けないのではない。
イスラ自身が自分の意思で身体を動かせないのだ。

 だ……めだ……にげ……ろ………。

血の気配に。
敵を屠る快楽に酔いしれる紅の暴君に精神をジワジワ侵される。
イスラは声に出せず彼等へ思いを伝えようとして意識を失った。

「ペンタ君ボムですのっ」
攻撃の手が休まったイスラへモナティーがペンタ君ボムを投げつける。
「相変わらず単調よね、その攻撃」
狭い範囲で巻き上がる爆風。
エルカは額に手を翳し爆風で視界が狭まらないようにしながら。
モナティーに呆れて言った直後、空気が変わった。

『見せてあげるよ』
薄っすら笑うイスラから漂うのは殺気。
それも強烈な殺気だ。
驚きながら直ぐに我を取り戻したエルカと違い、モナティーは文字通り殺気に当てられ動けなくなる。

「キュッ」
ガウムは身体を極限まで丸くし風船のような身体になる。

涙ぐむモナティーを庇いイスラの紅の暴君の一撃を受け止め、遥か後方へぶっ飛んでいく。
静観を貫いていたトウヤもイスラの豹変に驚き腰から下げた剣に手を掛け構える。
カシスは吹き飛ばされたガウム目掛け駆け出した。
強打に身体を痙攣させるガウムへ森の恵みを召喚して怪我を癒す。

「イスラッ! やりすぎよぉ!!」
紅の暴君を振り下ろしきったイスラへエルカが爪を上から下へ薙ぎ下ろす。
イスラは紅の暴君を持ち上げエルカの爪を受け止めた。

『……』
酷く虚ろで濁ったイスラの赤い瞳。
淀んだ赤い色に変化してしまったイスラの瞳がエルカの緑の瞳を捉える。

「!?」
尋常じゃないイスラの瞳にエルカは息を呑んだ。
ギチギチ音を立てる紅の暴君とエルカの爪。イスラが紅の暴君を振り上げる力を利用しエルカは後方に一回転。
間合いを取る。

「トウヤ!! 駄目」
それからイスラとエルカの間に割って入ろうとするトウヤに鋭い声を飛ばす。

「大きな召喚術だとフラットを壊すわよ。リプレママに叱られるのはご免だからね。それに……下手に間に入ってもエルカもトウヤも両方斬られるわ。最悪……モナティーも」
視線はイスラから外さずに。
エルカは冷静にトウヤの介入を拒む。

背後でイスラの殺気に戦意を喪失したモナティーが居て彼女が移動してくれなければ。
トウヤが助けに入っても結局は無防備なモナティーが一番危険な目に合ってしまう。
きっとそれは。

  が悲しむだろうし。
 セルボルトの馬鹿達が間違った方向に暴走するから。
 エルカが止めてみせるわ。
 安穏と四年間を無駄に過ごしてた訳じゃないんだから。

緊張に乾いた唇を下で湿らせエルカは全身に魔力を高める。

『邪魔をするなら殺すよ』

 誰に対して言っているのだろう?

イスラの眼差しは確かにエルカに据えられているが。
エルカを通り越して誰かを見ている。

現実と何処かでの記憶が混ざり合ったイスラの声音は底冷えする冷たさを伴う。
肌を刺すイスラの殺気にエルカは顔を顰めた。

「まったく」
どうしてこう問題のあるモノばっかり拾ってくるのだ。
文句が喉に出掛かるも、その自分も『問題ある』側だったからエルカは言葉を呑み込む。

文句を言うのはイスラが正気に戻ってからたっぷり本人に伝えれば良い。
今成すべきことは。

 頭に血が上ったイスラを落ち着かせること。よね。

滾るメトラルの血を無視してエルカは深呼吸をする。
落ち着き払ってエルカがイスラを見据えれば、イスラは渾身の一撃を持ってエルカの装備する爪を破壊した。

「つぅ」
爪が折られる。
在り得ない事態。
爪の破片が頬を切りジンジン痛む。

エルカが動揺を感じ動きが鈍ったその瞬間をイスラは見逃さない。
流石は が『護衛獣』と認めただけはある。
紅の暴君がエルカ目掛け襲い掛かる。

半ば覚悟を決めて両腕をクロスさせたエルカは横に弾き飛ばされた。

「トウヤ!?」
受身を取ったエルカが慌てて上半身を起しトウヤの名を呼ぶ。

「イスラ!!! ここは戦場じゃない!! 正気に戻れっ」
紅の暴君を咄嗟に受け止めたトウヤの剣は魔剣ではない。
あっさりとイスラの紅の暴君によって真っ二つに叩き割られる。
利き腕ではない左腕で紅の暴君の刃先を受け止めトウヤは叫んだ。

トウヤの左腕から流れる血にモナティーとガウムが声無き悲鳴をあげる。

『……』

 ふ。

イスラの瞳は長い前髪に隠れて見えないが、唇の端が持ち上がった。

「駄目ですのぉおおぉぉお」
仲間を思う強い絆が仇となる。
モナティーが絶叫しトウヤを庇って我武者羅に拳を突き出す。
そんな稚拙な攻撃を半身だけ翻しイスラは交わしてモナティーへ紅の暴君を突き立てた。
剣が肉を突き抜ける嫌な音が。
続いてモナティーが倒れる音が聞えた。



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 イスラの影を濃くするのとエルカの成長を描いてみたり(笑)
 ゼラム組は基本的に番外で出ずっぱりなので、こっちは主にサイジェントメインで。ブラウザバックプリーズ