『護衛獣への道(フラット在住メイトルパ組・後編)』




エルカにとっては四年前の悪夢の再来に等しい光景。
いや、四年前よりも仲間と打ち解けているからこそ、余計に心を抉る。

イスラの様子が可笑しいのも理解した。
自分がどう動くべきかも分っている。

だが、心と理性は別物だ。

「いい加減目を覚ませってのが分らないの!! イスラァァァ!!!」
肩から大量の血を流したモナティーがカシスに抱き起こされる。

冷静でいよう。
努めて平静を装っていたエルカもこれにはキレた。
全身に宿るエルカの魔力が急速に高まっていく。

『喰らえっ!!』
イスラは目の前のエルカをエルカとして『認識』出来ていない。
条件反射で紅の暴君をエルカ目掛け横薙ぎに風を切って振り払う。

カシスがトウヤが制止する間もない速度で。

 ガキッ。

最悪の事態を覚悟して目を細めたトウヤの耳に飛び込む金属音。
訝しく感じてトウヤは何度か瞬きをした。
そこにはトウヤが予想もしなかった頼もしい仲間が最悪の事態を回避してくれている姿がある。

背後のカシスが意味を成さない安堵の呟きを零すのを、トウヤは酷く遠くに聞いていた。

殿の心配が違った方向で現実になったようで御座るな」
イスラの紅の暴君を受け止めたカザミネが場違いにため息をついた。

「エルカさん。駄目ですよ……冷静で居られないのは分かりますけれど」
カザミネと背中合わせ。
手にした鈴の持ち手の部分でエルカのサモナイト石に溜まった魔力を四散させたカイナがエルカを窘める。

「カイナ……カザミネ……助かったよ」
額の冷や汗を拭ってトウヤが心の底からの感謝を二人に伝えた。
カザミネはニッと笑い。
カイナは口元で孤を描き笑う。

「少々手荒いが仕方あるまい」
カザミネが紅の暴君を弾き目にも留まらぬ速度で己の刀を鞘に仕舞い、抜刀。
高速で繰り出される居合いにイスラが怯んだ。

その隙にイスラの背後に気配を殺して近づいてきたシオンが手刀を叩き込む。
裏庭一体を覆っていた紅の暴君の邪気が消え、また元のサイジェントの穏やかな空気が満ちてくる。

「一件落着、でしょうか?」
シオンが首を傾ければエルカは脱力してその場に座り込んだ。

「お……遅いじゃないの。どうしようかと思ったじゃない……」
エルカが力なく悪態をつく。

今更ながらに心臓がドクドク激しく心音を刻み、身体中から緊張が抜け恐怖が駆け抜ける。
四年前のあの時。
死を視野に入れた戦いが蘇りエルカは全身がガクガク震えた。

「すみません、エルカさん。カノン君の手紙が気になってエルジン君達より一足先に帰ってきてしまいましたけれど。お役に立てて何よりです」
エルカの背を優しく撫でながらカイナが答える。

「カイナ殿とはサイジェントの入り口で偶然出くわしたのだ。事情を聞き、拙者も急いで参ったが。間に合って何よりでござる」
カザミネは瞼に掛かった前髪を指先で払い、相変わらずな態度で事情を説明した。

「わたしは蕎麦の差し入れに来ただけなんですけど……」
最後にシオンが片手で持っていたザルを上下に揺らして苦笑する。

「偶然でも何でも、有難うシオン。シオンが咄嗟に判断してくれなかったら危なかったよ。 の杞憂は大当たりになった事だしね」
トウヤは律儀にシオンへもう一度頭を下げる。
トウヤの感謝の言葉にシオンは笑みを深くした。

イスラの迷いが魔剣の意思を跳ね除けられないかもしれない。
が言っていた言葉を確かめる意味合いが濃かった今回の決闘。
まさかココまでイスラが剣に意識を奪われ、本気で戦ってきたのはトウヤの想定範囲外だった。
こんなことなら荒野で戦えばよかったとトウヤは後悔してしまう。
根本的な原因はイスラの不安定を知っていながら放置する にもある。

だが、元来責任感が強いトウヤとしては悔やむ気持ちばかりが先立ってしまうのだ。

「カザミネは……迷子になってて偶然ココに戻ってきたって感じだね〜」
トウヤの落ち込みを悟って敢えて。
カシスは話題の矛先をカザミネへ向ける。

どうしてトウヤが落ち込んでいるのか。
理由は分る。
カシスも から話を聞いて知っていたから。
だからイスラを甘く見て止められなかった点で自分とトウヤは同罪だ。

二人で負うべき責めであってトウヤだけの非ではない。
だから沈み込みそうな重い空気を変える。

「面目ない」
「えっ!? ホントだったの!?」
冗談で言ったのに渋い顔で頭を掻くカザミネにカシスが素っ頓狂な声で叫び。
益々恥ずかしくなって首を縮こませるカザミネをシオンとカイナが笑う。
ぎこちなくではあったが、トウヤも笑みを浮かべた。

「……助かったよ、エルカ」
痛む左腕を擦りながらトウヤは最後にエルカにも感謝の言葉を贈る。
彼女が頑張ってくれなかったら事態はもっと酷くなっていただろうから。

「それは良いけど。どうしちゃったわけ? イスラは途中からイスラじゃなかった」
エルカがトウヤ・カシス・カイナ・カザミネの順で仲間の顔を見渡す。
イスラはシオンの一撃で意識を失い元の姿に戻っていた。

「恐らく魔剣の意思に操られていたのでしょう。魔剣に残された魔力の残滓が強すぎます。一般的に魔剣と称されるものよりかは遥かに。
他からの干渉を受けた風にも見受けられますが……この段階でこれ以上は」

気を失ったイスラの額に手を翳しカイナが感じ取った魔力の反応を語る。

イスラがどのように魔剣の干渉を受けたのか。
こればかりは直接本人に問わねば分らないだろう。

「魔剣の意思? だって魔剣の元である遺跡って奴は の友達が壊したって話よ。だったら魔剣はイスラを主としている筈じゃない」
何度か瞬きを繰り返しエルカは伝え聞いた話をカイナとカザミネに教える。

はて? 首を傾げる事情が分らないカザミネにカシスが小声で耳打ちを始めた。
騒ぎを大きくしてフラットから誰かがやって来るのを防ぐ為に。
イスラが目覚めて再び暴走しないとは言い切れないから。

「うむ。それは面妖な」
カシスから粗方の事情を聞いたカザミネは眉を顰める。

「仮定でしかないけれど遺跡になにか異常が発生してるのかもしれない」
トウヤが表情を曇らせ紅の暴君へ視線を落とした。

「分りました。ゼラムに居るギブソンさんとミモザさんに伝えに行きましょう」
トウヤの言いたい部分を察したシオンが蕎麦のザルをカシスへ渡しながら。
さり気なさを装って伝令役を自ら申し出る。

「手紙が一番楽なのは分ってるけど、デリケートな問題だから。頼むよ、シオン」
両手を合わせてトウヤはシオンを拝む。

リィンバウムにおいては手紙が一番ポピュラーな情報伝達手段である。
しかし大事な問題は口伝が良いのだ。

特に を狙っているクレスメントの片割れだとか。
が絡むと大暴走を引き起こす聖女だとか。
更には無邪気な微笑を伴って平気で主を雷で攻撃する小狐だとか。

果ては面白がって小事を大事に発展させる豪快冒険家等等。

本来はミモザ達へ宛てた手紙から次第を知られようモノなら。
サイジェントの、フラットの問題が派閥の問題になり。
最悪国家的なレベルの問題へと発展しかねない。

冗談で済ませられれば良いのだが。

トウヤは自分の彼等に対する観察眼が正しいと知っているだけに。
こうやってシオンに頼んで口伝で連絡するしかない……と達観せざる得ないのだ。

「口に出すのは無粋かとも思うが」
一瞬だけイスラの太刀を見ていたカザミネが遠慮がちに口を開く。

「拙者にはこのイスラが魔剣に精神を支配されたのは、迷いもあったからと感じられる。心に迷いあれば精神は容易に闇に沈むでござる」
カザミネは侍としての見地から持論を展開する。

イスラの暴走が単に魔剣だけにあらず、心的な要因も関わっているかも知れない。
こう示唆した。

「ふぅん。そういう可能性もあるかもしれないわね」
エルカは腰に手を当ててカザミネの意見に耳を傾ける。
この四年でエルカが得た余裕を感じさせる行為だ。

さんは全ての事態を視野に入れて。その上でエルカさん達にイスラさんのお相手を頼んだのかもしれません」
ガウムが目を覚まし身動ぎする。
カイナはそっとガウムを腕に抱き上げながら言う。

「チームワークは随一だと褒めていらっしゃいましたよ?」
エルカのもの問う瞳を受け口元に笑みを湛えたカイナが続けて言った。

「確かに。連携はエルカ達が一番凄いよねぇ……普段がアレだから実感薄いけど」
カシスが遠くを見る顔つきで一人何度も頷く。

メイメイという怪しい酔っ払い、基、凄腕占い師がゼラムで開いてくれた『無限界廊』
そこで定期的に戦闘力を損なわない訓練をしているフラットメンバーだが。
意外や意外。
メイトルパ組の連携は群を抜き秀でていた。

「失礼ねっ!! 連携はちゃーんと毎回確認して一番良いものを取ってるわよっ」
エルカは頭から湯気を噴く勢いでカシスに食って掛かる。

「頑張ってるよ、エルカも、ガウムも、モナティーも」
数歩後退したカシスとエルカの間に素早く割って入り。
胸の前で両手のひらをエルカへ見せてトウヤはエルカを宥めに掛かる。

「……しみじみするのは良いけど、そろそろ を捜しに行こっか。バノッサお兄様も捜さないと。ここで喋ってても時間の無駄だし」
微笑ましい空気が流れようとするのをあえて遮断。
しみじみし始めた相方、トウヤの肩を叩いてカシスは現実へ流れを引き戻した。

「では拙者とカイナ殿は、イスラ殿が目を覚ますまでここで番をするでござる。モナティーにも伝えておくでござるよ」
その場に胡坐を掻き座り込んだカザミネが不器用に片目を瞑ってみせる。

「頼んだよ、カザミネ」
カザミネなりの気遣いにトウヤは片手をあげた。

それからカシスと共に、今頃荒野で喜々として野盗を身包み剥いでいるであろう。
妹を捜しに駆け足でフラットを後にするのだった。



Created by DreamEditor                       次へ
 助けに入るカザミネとカイナの背中合わせ。一度やってみたかったシュチュエーションでっすv
 急展開? とかいうのでしょうか。話の流れは気に入ってるんですが、文体が気に入りません(涙)誰か〜。
 ブラウザバックプリーズ