『護衛獣への道!?(誓約者編)』



穏やかに水面(みなも)流れるアレク川。
身体を撫でて抜ける微風がトウヤの垂れた釣り糸を揺らした。

頭上には輝く太陽と強さを幾分和らげた日差しを遮る木々の枝葉。
下で寛ぐハヤトと隣に納まる に。
トウヤに誘われたカシスは、トウヤの隣で一緒に釣り糸を垂れている。

数日振りに地球からリィンバウムへやって来たハヤトの為に、トウヤはカシスと を誘いアレク側へ趣味と実益を兼ねた釣りをしにやって来ていた。

『こうしていると質素な街だって感じるね、ここは』
ヒットした釣竿を引き上げるカシスとアドバイスをするトウヤの背中。
誓約者とセルボルト家の人間をぼんやり見遣りイスラは誰に言うとはなしに零す。

イスラがリィンバウムに戻ってきてから早二週間。
二週間の間にイスラがした事といえば、 とその家族及び仲間の顔を覚える事だった。
不満はないし顔を知らないと自分も困る。
理解はしていても自分に対する言及がない事をイスラは少々気味悪く感じていた。

「まぁーな。だからこそ、オルドレイクはサイジェントから少しした場所で魔王召喚儀式をやらかしたんだろ?
そのお陰で異界から事故で召喚された俺達も拘束されなかったしさ。ま、全部は結果論だけど」
普段の
12歳くらいの少女? の姿をした黒髪・黒目の の膝枕を堂々と堪能できる数少ない人間。
誓約者のハヤトが面倒臭そうな口調ながら。
内容は的を得たものをイスラへ返した。

『起きてたのか?』
瞼を閉じて穏やかな呼吸を繰り返していたハヤトが起きていたなんて。
てっきり眠っているとばかり思い込んでいたイスラは咄嗟に問い返してしまう。

「ココに居ると不思議と感が冴えてきるんだよ。良くも悪くもさ。リィンバウム出身のイスラに言うのもアレだけど。
ほら、俺等は異界の人間だろ? 経験がなかったんだ」
ひょうきんで騒がしい。
表面的にはそう見えるハヤトが自嘲気味に口元を歪める。

『具体的に聞いても?』
幾分声のトーンを抑えたイスラがハヤトの顔色を窺う。
は黙って会話を聞いているだけで基本的にイスラを野放図。

いや、全てにおいてイスラは やその周囲に試されているのだが、イスラは偽りの自分からの脱却を図るためにも。
の手助けを得る事無く自分で手探りで。
彼らとの距離の保ち方、接し方を模索している。

病魔の呪いで失った人間らしさを形成する時間と取り戻すべく。
自分自身の意思で。

「人を怪我させたり、召喚術使ったりな。
良くも悪くも治安がある程度良いんだよ。俺達が住んでる日本って国は。当然完全に安全って訳じゃないぜ? 殺人事件だって起きるし。
ただココみたいに身分差別や、暴力が公然と認められる世界じゃないってのは確か」

ハヤトは腹の上に手を置いたまま風を感じ小さく息を漏らす。

リィンバウムは無限の可能性を秘めている世界に思えた。
将来に対する感慨もなく高校生活を送っていたかつての自分からすれば。

だが現実はどうだろう? 召喚師による領民に対する嫌がらせ。
は圧政と言っていた。

騎士による公然たる領民に対する傷害。
はぐれ召喚獣の獣(人?)権にスラムに住む捨てられた子供達。
何もかもが紙一重の世界。

初めて尽くしで怒涛の勢いに流されていたあの時には見えてこなかったもの。

だけしか見つめていなかったもの。

今ならハヤトにも の気持ちがちょっぴり分る。
どこの世界であっても綺麗事だけで人は生きていけないのだと。

『僕が最初にハヤトと会ったあの世界だね』
静けさに包まれていた室内。
窓から盗み見た外側は見慣れない家の屋根が沢山連なっていて。
聞き覚えのない虫の声が大合唱している、妙に落ち着いた雰囲気が漂う世界だった。

どことなくゴミゴミしていて。
島でのラトリクスをシルターン風に崩した様な世界。
そんな印象をイスラは受けていた。

「厳密に言うと国だな。地球って星、世界にある島国の『日本』」
イスラの反応を腹裡だけで分析しながらハヤトは訂正を入れる。
『他にも国があるんだね?』
「えーっと確か二百近くは」
ハヤトの訂正を受けてイスラが鋭く切り返す。
元々頭の回転が良いイスラだ。ハヤトの言葉の裏を読む。

「人種も言語も宗教も生活習慣も。国が違えば皆違う。ここらへんはリィンバウムも同じだろうけど。帝国と聖王国、雰囲気違うだろ?」
ゼラムとサイジェントですら雰囲気が違ったのだ。
恐らく未だ見ぬ帝国もイスラの雰囲気から察するに聖王国とは異なる空気を持つのだろう。
ハヤトなりに経験を積んだ結果を元にイスラへ確認を含めた問いかけを投げる。

『サイジェントを基準にすれば、大分違うね』
イスラはハヤトの意見を肯定した。

「意外だろ?」
唐突に。ハヤトは悪戯の大成功した子供の顔でイスラに言う。

『何が?』
内容の把握できない問いには疑問系で。
イスラも会話における情報戦を学んだ一人として、セオリー通りに対処する。

「俺がこんな風に国について喋れる、なんてさ。戦争も知らない甘ちゃん、で成り行きで誓約者になった異界のはぐれ。そう見てないか? 俺の事」

パッと見はお坊ちゃん風なのに、イスラに課せられた運命は過酷だった。
だった、なのだ。
生憎ハヤトはイスラではないので、イスラの苦しみを察する事はあっても、イスラの苦しみに共感は出来ない。
災難だったとは感じるも、それも過ぎ去ってしまった昔の話。

『否定はしないよ』

強いて言うなら姉とアティを足して二で割った雰囲気を持つハヤト。
性別が男の分だけ多少は『しっかり』しているようだが。
イスラからすれば『甘ちゃん』そのものである。

イスラは明言こそ避けたがハヤトを甘ちゃんと認識している、事実を認めた。

「一応一言断っとくけどさ。正義って建前があったからでもないし。酔狂で引き受けたつもりもないぜ? 誓約者って役割」
ハヤトはイスラの肯定に唇の端を持ち上げるも取り立てて追求しない。

イスラが自分達サイジェントの者をどう捉えているのか。
僅かに興味はあるがこれから を筆頭とした個性的な面子に振り回される『悲劇のお坊ちゃん』が右往左往する姿を拝んでいた方が絶対に楽しい。
イスラはまだサイジェントやゼラムの仲間の個性を知らないのだから。
腹だけで考えてハヤトは表情を緩めた。

「追加するなら の兄貴分って立場も」

 自分で選んだ。

誇らしく言い切るハヤトの額。
兄姉限定で発揮される蕩ける笑みを湛えた が口付けを送る。
親愛の情を最大限に込めた気持ちを。
ハヤトは腕を伸ばし の頬を軽く抓ってから再び瞼を下ろした。

『一筋縄じゃいかないお兄さん、だね。彼
も。の部分に力を込めイスラは体の緊張を解く。
バノッサを筆頭としたセルボルト家の人間もそうだが。
を猫可愛がりする面々は一癖も二癖もあって侮れない。

イスラに対して敵愾心を抱くとか嫉妬するとか。
低レベルな感情はないらしいが、明らかに試されているのは分る。

分るだけに自分という人間が経験してきた戦いと争いの無意味さに苛立ってしまう。
蹴散らして殺せば良い『戦い』とは違う。

リアルタイムで綴られる彼等との会話は軽いようで重く、浅いようで奥行きが深い。
帝国軍のイスラ。
アズリアの弟のイスラ。
でなく、ただのイスラとして向き合わねばならない相手としては厄介だ。

「そうか? だが楽しいであろう? 自分探しも」
正に世界と初めての接触を果たしたイスラが一々驚き、虚を付かれ、戸惑う様は見ていて飽きない。
いずれ島に遊びに行った際には必ずアティとウィルに教えよう。
は心の中で決意してすまし顔で茶々を入れる。

『島で彼等に囲まれて愛想笑いを振り撒くよりかは』
イスラは の揶揄に渋い表情で応じた。
尤も痛いところを突いてくる嫌味の塊が だとしたら、 を溺愛する周囲だって少なからず曲者なのだ。
感じてイスラは大きく息を吐き出す。

「我の家族と友はとても強いぞ。心がな」
は釣り上げた魚を振り回すカシスと、魚を入れるバケツを取りに走るトウヤ。
二人の姿に失笑しながらイスラとの会話を続ける。

『今改めて実感させられてるところだから、心配は無用だよ』
カシスが歓声をあげ に手を振る。
が応じて手を振り返すのを視野に入れつつ、イスラは曖昧に受け取れる答だけを返した。

サイジェントの連中はなんだか自分の反応を面白がっている風に感じるのだが……。
本当のところを尋ねるのは少し勇気が居る。
打算や姦計・策略もないこの街でそれを確かめるには。

非現実に慣れすぎていたイスラは平穏な日々に少々溶け込めずに居るのだ。

サイジェントの面々もそれを分っているのでイスラに対する深い干渉は行わず、普通に接している。
それが益々イスラを戸惑わせると分っていながら。

クラレットとカシスの例もあるので深く考えていない、流れに任せよう。
という大雑把且つ大らかな思惑もあったりするけれど、概ね日々は穏やかに流れていた。

「それは頼もしい」
含みを持たせた物言いで が口を開けばイスラは複雑な顔になり。
こっそり二人の様子を窺っていたトウヤとカシスは悪戯の成功した子供の顔で笑い合うのだった。



Created by DreamEditor                       次へ
 まずはイスラがどう過ごしているかと、ハヤトの成長振りを。イスラはまだまだヒヨコレベル。
 成鳥には程遠いです。というよりサイジェントの人間は個性が強いから圧倒され気味? ブラウザバックプリーズ