『護衛獣への道(誓約者編・後編)』


時折怪しげな魚は釣れるも、『釣り』を趣味としたトウヤの腕前は素晴らしい。
フラットとバノッサ達に差し入れできるほどの魚を苦もなく釣り上げた。

「差し入れよ〜、皆」
フラットのある南スラム方角からリプレの声がする。

暫くするとアレク川に通じる土手をバスケット片手に歩いてくるリプレの姿が見えた。
釣り糸を真剣に見詰めるトウヤは振り向かないが、カシスはリプレを振り返りバケツを掲げて応じる。

「少しは釣れた? トウヤお兄ちゃん、カシスお姉ちゃん」
リプレと並んで歩いていたフィズがトウヤとカシスのバケツ目掛けて走っていく。

「よっ、少しは疲れは取れたか?」
の膝枕でまどろんでいたハヤトの脇腹を靴先で突き、ガゼルがニヤッと笑う。

危うく地球で死に掛けて妹に助けられ、それから体調不調のツケ(レポートの作成などetc)を取り戻すべく奔走していたハヤト。
精神的疲労も相俟って一週間の予定でフラットへ戻ってきている。

そんなハヤトにガゼルとリプレがプレゼントしたのは『穏やかな時間』だ。

地球でリィンバウムの存在を隠して『現代人』を演じるのも多少は疲れるだろうと。
ハヤトや から話を聞いて二人が考えた。
家族であるハヤトを労わりたくて。

「ぼちぼち。クラレットとキールが大人しく引いてくれたのが、なんか怖くてさぁ」

普段は の独占を巡って心臓が縮み上がる殺気を送ってくれる、クラレットとキール。
何故か二人は自分達は用事があるからと。
可もなく不可もなく。
普段以上にフツーな態度を以てしてハヤトを送り出してくれた。
後でオルドレイク直伝の呪いでも掛けられるんじゃないか。
却ってハヤトが怯えるくらい。

「あいつ等だってそこまで『オニ』じゃねぇだろ。用事があるってのも本当だしな」
ほんの僅かに遠い目をしてガゼルが答える。

今頃キールとクラレットはバノッサを問い詰めに、バノッサ宅で悶着を起している筈だ。
イスラが零した助っ人その二の存在を嗅ぎ取った兄馬鹿・姉馬鹿を地でいくキールとクラレット。
『誰』が の『助っ人』として過去の島へ飛んだのか。
気になって仕方ないらしい。
当の は存在を明かさないし、バノッサも面倒事を嫌って口を閉ざしている。

今日こそは兄の口を割らせて見せると意気込んでいたキールとクラレットを思い出し、ガゼルは二の腕に鳥肌を立ててしまう。

「?? キール兄上とクラレット姉上がどうして鬼なのだ?」
時々暴走するけれどとても優しい自分の家族。
あの二人が『鬼』? ガゼルの表現を解せずに が小首を傾げた。

「自分の胸に手を当てて考えるんだな」
ガゼルは素っ気無く に言葉を与える。

言い方はキツイが基本的にガゼルの根は良い方だ。
理解しているから は大人しく胸に手を当てて真剣に考え始めた。
そんな妹の姿にハヤトが笑いを堪え小刻みに震え。
イスラはイスラで後何回自分は驚けば良いのか。なんて嘆息していたりした。

「リプレが呼んでるし、俺達も行こうぜ。カシスに昼飯食い尽くされるぞ」
ハヤトとイスラの窮地を察したガゼルがさり気なさを装って賑わうリプレ達を指差す。
昼飯と聞いてハヤトが飛び起き を抱えて走り出し。
取り残されたイスラは目を丸くするもガゼルに促され輪に加わるのだった。



「うわ〜、リプレこれ美味しいよv」
フワフワの玉子焼きを口に投げ入れてカシスははしゃぐ。

一気にテンションを下げたセルボルト兄姉の中でカシスは一番に立ち直った。

過去の父親がイスラに……島の人達に与えた苦痛は計り知れない。
償いたいと思う。
でもそれを言ってしまえば島の人達に失礼だ。
彼等は彼等の信念を持って若き日の父親と戦い、その魔手を退けたのだから。
過ぎ去った過去に謝罪するよりも。

いつか。

いつかその島に行けたなら。

やイスラと一緒に精一杯の気持ちを込めて頭を下げられるようになりたい。
自分が頭を下げられる権利はないけれど『死なないでくれて有難う御座いました』と。
感謝の気持ちを込めて頭を下げたい。

表面上だけ前向きでお調子者だったカシス。
四年の間にカシスも成長した。
やトウヤ、ハヤトの影響もあり大分楽観的な思考を得ている。

「ありがとう、カシス。こっちは? この間アメルちゃんと一緒に考えた奴なんだけど」
リプレは持ってきた弁当の一角を示す。
「うんうんv 美味しいっ!! 幸せ〜」
リプレの勧めに従って芋を丸めて油で揚げた団子をフォークで突き刺し、口に運ぶ。
カシスは幸せ絶頂の顔で親指を立ててリプレにジェスチャーで伝えた。

カシスから美味しいと評価をもらったリプレもつられて笑顔になる。

無理に笑うキールとクラレット。カシスも二人のように落ち込んだかと思ったら素早く立ち直った。
悔やんでも仕方ないから。
笑って前を向くカシスが心の底からの笑みを見せてくれるのが嬉しい。

リプレが内心安堵して和んでいれば、カシスの脇から弁当へ誰かの指先が伸ばされ。
行儀悪くリプレ最新作の芋団子を摘み上げる。

「こら!! 、行儀の悪い事しないの」
目にも留まらぬ早業。リプレは団子を抓んだ の手を叩き落した。
「し、しかしリプレママ」
ビックリした が目を丸くしてリプレに反論しかけ。
「言い訳無用!」
 リプレの一言で撃沈される。
?」
クラレットとは違う意味での笑顔の圧力。
にこにこ笑って何かを促すリプレの貫禄は よりは上だ。
上目遣いにリプレを凝視していた は僅かに肩を落とす。

「ごめんなさい、リプレママ」
視線の攻防はリプレに軍配が上がり、 は渋々リプレに謝る。
常のあの高飛車な謝罪ではなく幼子の様な言葉遣いで。

「分れば宜しい」
不承不承謝る の頭を撫でてフォークを手渡すリプレの背後に後光が指して見える。
のは錯覚ではないだろう。

『……偉大だ』
イスラはポツリと零した。

「当たり前じゃない。リプレママに逆らえる訳ないでしょ。フラット最強なんだから」
フィズがフォークに玉子焼きを刺したままで振り回した。
『彼女が?』
イスラは間の抜けた調子で疑問を放つ。

全員が弁当に舌鼓を打つ様をにこやかに見守る良妻賢母タイプのリプレ。
母親らしさは感じられても、『母性=最強』とは考えられない。

「麺棒片手にヘルハウンドやっつける位だからね。フィズやアルバ、ラミ達を護る為にさ。リプレは芯は強いし遠慮はしないタイプだから」
「母は強しって訳よ。わたしも驚いたし」
トウヤ→カシスの順にリプレがいかに偉大かを語られイスラは何度か瞬きをした。
悲劇を嘆いていた己の母親とはまた違った母親の存在に内心だけで感心しながら。

「言われれば鬼姫ミスミも母だったな。だから強かったのか」
『……』
そしてイスラの小さな感動をぶち壊すのが他ならぬ である。

大いにベクトル違いの感慨に耽る にイスラは絶句。カシスに肩を叩かれ「諦めなさい、あれも の地なんだから」なんて慰められる始末だ。

「今日は有難う、リプレ、ガゼル」
食事も粗方終えようと言うタイミングでトウヤが頭を下げた。
「ちょっと!! わたしだってお弁当作るの手伝ったんだからね」
大いに不満。
顔にデカデカと記される勢いでフィズがトウヤに食って掛かる。

トウヤとしては場を設けてくれたリプレとガゼルに対する感謝の気持ちだったのだが。
フィズに掛かればそんなものは意味を持たないらしい。

「さんきゅ、フィズ」
剥れるフィズにはハヤトが感謝の気持ちを伝える。

仕方ないわね。

なんて言ってフィズが大人びた仕草で肩を竦めれば笑いが巻き起こる。

「誓約者だとか。セルボルト家の役割も大事だけど……。何よりわたし達は家族なんだから。苦労は互いに半分ずつ持てば軽くなるじゃない。
改まって言われると照れちゃうけど。どう致しまして」
口元に手を当てはにかむリプレは幸せそうだ。
頬を僅かに紅くしてトウヤの感謝の気持ちに反応する。

口にこそ出さなかったけれどリプレだってガゼルだって。子供達だって。
キール・クラレット・カシスを心配していたのだ。
落ち込む彼等に気休めなんて言えない。
彼等の父親がどれだけ異常だったかを間接的にせよフラットの面々は知っていたから。
だからこそ明るさを取り戻してくれたカシス・気遣いを見せてくれるトウヤの言葉が嬉しい。

「楽しい事は嬉しさ倍増だしよ。騒げるのは嫌じゃないしな」
ニヤニヤしたガゼルの脳裏に描かれているのは酒盛りの場面だ。
無意識に舌なめずりをしたガゼルに誰よりも早く反応したのは。
「ガーゼールーッ」
言わずもがなリプレで。
「なっ……良いじゃねぇかよ。治安だって安定してるし、祭りだってあるしよ」
ガゼルは瞬間怯むも機転を利かせ言い訳を並べる。

「ガゼルは元気が有り余ってるみたいだから。薪取りと、薪割りをお願いするわ。よろしくね。ガ ゼ ル
だがガゼルの反撃如きは歯牙にもかけない。
リプレは手を叩き、妙案とばかりにガゼルへフラットの仕事を与えた。

「卑怯だぞ、リプレ」
ガゼル、の部分を区切って発音されたガゼルは恨みがましく咄嗟に本音を零す。
「いいわね? ガゼル」
「……ぐっ」
リプレの笑顔の圧力に負けたガゼルが言葉に詰まれば。
周囲からは更に笑いが巻き起こる。

一人微妙に混ざりきれないイスラはこの先を考えて少し自身を失った一日であった。



Created by DreamEditor                       次へ
 イスラは基本的に『フツー』のコミュニケーションが苦手な子供かな〜、というイメージがあります。
 良家のお坊ちゃまだったし。なので環境が違う豪快フラットには圧倒されっぱなしです。
 バノッサが助っ人のイオスの存在を明かさないのは面倒だから、とルヴァイド達に迷惑をかけるのが嫌だからです(笑)
 自由騎士団として頑張ってるのにクラレットとキールが殴りこんだら壊滅しそうですからね……。
 いずれバレますがそれは番外間近で語られるでしょう。ブラウザバックプリーズ