『護衛獣への道!? フラット編・後編』


一頻り との抱擁を堪能したキールは漸く平常心を取り戻す。
の額に家族が行う親愛の意味を込めた口付けを落とし、一息ついた。

キールの状態を見極めたカノンがハヤトとトウヤを手招きし、フィズとアルバは何食わぬ顔で居間の自分の定位置の椅子へ納まる。
アカネは仕事の続きとばかりフラットから出て行って。
戸惑ったイスラをハヤトが指先で自分の隣に座るよう合図を送った。

「カシス姉上」
キールの腕から逃げ出した? は、寂しさ全開のもう一人の姉の名前を呼ぶ。

〜!!!! お姉様は寂しかったわよ〜」

 ぎゅむー。

カシスは本人からの名指しもあって勢い良く に抱きつく。
頬擦りして涙を流すカシスにバノッサは口元だけで笑みを。
常に冷静で物事に執着が薄そうな女神の兄の、人間としての側面を垣間見てイスラは僅かに眉を持ち上げた。

「事情は粗方話したが、疑問はあるか?」
キールとクラレット、トウヤにハヤトの顔を順に見渡してバノッサが話の筋を戻す。

「つーか俺は何も聞いてないんだけど」
大雑把な の説明で何を理解しろというのか。
ハヤトが を顎先で示しながら、バノッサに再度の説明を要求した。

カシスと無邪気に頬を寄せ合って笑っている の姿にバノッサは目を細め、弟妹、カノンに説明したのと同じ説明をハヤトへ聞かせる。

「ふぇ〜、壮大且つ……なんとも」

 無駄な。

なんて言いかけて、ハヤトは一応は当事者であるイスラの存在に残りの言葉を飲み込む。

無色の派閥の幹部、否、オルドレイクの特異性は身に染みて理解しているハヤトである。
なんせ彼の計画の被害者なのだから。
彼だけがヤバイ人間かと思いきや、矢張り無色という集団は一筋縄では行かない連中が揃った集団らしい。
エルゴを作り出す。
ましてや世界を操るなんて……。
正気の沙汰とは思えないし、過去の遺物をリサイクルしようとした若き日のオルドレイクの発想にも脱帽させられる。

だからこそ現在では魔王を召喚しようとしたのかもしれないが。

ハヤトにとっては過ぎ去った過去である。

「過去の因縁なんて本当に恐ろしいですよね……。だけどバノッサさんも、 さんも無事で何よりでした」
キール以外の人間に紅茶の入ったティーカップを用意しながらカノンが零す。
家族を失うかもしれない苦しみ。
倒れたトウヤと姿を消したバノッサ、連絡の取れない
気の抜けなかった三日間を振り返っての一言である。

「すまなかった、カノン。幾らカノンでも時を越えるのは難しいと思ったのだ」
カシスの腕の中から顔だけを動かし は真摯にカノンへ詫びる。
カノンだから後で説明しても理解してくれるだろう。
なんて期待が の中にあったのも事実である。

「分ってますよ、 さん。暫く一緒に花壇を整理して貰って不問にします」
カノンは一見無邪気に笑ってその実根に持った言動を。
の分のティーカップをバノッサの隣へ滑らせつつ発した。
はカシスの腕の中で首を竦める。

「イスラ、手前ぇの扱いは の『護衛獣』だ。だがココに居る以上は矢鱈と不審な動きをされても困る。この街は仲間と家族が住む街だからな」
バノッサが家長の威厳を漂わせ断言すれば、居間に居る全員の背筋が自然と正される。

『勿論心得てるさ』
ここで初めてバノッサを注視したイスラはある事実に気がつく。

島では黒髪・黒瞳であったバノッサが。
現在は白い髪と赤い瞳をしている。

どうやら自分達は色々な意味で彼らに裏をかかれ続けていたらしい。
胸の内だけで自嘲気味に笑ってイスラはバノッサの次の言葉を待つ。

そこに玄関先から賑やかにお喋りしながら居間へ入ってくる固まりが。
大きな袋を抱えたリプレを筆頭とした買出し組が帰還したのだ。

「あら? 、お帰りなさい。今日は新しい家族が増えるって聞いたから、奮発してきちゃった。もう少ししたら手伝ってね」
の存在を認めたリプレが常と変わらぬ態度で に告げる。
お姉ちゃんお帰りなさい」
リプレを手伝ったのだろう。小さな紙袋を抱えたラミがはにかんで口を開く。

「うにゅううう!!! ま、ますたぁ〜!!!!」

 ドサドサドサ。

手にした袋を床へ落とし中身をぶちまけ。
感涙し出すのがモナティーで、モナティーの頭の上に鎮座するガウムは に掛ける声を発するタイミングを逃す。

やれやれと頭(かぶり)を振ってフィズとアルバがモナティーのぶちまけた袋の中身を手早く回収して回る。
恐らくモナティーの次に来るのは彼女、だから。

「五月蝿いわよっ! それに邪魔!! あ、 お帰り」

 ドゲシ。

居間の入り口で固まったモナティーを背後から豪快に蹴り倒すのはただ一人。
メトラルのエルカである。

「い、痛いですのぉ。酷いです、エルカさん」
床に打ち付けた鼻を両手で押さえ、鼻声&涙目でモナティーがエルカに文句を言う。

「お疲れ」
少年っぽさが益々抜け精悍な顔立ちを覗かせるようになったガゼルが。
一言 に囁いて黙って頭を撫でる。
深い信頼の現れだ。
も黙って瞬き一つを返す。

一気に増えた人口密度に目を丸くするイスラ。
しかも誰もイスラに対して驚かない事が驚きである。

「手札を曝してもらうぜ」
続けて言うならバノッサに先を促されても、さっきの話の続きだと一瞬理解出来ない位。
イスラにとっては虚を突かれる光景であった。

どう見ても『はぐれ』で『役に立つか不明』な召喚獣達が、子供達と仲良く喋り、フラットの住人であろう面々と普通に。
一つの家族として手段を形成している。

温かく押し付けがましくない。
不思議な空気に気圧されてしまう。

「イスラ? ああ、この光景は見慣れない人には驚きでしょうね」
硬直したイスラにクラレットは合点がいった。
カノンからティーカップを受け取ってからイスラの気持ちを代弁する。

「まずは俺等の自己紹介からで良いんじゃねぇか? 明らかに驚いてるしよ」
買い物するリプレ達に同行したガゼルがリプレに話を振った。
「本当はエドスとジンガが戻ってきてからの方が短くて済むんだけどね」
リプレは口元に手を当てて微苦笑する。

「わたしはリプレ。この孤児院・フラットでフィズ達の親代わりをしているの。会う機会も多いと思うし、これから宜しくね」
イスラがどんな人物だったのか。
聞かされて知っているだろうに、リプレはあっさりと自己紹介を始めた。

「俺はガゼル。リプレとは幼馴染で現在のフラットの纏め役、って所だな」
レイドが騎士団へ戻ってしまったので、フラットの纏め役を引き継いだのがガゼル。

だからといってガゼルが大人しくしているわけも無く。
街の外へ出かけていったり、街で治安維持に裏から貢献したり。
相変わらず少々不器用な優しさを伴いながら。
フラットを守って生きている。

「エルカよ。一応……はぐれたところを 達に助けられた、のよね。多分。メトラルの族長の娘で魔眼の威力は天下一品だから、覚えておいて頂戴」
エルカは腰に手を当てたまま好戦的な眼差しをイスラに向けた。

二重誓約の原理を利用すればメイトルパに帰還できる、筈のエルカ。
だが寿命が人間と違う彼女はどうやらまだまだフラットに居座るつもりであるらしい。
気の強さと気位の高さは変わらないエルカだけれど、外界(リィンバウム)で学ぶ事も多い。
気持ちを切り替えて専らモナティーのツッコミ役として活躍中である。

「モナティーですの。ええっと、こっちがガウムですの。モナティーはレビットで、やっぱりますたぁ〜達に助けてもらったんです」
モナティーは や、トウヤ、ハヤトが居る限りは確実に『リィンバウム』残留決定である。
寿命も外見に似合わず長いらしいので当面フラットが静かになる事は無い。

「ラミです……フィズお姉ちゃんとは本当の姉妹なの」
小さな声でもしっかり挨拶するのがラミ。
人見知りはまだあるが、相手が柔和な顔のイスラとあって緊張も少ないようだ。

「挨拶が遅れて悪かったかな? 僕はセルボルト家の次男でキール。この城で摂政(イムラン)の補佐官として働いているよ」
平静を取り戻したキールが理知的な瞳をイスラへ向け、続けて自己紹介。

「わたしはカシス。リィンバウムに残った誓約者、トウヤのパートナーをしてるの。セルボルト家の次女ね」
カシスは相手によって態度を変える事無く。自分の立場を簡潔にイスラへ伝えた。

「僕はバノッサさんの義弟でカノンと言います。普段、バノッサさんと さんと一緒に暮らしているので、毎日会う事になりますね。宜しく御願いします」
クラレットに相通じる底の知れない微笑を伴ったカノンの言葉。

『初めまして』
怒涛の勢いでイスラに対して自己紹介が行われていく。

イスラという存在を受け入れる事を前提とした『自己紹介』が。

バノッサに強要されてイスラを受け入れた風にも見えない。
を信頼してるからイスラを受け入れた様にも感じられない。
イスラという存在が居るから受け入れる。
呼吸をするように自然に。

アティ達の様に優しさの押し売りをする勢いでもない。

何故か心が安らぐ彼等の態度。
無意識にイスラは本来の顔で素直に笑っていた。
相手を見下す笑みでも、儚げな笑みでもない。
普通の少年が浮かべる笑みを。

「さて! これからイスラの歓迎会を開くから各自準備!!」

 パンパン。

フラット最強リプレママの号令がかかれば各自、先程とは違った意味で背筋が伸びる。

バノッサはトウヤとハヤト、クラレットを伴い細かい打ち合わせの為に個室へ消え。

カノンはリプレを手伝うのだろう。フィズ・ラミの姉妹と一緒に台所へ姿を消す。

モナティーがそれを追って台所に行こうすれば、エルカに襟首をつかまれ庭へ連行されていき。

ガゼルは欠伸交じりに逃げ出そうとしてリプレに捕まり肩を落として台所へ。

アルバはエドスとジンガを出迎えに玄関から外へ飛び出して行った。

各自がどう行動すべきか分っている行動を取る。

「まぁ、ほどほどにね。護衛獣への道は険しいと思うから」
騒がしくなった声が各所から飛び込む居間で、カシスがイスラに小さな声で忠告する。
『ご忠告感謝するよ』
キールと額をつき合わせて仲良く密談中の を遠巻きに眺め、イスラは優雅に応じてみせるのだった。




Created by DreamEditor                       次へ
番外編へ続く小ネタドリ、の出発点です。色々イスラに会わせたい面子が多いので題して『護衛獣』への道(バックミュージックはドラゴンへの道でお願いします)です。初回はフラット編、ってコトで。ブラウザバックプリーズ