『話題休閑・断罪の剣5後1』



苦い液体を無理矢理口へ押し込まれた感触。
居た堪れない気持ちを抱えるアティ達の中で最初に行動を起こしたのはスカーレルだった。
傷ついた顔をする にそっと近づき数歩手前で立ち止る。

「ごめんなさい、言い訳はしないわ」
寂しい顔で笑うスカーレルを見上げた は、下唇を噛み締め体を震わせスカーレルに抱きつく。
てっきりハリセンでお説教かと諦めていたスカーレル、目を丸くして自分にしがみ付く の頭を見下ろした。

「謝るくらいなら……謝るくらいなら……無茶はするな。命は一つしかないのだぞ」
が握り締めたスカーレルの上着がクシャクシャになる。
震える声で己を非難してくる をスカーレルは片手で抱き締め、空いた手でヤードを手招き。

ってさ。ああ見えて本当、寂しがりやだし、子供だからね。ヤードの目に がどう映ってるかなんて僕には分らない。
だけどヤードが考えるよりも の精神年齢はずーっと子供だよ」
戸惑うヤードの隣に現れたウィルが背中を叩いた。

ヤードとしてはどう に謝ろうか思案に暮れていた最中。
思わぬ人物の横槍に内心だけで舌を巻く。
に対するウィルの観察眼に。

「同感! 妙に強気な割に変に弱気よねぇ。本当はヤードとスカーレルの無茶に泣き出しそうだったくせに。健気っていうか天邪鬼っていうか」
ウィルと同じくヤードの隣に移動したベルフラウがぼやき、ウィルに倣ってヤードの背中を叩く。
この島での体験を通してすっかり逞しくなったのはウィルとベルフラウかもしれない。
年下の経験浅い子供達に励まされヤードは緩やかに笑った。

「「早く混ざらないと本当にハリセン(だ)よ?」」
マルティーニ姉弟は声を揃えてヤードを後押しする。

ヤードは肩を竦めそれからスカーレルに近づき、スカーレルにしがみ付く の頭へそっと手を置く。
ヤードの気配に は標的をヤードへ切り替えしがみ付いた。

さんは強いですけど相手を思い遣る方でもあるんです。アズリア達は意外に感じるかもしれませんね。
振る舞いが自信たっぷりに見えるでしょうけど……あれも一種の誇張なのかもしれない。私達を勇気付ける為の」
呆気に取られる帝国組。
アズリアとギャレオの度肝を抜かれた態度に、アティが の気性を説明する。

尊大な口で理屈を武器に横暴を振りかざす彼女。
そんな印象しか持たないアズリア達にとって の弱弱しい様子は意外すぎて。
却ってどう反応して良いのか分らなくなってしまう。

「お兄さんとご一緒している さんを一度見たら納得できますよ」
目を丸くするアズリアの顔が、 に出会って四六時中振り回されていた頃の自分の顔にそっくりだ。
アティは笑い出さないよう細心の注意を払って、こう言葉を付け加えた。

「兄? この場には居ないのか?」
アズリアはバノッサとの面識は皆無である。
周囲を見回して と同じ蒼い髪を持つ、雰囲気の似た青年を探そうと目を凝らす。

「最初の頃に少しだけ見かけませんでしたか? 黒髪に黒い瞳の、なんとなく夜を連想させる雰囲気を持った方で。
事情があって名前は言えないらしいです。 さんとは血は繋がってないんですけど、本当に仲良しなんですよ」
アティはアズリアの考えが手に取るように分る。

孤高の王を髣髴とさせる だから、彼女が無条件で甘える存在が在る事事態が衝撃なのだ。
軍学校時代の懐かしい級友としての立場が戻ってきたのもあり、アティは嬉しさから とバノッサについて少々熱く語ってしまう。

「……アティ!」
ギャレオが苦りきった声音で呟き肘でアティの脇腹を突く。

ついさっきイスラが抜刀し無色の完全な手先と成り下がったのは確実で。
その心痛をアズリアが抱えていないわけがない。
無遠慮なアティの言葉の棘についギャレオは口を開いてしまった。

「あ、ご、ご免なさい」
アティもハッとなって慌てて口を噤む。
アズリアとこうして喋れるのが嬉しくて、余計な一言まで入れてしまった失態に気付く。

「気にするな、私なら大丈夫だ。 の兄に是非とも会ってみたいものだな」
慌てるギャレオとアティの姿に不思議と嵐の海だった、己の心が凪いでいく。

確かにイスラの件は悲しい。
悔しい。
例えようもない様々な感情がアズリアの中でない交ぜになっている。

それでも何故か を見ていると、自分もイスラに真意を問いかける事が出来るような気がしてくるのだ。
無茶だ、無謀だと。
咎められながらも自分を曲げない を間近で見ていると。

「アオハネさん、実は甘えっ子さんですから。この島に来た頃はオニイさんにベッタリだったですよ〜!! オニイさんもアオハネさんを甘やかすんです」
バノッサにベタベタの を多多目撃しているマルルゥが、したり顔で言い切ってアズリアとギャレオの感嘆の眼差しを受ける。
「マルルゥが言うか? 行動は乱暴だが、一応、 の心根には優しさってヤツがあるらしいからな」
マルルゥだって甘えん坊。
と比較しても遜色はない。
ヤッファがズレた額の布を直し注釈をいれる。

「一応じゃないぜ、ヤッファ! そりゃ、乱暴だけど は優しいんだぞ」
ヤッファの言葉を文字通り受け取ったスバルが勢いで手にした斧を振りかざす。

円を描いて揺れる斧の軌道を読んだヤッファは涼しい顔をしてスバルの斧を避ける。
そうこうしている内に背後から現れたキュウマにスバルは斧を取り上げられた。

「やや粗暴ですけど心根は真っ直ぐなお方ですね」
キュウマはスバルの斧をスバルの腰位置へ仕舞い。
を貶めているのか褒めているのか、分りにくい表現を使って を表す。

にしがみつかれたスカーレルとヤードが丁度カイルに説教を喰らって、ソノラからは怖い顔つきで睨まれていた。

「何はともあれ、めでたし、めでたし……あやや??」
マルルゥは話の方向が外れ始めたので無理矢理話を閉めようとして。

「違うって!! 今後は事情がもっと複雑になったって分かっただけだよ」
すっかりツッコミが上手くなったウィルに、鮮やかなツッコミを受ける。

『皆さん無事でしたか? ……… ?』
そこへ各集落の帝国兵と連絡を取り合っていたファリエルがフレイズと共にやって来る。
今回の戦闘場所は狭間の領域から少々距離があり、移動時間を考えたファリエルとフレイズは後方支援にあたっていたのだ。

「ファリエル! あのね?」

アティとアズリア達からは微妙に張り詰めた緊迫感が。
とスカーレル・ヤード及びカイル達からは和やか空気が。

それぞれ入り乱れる不思議な空間にファリエルは戸惑って立ち止まる。

誰に事情を尋ねれば良いものか、困りきるファリエルに救いの手を差し伸べたのはベルフラウだ。

ファリエルとフレイズを近くに招いて他の仲間の邪魔にならないよう、小さな声でこの戦闘の経緯をざっと説明する。

「そうですか、あの少年が」
フレイズが秀麗な眉を顰めアズリアをチラッと盗み見た。
『迂闊だったわ……無色が彼を自分達へ引き入れた時点で、可能性を考えなくてはいけなかったのに。でも過ぎてしまった事は仕方ないわね、フレイズ』
重々しい口調で前半を。
後半は真っ直ぐ顔を上げて喋ったファリエルはとても前向きな明るい顔をしている。

「そうですね、ファリエル様。今後に備えた協議を通じ、より深い連携を取れるよう道を模索しましょう」
フレイズも以前のフレイズとは一味違う。
直ぐに気持ちを切り替え次へと話を続けていく。
保守的でもあるが、矢張りフレイズもファリエルと同じく前向きだ。

「ファリエル、フレイズまで。なんじゃ、逞しくなったように見えるぞ」
ミスミが我が子の成長を喜ぶ母の顔つきでファリエルを見詰める。
が信じてくれたから。 が受け止めてくれたから。そして を信じているから、友達だって思ってるから。
わたしは強くなれたんだと思うの。勿論、ソノラやベルフラウ、アルディラ義姉さんとも絆を作れたって思っているわ』
照れ笑いを浮かべファリエルが小さく舌を出す。

姿を隠して存在感を薄めていた自分からは想像もつかない、兄が居た頃に近い自分。
いや、今はそれ以上に自分らしさを声高に伝えられているのかもしれない。
ミスミに褒められてファリエルは胸の底が喜びに温まるのを感じた。

「視野の狭かった自分が恥ずかしいくらい、 様は懐の深い方です。
魂の輝きは生まれつきではなく、その後の行動や生き様によっても美しくなると。そう 様に教わりましたから」
お得意の天使の笑みを炸裂させたフレイズが、ややうっとりしながら語る。

「ふふふ、そうか。 から沢山学んだのだな、そなた達も」
ミスミは扇をさっと左上から右下へ薙ぎ払い、戦場(いくさば)に立ち込める争いの空気をそっと一掃したのだった。



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 戦い終わった後の一幕? という雰囲気で。ブラウザバックプリーズ