『絶望の先へと2』



「トリス!!!!」
突然走り出したトリスの背中へネスティが怒鳴る。
だがトリスは弁明の一つも口に出さずそのまま街中へ走り去ってしまった。

「どうしたんだ? トリス」
フォルテが顔一杯に? マークを浮かべ首を捻り、隣のケイナも不思議そうにトリスの背中を見送る。

「けっ」
バルレルは心当たりがあったようで、忌々しげに舌打ちし。
ハサハも頭上の耳を頻りに動かして何かの存在を捜し始めた。

「どうしましょう……か」
伝令として一刻も早く砦の悲劇を伝えなければならないシャムロック。
困惑顔でフォルテを見遣った。

シャムロックの視線を感じたフォルテは曖昧な笑いを浮かべて頭を掻く。

「シャムロックさん、大丈夫です。トリスさんならきっとすぐに戻ってきます。ねぇ? ケイナお姉様、フォルテお兄様」
カイナが無邪気に笑って姉と、その相棒(恋人?)を揶揄すれば、見る間に凍りつくフォルテ&ケイナ。

ニヤニヤ笑うミニスの茶化しが入れば、緊迫した空気は砕けあっという間に笑いが巻き起こるトリス一行。

「……人心掌握が上手いな、巫女さん」
はぐれ召喚獣。
名も無き世界から誤召喚されてしまった、刑事のレナードがタバコを吹かしてカイナへ耳打ちする。
カイナは笑みを深くしただけ。
「あの御仁の直伝でござるよ」
カイナに代わって何故かカザミネが腕組みしてしたり顔で応じる。

レナードは器用に片眉を持ち上げカザミネとカイナに問いたげな視線を送るが、二人は黙って笑い返すだけだった。

一寸した漫才? らしきものが巻き起こっていた時、トリスは急かされる気持のままに疾走する。
無論後先など、後で盛大に落ちるであろう兄弟子の雷も気にせずに。



「ふむ、我が託した御守の効果は絶大だな」
角を曲がって細い通りを抜け、もう、ここがトライドラの何処だか分らない。
それでも走る足は止めないトリスの頭上。
懐かしい声が振りかかる。
「…… ……」
体力はそんなにないトリス。
冒険で幾分鍛えられたといっても、全力疾走をすれば疲れる。

肩で浅い呼吸を繰り返し、トリスはかろうじてその人物の名を呼んだ。

民家の屋根上に胡坐を掻いて座り不敵な笑みを浮かべる
太陽を背にトリスへ笑いかけた。

とゼラムで別れてそんなに月日は経っていないのに、とても懐かしく感じる。
同時に、何故 がこの場所に居るのだとか。
どうして自分は自然とココまで来たのだとか。
頭の中を疑問だけがグルグルと渦を捲く。

「まずは落ち着け。用件なら直ぐに済む」
トリスの混乱を見越している。
は手を左右に振って常と変わらない口調で言った。
「うん」
から感じる安心感、包まれてトリスも素直に頷く。

体重を感じさせずに がトリスの立つ民家の入り口隣にある木箱へ着地。
トライドラの城主が住む城へ顔を向ける。

「砦が陥落したという良くない噂を聞いた。巻き込まれたのか?」
疑問系を取りながら確信を持った の問いかけ。
トリスは無意識に唾を飲み込み、首を縦に振った。

「スルゼン砦では屍人使いガレアノに襲われた後。わたし達も襲われたけどやっつける事は出来たんだ。
ローウェン砦は黒の旅団が騎士達を襲ってたの。騎士団の団長、シャムロックさんだけが助かって……後は……」
語尾を弱めて俯くトリスの頭。
木箱に座る はそっと撫でる。
「大変だったのだな」
「ううん。仲間も増えて、心強いよ? 皆、とっても優しいし強いし」
労わる の言葉に、トリスが今度は首を横に振って応じた。

アメルの事情を知っても見捨てずに行動を共にしてくれる仲間達。
同行の理由は様々だがトリスにとっては大きな支えとなってくれている。

「わたしも頑張れてるかなって、そう思うの。 がいたら頼りっぱなしになっちゃってたかもしれない。
大変だったけど、自分で考えて行動出来るほうが何倍も良い事なんだって。最近はそう思えるようにもなってきた」
の前で本当の笑顔を見せたい。
考えてトリスは顔を上げて、精一杯の笑顔を浮かべる。

トリスの考えを理解した は心底嬉しそうに微笑み返し、目を細めた。

戦いは本当は好きではないけれど。
ファナンで海賊と戦ったり、森では悪魔に追いかけられ逃げ延び、砦で不気味な召喚師と対峙、別の砦ではシャムロックを救出したり。
立て続けにトリス達を襲う事件は確実にトリス達を成長させていた。

「そこまで考えてくれてた? ううん、きっとそうなんだろうね。最初はわたし達だけでアメルを守れるかなって。
凄く怖くて不安で仕方なかったけれど、少し自信がついたよ。 のお陰だね」
トリスがはにかみ、 の小さな手を握り締める。
「我は何もしていない。そこまで力をつけたのは、汝等が協力し努力し合った結果だ。汝等の志がアメルを守っておるのだぞ、自信を持て」
の否定の言葉さえも、今のトリスには に認めてもらえたみたいで気恥ずかしい。
「でも、この都市。フォルテが騎士の都市だって言ってたけど、なんだか変な感じがする。 はどう思う?」
顔に血が集まるのを意識しながら、トリスは話題を元へ戻す。

「怪しいと思う。如何に領主が聡明で偉大であろうとも、砦を陥落させる召喚師が相手となれば不利は確実だ。
都市の人々の姿も感じられぬし、罠があるかもしれぬと考えて当然の状況だな」

友としてトリスを信じるからこそ、率直に意見を述べる。
鋭い指摘を飛ばした の顔をまじまじ見詰め。
トリスは小さく息を吐き出した。

「うん…… はそう考えるんだね。わたしには思いつかないけど、勘っていうのかな? 胸の奥がゾワゾワして嫌な感じがしてる。この都市に足を踏み入れてから。
小さい頃からこういう勘だけは当たってたから、不安で」
眉根を寄せるトリスも胸の裡を へと打ち明ける。
「だが譲れぬのだろう? アメルを護ると決めた気持は誰にも」
僅かに頭を傾け、 がからかう口振りで言葉を投げた。
「勿論だよ! アメルだけじゃなくて、マグ兄も元気のないネスも。仲間も、皆、皆、わたしにとっては大切な存在だもん。絶対に護りたい!」
固い決意が篭った深い紫の瞳。
輝くトリスの眼を眩しそうに一見し、 は小さく噴き出した。

ムキにならずとも は理解しているというのに、口早に言ってのけたトリスの行動が面白い。

「むぅ〜!!! 笑うことないじゃない」
クスクス笑う の行動に頬を膨らませトリスは抗議する。
「す、すまない。つい……」
口元へ手を当て懸命に笑いの衝動を堪える

外見からすれば が年下なのに、これではどちらが大人なのだか分らない。
やっぱり は大人だな、なんて感じてトリスはほんのちょっぴり凹んだ。

「世界は広い。我等が考えるよりも広大で、様々な思惑が入り乱れ、時には悲劇を生む」
漸く笑いを引き込めたは真顔に戻ってトリスへ語り始める。

レルムの村や、砦の事を言い当てている にトリスは瞬きを一つして答えた。

「だが流されているばかりでは何一つ護れぬ。我の経験上感じた事だがな? 流されても良いが己の信念を見失ってはいけない。
無理に強く心を持つのではない。仲間と支えあい、共に心を重ねれば、それだけで強い心が生まれ出る」

一旦ここで言葉を区切って、次の言葉を はゆっくり口に出した。

「今後の困難にも、己を信じてくれる者達と共に心合わせて強くあたれ」
トリスの心の音は綺麗な和音を奏で、 の耳へと到達する。

「出来るかな?」
少し弱気になったトリスは上目遣いに を見上げた。

「出来ない忠告など我はしない。見込みがあるからこうして口に出している」
「あっ……」
僅かに意地悪く澄まし顔で告げる の台詞に、トリスは目を丸くする。

「我は友に出来ない行為を忠告するほど酔狂でもないからな?」
駄目押しでもう一度 が言えば、トリスは嬉しさに頬を高潮させた。

友達だから余計心配しお節介を焼く の気質。
分っていたけれどついうっかり忘れていたトリスである。

「……そうだね。 、ありがとう。今このタイミングでわたしを呼んでくれて」

 こんな風に正直な気持でありがとうと言えたのは、何年ぶりだろう。

トリスは頭の片隅でこう考え、一番のありがとうを へ送った。

「気をつけて城主の人に会ってくる。何も無いと良いけどそうも言ってられないもん。わたしはデグレアに負けたくないから。じゃぁ、またね? 
微風に乗ってトリスを捜すマグナ達の声が聞える。
トリスは最後に へ言って、声のする方角へ再び走って行った。

 トリスの音が輝きを取り戻し始めた。
 恐らくアレが本来のトリスなのだろうな。

小さな身体に秘めた大きな輝き。
見送り、 は時計台の針へ顔を向けたのだった。


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 トリスは腹を括ったら強くなるタイプだと思う(プレイしてみての感想)ブラウザバックプリーズ