『絶望の先へと1』




死んだ都市、と表現した方が似合いそうな静けさ。
都市の門からではなく、縄を伝って防壁からトライドラへ侵入。
人目を避けて人気の少ない裏通りで身を潜め辺りを窺う事数分間。

一人の人も通らなければ、都市に居ついてそうな猫さえも見かけない。

シンと静寂だけが支配するトライドラの家々。
人の活動気配がまったく感じられないのである。

「怪しさ大爆発の静けさだな」
侵入した 達の率直な感想はこれだった。





橙色の膝丈の上着。
首からさげた赤い色のマフラーが風に靡く。
人懐こくリューグに笑いかけるアカネだったが、リューグにさらりと無視された。

「あう……」

基本的に人見知りが無いアカネ。

サイジェントからファナンに居る、師匠のシオンへ屋台の材料を運びに来たところを。
によって強制連行され、 の連れだというリューグと対面を果たした。

果たしたまではよかったが、リューグから見てアカネはパッフェルに似た部分が在ったらしい。
見事に警戒されて距離を置かれているアカネである。

「案ずるな、リューグ。こう見えてもアカネは我のサイジェントでの知り合いで、シルターン出身の優秀な戦士だ。隠密行動にはうってつけ……の筈」
アカネをフォローする も、ちょっと間を入れてアカネの目立つ衣服を頭の先から靴先まで眺め。
途中で言葉を切った。

「はううううう!!!  まで酷いよぉ〜!!!!」
地団太を踏みアカネが盛大に喚く。
薄曇りの空にアカネの叫びが吸い込まれていった。

「まあまあ、アカネさん。良くも悪くも目立つのがアカネさんらしいじゃないですか。気にしなくても大丈夫ですよ」
憤慨したアカネの肩を叩いて宥めるカノンだが、発言内容そのものはフォローになっていない。
笑顔でさらっと小毒を吐くカノンに は口元を緩める。

「キュウウ」
ガウムも の頭の上から、重々しい調子で頷きカノンの意見に同意した。

「それ慰めにも励ましにもなってない!」
ジト目でカノンとガウムを睨むアカネだが、口調ほど怒ってはいない。

一時期行方不明になった との再会。
話には聞いていたし、 なら無事に日々を過ごしていると分っていたが。
百聞は一見にしかず。
間近で何時もの を見ると安心する。
内心安堵の息を吐きつつアカネは直ぐに笑みを顔に浮かべた。

「……」
密かにトライドラへ侵入し、あの怪しい召喚師連中の魔手が伸びていないか確かめる。
全てにおいて迅速かつ慎重さが求められる今回の遠出。
が頼りになる仲間だというから同行を許容したのに。

 大丈夫なのか? これで。

脳裏に浮かぶのは馬鹿兄とアメルの危機的場面。
呑気に笑っているアカネを横目に、リューグはなんとも言えない気持ちで街道の立て札へ目線を戻した。
もう間もなく、目的地であるトライドラへ到着する。





家の様子を覗きに行ったガウムが口をへの字に曲げて戻ってきた。
「キュウゥ」
家屋の壁の影と無造作に置かれた樽の合間。
身を潜めるリューグはガウムの落胆した姿に確信を新たにする。

「おい、やっぱり変だぜ。仮にもここは騎士達の都市なんだろう? 砦が二つも落とされてるのに騎士達が騒いでいる様子がねえ」
念の為にリューグが小声で意見すれば、 ・カノン・アカネは同時に首を縦に振る。
ガウムは首輪の部分を後足で掻き鼻を鳴らした。

「表向きは平静を保つという策を取っているとも考えられるが、可能性は低いだろう。普通の人々の生活する姿さえ見受けられぬとは、な」
淡く笑って は皮肉気に唇の端を持ち上げる。
「普通なら店も開いてる筈だし、子供達だって外で遊んでる時間だもん。どう考えても都市に異変が起きたとした考えられないよ」
アカネも珍しく真顔でまっとうな意見を述べた。
「アカネさん……真剣にもなれたんですね……」
生真面目なアカネの隣でカノンがしみじみ呟く。
心底意外そうに言い切ったカノンの台詞に は腕組みして何度も頷いてみせた。

「……あ〜、はいはい。アタシが普段不真面目なのは分ってるけどさぁ。今は非常事態みたいなモンだし、本腰入れようよ。遊んでないで」
とカノンの額を軽く叩いてアカネが嘆息すれば、 とカノンが同時に舌を出す。

「どのような状況でも心の余裕は必要だ。切羽詰り、焦りに囚われれば不利を招く。心を解そうかと思ったのだが」
飄々とした態度で が言い切り、リューグが白い目をカノンと へ向ける。

リューグの心の変化に気づいたアカネが苦笑いをして頭を掻いた。

「んっとねぇ。呆れたい気持ちは分るけど、 の言ってる事も一理在るんだよ。目的だけ考えて戦うのは隙を作るから駄目だし、やっぱ余裕っていうのは必要だと思うんだ」
リューグは眉間に皺を形作りアカネの話を黙って聞く。

「一年前のサイジェントの事件がそうだった。どんなに苦しい時でも焦らないで、くだらない冗談飛ばして笑って、皆で協力して頑張ってきた。
だからこそ事件を解決する事が出来たんだと、そうアタシは思ってる」
心持ち誇らしげに胸を張るアカネをリューグは目を細めて見据えた。

何かを成し得た人だけが放つ輝きの片鱗。
アカネの輝く瞳から垣間見えてなんだか眩しく感じる。

「そりゃ、全てが自分達の望んだ通りの結末にはならないけど。少なくともアタシが守りたいと願ったモノは守れたし。欲張ったらキリがないしさ? アタシは満足してる」
ニンマリ最後に笑ったアカネの笑顔からは、アカネ自身が告げた余裕に溢れていた。

「そうかもしれないな」
初めて が言った『頼りになる』という、単語の意味が理解できた気がする。
リューグは胸中だけで舌を捲き短く相槌を打つ。

「まずは本当に人が居ないか、一般住宅の中を探って確かめよう。下手に騎士の家をうろついて不審者だと思われては敵わぬからな」

 ゴホン。

咳払いを一つして全員の注視を引いてから、 は今後の行動の説明を始めた。

「どのような方法かは分らぬが、住人が何らかの被害を被り、空き家になった家々に敵が潜んでいないとも言い切れぬ」
言いながら は都市の気配を探る。

 むぅ……黒の旅団は居らぬようだな。
 だがとても悪意に満ちた存在は感じられる。
 城の方から感じ取れるのだが、ここの城主は無事なのだろうか?

 サイジェントの時はイムラン達の機転があったからこそ乗り越えられたが。
 今回の相手はヒトではないかもしれん。

 油断してはならぬ。

衣服の襟を正し は背筋を伸ばす。
実質この面子の責任者である は、ほんの僅かな油断も手落ちも許されない。

 信頼を貰い、その身を預かった以上、我は汝等をしかと護る。
 バノッサ兄上には物好きだとからかわれるが、己の矜持だからな。

 ハヤト兄上と遊んだ最新ゲームの王道に乗っ取るならば。
 これからまた一波乱も二波乱もありそうだ。

 早くレイムを筆頭とするあ奴等の化けの皮を剥げれば良いのだが。

諦めの混じった瞳だけで笑うサイジェントの兄の顔が の脳裏に浮かぶ。

それを慌てて振り払い は次の言葉を音に出す。
「家々の探索とトリス達の到着の有無の確認。敵を発見次第打ち払える相手なら戦い、無駄だと悟ったら撤退するのだ。力を温存する事」

互いの切り札が見えない状況で、こちらの切り札を曝すのは早すぎる。
が全員の顔を順に見渡して最後の注意事項を言い渡した。

「りょーかいっ!」
アカネはブイサインをして応じ。

「分りました、 さん」
柔和な普段の笑みを浮かべてカノンが。

「キュ」
ガウムといえば身体を垂直に伸ばして短く鳴き。

「ああ」
リューグも の意図を察せるようになっていて、何も言わずに同意する。

 ふむ。
 リューグも精神的に著しく成長を遂げたな。良い傾向だ。

預かった当初の復讐は未だリューグの心を捉えて放さないだろう。
しかし、周囲の状況を観察できる落ち着きも手に入れたリューグ。
物事を順序だてて考え、優先順位をつけ行動を起こす。

あの時のリューグからは想像もつかない急成長。
としては嬉しい限りだ。

「今からあの時計台の針が十二を示すまで各自隠密行動。怪しい点があっても深追いはせず、時間になったら必ずココへ戻ってくるのだ。良いな?」
踵で石畳を叩き、 が言えばそれが開始の合図。
カノンもガウムもリューグも。
飛び入り助っ人のアカネも、緊張した面持ちでそれぞれに散っていく。


「……トリス?」
トライドラへやって来た人の気配。
感じ取って は小さく呟いた。


Created by DreamEditor                       次へ
 1も大好きなわたしとしては、ここでアカネをいれなければっ。と意気込み達成v嬉しいv ブラウザバックプリーズ