『知の略奪者1』
ファナンの次はゼラム。
デグレアを襲った悪魔の情報を届けに、ゼラムへ舞い戻るマグナ達。
彼等を待っていたのは、ミモザとギブソンが行っていた召喚師失踪事件の手がかり。
今回は報告組と、留守番組、ミモザ達を手伝う蒼の派閥トリオ(マグナ・トリス・ネスティ)。
それぞれに別れ、迫り来るデグレアとの最終決戦に備えていた?
居間に呼び出された、アメル・ハサハ・バルレル。
怪訝な顔をして を見る。
たっての頼みというので何事かと思えば。
「マグナ達を尾行、ですか?」
小首を傾げたアメルに、既にやる気を失くしたバルレル、何度も瞬きをしたハサハ。
三者三様の反応を見て、
は重々しい空気をまとって一度だけ頷く。
「デグレアでの話は汝等にもしたであろう? ガレアノ・ビーニャ・キュラー。あ奴等は悪魔でありながら召喚術を使っておった。
悪魔が突然変異を起こし召喚術が使えるようになるなど在り得るか?」
そっぽを向くバルレルの耳を抓み上げ、顔だけはアメルに向け。
は口火を切る。
「……んな訳ねぇだろう。炎を操ったり、大地を操ったり。そーゆう奴等は居るけどな。召喚術を生まれながらに使える悪魔なんざ聞いた事ねぇよ」
痛みに顔を顰めつつバルレルが返事を返した。
「つまり、ガレアノの屍を扱う召喚術。ビーニャの魔獣を扱う召喚術。キュラーの悪鬼を扱う召喚術。
それぞれは後天的、リィンバウムで学んだ知識を元に、悪魔が召喚術を行使しているといえる」
デグレアでキュラーを挑発し、 は彼等が人へ憑依していると匂わせる発言をした。
キュラー自身、余程余裕があったのか否定はしていない。
傲慢からなのか、マグナ側の敗北を信じているからなのか。
分らないが、悪魔が誰かから召喚術を学んだ形跡がある。
こう
が確信するには十分である。
「じゃぁ……一体誰があの三人に召喚術を教えたんでしょう? 天使の魂の欠片である、わたしだって召喚術は最初使えなかったし」
「(こくこく)」
頬に手を当てアメルが言えば、ハサハも勢い良く頭を振って目を回す。
「サモナイト石と対象の真の名。これを以てして誓約を行い、初めてサモナイト石から対象を呼び出せるようになるのだ。
この真の名。
探るのに手間がかかり、時には命さえ脅かされる危険なもの。
だからこそ召喚師の一族は真の名を秘伝とし、一族にだけ伝えて守ってきたのだ。召喚師が悪魔に容易く秘伝を伝授するとは思えぬ」
おぼろげだった事件の全貌が大きく開ける。
ゆっくり説明しながら
が三人の顔を順に見渡せば、バルレルは嫌々だったけれど、三人は背筋を伸ばした。
「召喚師達を何らかの形で協力させ、技術を盗む。
仕上げとして、悪魔の姿でうろつく訳にもいかぬからな。彼等の身体を拝借し人として動き回る。こう想像は出来まいか?」
ハサハが頻りに頭の上の耳を動かし、目を丸くする。
それから想像して怖くなったのか
の隣へ席を移動した。
「そのような狡猾な連中がおめおめと尾尻を我等に掴ませたのだ。それ相応の理由がありると睨んだ方が正解であろう」
唇の端を持ち上げる
に、バルレルが鼻を鳴らす。
「まどろっこしい言い方してんじゃねぇよ。要はガレアノ達が意図的に流した罠に、ニンゲン共がかかったって。そう言いてぇんだろーが」
喧嘩腰のバルレルに、アメルとハサハの冷たい視線が突き刺さる。
表向きは仏頂面を維持しつつバルレルは内心だけで悲鳴をあげた。
「すまぬな? バルレル」
ハサハを宥めるよう頭を撫で、アメルに咎める目線を送り は微苦笑。
あどけない顔つきでこんな表情をされると、なんだか胸の奥がむず痒い。
知らぬ、存ぜぬを貫きバルレルはマグナを笑っていられないかもしれない。
なんて漠然とした予感を抱く。
偽善者ぶって正義面を下げる存在ほど厄介なものは無い。
常にバルレルは考えている。
稀に生まれながらのお人好し、トリスやマグナのような存在も居るが。
大抵は心に深い闇を持った連中ばかりだ。
そういう連中に限って己の暗闇から目を逸らし、声高に正義を叫ぶのだから馬鹿げている。
正直、
も似たり寄ったりだろうと。高をくくっていた。
「バルレルにとって気が進まぬのは分かる。しかもトリスの護衛獣だからといって、そこまで義理立てする必要も無い。
だがな? 散々あの悪魔召喚師達におちょくられて来たのだ。受けた屈辱は三倍返しで応じるのが礼儀であろう? 今度は我等であ奴等をおちょくりたい」
真顔で堂々と
は己の信条に正直すぎる発言を口にする。
「たかだかゲイルを手に入れるためにデグレアを滅ぼし、レルムの村を滅ぼし。アメルを追い回しマグナ達の運命を狂わせた。
まぁ、知らないよりは知っておった方が良かったものの。人の運命を翻弄できると確信しておるあの傲慢さが鼻持ちならぬ」
不愉快そのもので が顔を顰めた。
これまで公にしなかった
の気持ちの一端を知ってアメル・バルレルは目を見開く。
「例え神であったとしても、誰かの宿世を操る等してはならん。運命論者には申し訳ないが、結果というのは要因が重なって出来上がるもの。
周囲もあ奴等に影響され、勝手に宿命という二文字で片付けては困るのだ」
どうもリィンバウムの者達は因果に弱い。
結果的にクレスメントとライルの家名が出てきただけで。
全ては結果論である。
運命論に挿げ替え、問題をマグナ達に押し付けようとする事態を
は少しだけ危惧していた。
一年前。
グラムスの計らいにより、クラレット姉上達は見逃してもらえた。
それは一重に姉上達が正式な派閥の者ではなかったからだ。
だが今回は違う。
マグナもトリスもネスも正規の派閥員。
重きが違う。
……グラムスには申し訳ないが、事と次第によっては我は蒼の派閥を潰すからな。
マグナ達の処遇について沈黙を続ける蒼の派閥。
沈黙が逆に不気味で、密かに決意を固める
であった。
「
……」
あの時。
自分がアルミネの生まれ変わりだと識って激しく動揺し、妙に納得した。
森に感じた懐かしさ。不思議な治癒の力。
何もかもが自分がニンゲンではなかったと示していて。
だけど だけはわざと挑発し、アメルが何になりたいのか。
本音を導き出してくれた。
あの時の と今の は同じ瞳の輝きを秘めている。
アメルは言葉少なに
の名だけを呼んだ。
「アメルも、マグナも、トリスも、ネスも。他の仲間達も。苦しみ迷い戸惑い。それでも己で道を選んできたのだろう?
それを運命だと?
笑わせるな。常にどれを選ぶかによってその者が進む道は千差万別に変化する。
信じた道を進んではならぬなど、誰が決められようか? ……例え間違った道でも良いではないか。遠回りも一興であろうに」
不敵に言い切った の清冽な言動。
勢いに呑まれていたバルレルとハサハは、小さく深呼吸して口を引き結ぶ。
「と、御託を並べたが。結局は我の我儘なのだ。何も知らないミモザ達が罠にかかるのを大人しく見ているのは性にあわなくてな。暴れるのに付き合って欲しい」
率直に頭を下げる
を、押し留めたのはバルレル。
「あのなぁ……演説会をする暇があったら、とっとと出かけた方がいいんじゃねぇか? あいつ等、岬の屋敷に着いちまうぜ」
ぶっきら棒に言いながら、腹を括る。
は純粋なるお節介焼きなのだ。
自分が関わった者にひたすらお節介を焼く。
しかも己の私情もバシバシ入れる傍若無人な神様。
大胆不敵なくせに妙に奥手でどこまでも優しい神。
かといってお人好しでもない。
世渡り上手な不思議な神様……だったら、バルレルも無視した。
あ、危なっかしいんだよ!!! お前は!!!
自分もあの悪魔に狙われていると分かっているくせに、他から助けようとする。
マグナに殺されかかっても平然としている。
神だからヒトよりは頑丈かもしれない。
でもあの奇行の数々はバルレルの目に余るのだ。
ニンゲン(マグナ)にアプローチされても気付かねぇ。
メガネから信頼を勝ち得てもその凄さが分かっちゃいない。
オンナ(アメル)がお前の魂の清らかさに惹かれまくってるのにも気付かねぇし!!!
誰彼構わず魅了して無邪気に笑ってんな!!!!
腕が立つからって先頭切って戦うな!!!
色々な意味で危なっかしいじゃねーかっ!!
ケルマのドライアードより、絶対に性質が悪い。
バルレルは確信を胸に抱きつつ、気だるげに椅子から立ち上がる。
「マグナ達の跡を尾行(つ)けるのはいいんだけど。ロッカ達は何処に行ったのかな? 朝から姿が見えないんだけど」
留守番組のユエルとミニス以外は全員外出。
見事に人気のないギブソン・ミモザ邸をアメルは訝しく感じていた。
「ああ、ロッカ達は訓練だ。城へ赴いたシャムロックを除き、全員がパッフェルの知り合いの占い師の案内で修練場へ向かったぞ。
カイナが見張っておる故、そこそこ強くなって戻ってくるであろう」
知らないというのは幸せだ。
のスパルタを知らない面々が、笑顔のカイナとパッフェルに脅され無限界廊を彷徨ったというのは有名な後日談である。
「訓練に行ったんだ……なら、あたし達が出かけても何も言われないわね」
の台詞を文字通りに受け止めアメルが屈託なく笑う。
ハサハも握り拳を固めてやる気(殺る気? )満々である。
覚醒聖女と、策士の仙狐に囲まれた を見て。
やっぱり危なっかしいとバルレルは思ったのであった。
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